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惑星ジェミニ物語  作者: 森山 銀杏
第九章『従業員』
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【外伝】 スペース・ビデオゲーム

恐らく、キャプテンは優秀とは言い難い。


「お舟、お前。今失礼なこと考えただろう」


だが勘は良い。貧乏神に金銭を巻き上げられながら、キャプテンは私のカメラアイを睨み付けて、「まだ負けが決まったわけじゃないからな」と呟く。


現在、私はキャプテンの暇つぶしに付き合って、ビデオゲームをしている最中だ。


ゲームの内容は経済シュミレーションと双六の融合型。駒を進め、目的地にたどり着き、賞金をもらって、各地方の企業を買収して、結果決まった年数までにお金を一番集めたプレイヤーが勝つ。


現在は私が圧勝している。


画面の中のキャプテンの資産は真っ赤で、個人負債としては前人未到の領域に達している。


「失礼ながら、キャプテンは優秀ではないと思案しておりました」


「正直過ぎるだろ」


「当然です。私はこの船の管理AIです。正直でなければ、運用に支障をきたします」


「————」


「ご納得されていない様子ですが、いかがしましたか?」


私の指摘にキャプテンは怒り始めた。


「納得してたまるか」


「誤解です。私は正直であるのは間違いございません」


「つまり本気で、アホだと思ってるってことじゃないか。ほれ、そっちの番だ」


私はその言葉にアームを動かしてコントローラーを受け取る。本来、船内は私の領域であり、当然今遊んでいるビデオゲームも私のリソースを割り振って起動させている。当然、コントローラーなど外部操作に頼る事無く信号も入力することなど、造作もない。


それでもあえて、アームを使った外部入力を行っているのは……キャプテン曰くインチキの禁止の為らしい。


「ではネオサンフランシスコカードを使って”あがり”です」


手持ちに持っていた特殊カードを使う。カードには様々な効果があり、私が使ったのはネオサンフランシスコに飛んでゆくカードだ。ちなみに現在の目的地はネオサンフランシスコだ。


「お、お前!? 根性悪いぞ!! 持ってるなら、さっさと使えよ!!」


頭をかきむしり、キャプテンが悲鳴を上げる。かれこれ七ターンほどかけて移動してきたキャプテンの旅路は無駄になったと言うわけだ。


「全力ですので」


「うぐぐぐ」


「キャプテンがおっしゃられたのではありませんか。手加減するなと」


私がそう言うと、キャプテンは眉根を寄せて「そりゃ言ったけどさ」と口をへの字に曲げる。私のゲームの中の乗り物はマス目を無視して飛んでゆく。そしてスポッとゴールに入り込んだ。


ゴールのファンファーレが鳴る。目的地に付くと賞金が渡される。既に予算は有り余っていて、投資する対象が無くなりつつある。


「言ったは言ったが、それと、お前の根性が悪いのは別の話だ」


憎々しげに私のゴールを見ていたキャプテンが口をへの字に曲げてそう言った。


「なにをおっしゃいます。勝負とは自分が如何に先行するか。あるいは如何に敵を妨害するかの兼ね合いではありませんか」


「リソースを前の方に割り振れよ。そのまま振り切れよ。自分を高めろよ」


「キャプテン、ものごとは効率的でなければ。最小の労力で敵の手数が減らせるならば、それが最適解です」


「うぎぎぎぎ」


唸るキャプテンはそれでも勝利をどうにか、もぎ取る為にいろいろ考えている様子だ。

だが私の分析によればキャプテンが勝利する可能性は空しくなるくらい低い。


「キャプテンの勝率予測をお聞きになりますか?」


「誰が聞くか。それよりアカ子はまだか?」


「ルーチンワークです。もうすぐ———」


私の言葉が言い終わる前に部屋のドアが開かれる。


扉を開けて現れたのは赤い髪を左右で結んだ私の同僚だった。


マシンドールのアカ子。それが私の同僚の名前だ。


「仕事から戻りましたぁ。異常なしですぅ」


「おう、おつかれさん」


笑顔で終了報告をするアカ子にキャプテンは適当に手をヒラヒラさせながら、それに答える。


「またビデオゲームですか? 昨日もやってたのに」


「馬鹿やろう。これは教育にも良いゲームなんだぞ。地名が覚えられる」


「二十三世紀の地名を覚えてどーするんです?」


「……それを言い始めたら、俺が地球に帰ると六千年経ってるぞ。滅亡してるかもしれん」


「あ、あははは。そう言ったらそうでしたね」


やぶ蛇を突いて、笑って誤摩化すアカ子のAI技術に私は感心する。


あくまで私は宇宙船をサポートする為のAIだが、アカ子はコミュニケーションを重要視されている。実にウィットに富んだ会話術だ。


「アカ子、チェックデータをリンクしてもらえるか?」


「了解です。共有領域に入れときますねぇ」


私はチェックデータの確認を行う。問題は無い。船内の確認作業はアカ子と私のダブルチェックが基本となる。おおよそ船内でのキャプテンの生活面のサポートはアカ子。船外の計測および航路の修正は私の役目となる。


アカ子は極めて優秀なスタッフだ。その為、キャプテンが寝てる日以外で船内に問題が起こった事は無い。


「問題はありません。チェック項目以外で、何か問題は?」


「食料の減りが最低消費と比べると少し多いくらいです。余分はかなりあるので、基準値内ですけどぉ」


キャプテンがその言葉に反応したけれど、聞き流す事にしたようだった。


食料の消費は六千年後の地球に降り立った際のかけがえの無い財産になる。仮に人類が滅んでいたとしたら……私としては消費しない方が望ましいと思う。だが、キャプテン曰く「滅んでいなかったら、いろいろと忙しくなる。だからこのかけがえの無い休日をエンジョイしたい」とのことだった。


キャプテンは感心するほどに労働意欲が低い。


私の中にはキャプテンが船に乗るまでの経歴がデータとしてある。


十三歳と言う年代で軍学校に所属し、若くして働いている。勤務態度は素行不良な面も見受けられるが、任務に対しては勤勉……。


そう判断していたのだが、どうにもそれは誤りであったようだ。


目の前のキャプテンは労働意欲の欠片も感じない。


いわゆるダメ人間であるが、現状の任務においてそれでも支障はない。むしろキャプテンは行動しない事が推奨される。


端的に言って、この船内においてキャプテンの仕事は無い。あえて分類すれば、監視と監督が業務と言えるかもしれない。つまり私とアカ子がきちんと働いている現状を維持する事がキャプテンに求められた業務だ。


……もっとも私たちが働く為にキャプテンがしなければならない事など、ありはしないのだが。


「キャプテンはじつに有益ですね」


「なんだ? 嘘はつけないんじゃなかったのか?」


「何をおっしゃいます。この任務にキャプテンは必須です」


「……」


一瞬嬉しそうにニヤリと顔を緩めたキャプテンだったが、ふと何かに気がついたらしく私のカメラアイをじっとりとした目線を向ける。


「俺、この船で働いた事無いじゃないか」


「噓は言っておりません」


「それって、あれじゃないか? 言い方でなんとでもなるんじゃ」


「否定は出来ません」


「しろよ、俺の精神安定の為に」


「キャプテンの精神が強靭である事を祈ります」


「なんにだ」


「……やはりデウス・エクス・マキナにでしょうか」


「ふうん。何がやはりなのかは理解できんが、お舟も信じる神様なんて居るんだな」


キャプテンは何やら感心したようにそう漏らす。


キャプテンのプロフィールでは無宗教と記録されているから、機械の私が神を信じると言った話に感心しているのかもしれない。


だがデウス・エクス・マキナは元々演劇で舞台装置を使って、唐突に現れて物語を終わらせる存在を指す。いわゆるどんでん返しの隠語みたいなもので、神様として認識されるかは怪しい。あるいは神と認識されていたとしたら、ろくでもない部類だと思われる。


指摘すべきだろうか。


いいや、キャプテンは映画と本は意外と読まれるので、知っていて感心した可能性が4%ほど存在する。


安易な批難は人格の否定に繋がる。リスクの回避こそが肝要だと考えて、私はあえて指摘する事は避ける。促されれば正直に答えるが、そうで無ければ口を紡ぐ事も必要だと私は理解している。


「なんだか、お二人とも難しい話をされてますねぇ」


アカ子がそう言って私たち二人の会話を笑う。


「難しいってお前。あれだ。お舟が思いやりが無いって話だから」


「何を言ってるんですか。お舟さんはどう考えても思いやりがあるじゃないですか」


アカ子がそう言って笑うのを私は少し意外に思った。


キャプテンもそうだったらしい。


「どこがだ?」


「どこがって……現に今もゲーム一緒にしてるじゃないですか」


「アカ子、おまえ。年下の面倒見てて偉いわね、みたいな言い方するなよ」


「ちがうんですかぁ?」


物理法則に答えるかのごとく、 ごくごく自然にアカ子が答え、キャプテンは鼻白む。


「俺の方があれだ、年上だぞ?」


なんとか反撃を口にしたキャプテンであったが、それには少々無理がある。


「コールドスリープでその差は覆っております」


私の発言にキャプテンは顔をへの字に曲げて、アカ子は笑う。


「私もお姉さんなんですかぁ。気分は悪くありませんねぇ」


「ひどい言い草だ。年長者としての尊厳まで奪われるのか。弁護士を呼んでくれ」


「裁判を開くのですか?」


「……止めとこう。どうせ、俺とお前等では裁判になりそうもないし」


肩をすくめるキャプテンに、アカ子は笑ってみせた。


「ふふふ、ゲームはどっちが勝ってるんですかぁ?」


「イーブンだな」


キャプテンはそう答えたが、それは事実とあまりにも乖離しすぎていた。訂正の必要がある。だが先ほど明確な答えは希望されなかった事も踏まえ、やんわりと否定するにとどめた。


「その認識は誤りだと思いますが」


しかしキャプテンは私の訂正を素直には受け止めなかった。


「ゲームに勝つコツは負けてないと信じる事だ」


その教えは実に非合理だった。勝つ時はそれで良いが、負ける時は悲惨であり、ましてや現状不利とあらば考えが足りないとしか言いようが無い。つまり失策である。


アカ子もそうした結論に落ち着いたのか、肩をすくめている。


「それって、負けが込むんじゃないんですかぁ?」


その言葉のキャプテンは考え込むように唸った。負けている現状からすれば、ぐうの音も出ないらしい。私も、それに合わせて進言する。


「私としてもあまり不毛な勝負は望むべく所ではございません」


「ぬぐぐぐぐ。くそ、じゃあ、次だ」


キャプテンはそう言ってゲームを終了させる。かくしてデジタルの負債は泡と消え、私の勝利だけが残る。


「次はなにするんですか? 次は私も入れてくださいよぉ」


「おお、いいぞ。だとするとテーブルゲームが良いな」


「別の種類はされないのですか?」


「お舟……お前ら、リズムゲームでも、格闘ゲームでもパーフェクトしかださないだろ。勝負にならないんだよ。あいこか、負けかしか無い勝負なんて其れこそ不毛だ」


「わざとミスした方がよろしいのでしょうか?」


「言ってろ。よし、つぎはこれだ。RPGとテーブルゲームを混ぜた奴だ。楽しすぎて友達が居なくなるらしいぞ」


キャプテンは実に楽しそうにゲームを選び起動させる。


「でもあれだな。宇宙でゲームをすると言うのは、実に無駄で、実に甘美だな」


「甘美と言うよりも堕落であると思いますが、それを甘美と感じる事こそがキャプテンの優れた素質なのかも知れません」


「そうですね。ご主人様は、ダラダラしてる時が一番楽しそうです」


「俺だって、いざという時は働く。それこそ、軍での勤続年数は若手の中では長いんだぞ。国のため、治安維持をして、税金だって払ってた」


キャプテンは自分のキャラクターを選び、自分の名前をつけながらそう言った。


「その税で作られた身としては、自堕落を推奨する事は出来かねます」


「生まれを卑しく思うのは感心しないぞ」


「誇りを持っていると言い換えていただきたいものです」


「そうですよぉ。私たちにだって矜持ってもんがありますぅ」


「へいへい。まあ、予定通り事が終わるには俺の精神安定が一番の懸念なんだろうから、俺の暇つぶしに付き合ってもらおうか」


「了解、キャプテン。このゲームも手加減はしなくてよろしいので?」


「接待プレイなんかで、楽しめるもんか。それにだな、それが楽しいなら、コンピューターを相手にしてた方がマシってもんだ」


「私もコンピューターですが」


「……まあ、たしかに。いや、そうじゃない。ゲームの中の話だ。ゲームの中の相手じゃ、悔しがっても空しいだけだ。次元の壁は厚いからな」


イマイチ違いの判らない事を言いながら、キャプテンはキャラクターを作成し終えた。


つまるところ、この船の中に置いて問題は少ない。航路も順調。このままで行けば任務も滞ることなく達成できるだろう。


六千年後の地球は無くなりこそしないだろうが、人類が無事である保証は無い。三百年後にワームホールを通過する技術が発明されてない可能性もある。


となれば、我々の任務は無意味であり、キャプテンはともすれば人類最後の一人になりうる。


人類の滅亡を防ぐ為に出来る事など、光速で飛び去る我々にはあるはずも無く、祈るにも機械の私に神は無く、無意味に過ごすのであれば、キャプテンのゲームに付き合う事も変わらない。


かくして私は使っていないリソースを割り振り、ゲームに興じる。


光速に限りなく近い航行を行う私に、ゲームなどと言う娯楽を分析できないはずも無い。


それでも勝ちにくるキャプテンのあきらめの悪さこそ、無機物の私と有機物の人間の差なのかもしれない。


そう思いつつ、私は全力でキャプテンを倒すべく、お舟という名前をゲームのキャラクターに入力した。

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