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かいぶつ が あらわれた  作者: 気狂いピエロ
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ゆるぎないこころ

『ゆるぎないココロ』

 日がいまだ昇らぬ時間、馬蹄と軍靴が大地が冷たいこの時間の静けさをぶち壊す。

 の共和国軍駐屯地から、数多の幌馬車が出撃していく。幌馬車の部隊章は車輪にライフルと拳銃の交差。すなわち共和国軍第八軍団である。主たる部隊運用は機動打撃。

 幌馬車の中には決戦状況で突撃を敢行する歩兵部隊を満載している。

 歩兵は軽装。破れにくい軍服に、弾帯を腰に帯び、革の鞄をたすき掛けにしている。弾帯には弾薬が収納された革袋がついている。この革袋は規格化されており、だいたい一袋で一回の戦闘分になるように作られている。通常の歩兵はこれを五つ持ち歩いている。

 歩兵たちの身を守るための武器は、六連発回転弾倉式ライフルだ。この銃は従来の回転弾倉式拳銃の装填機構を長銃に応用したものであり、諸国で一般に使用される前込式長銃に先んじて連発機構を備えている。連射速度は一分間に二〇発であり、旧来の前込式長銃の八発と比較すれば、二倍を超える連射力である。だが、性能面もさることながら、この銃の最大の特徴は戦術運用の幅を広めたことである。

 従来の前込式長銃では、伏せ撃ちが不可能だった。しかし、手元で装填できるこの長銃ならば、伏せながら弾を込めるという作業が容易になった。

 だが、欠点がないわけではない。発射する際、回転弾倉の隙間から洩れるガスが、軽い張り手のように射手の頬を打つことになる。兵士たちは何らかの覆面か頬当てをかぶることで、その張り手を誤魔化していた。

 また、彼らを乗せる幌馬車も、部品を規格化し、補修に際する互換性を高めていた。

 今回動員された共和国軍第八軍団の目的は『南方の塔』よりあふれ出た『妖獣』の大群を人類の生活圏に到達する前に排除することだ。

 主戦場に砲弾を叩きこめる丘陵地帯に砲兵陣地を構築するのが作戦の第一段階だった。そのために一〇個連隊一万人が先遣され、それぞれの連隊担当地域に火力網を構築しようと努力していた。

 彼らは、想定作戦地域に穴を掘っていた。

 個人が敵の砲弾から身を守るためには、物陰に隠れる必要がある。しかし、十分な強度の障害物があるという状況は、そうない。よって、歩兵は敵よりも素早く戦場に向かい、真っ先に穴を掘らねばならないのである。

 鉱山技師などの技術指導を受けた工兵部隊も編成されていたが、いかんせん人数の不足ゆえに、重要拠点の建設に回されることが多く、一般部隊のもとに彼らの手助けが来ることは無い。

 三時間かけて体がすっぽり収まる穴を掘り終えると、今度は、穴同士を連結する連絡線を掘る作業へと移る。この作業は、伏せて移動できる程度の深さでいい。時間に余裕があればもっと深く掘るのだが、戦争で最も貴重なのは時間なので、それが余るという事態はそうそうない。

 日暮れ時には一通りの陣地を構築できた。

 兵士たちは幌馬車に戻り、弾薬や予備の銃、資材をおろし、簡易的な補給所を構築する。

 何十台の幌馬車から下ろされた荷物は、大変な量になる。しかし、量が多いように見えるものの、実際の戦闘状況に入ると欠乏を感じるというのが実相だ。


 第八軍団の軍団長たる将軍は先発した砲兵陣地左翼近郊に、配下の二個銃騎兵連隊、一個突撃騎兵連隊計三〇〇〇と共に待機していた。銃騎兵は銃身を短くした騎兵ライフルと反り返った騎兵サーベルを装備した近接機動戦力であり、一撃離脱を最大の目的としている。突撃騎兵は胸甲と鉄兜で身を覆い、拳銃、鋭い長槍、騎兵サーベルを装備した突撃戦力として、戦闘の流れを決定づけるのが任務だ。

 将軍は、幕僚から報告される情報と、各級指揮官からの報告から、戦闘展開の全体像を頭の中に浮かべていた。一応、手記にも覚書を記しているが、機動戦闘になったら、書き込んでいる余裕はない。頭の中に全て叩きこんでおかなければならない。

 地形、部隊配置図、射程、各級指揮官の位置に各部隊の移動速度、古典的な戦法から将軍独自の戦術研究に基づく理論まで、考慮する事項は多い。それらを上手く扱う、知識を総合する力が非常に重要になる。端的に言うなら、難しいことを簡単に考える力といってもいい。

 そんな軍人だらけの中に、艶やかな娘が丸い球体に乗って、将軍の傍を漂っている。

「勝つんじゃろ? ウォルフ」

 そう尋ねる娘は、彼女に相応しい長い杖を携えている。

 すなわち間違いなく魔女である。

「戦闘には勝つ。その果実を上手くもぎ取れるかは執政官殿の才覚次第だ」

 ウォルフと呼ばれた将軍―正確にはウォルフレン―は力強く答える。

 将軍は戦争と同じもので出来ていた。

 決断を仕事にしている人間の特徴を彼は全て備えている。

 年齢不詳。瞳は若々しく、使う言葉は老練。振る舞いは洗練。挙措は繊細。騎兵ライフル銃と騎兵刀の扱いに慣れきったことを示す厚い大胸筋。戦歴を示す数多くの従軍記章。そして戦場で大いに活躍したことを示す勲章。

「戦争は戦線ではなく後方の政治屋が果実を拾うからのぅ」

「戦が終わったら抱かせてもらう」

「内容によりけりではあるがな」

 この体が欲しいのか、と言わんばかりに胸を寄せるが、それを見ているのはウォルフレンではなく、周囲の幕僚や騎兵指揮官だった。

「諸君、生き残ったら我の胸を触らせてやろうぞ」

 すると、一人の軽騎兵将校が馬をココに寄せてきた。

 伊達に構えた騎兵帽に、揺らぐ赤羽を挿している

「騎兵上尉、アルザックです。一一突撃騎兵連隊『赤羽根中隊』中隊長アルザック、以後お見知りおきを」

 アルザックはココの手を優しくとると、口づけをした。いいぞ! 隊長、と部下がはやし立てている。部下は伊達男が大好きだ。実力がある伊達男ならなおさらだ。

「立派なお髭ではあるな。我は感嘆した。そなた、是非後日、下の方の髭も立派かどうかを見せるがよい」

「香水で手入れしておきます、レディ・ココ」

「じゃが、確認は他の魔女に任せることにした。もし我が受け入れられぬ大きさだと困るからのう」と、ココは上目遣いで大尉を見る。

「いやはや! 一本取られましたな! さすが将軍の女だ」

「よかったな、上尉。魔女はたまらんぞ」

 ウォルフレン将軍が上尉に話しかける。大尉は少々かしこまる態度を見せるも、ウォルフレンに対して気さくだった。

「しかしまあ、魔女が人間に話しかけるってだけでも珍しいのに、一緒にいるってのは、やっぱ将軍が只者じゃないってことですかね。よく口説けやしたね、将軍」

 隊長だったらアソコを大根にされちまう! と部下がはやし立てている。アルザックは仰々しくココに礼をすると、部下を教育しに隊列に戻っていった。

「で、魔女はたまらんのか、ウォルフよ? 我はそなたに抱かれちゃおらぬぞ?」

 ココがウォルフレンの首に腕を絡ませる。

「時が来れば、抱く」

「その時は我を楽しませるがよい」

 ココは胸を当てすぎる、とウォルフレンは思った。


 左翼の砲兵陣地を指揮する幌馬車連隊長たちが、そろそろ夜間警戒の準備をするかと相談し始めた時、伝令兵が陣幕に駆け込んできた。丘陵地帯の小高い丘の向こうに、ちらりと妖獣の『人面狼』の影が走った、との偵察騎兵からの連絡だった。所定の防御態勢を整えるまでのわずかな隙をついて、機動力に富む人面狼が蹂躙戦闘を仕掛けるつもりなのか、と予想した連隊長たちは、早速煙信号を発した。


「発煙信号、黒。敵発見、左翼陣地です」

 情報担当の幕僚がウォルフレン将軍に告げる。

 すると、砲声と突撃ラッパの音が聞こえてきた。交戦状態に入ったのだろうとウォルフレンは確信した。

「一〇一銃騎兵連隊、敵の退路を絶て。一〇二銃騎兵連隊、一一突撃騎兵連隊は私に続け! 目標を殲滅する」

 将軍は愛馬の手綱をとり、馬頭を交戦地域に向ける。そして即座に馬を一喝。 馬が高くいななき、部隊の先頭を駆け抜ける。指示を受けた騎兵三〇〇〇も回頭し、将軍に続く。

 夕日を遮るのではと思えるほどの砂埃舞う中で、ウォルフレンは次の手をいくつも考える。

 この攻撃は威力偵察だろう。ある程度圧迫してみて、反応を見る。そして陣備えも確認しておくのが目的だろう。だから、決戦的な戦力を投じてこない。となると、本番は夜が明けてからだ。ここからは速度の勝負になる。一手が早いほうが勝つ。先の先を考えるなら、中央陣地の砲を展開させ、翌朝日の出頃の敵部隊を迎え撃つ準備が必要だろう―


「あーあ、男はこれだからダメといえる」

 ココは上空から軍を見下ろしている。

「さあ、ココ、逃げるんだ、私が守ってやる、すら言わぬ。余裕なしで走り出しおったぞ」

 ココはごろんと玉の上にうつ伏せになった。実に退屈そうである。

「さてさて、あの赤ひげだか赤羽根だかに紹介する魔女も探さねばのぅ。お、一応記録しておかんとな。寂しくなったときに見れるように」

 ココが玉を叩くと、玉に巨大な眼球が現れた。眼球は戦場全域を記録し始める。

 ココが杖を球体の受動神経に突き立て、魔女達のデータベースにアクセスしてみると、戦場の隅々まで動画として記録されている。どうやら、観察しているインターフェイスは一人二人、というわけではないようだ。

「観測点か。ウォルフ、そなたは人気者じゃな。少々嫉妬を覚えないでもない」

 ココは玉の高度をゆっくりと上げる。

 雲に近づくかと思うくらいまで移動すると、そのまま最初の衝突が起きた左翼陣地へ記録眼球を向ける。

 左翼陣地では、銃撃が始まっていた。

 火力を発揮しようと、共和国軍の砲兵が大砲をうちまくっているが、あまり有効打にはなっていない。夕暮れ時であるし、人面狼の機動力もなかなかだ。弾道観測が追い付いていないのだろう。

「うーむ。人面狼は生理的に嫌悪感を抱かざるを得ん。人の面をした狼。やたら鋭くて大きい前足の爪。あのニタニタ笑った表情がこう、耐え難いのぅ……」

 陣地の一部塹壕は人面狼がすでに歩兵を追い回しており、無残に討たれる歩兵も出始めている。中には死体をいたぶる人面狼も観測できた。いやいやながらも、ココは記録を続ける。

 共和国軍も歩兵塹壕から射撃を繰り返しているもの、素早い人面狼の動きに対して劣勢なのは、しかたないとも言える。

「正面から突撃せぬとは、人面狼も存外愚かではないらしい」とココは思った。

 じゃが一〇二銃騎兵、一一突撃騎兵が来れば、戦況は共和国軍優勢に傾くな、と頭を回す。

 

 数分の後、ライフルをたくみ操る将軍を先頭にして、一〇二銃騎兵連隊が陣地を蹂躙し始めていた人面狼群の横腹を一撃した。

 連続射撃の後、抜刀、突撃。人面狼の群れも応戦しようとするが、速度のついた銃騎兵の突撃に、速度を落として死体をいたぶってしまった人面狼で対抗するなどは、速度すなわち衝突力であある戦闘において不可能に近い。

 すり抜けざまに切られるか撃ち抜かれるのが関の山だ。首を落とされた人面狼があちこちに転がっていた。そいつらの顔はニタニタした薄ら笑いではなく、これまた強烈な悲嘆顔である。

 また、脚を切られたか、単純に傷ついて動きをとめた人面狼どもも、歩兵がそれを見逃すはずがない。無抵抗かつ無防備の人面狼に弾薬を浴びせる。蜂の巣、という表現は不適である。ライフル弾の運動エネルギーは、物体を砕くという表現が正しい。骨が砕け、内臓を破裂孔からこぼす死に方というのはあまり美しい死に様ではない。

「突撃用意! 着剣!」

 歩兵連隊の連隊長が旗手に命ずる。各歩兵連隊の部隊旗が鋭く前方へ掲げられる。

 歩兵達は素早く銃剣をライフルの筒先に装着する。

「前へ!」

 この号令と共に歩兵が一気に駆け出す。部隊旗を中心に密集して軍靴と軍歌を響かせる。

 人類は歌う。

 殺すとき、彼らは歌うのだ。

 塹壕を飛び出し、銃剣を不気味だが明らかに怯えた表情を見せる人面狼の腹に、額に、目に突き立てる。

 あーあ、人類による虐殺じゃなぁと、ココは少々気分が悪くなったが、仕方ない。本当に、仕方ないことだらけなのが戦争のプロセスだとココは知っている。

 人面狼の群れが撤退を始める。まあ、妥当な引き際じゃ、とココは思う。退く事を妖獣どもは知り始めている、というのはウォルフの耳に入れてやるかの。そう思いながら中央陣地側に向けて移動を始める。左翼陣地は再編成を始めている。歩兵たちは負傷兵を幌馬車に放り込み、安全地帯へ後送する作業にとりかかりはじめる。

 結局逃げた人面狼の群れはすぐに一〇一銃騎兵連隊に半包囲され、殲滅された。


ココは、中央陣地へと向けて進路をとった。

極端な話、この大陸をひとっ飛びで横断できるのだが、今の文明水準に合わせてのろのろと飛んでおく。ウォルフに軍事協力しろなんて頼まれたら、断れぬじゃろうし。

 日は完全に落ち、気温が下がり始めた。

 中央陣地に明かりは無い。徹底した灯火管制が敷かれているからだ。

 ウォルフレンは、医療協力を申し出てきた魔女の長と会談していた。

 一般の生活でもそうだが、医療行為というのは魔女の独占状態にある。

 怪我をすれば近場の魔女に相談するというのが社会機構として、大陸全土に定着していた。

 魔女たちはあらゆる戦場に展開し、介入せず、ただ見守っている。しかし、ひとたび戦闘がひと段落すると、彼女達は、様々な道具を使って治療行為をしてくれる。

 ただし、彼女達のために天幕を張ったら、中を覗いてはいけないという暗黙の合意が人と魔女の間にはあった。人が見るには耐え難い情景が、医療天幕の中では行われるのだというのが、兵士達の間での専らの噂だ。

 魔女の提示した書類に署名し、最敬礼を以って魔女に後事を託し、護衛をつけて医療天幕まで送らせた。司令部用天幕には地図が簡易机の上に広げられ、作戦参謀長のローラン中佐が、将軍の作戦構想を具体化し、確認を求めている。

 そこに、ココがひょっこりと入ってきた。昼間とは服装が変わっている。どうせ使い道のないウォルフレンの給料は、貯蓄分以外はココに自由に使わせている。そうすると、彼の金貨は瀟洒な衣類へと変身し、何もなかった赤煉瓦屋敷に衣装棚が大量に増殖することになる。

「ココ、見張りの兵士はどうした」

「愛人じゃ、といえば通してくれたぞ、ウォルフ」

 これは士気に関わるな、ウォルフレンは思った。だが、ココがうろうろすることで兵士の士気が上がっているともアルザック上尉が報告していたのも事実だ。

「閣下、とりあえず御嬢さんのことはさておき、この紙に署名を」

 幕僚徽章をつけたローラン中佐が苦笑を浮かべながら、将軍に裁可を促す。すまん、と将軍は謝り、ペンを執る。

 署名を確認すると、ローラン中佐は将軍に敬礼、ココに軽い笑顔で会釈して天幕から去っていった。この後彼は、関連する諸部門との調整業務がある。幕僚に睡眠という贅沢は中々与えられない。無論、最高指揮官たる将軍は当たり前である。

「なかなか、そなたの部下は良い面構えをした連中が多いのぅ。我は感心した」

 ココはそういってウォルフレンに近づくと、爪先立ちをして、彼の頭をなで始める。

 ウォルフレンはココのしたいようにさせる。彼はもうすでにココに心の鍵を預けてしまっている。ココは好きなときにその鍵を使って、ウォルフレンの心を自由に触ったり、つまんだりできるのだ。

「そなたの敵は、ますます賢くなっておるぞ?」

 ココはウォルフレンの頭をいじるのに飽きたのか、机上の地図を眺めながらウォルフレンに話しかける。ウォルフレンはココのために私物の荷箱から、ぶどう酒の入った羊の胃袋で作った皮袋を引っ張り出す。ココは目を輝かせてどこからか燻製した小ジョッキを引っ張り出してきた。彼は彼女にぶどう酒を注ぐ。

「妖獣どもも学習している。『塔』から溢れるごとにどんどん賢く、そして残虐になる」

「最近は人間をいたぶったり、辱めることも覚えたと観測している」ココはぶどう酒を楽しみながら、つげる。彼女の知らないことはそうそうない。ただ、記憶が多すぎて、検索には少々煩雑さを最近覚えている。

「さて、人面狼どころか人面馬なんてのもおる。はたまた理解不能な行動基準の巨人ギガンテス。毒撒きながら甲高い笑い声を響かせ続ける馬鹿でかいキノコ。さて、共和国はどうやって勝利するつもりか知りたいのだが」

「やつらは時が来れば消える。せいぜい数ヶ月しか活動できない。この間ひたすらに人類をいたぶり続けるだけだ。すなわち例年通り減らせるだけ減らす。後は冒険者ギルドにでも任せておけばいい」ウォルフレンが机に体を預けながら答える。

「何かこう、自信なさげであるな。申してみよ」ココは空になったジョッキに自分でお代わりを注ぐ。

「明日、主力が到着次第、広範な防御線を展開する予定だ。しかし中央はどうも権力闘争にのめりこみすぎているようだ。申請した物資・兵力が届かない可能性が高い」

「ほう。大変であるな。そなた、執政官殿と仲良くしすぎたな」ココが上目遣いにウォルフレンを見つめる。

 正解だと褒めてやるために、将軍はココのジョッキをぶどう酒で満たしてやる。

「執政官殿は間もなく失脚するだろうな。私は政治的後ろ盾を失う」

「改革が性急と大衆が評価したか。または議会が人気取りに走ったか」ココはウォルフレンが現在の執政官ヌーヴェルゲヒトに行っていた作戦進講を思い出す。

 いつも安いがよく手入れさえた正装に、磨きぬかれた革靴を履いていた男が将軍の後ろ盾の政治家、ヌーヴェルゲヒトだ。

 四十手前にして一国を任される執政官に選出されるだけに根回しもうまかった。現状、共和国でまともな将軍がウォルフレンだけであることを理解しつつも、彼の昇進を抑え、革命騒ぎの縁故で偉くなった連中に階級を遠慮なくくれてやる。その一方で実質的な指揮権、戦略資源、兵力をウォルフレンに集中させる。いわば既得権保障と実質的必要性のバランスを取れる男であった。今期の金融政策に関しても、議会が予算案を骨抜きにしなければ、非常に理にかなったものだとココは評価している。その悪くはない頭の出来をみて、魔女による観測対象とすべきと報告したのはココだった。

「すると、この南方での任務を終えると本国にそなたは送還か」

「そうなる。後任はスカノビッチあたりか」

「ふうむ。画家上がりの男がこの戦域を支えられるとは思えぬがのぅ」

「歴戦の下士官を残す。背骨がある程度まともなら、頭が腐っても立つことくらいできる」

「羊に率いられた狼の群れは弱いと思うがの」

「狼は狼だ。いざとなったら羊を殺せばいい」

「なるほど。そなたが議会から嫌われるのがよくわかった」

 ココはそういうと、ウォルフレンのジョッキにぶどう酒を注ぐ。

 将軍は黙ってココの注いだ酒をあおった。

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