第1話 狂科学者(マッド)の娘(ドーター)
生き物には、生まれた瞬間から、どう抗いても克服のできない天敵というものが存在する。
どんな生物も天敵には抗い敵わないように、同じようにあたしにも天敵と呼べる人物が身近にいる。
変態二人を見届けた後家に入ると、あたしの気配を察して、あたしのはいった玄関に一人の男が飛び込んでくる。
「キーーーーーーーーーーーーーーーーイ! パパ、会いたかったんだぞー☆ このこのこのぉーー!」
この無駄に高いテンションで、あたしにじゃれ付くのが親父の鍵彦。なんでもさる世界では有名な科学者らしい。
「うるさい、親父。引っ付くな暑苦しい。こら、頬ずりすんなって、刺さる!」
あたしの、このやや汚い男っぽい口調は、この変態親父への反発を強める為に形成された。
「なんだか口が悪いぞ、キイ。私のことはパパと呼べっていつも言っているじゃないか。昔はあんなに『パパ、だーいすき』って言って抱きついてくれていたじゃないかー」
「暑苦しい! いつもなんだってそんなに引っ付いてくるんだよ!」
親父は私の前ではいつもこんな調子だ。三百メートル圏内ならいつでもあたしを感知できる生体レーダー(自称)があるらしい。しかも恐ろしいことにその精密さは、的中率百パーセントを誇っている。
「ええ〜。だってキイは、パパの最高傑作なんだよ。容姿から背格好、身体能力、その全てをDNAの塩基配列を含めて一からパパが設計したんだぞ」
今をさかのぼること、十五年ほど前のこと。当時、生命創造の研究をしていた親父は私を生み出した。
すでに二十五歳の若さで、科学者として天才の名を欲しいままにしていた親父は、当時マイブームだったバイオテクノロジーの研究として新しい生命を創造した。その生命があたしだ。
親父はその際に、持っていた技術と知識をあれこれを詰め込んであたしを創ったらしい。
おかげで、あたしは普通の人間どころか、他の生き物でも持ちえないような能力があれこれある。
さっきの話で、変態二人を難なく取っちめられたのは数ある能力の一つを使ったからだ。
「キイキイキイキイキイキイキイキイキイキーーイ!」
ますますヒートアップする、一方的なスキンシップ。頬ずりされるたびに、おろし金レベルの(様に感じる)顎髭が刺さって痛い。
「ああもうっ、暑苦しい! 離れろ親父!」
「そんな」
ショックを受ける親父。
その隙に、引っ付いた親父を取っ払おうと力を込めて、その時に気が付いた。
「か……から……だが、痺れ……る」
抜け出せたものの、あたしは膝をついて倒れる。
確実に、何かをされた。
見れば、親父の手元には一本の注射器が握られてあった。さっき抱きつかれたときにでも、刺されてしまっていたようだ。
体に力が全然入らない。一体なにしやがった糞親父。
「ちょっと新薬の実験お願いね。大丈夫、即効性だから」
それは何に対する保障なんだよ。あとやってから断りを入れんな。
「5・4・3」
カウントダウンを始める親父。この場合、たいていはろくでもないことやっている可能性が大だ。
「2・1」
何とか体を動かそうと無茶をしてでも体に喝を入れるが動かない。カウントが無情にも過ぎていく。
「……0」
カウントダウンが終わると同時に私の体に変化が起こる。
「くっ、ああっ」
体が熱い、焼けるようだ。実際、体から水蒸気のような煙が立ち昇ってきだした。
「いいぞ、いいぞ」
何がいいのか知らんが、こっちはくたばりそうだ。仮にも親ならこっちの心配をしてくれ。
「それなら心配ない。キイの体はたとえマグマに浸かったとしても大丈夫にできているから」
「勝手に……読心……するんじゃないよ……親父」
あと心配してほしいことがずれてる。
「なんてな。はら、解熱剤だ。十五分もすれば楽になる」
そういって懐から、さっきのとは別の注射器を取り出して、あたしの袖をまくって腕にそれを注射する。
そうすると、体の熱が少し引いて楽になった。
「さてと。キイが体を動かせるようになったら、すぐに晩御飯だ。今日はカレーだぞ」
そういって親父はウキウキとしてあたしを抱えた。
「恥ずかしい、やめろ」
親父にお姫様だっことか嫌すぎる。
「ぐっ、重たい!」
乙女に向かって重たいとは失礼なことを(実際には、あたしは筋肉の密度は高く、かなり重たくなっているが)。女に体重の話はタブーだぞ。
「しかーし! 可愛い娘のためならなんぼのもんじゃい!」
親父が腰を入れて持ち上げると、あたしの体が僅かに体が浮いた。しかし床すれすれの高さで、それ以上は上がらない、かなり厳しい様だ。
「おい、無理すんな親父」
「ハハ、ムリナンテシテイナイヨ」
明らかに無理をしていた。顔には脂汗が滲んでいる。
親父はそのままへっぴり腰であたしを抱えたまま、あたしをリビングへ連れて行った。
「あたた。腰が、腰が〜!」
やっぱ無理でした。
リビングについてからすぐに親父はギブアップ、湿布を取りにその場をはなれていった。
あたしは、リビングについてすぐに熱から来る虚脱感から、少しの間意識を沈めることにした。
――十五分後。
「よし、実験は成功だ!」
ベッドソファーで眠っていたあたしは、目の前にいる親父の声で起きた。
(あれ? 体のそこかしこから違和感が)
最初に感じたのは親父の声だ。しかし声が変、というよりは聞こえる耳が変だ。頭の上側から音を拾ったような感じがする。
次いで、尾てい骨のあたるがムズムズしている。
「おい、この糞親父! 今度は一体何をしたんニャ」
ん? ニャ?
あれ?
おかしいぞ?
落ち着け、こういうときこそ冷静になるんだ。そうこれはきっと、『みゃー』とか『にゃー』とか『ぎゃー』とかがある、名古屋弁の類の訛り的な何かに違いない、きっとそうに違いない。
ハイ深呼吸! ――す〜は〜。……よしっ、落ち着いた。もう一度だ。
「おい、この糞親父! 一体ニャにをしたんニャ」
――――。
駄目だった。
今度こそどう聞いても、エセ臭い名古屋弁的な何かですらなかった。
この『ニャ』は、猫的な方向性の『ニャ』だった。
「きゃー、きゃっわいいいい!」
病み上がりの体へ飛び込んでくる影を、何とか動く体で吹き飛ばしてやり過ごした後、あたしは恐る恐る最初に違和感を感じた頭上へ手を伸ばした。
――ふにふに。
ほわほわした毛の様なもので覆われたものが、頭から生えていた。もちろんそんなものが生えているなど、身に覚えなどない。
しかし、その頭から生えたブツには以前から触れたことがあるような既視感を感じる。
まさか、と感じてあたしはハネ起きて、脱衣所にある大鏡の前に向かった。
「ニャ、にゃにがニャンニャンダー!」
頭上に鎮座する黒と白のツートーンカラーの二つの三角形。黒猫耳が生えていた。
「もともと、猫耳娘にするための薬なのに、しかし言語機能にまで影響が出てくるとは。実に興味深い」
「にゃ!?」
いつの間にか、背後には這いよって来ていた親父がいた。しかし、なんてくだらない物を発明したんだよ。
「ああぁ、でもそんなことより、尻尾可愛いよ、尻尾」
へ? 尻尾だって?
「――!」
頭の理解が追い付かないうちに道の感覚が体に伝わってくる。例えると、さわり慣れていない所をくすぐられているかのような。
あたしはその感覚のする部分を向いて見ると、猫の尻尾のようなものを親父がかかえていた。そこから嫌な感覚がビンビンに伝わってくる。
その尻尾の元を視線でたどっていくと、自分のところから伸びていた。
「ミャーーーーー!!」
「みゃぁ、なんてキイ言っちゃってもう、さっきからずっと可愛『――ドゲシ!――』……グフ!」
さてどうしたものか、尻尾まで生えているとは。
気になるのは、何時までこのままなのかということ。
以前親父が実験してきた、『名状しがたい生物』になる薬なんて、効果が丸一日続いてしまって学校を休む羽目になったし。
「効果なら明日の朝には切れて元に戻っているよ」
うわっ。人が少し考え事をしている間に、直ぐ復活しやがった。的確に脇腹に入れたのに。
「ふぅ。スキンシップ終了。やったね!」
親父は、とても晴れやかで穏やかな表情をしていた。かなりご満悦の様子だ。肌なんてツヤツヤしている。この変態め。
「この薬はそんなに長くは続かないようにできているんだよ。もっと長く効果を持続させることは出きれけど。何せ長時間そういうプレイをするにはさすがに日常生活には支障が出るからね」
ここに日常生活を送っている少女がいるんですがねえ!? 支障がないとでも思っているの?
「効果は一晩が終わるまで。……くらいかもしらないっぽい可能性も無きに非ず」
最後をかなり濁すな! 大事なとこだぞ。
「ま、なんにせよ、今はご飯だ、ご飯。さっきも言った通りカレーだよ。今日は」
仕方がない。今の状態を治すことができないのなら、待つしかない。第一、親父が効果の切れるような薬を現段階で作っているとは思えない、絶対今の状況を見て楽しむつもりだったろうし。
あたしは今日も散々に、親父の思惑通りにいいようにされてしまった。
親父の相手の上手を取るスキルは一流だから苦手だ。
その後の晩御飯で。
「ひゃぁっほい! 真っ赤な顔で涙目になりながらフーフーしてるキイも可愛いよ。キイちゃんマジ天使」
猫舌になっていて必死にカレーを冷ましているあたしを見て、そういいながら親父は大量にカメラのシャッターを連打しながら満足するのだった。
どうも。作者の56(いそろく)です。別に『ごじゅろく』でも『ごろー』でもかまいません。
つたない作品ではありますが、少しでも見てくれる人がいるなら幸いです。