転生課のドラセナさん
前提として人は脆く、些細な要因でその命を落とす事は良くある事だ。
その要因が死亡人口の決裁における記入ミスの場合、落命した人間と対話する事もある。
うっかり異世界まで飛んでしまった人類に対して、人類の出生・死亡を管理する責任者として謝罪し、転生する事となる世界の基礎知識を与え、言語翻訳の術式を魂に刻んだのち、転生させる。
そちらのミスなのだから何か凄い能力を寄越せ、と言う人間が最近増加している為、転生を前に説明をする場を設ける事もある。
例えば、チートと呼ばれる能力を授けた場合の弊害。
武術の達人が何十年と掛けて修得する様な力を、幼児が振るった場合にどう言った事態が想定されるのか。
最大火力の魔術を振るう事が出来る能力があったとして、「試しに」と山を砕いたり海を割った場合、どの様な事態が起きるのか。
最高峰の治癒能力を持ったとして、傷口の処置や人体の構造についての理解が足りない時にどう言った被害が発生し得るのか。
そも、お前はチートと呼ばれる能力を授かるに値する善行を積み上げたのか、と懇切丁寧に説明する。
それでも、何故チートが貰えないのか、と荒れ狂う者もいるのだが、異世界に転生するにおいて言語翻訳の術式を魂に刻むだけでも十分に破格の対応である。
ミスを認めない様な新米の場合、説明なしに転生させる事もある。
すると、異世界に転生した魂は何時まで経っても言語を理解出来ず、意思疎通が計れない事から腫れ物扱いを受ける事になり、療養院に入れられるか、放逐されるか、或いは、―――間引かれるか。
今日私が対応したのは、50間近の男だった。
中流家庭に生まれ、弟と妹がいる。
学業成績は中の上。
大学受験の失敗と三浪を期に30年近く自宅に引き篭もり、親の脛を齧って生きてきた様な男。
帰省した妹の頼みで、妹の孫のおやつを購入する為に久方ぶりに外出したところ、投身自殺を図った人間に巻き込まれて死んだ。
異世界転生するならチートありでハーレムを作りたい等と言う世迷言を宣ったので、懇々と説教を喰らわせたところである。
『龍神様を困らせてはならぬ』
文句ばかり口にする男を黙らせたのは、私が新米の頃に初めて異世界転生の手続きを行い、天寿を全うしたのち地球に魂の転送手続きを行おうとしたところ、何故かそれを拒み私の部下として雑務処理をしている男だった。
トメキチと言う名のその男は12人きょうだいの9男坊で、とある武士の家に奉公に上がっていた際に主の仇討ちに巻き込まれて命を落とした。
本来、討ち入りの前に暇を貰って嫁と子供達の待つ長屋に帰って難を逃れる筈だったのに、記載漏れで死んでしまった男である。
頭に5つ6つ超の付く程のお人好しで、目の前に腹を空かせている子供がいれば自分の弁当を渡し、重い荷を抱えて歩く老婆の姿を見れば主に「早急に」と頼まれた仕事を後回しにして老婆の住むあばら家まで荷物を運んで叱り飛ばされる様な男だった。
自分が死んだ事よりも、主を守る事が出来なかった事を後悔し、遺された妻の良縁と我が子達の幸福を願う様な変わり者。
上から、世界の均衡を乱さない程度の追加の能力を与えても構わないと指示されていたが、天寿を全うする以外に望む事はない、と辞退していた。
トメキチは異世界で中流家庭の町民の家に転生し、平凡でありきたりな人生を送ったのちに天寿を全うして、今ここにいる、と言う訳だ。
目の前の男とは異なる理由でこちらの発言に耳を貸さなかったが、私の名前、ドラセナはトメキチの故郷で言うところの龍の子を意味すると教えたところ、「龍神様」と呼び始め、転生後の世界でも私に祈りを捧げていた。
今日、私が対応した人間はトメキチが地球に遺した子供達の子孫に当たる。
先祖と末裔でこうも違うのか、と無常を感じるのだった。
『私は異世界で町民の子として生まれ、勉学に励み、武芸の才を磨いた。私は戦う力が無い為に大切な主君を守れず死んだ。次こそは喪いたくはないと誓ったからだ』
騎士として召し上げられ、武勲を立てたものの、それを驕る事なく、異世界の故郷で戦地に赴いて3年、無事の祈りを捧げてくれていた幼馴染と結ばれた。
3年間を共に過ごし1番傍にいた自分ではなく、何故安全な場所で祈っていただけの女と結婚するのか、と騎士団の治療を任されていた僧侶の娘は憤慨していたな。
英雄となった男の傍に立つのは戦いを支える力を持った人間だろうとか言っていた。
『キミは、英雄の妻と言う称号が欲しいだけだ。私を愛している訳ではない』
と、トメキチは切り捨てていた。
10人の子宝に恵まれ、多くの孫や曾孫、玄孫に囲まれて穏やかに天寿を全うしたトメキチは
『今度こそ、私は大切なものを守る事が出来た』
と幸福に満ち足りた顔をしていた。
『何故異世界に寺小屋…、お前の時代では学校、と言うのであったな。学校があるのだと思う?力を持つと言う事の危険性を学ぶ為だ』
トメキチと同時期に、同じ世界に転生した人間がいた。
新米神は人間に言われるがままにチート能力を授けて転生させた為にそれはそれは大変な事になった。
『山を吹き飛ばして、自分は何かやったか?と聞いたものがいた。自分が何をしているのかも分からずに力を振るったのだ』
そいつが吹き飛ばした山には魔族の集落があった。
『人間じゃないんだからいいじゃん、魔族って悪いヤツなんでしょ?』
そいつはあっけらかんとそう言った。
魔族とは、人間が勝手にそう呼んでいるだけであり、人間と大きく異なる姿をしてはいてもその世界の人類の括りに入る生命体であり、人間側の王族と魔族側の王族が慎重に共存の為の模索をしている中にこの事態。
敵対の意思あり、と見なした魔族達は軍を上げて人間の王国に攻め込んだ。
元凶として捕えられたそいつは、自分は何も悪い事はしていない、ひ弱な人間を攻撃するなんてやはり魔族は悪しき存在だ、と宣った。
『お前が吹き飛ばした山で平和に暮らしていた凡そ200人の魔族が死んだのだぞ』
唯一生き残った少女は怨みの籠った目でそう言った。
『エルフが住んでいると知っていたなら山を吹き飛ばしたりはしなかった!』
そいつは良くわからん事をほざいていた。
魔族に引き渡されたそいつの行く末を私は知らんが、転生の手続きをした新米神の様子を見るに悲惨な末路を辿ったのであろう事はわかる。
以来、転生課では新米神が担当する場合は教育係が必ず付く事になっている。
『お前の新しい家族の様子を見ろ、我が子の誕生を、新しい家族の誕生を、心待ちにしている』
男の転生先は農業が盛んな地域の村人である。
温暖な気候で作物の育ちも良く、温かな気質の人間の多い村に住む普通の家族。
剣と魔法の世界において、1番重要とも呼べる食料を提供する村の一員として男は転生する事となる。
特別な能力はないが、平凡で、平和な生活が約束されている。
男は「農家なんて…」とグチグチ言っていたが、孤児や路上生活者として生まれたいのか?と問いかけるとしぶしぶ納得し、転生の手続きに入った。
転生において前世の記憶を保持するかどうかはこちらの判断だが、問題発生を未然に防ぐ目的で大半の場合前世の記憶はこちらで保管する事となる。
転生後に、問題なく新たな生活を送る事が出来る様に。
記憶保管者の管理不足で稀に流出してしまう場合があるがな。
トメキチが良い例である。
「お前の転生手続きも済ませたいところだな」
『龍神様の口下手では、手間が増えると上の神が仰っておられた。龍神様の口下手が治った暁には、私は転生する事にいたしましょう』
むう。
人間の癖に。
『今日の社食のおすすめは、食後のぷりんの付いたA定食だと聞きました』
「おすすめと言うのならば、それにするか」
生クリームにさくらんぼの載った社食のぷりんは滅多に出ないからな。
別に、わらわが甘い食べ物が好み、と言う訳ではないが、社食のぷりんは別だ。
昼の休憩を楽しみに、わらわは次の仕事を手に取るのだった。




