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モスクワに積もる憎悪

貧富の差による憎悪は、雪の様にロシアに降り積もる

 あたしは、雪に覆われる町が見えるプールサイドに居た。

「君の水着姿は、まるで女神の様だ」(ロシア語)

「ありがとうございます。それにしてもロシアでこれ程の室内プールを持っているなんて、凄いですね」(ロシア語)

 男がここに連れてきた理由は、明確だった。

 ロシアには、不釣合いな悪趣味なこのプールを見せ付ける為だ。

 この手の人間は、自慢したいものを褒めやれば、直ぐに機嫌をよくする。

「君には、自慢のベッドも見てもらいたいな」(ロシア語)

 早速来たか、まあ、多少の手順が抜かされただけだ。

「それは、嬉しいお誘いです。でも、先にこのプールを作るだけのお仕事の事を聞きたいわ」(ロシア語)

 男は、上機嫌に話し始める。

「何、それほど難しいビジネスじゃ無かったよ。DDCの残党を匿い、そいつらが持つ知識の一つ、人の生命力をエネルギーに変換する技術。貧民なんて幾ら生命力を搾り取っても次から次に沸いて出てくるからな」(ロシア語)

 腐った思考。

 身内以外の命に硬貨程の価値を感じない最低な奴、遠慮をする必要は、無い。

 あたしは、水着に隠しておいた合図様の発信機のスイッチを押す。

「少し寒くなったからタオルを持ってくるわ」(ロシア語)

 あたしが離れた後、ものすごい音がして、男と男の部下の悲鳴が連続するがそう時間がかかる事は、無いだろう。



「終わった?」

 あたしが外でも寒くない格好に着替えて室内プールだった場所に行くとそこは、壁なしのオープンスペースになっていた。

 オケンが頷く。

「ここでの仕事は、な」

「まだ残っているの?」

 あたしの問いにオケンと一緒に来ていたセンが答える。

『貴女には、働いてもらうわよ、こいつは、結構無差別に売って居たのよ』

 海パン一枚で震えている男を見て肩をすくめてあたしが言う。

「それがこんな事態を呼んだって事も気がつかないトンマだって事ね」

 こうして、あたしは、男の人脈を逆に辿って、技術の流出先を探る事になったのだ。



 それから二週間、ロシア各地で表向きは、謎の爆発事故が連続した。

 資料に目を通しながらオケンが言う。

「金の流れから考えても、全部潰したと思って良いな」

 あたしは、頷きながらも何処か釈然としないで居た。

「何か引っかかる事でもあるのか?」

 オケンの言葉にあたしは、他の金額より一桁少ない物を指差して言う。

「この金額は、他と明らかに違うから、今回の件と関わりないと思っていたんですけど、他の資料から考えたら、同じようにDDC技術の売買の可能性が高いの」

『安売りしたって事?』

 センの言葉にあたしは、悩みを深める。

「技術のサンプル等も提供している事から考えて、普通なら別の客に売る筈。なのに、どうしてここだけに安売りしたのか?」

 オケンは、問題の組織の資料を見て言う。

「宗教団体みたいだな」

 あたしは、頷く。

「そう、穏健派で知られるキリスト教の一派。人の命を切り捨てする様な組織じゃないんだよ」

 するとオケンがつまらなそうな顔をしながら言う。

「少しでも可能性があるなら、行って確認するだけだ」

 コートを羽織って出て行こうとするオケン。

「待って、あたしも行く」

 こうして、あたし達は、問題の一派の本部がある教会に向かうのであった。



 あたしでもそれを見ているのが辛かった。

『なんなんだ?』

 困惑するセン。

「ホームレスいや、難民と言うべきか」

 オケンの答えにあたしがフォローを入れる。

「ロシアは、いくつかの国が一つになった連邦国で、独立を訴える国との内乱が未だに多いの。この人達は、その内乱で故郷をすてる事になった人達でしょうね」

 ニューヨークにもスラム街があったが、一応に人としての尊厳は、維持されていた。

 雪が降る中で、ろくな服も無く、ただ体を寄せ合うしか出来ない人々と野垂れ死にした人の死体がいくつもあった。

 そして、教会の前には、長い難民の行列があった。

「教会の施しを求める列だな」

 オケンの言葉通りだろう。

 そんな列を横目にあたし達は、教会に入る。

 シスター達が忙しく働く中、一人の神父を捕まえた。

「政治家の汚職に関わる事件を調査して、ここに来ました。この教会から大金が流れているのが判明しました。詳しい事情を聞かせてもらえますね?」(ロシア語)

 あたしの問いに神父が緊張した面持ちで言う。

「奥でよろしいですか?」(ロシア語)

 頷くと、あたし達は、奥に案内され、そこで神父が話を始めた。

「あれを買ったのは、私の同僚です。とても払える額で無いと言うのに、彼は、私財を全て売り払い、粘り強い交渉をしてその技術を手に入れました」(ロシア語)

 それを聞いてオケンが厳しい顔をして問う。

「あんたもそれがどんな技術か知っているのか?」(ロシア語)

 神父が頷く。

「愚かな者達に天罰を与える物だと。しかし、天罰とは、神が与える物で、私達が行う物でないと告げましたが、その者達は、上の了解も得ずに動き出しました」(ロシア語)

「その人たちは、今どこに?」(ロシア語)

 あたしの問いに神父が答える。

「都心部から離れた所にある教会で、天罰の準備をしている筈です」(ロシア語)

 オケンは、立ち上がり言う。

「行くぞ」

「ありがとうございます」(ロシア語)

 お礼を言ってからオケンについていく。



 雪が降り積もる道を高速で駆け抜け、オケンと共に問題の教会に到着する。

「俺の名は、オケン、ハチバの一つ、カミヤの次期長、オケン=カミヤだ。一度だけ言ってやる、お前が持つDDCの技術を放棄しろ」(ロシア語)

 オケンの何時もの宣告に神官達は、強い意志で答えてきた。

「引かない! 私達は、この命を懸けて、多くの人々を苦しませる愚かな者達に天罰を与える!」(ロシア語)

 そういって、一つの砲台に近づく。

『あれが買い取った技術の成果だろうな。集めた生命力を破壊光線に変換出来るのだろう』

 センの解説にあたしが確認する。

「ちなみに、どのくらいの威力なの?」

『もしも、死ぬのを覚悟して使用したら、人一人分でビルの三つは、消滅する筈よ』

 センの言葉に、あたしは、相手の数を数える。

「あたしの数え間違えじゃなければ相手は、両手で足りない数居るんですけど?」

 オケンは、平然と言う。

「間違いなく壊滅的なダメージを与えられるだろうな」

「我らの邪魔をする汝らも消えろ!」(ロシア語)

 はじき出されるビルすら吹き飛ばすエネルギー。

 しかし、それがあたし達に当たることは、無かった。

『人一人の命程度で私に傷つけられると思ったのか?』

 本来の姿に戻ったセンがあたし達の前にそびえ立っていたのだ。

 絶望の表情になる神官達。

 その気持ちは、よく解る。

 初めてオケンに会った時のあたしもあんな感じだったのだろう。

 常人の常識なんて無価値にする圧倒的な力、それがオケン達の持つ力だ。

 簡単にセンに踏み潰される問題の砲台。

「神よ、何故この様な試練をお与えになるのですか!」(ロシア語)

 神官の嘆きにあたしが苦笑する。

「こんな時まで神様?」

 そんな中、オケンが神官に近づいて答える。

「簡単だ、神は、安楽な道を選ぶもの助けない。お前達は、暴力という簡単な方法を選んだ時点で神から見捨てられたんだ」(ロシア語)

 悔し涙を流す神官達。

「そうか、これも神のお導きなのか!」(ロシア語)

 車に戻ってからあたしが問う。

「偉そうに言っていたけど、オケンがやっている事は、暴力じゃないの?」

 するとオケンは、車を走らせながら言う。

「最初から神の助力を期待してないから問題ない」

「なるほどね」

 納得するしか無かったあたしは、何気なく神官達を見るとそこには、さっきの砲撃の為に命を懸けた為だろうか、最悪な顔色をして倒れる神官が居る事に気付いた。

「流石に死ぬまでは、やらないか……」

 あたしの脳裏に嫌な共通点が思い描かれてしまった。

「オケン、あの教会の周りでどうして野垂れ死にしている人が多いのか納得出来る説明ができる?」

 オケンは、その一言でアクセルを踏み込む。

 小さくなって車に乗っていたセンが質問してくる。

『どういうこと? モスクワの状況では、野垂れ死は、珍しく無いと聞いていたわよ?』

 あたしは、頷く。

「他の場所だったら、全く不自然じゃないけど、場所が悪すぎる」

「あんな慈善教会がある周囲で死人が出て放置されるわけが無かった! あれは、あの装置を使った人間の成れの果てだ!」

 オケンの言葉にセンが戸惑いながら言う。

『しかし、あれからは、生命力は、殆ど……』

 そこまで言った時点でセンも不自然さを確信したみたいだ。

「野垂れ死にした奴等だから、微かに生命力を感じても死の直前だと思っていたが、限界まで生命力を搾り出された後だったんだ!」

 オケンが悔しそうに怒鳴る。

 次の瞬間、目の前で大きな爆発が起こる。



 あたし達が町に戻るまでの間に二回の爆発があった。

『さっきの奴等より頭がある。変換したエネルギーを爆弾に加工したんだろう。これなら効率よく被害を出せる』

 センの解説にあたしが言う。

「今から全部探すのは、不可能よ!」

「だから、大元を突き止めてそこからなんとかする!」

 オケンがあの教会に車ごと突っ込む。

 そこには、あの神父が待っていた。

「随分と荒いお客様ですね」(ロシア語)

 オケンが神威を突きつけて言う。

「今すぐ止めろ。どうしてもやりたかったら普通の爆弾を使え!」(ロシア語)

 あくまで自分の仕事の忠実なオケンの代わりにあたしが問う。

「どうしてこんな事を? 犠牲にしていた人も救うべき信者では、無かったのですか?」(ロシア語)

 神父は、悲しそうな顔をして答える。

「彼らは、この世を絶望し死を望みました。私達の教義では、自殺は、許されません。だから、彼等に言ったのです、貴方達の命を引き換えにこの国に復讐する手段があると。これは、天罰なんて綺麗事では、ありません。彼等の命を懸けた復讐です!」(ロシア語)

「そんな事にどんな意味があるのよ!」(ロシア語)

 あたしの問いに神父が答える。

「ならば逆に問います。外に居る悲しき信者を非力な私がどうやって救えば良かったのでしょうか?」(ロシア語)

 あたしが答えられないで居るとオケンが神父の後ろにあるパイプオルガンを見て言う。

「あれが、問題の装置だな。いくぞ、セン! 『魂の契約にもとづき、我に力と化せ、ダークスタードラゴン! 超竜武装』」

 センが本来の姿に一度戻る、その体で教会の天井が突き破られ、その後、オケンに纏われる。

 竜装剣士になったオケンが神威をパイプオルガンに突き立てて叫ぶ。

『プロミスブレイクメテオストーム』

 パイプオルガンから無数の光がでて、突き破られた天井から出て行く。

 それを見て神父が告げる。

「終わったのですね。でもこれで良かったのかもしれません。さあ、私を殺しなさい」(ロシア語)

 しかし、竜装剣士状態を止めたオケンは、背を向ける。

「何故です! 私は、罪を犯しました! その私に罰を与えないのですか!」(ロシア語)

 絶望のままに叫ぶ神父を無視してオケンとあたしは、教会を後にする。



 帰りの車の中であたしが言う。

「殺してあげた方が良かったんじゃないの?」

 するとオケンがはっきりと答える。

「よく勘違いするやつが居るが、死ねるのは、罪が感じない者と罪を償った者だけだ。罪を犯し、後悔する者に死ぬ権利は、無い。俺みたいにな」

 その言葉の重さにあたしは、何も言えなかったが、オケンが自分の罪を許せる様になる日が来ることをあたしは、願った。

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