第2話 ウチの隣の幼馴染
それは、ある休日のことだった。
『アマギキイ アオキナオトハアズカッタ カエシテホシクバ ホンジツジュウニ コノバショマデコイ ――ナゾノジンブツヨリ―」
――やられた。
あたしは、指定場所の書かれた地図が添えられた怪文書を握りつぶした。
あたしの名前は雨木キイ。日夜、正義の味方や悪の怪人らに、身柄を狙われるだけの普通の十五歳。
そんなわけあるか! それのどこが普通だよ! (ノリツッコミ)
あたしが何者なのか、それは前までの話を読んでもらうこととして。
今回の冒頭に繋がる話へ軌道修正することとしよう。
あたしには、蒼樹直人という同い年の幼馴染が、隣の家にいる。
直人とは、あたしが三歳の頃に隣に引っ越してきてからの腐れ縁で、近所の遊び相手筆頭と言えば直人だった。
それは十年以上が経った現在でも変わりなく、お互いにちょくちょく家へ顔を出して行っては、一緒につるんでいる友人だ。ちなみに、あたしが誘うとアウトドア、直人だとインドアによくなる。
日曜日である今日は、あたしが直人を釣りに誘いに行こうと思って、直人の家に行った。
『なおとー。いつもの場所へ釣りに行こうぜ』
直人の部屋に上がりこんだあたしの目の前には、荒らされた部屋の中で、中央にポツンと置かれたこの怪文書があった
今までにも身内を狙った、手段を問わない悪や正義の組織がいた。
それをあたしは、その度に片っ端から徹底的に、滅ぼしにかかっていった。
あの頃のあたしは若かった(もちろん今もだけど)と思う。
人質を盾に取られる可能性もあったというのに、そんなのお構いなく、片っ端から単身敵地へ乗り込んでは大暴れをかましていた。よく人質が無事で、助けられていたと思う。
大暴れしていく中で、とある組織の一つが壊滅したことで、そういうことをする奴は姿を消し、迷惑ではあるのだが比較的平和的な勧誘方法に切り替わった。
まだ、そんなことをする輩が残っていたとは……。
指定されていた場所はとある郊外の採掘場。 電車とバスを使って片道一時間四〇分と七百円、地味に時間と交通費のかかる場所にある。
今月のお小遣いの残金は千円札が一枚。むろん往復分の運賃などない。お金を借りようにも、親父は朝から用事ががあるらしく居ない。
「はぁーあ」
深く溜息を吐いた後で、あたしは、徒歩の帰り道を決心した。
「まっていろよ直人。今から助けに行くからな」
あたしはこれから運賃にされることになる、千円札を握りしめて出発した。
* * * *
「これからお隣になる雨木さん達だ。このおじさんは鍵彦さん。ほら直人、挨拶しなさい」
「こんにちは」
だいぶ昔の記憶だ。
確かこれは僕が三歳の時。僕ら蒼樹家が雨木家の隣へ引っ越してきた日のことだ。
「はい、こんにちは。実はおじさんにはね、君と同い年くらいの子がいるんだ。ぜひ友達になってくれないか。ほらキイ。 出てきて挨拶しなさい」
「あまききい、さんさいです。おねがいします」
整った顔立ちで可愛いらしい人形みたいな子だった。
着ていたフリルの沢山ついた黒の可愛らしいドレス(今思うにあれはいわゆるゴスロリというやつだった)が、さっきの人形みたいなイメージと重なってとてもよく似合っていた。
* * * *
「おい、起きろ!」
「…………ん……うう」
んあ? 確か今日は、キイちゃんから釣りに誘われていて……楽しくて昨日は念入りに竿の手入れをしてて……それからなんだっけ?
「お前にはしばし、人質となってもらう。理由は分かるな?」
なんだあ! この不審者は!
目の前のザ・不審者ルックの男を見て、混乱の中にあった意識が一気に引きあがった
その男の怪しい不審な点を問われると、「シルクハットを目深に被って、そこから覗く顔は無機質な仮面をつけていて表情はうかがえない。さらに服は白衣の上から黒いマントとダサくてへんちくりんな装いをしている」と突っ込みどころな恰好をしていることだろう。
他にもマント襟に「上等」と刺繍があったり、ズボンが短パンだったり、マントや白衣をつけているくせに熱くて若干着崩していたりと他にも突っ込みどころは満載なのだが、今ここですべてを挙げるとキリがない。
まだ気分が落ち着いているわけでないが、まず自分の身の置かれている状況を確認する。
僕は今、地面にに建てられた杭に縛り付けられている。丁寧にもては別に縛っており、全く逃げられる要素はない。
場所は……前に見たことがある。中学二年の頃に行った町はずれの採掘所だ。
周囲は崖で囲まれていて、見晴らしのいい場所に出入り口が一か所のみ。見張りがいれば抜けるのは難しい。
攫われ慣れて、あれこれ分析するようになった自分がいるのが悲しい。
「どうやら起きたようだね。これから君には私の野望の礎となってもらう」
仮面の下に変成器を仕込んでいるらしく、キンキン声で喋る不審者。
「野望だって?」
僕の驚きに、不審者はいかにも悪党な声で応える
「そうさ、野望だ! それを実現するにはあの小娘の力がいるのだ。そして、小僧。お前の力もな」
はい? 僕の力だって?
「いえいえ。言っては悪いですけど、僕なんか学校の成績が良いだけで、雨木キイと比べると遥かに劣る凡人ですよ?」
僕はキイちゃんと違って、普通の出自の普通の男子高校生でしかない。
「そんなものは分かっている! 勉学・運動共に優秀で、中学の時に入っていた無名のサッカー部でキャプテンを務めて、全国大会に出場。全国模試では五十位以内に必ずくい込める。凄くはあるが、さらに優れた者ならいくらでもいる。その中でなら、お前は凡夫以下だろう」
男はきっぱりと答えた。
「しかし、私の目的はあの小娘というよりも、主に小僧、お前だ! お前が必要なのだ!」
ひいい!
不審者男の気持ち悪い告白に、思わずお尻をガードしたくなった。
「な、なにをするつもりなんだ」
僕の問いかけに、男はくっくっくと軽く笑ってから答える。
「お前を助けに来たあの小娘の面前で、お前には口にもなかなか出せない恥ずかしいことをさせるのさ。……言わせんな、恥ずかしい」
ダレカタスケテ。
おびえる僕の様子を見て男は笑い出した。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ…………」
男はツボに入ったらしく、地べたに這いつくばってまでして笑いころげる。
笑って笑って一通り笑い終わると……。
「さぁ〜てと。直人君をいじくるのも済んだし、そろそろ本当のことを話そうか」
目の前の男の仮面の下から聞き慣れた声が出た。
「えっ? その声は鍵彦おじさん!」
聞き慣れた声の主は、お隣の鍵彦おじさんの者だった。
「はーい、そうだよ! おじさんだよ! ビックリしたかな? アハハハ」
仮面をとり、いつも通りの妙なテンションの喋りに戻すおじさん。
「おじさんは一体、何を企んでいるんですか?」
おじさんは、意味有り気にフフフと含んだ笑いをした後、口を開いた。
「昨晩の深夜0時頃だったかなぁ、コレ」
そういって懐から中指と人差し指で挟んで写真を取り出し、僕に見せ――げッ!
「いや〜、さすが思春期!」
なんで、あの時のあれでナニしていた時の写真が!
「他にも、机の中に何枚かキイの写真があったり、何度も推敲してくたびれてしまって出さずじまいになったラブレターとかがあったり」
やめて! プライベートをそんなにガリガリと明していかないで!
その後も延々と赤裸々なプライベート知られていることを明かされていく、終いには表を歩けない位の爆弾を投下されてしまった。
「おじさん、そろそろ目的を教えてください。もう限界です勘弁してくださいお願いします許してください」
「えっ、ええ〜?」
おじさんは不満な様子。あれだけ言っておきながら、まだ足りないんですか!?
「仕方ないなぁ、いじくるのは面白いけど、やめてそろそろ話そうか」
渋々ながらもいじるのをやめてくれた。
おじさんは僕に顔をズズズいっと顔を寄せて、
「さてと。いま挙げたことを元に考えるに、直人君。君はキイのことが大好きな訳なんだろ?」
顔見知りの僕でも滅多に見せたことのない飛びっきりの不気味な笑顔をおじさんは覗かせる。
やばい、この人はいつもキイちゃん絡みの事になると、見境がなくなってものすごく危ない。
おじさんは、キイちゃんの幼馴染として友達としてはとても好意的に見てくれている。
しかしだ。もしも、恋愛対象として見ていることが分かれば、親馬鹿なおじさんのこと、何をされるのかわかったものではない。
「いえいえ、お宅の娘さんとは清く健全な御付合いをさせていただいてもらっていますよ」
恐怖で、いつも話している口調が無くなって馬鹿丁寧な敬語に変わってしまった。にんげん怖い経験をすると自然と敬語になることを実感してしまった。
「おやおやどうしたんだい? いつもみたく、私の前でもキイちゃんと呼んでも大丈夫なんだよ? 怒っていないからホラ。お隣同士、私と君の仲じゃないか、なんでおびえているんだい」
不気味な笑みを絶やさないで、いつも通りのフレンドリーな接触をしてくるおじさんが怖いです。何が怖いって、普段は見せない不気味な顔でいつも通りに接してくるところが。態度は普段通りなのに、顔だけ怖いと明らかに何か裏を感じさせられてしまう。
「スンマセン、もうキイちゃんには触れも近づきもしないんで勘弁してください。せめて命ばかりは残してください」
「? なにを勘違いしているのか知らないが、別に君を拉致して、えげつなくて醜悪な改造を施したり、副作用で体中にイボができてそこから腐った体液が噴き出す新薬を君で試すとか、失敗すれば原子ごとバラバラになりかねないような危ない実験をさせる訳じゃないぞ」
「なにとぞお慈悲を、どうかお慈悲を。お願いしますから。最悪でも、人として死なせてください。お願いですおねがいですオネガイデス……アアアアアアアアア!」
素直に殺すなんて言葉が出てこないことが恐ろしい。
「コラコラ。落ち着いて人の話を聞きなさい!」
――プス。
あぁ、なんだかぽわぽわしてきたぞ。
おじさんが、マントの内側から赤い液体の出したアンプルで僕の右肩を刺された瞬間、そこから快楽が流れ込んであんなに慌てていた気分が落ち着いてくる。
「ウヒヒィァァァヒィァッハー!! フヒヒッヒヒヒ被ヒ非日HI火」
なんだかわからないけどなんだか楽しくなってキターーーー!!! なんか笑っちゃうよ! アハハハ。
「フム。だいぶ抑えたつもりだったが、まだ頭の螺子がチョイと外れるな。当分このリラクゼーション薬は人体に使えないな」
おじさんがなんだか危険な発言をしているけど、チョーおもしれーな!
「そろそろ元に戻ってもらおう」
――プス。
今度は青い液体の入ったアンプルを刺され、躁状態だった気分から一転して気分が落ち着いた。
「やあやあ、気分はどうだい?」
――ハッ。
さっきまでなにが楽しかったんだっけ? いや、すごく面白かった記憶があるのになにが面白かったのかまるで記憶にない。
「おじさん。ぼくは今まで何を?」
「なあに。話を聞いてもらう為に、ちょっとリラックスしてもらっただけさ。」
おじさんから話と聞いてさっきまでの恐怖がよみがえる。だけど、さっきほどは取り乱さない。あのアンプルが関係している?
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい僕みたいな下賤なものが心抱いていい存在ではありませんでした反省しています」
それでも、句読点を忘れる程には取り乱したが。
「おいおい。別に君を怒ってなんかいないんだよ? むしろその逆、直人君。私は君を応援しているんだよ?」
「えッ?」
――――――――――――――――――――――――――――――――。
「マジで!?」
一瞬、時が止まった。言っわれたことが信じれなくて。
これは大袈裟なことなんかじゃない。普段それ程までにキイちゃんのこととなると豹変をするんだ、この人は。
「おじさん、常日頃から『ウチのキイちゃんは誰にも渡さんぞー!』って恐怖の発明品もって、周囲に牽制と脅しをかけていますよね?」
「甘い、甘いよー。果糖やショ糖よオリゴ糖やブドウ糖や麦芽糖やキシリトールやトレハロースやアスパルテームやアセスルファムカリウムやスクラロースやパラチノースやフェニルアラニンモナチンやパラチノースやズルチンやネオテームやサッカリンよりも激甘だ。」
多いよ!? 甘いもの! カタカナのやつとか本当に口に入れていい物なんですか?
おじさんは軽く笑いながら左手の人差し指をピンと立てて三回振った。
「家が隣通しで、親同士も昔っから仲がいい馴染み。こんなエロゲ見たいなシチュ逃す訳にはいかないじゃないか―! 大体、近頃は幼馴染ってだけであっという間に負けフラグが立っちゃって、あっという間にパッと出に思い人を掻っ攫われて行くのがセオリー。しかしねぇ、私の個人的感情では幼馴染への初恋というものはぜひとも成就して貰いたいものがあるんだよ」
目を一旦閉じて開いた後に、マシンガントークとともに、水を得た魚のように活き活きとした純粋なお目々を爛々を輝やかせていらっしゃる。
この瞳をしている時は間違いない。今のおじさんの頭の中は、興味と面白さの指数が殆どが占められている。
おじさんはフレミングの左手の様なものをつくって額を抑え、そのままのポージングで、右手でビシィッと草むらの方向を指す。
「あ、そうそう。紹介が遅れた。この日イベントのため、ギャラリーも呼んでみたぞ! フハハハ」
おじさんが指した示した先には……と、父さん。母さん!?
指針の先へ目をやると、二人は満開の華やか笑顔でこちらへ向けて手を振っていた。
「何で二人がここにいるの? もしかしなくてもグルなの? グルなのか!? みんなして面白がって見ているよねこれ」
「さーて、盛り上がってまいりましたー。シナリオはこうだ!
本人置いてけ堀状態で、ノリノリ進行をするおじさん。本人不在
悪の組織に直人君が誘拐されたと思わされたキイが、間もなくここにやって来まーす。私は怪人ドクターXXとしてキイに立ちはだかり決闘を申し込む。私はわざとやられて、無事に直人君は救出。
大事な幼馴染の救出に成功したキイは、『もう、直人はあたしがいないとホンとダメなんだから』なんか言っちゃたりなんかしちゃって、直人君も救出劇のどさくさに『ああ、だからずっと一緒に居てくれ』と愛の告白をするのでした。ちゃんちゃん」
それって吊り橋効果っていうやつなんじゃ……。
て、ちょ、ちょっと待ってくださいよおじさん! 何で脈絡なく告白なの? え、告白? ……いやいやいや、そもそも告白なんて今までできなかったのに。無理無理。心の準備ナシなんて絶対無理!
突然の訳の分からないことにいろいろとテンパっている僕をしり目に。
「オヤ? キイがどうやら来たようだ」
タイムリミットは来たのだった。
* * * *
もう最悪だ。
なんで今の時期の山には、こんなにも大量の蚊がいるのだろう。体中が痒い。
あーあ。やだな、この藪蚊が出た道。また通らなきゃいけないんだよな帰るときに。
しかももう、帰りの交通費は直人の分と合わせたら全然足りなくて歩き決定だし、最悪すぎる。
あー、もうもうもうもうもうもう!
「くそう。こうなったら、直人をさらったヤツをボコッて鬱憤を晴らしてやる。そんでもって、行きと帰りの運賃カツアゲてやる」
と、一人愚痴を吐いている間に指定の場所が見えてきた。
「直人、無事か?」
直人の姿が見えて、あたしは駆け足で寄っていく。
「おっとそこまでだ。」
声のあった方向に目をやると、そこには変態がいた。
しかも、今まで出会ってきた数々の変態と比べても圧倒的なまでの。
いやさ、だって、だれだってあの姿を見れば、変態だと十中八九言うに違いない。その恰好は、ツッコミどころが満載なのだから。
(うっわぁ〜。ダセェ。何でマントの裏地に「天下布武」て刺繍があるんだよ? 普通は表側……いやいや、それ以前になぜそんな刺繍をチョイスしたのだろうか? 何で帽子の上に電飾をつけているのか? 他にもシルクハットが――)
一瞬で、口に出したい項目が、余裕で百くらいは浮かんできそうになった。
「ここまでよくぞ辿り着いたな、雨木キイよ。私が謎の人物こと、ミスターXXだ!」
「お前に言われた通り、ここまでやってきたんだ。とっとと、直人を離せ!」
「まあ、そう急かすんじゃない。これからお前を、もっと楽しませるしたのだから。これを見ろ!」
男が取り出したのは、スイッチのついた小さな箱。
「そしてこれだ!」
次に出してきたのは、10M00Sとデジタル表示されたパネル。
「それは一体なんなんだ?」
なんとなく予想はつくけど。主に直人の横にある真っ黒な包みの箱状の物体でドクロマークがプリンティングされている。
「良い質問だ。これは起爆装置と爆破までの時間を表したタイマー、ゼロになればドカーン」
変態は目の前で、勢いよく握った拳を広げてジェスチャーをする。同時に手元の起爆スイッチを入れる。
「さあ、もうカウントは始まったぞ! もたもたしていると、お前の大事な我が家が吹っ飛ぶぞ!」
え!? ワンモア、プリーズ!
「だ、か、ら。吹っ飛ぶって言ったぞ。お前の家が」
直人の横の怪しい箱が爆弾じゃないの? いや、直人が吹っ飛ぶことにならなかったのは良いんだけどさ。
「じゃあなんなの? その直人の近くにある怪しい物体は?」
「これか? 時間指定するの忘れていたからな、遅くなった時のための弁当だ」
「ほら」といって中身を見せられると包みの中からサンドイッチを入れた箱が出てきた。
サンドイッチは、パンは全てトーストされており、まだ新鮮そうなレタスやトマト、さらにそら豆のディップが使われており、何気に美味しそうだった。
「さあさあ、早くかかって来い。もう九分を切ったぞ。来ないと小僧の家ごと爆発だ」
「おじ……、ミスターXX。何さらっと僕の家も巻き込むんですか」
無駄な会話に一分使ってしまっていたのと新たな事実が判明する。
もう余計な時間を使っている暇はないな。とっとと決着つけないと。
大事な我が家とお隣を守るため、ミスターXXなる変態に全力をだして立ち向かうのだった。
* * * *
「はぁ、はぁ、はぁ。やっと倒した」
眼下で下した男をみてあたしはつぶやいた。
男から奪った起爆スイッチを切ると、残りのリミットは三十秒。ギリギリだった。
こいつそんなに力とか強くないのに、ものすごくタフネスだけはあってなかなかシブトかった。
「ミスターXXさんだだだ大丈夫ですか?」
拘束を解くなり、直人は自分を攫ってきた相手をもう心配している。基本、相手が誰にでも優しいのが直人だ。
しかし、救出したのになんか挙動不審だ。親父に何かされた?
さてと。
「こんなとこまで呼び出しやがって。お前さんのせいで大事な休日が潰れた上、今月の残りの小遣いだって交通費で消えたんだかんな。返せよ!」
返せぇ……返せよー。うぐっ、えぐっ。私は男を締め上げる。
「分か、分かったから。手を緩め、緩めてくれぇ」
男の絞り出した声に、手は離さないまでも締め上げるのは止める。
「そこの彼の分と合わせて払えばいいんだろ。これで足りるだろう」
男は財布を取り出して千五百円を渡す。
「……偽札なんかじゃないな。帰るか……親父」
「気づいていたのか」
あんな特殊なファッションセンスを持っている人間をあたしは一人しか知らない。
「まったく。何が目的だったの? 何か面白かった?」
親父の行動原理は単純明快。面白いか、そうでないか。
だけど、今回は親父が直人をここまで攫ってきただけ。親父がそんなに楽しめていたとは思えない。
「いや、まだ全然! でも、私のしたいことはもう済んだよ」
全然の割に、そう言った親父の顔は妙に嬉しそうにニヤニヤしていた。
まだ、とか、もう、に引っ掛かりを感じたのだが、それでも親父の意図が全く読めないのであきらめた。
「そうそう、キイちゃん。パパこれから寄り道しないといけないんだ。だから帰りは、直人君と二人で帰ってきてね」
何で「直人」と「二人で」を強調するのだろう、親父は?
「それじゃあよろしく、see you next time. ばいばいび〜」
そう言い残して、親父はあっという間にあたしと直人を残して去って行った。
「あの親父は何がしたかったんだろうな? さぁ直人、帰ろうか!」
――サッ。
直人の手を引いて帰ろうとしたのだが、その伸ばした手を不意に避けられた。
さっきから直人の挙動が怪しい。いつも慣れた様子で接してきていたのに、さっきからまるで初対面のように落ち着きがない、
「ちょっと見して!」
今度は直人の手をシッカリと掴み、顔をズイっと覗き込む。
「あ、あわわ、わ、わ、わわあ」
脈拍の上昇、筋肉の強張り、瞳孔の開き、赤面症、口の震え、挙動不審。
これらの症状から指すことは、直人は極度の興奮状態にあるということだ。
仕方がない。いつも絡まれている私でさえ、精神的疲労が半端ないのだ。
今日、いつから一緒にいたのか分からない直人なら言わずもがな。
「いいいいいいいいいからら、今日は、ちょちょっと距離をと、と、とってくれれると助かるかな」
可哀そうに、親友のあたしにさえ脅えてしまうほどのトラウマを、アイツに植え付けられたに違いない。
慰めたいけど、近寄れないならどうしようもない。離れておくことにしよう。
「ウチの親父がゴメンネ。そういうことなら離れておくから」
「やっぱま、ま、待って」
そっと直人から離れようとあたしを、直人は追いかけて近寄る。
直人は百面相を覗かせた後、大きくかぶりを振って両手で顔を抑える。
しばらく抑えて、後で手を放した時に見せた顔は今まで見たことないくらいにまじめだった。
「キイちゃん!!」
「は、ハイ!」
気合の入った大声についつられて返事を返してしまう。そこにはさっきまでの不振だった挙動は微塵もない。
「よく聞いて……く、れ?」
直人が何かを伝えようとした時、頭上に灯された光にあたしは吸い寄せられていく。見れば光源にはUFOが。
アブダクションされとるー!
瞬く間にアタシを収容した未確認飛行物体。
ただいまあたしがいるのは、見知らぬ真っ白な部屋の中。
スピーカー、の様なものから拙い発音であたしにこのように告げた。
「ツイニテニイレタ。ホノホシサイコウノチカラ。カエサレタクバ、ワレワレシタガエ。ソノチカラワガテニ」
どういう訳なのか、どうやらあたしのことは世界を突き抜けて宇宙にまで拡散していたらしい。
さて、どうやって家に帰ったものか。
二話にして、いきなり分量上がってすみません。しかもそのくせ、新キャラの個性があまり描けなかった気がする回でした。上手くなりたい。




