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ホワイトアルバム

こちらは2018年の作品です。

 『ザ・ビートルズ(通称ホワイトアルバム)』50周年記念エディション・アルバムの制作中に、プロデューサーのジャイルズ・マーティンは制作途中の音源を聞かせるために2人の男の元へ出掛ける事にした。

 

 どんなに完成度が高い状態の音源であっても、2人に「これじゃ全然話にならないよ。やり直しだ」と言われたら、すぐにでも仕事に取り掛かる覚悟は出来ていた。


 『絶対にビートルズを汚すような馬鹿な真似だけはしたくない』とジャイルズは思っていた。

 

 2人の男とはポール・マッカートニーとリンゴ・スター。

 

 早速ジャイルズはアメリカのロサンゼルスに住んでいるリンゴに会いに行った。

 

 久しぶりに会ったリンゴは温かい笑顔でジャイルズを招き入れると「ジャイルズ、ブルーマウンテンのコーヒーと紅茶と牛乳、どれがいい? 炭酸水やレモネードもあるよ」 

 

 「う~ん、迷う。リンゴは何を飲みます? この中でお薦めは?」ジャイルズは緊張気味に言った。

 

 「僕は大好きな緑茶を飲むよ」リンゴは友達をからかうような優しいジョークを言って場を和ませると、緊張していたジャイルズは一気に嬉しくなった。

 

 「ありがとう。良かったら、僕も緑茶をお願いします」

 

 「いいよ。俺の緑茶は急須で入れる本格的なお茶だからね、凄く美味いぞ」リンゴは、昔、ジョンに緑茶を薦められてから飲むようになっていた。リンゴは緑茶を飲むようになってからコンディションが凄く良くなっていたのでジョンに心から感謝をしているのと、緑茶を飲む度にジョンとの楽しかった思い出の日々が蘇った。

 

 リンゴはジャイルズに、「少し待っててね」と言うと嬉しそうにキッチンまでスキップをした。

 

 ジャイルズはリンゴの思いやりには何時も感謝していた。

 

 リンゴはビートルズなのに、気取ったり高圧的な態度で人と接するような事は1度だってなかった。

 

 リンゴは緑茶と小さなビスケットとサンドイッチを持ってきてくれた。

 

 「頂きます」ジャイルズは熱い緑茶を飲むと胸に落ち着きとリラックスが広がっていくのを感じた。

 

 「ジャイルズ、夜は街に出て食事に行こう。早速だけど、ホワイトアルバムの音源を聞かせてくれるかい?」リンゴは自室まで案内して扉を開けた。

 

 リンゴの部屋はアビー・ロード・スタジオ顔負けの機材だらけだった。

 

 リンゴは窓際のソファーに座ると、ジャイルズはホワイトアルバムの音源をケースから取り出してステレオから流した。

 

 リンゴはペンとノートを持って静かに目を閉じた。 

 

  飛行機が着陸する音に重ねてポールのクールなロックンロールボイスが流れてきた。

 

 リンゴはノートを広げて真剣な眼差しで細かくメモを書き込んでいく。

 

 ジャイルズは一言も喋らずにリンゴの様子を見守っていた。

 

 ホワイトアルバムの音源を聞いている間、リンゴとジャイルズは一言も交わさなかった。

 

 ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの稲妻の如く、ビッグバンのようなロックンロール、ビートルズ・マジックが煌めくように流れ続けていた。

 

 リンゴはひたすら分析をしてノートに細かく書き込んでいく。

 

 「どうでしょうか?」ホワイトアルバムの音源を全て聞き終えた後、ジャイルズは言った。

 

 「ビートルズは、本当に凄いバンドだな」リンゴは嬉しそうに笑った。

 

 「ジャイルズ、このまま進めてくれ」リンゴはノートの間にペンを挟さんで閉じるとホワイトアルバムのセッション中に起こった秘話を3時間も話してくれた。

 

 ジャイルズはテープレコーダーを机の上に置いてリンゴの話を録音していた。ジャイルズの目の前にホワイトアルバムのセッションが現れた。聞いたことのない極秘の内容に驚くばかりだった。

 

 

 

 まだロンドンは眠りから目覚めたばかりだ。アビーロード・スタジオで作業を繰り返していたジャイルズは時計を見た。もうすぐ午前5時。3人のスタッフを巻き込んでの徹夜だった。

 

 今日はポール・マッカートニーに会う約束をしていた。

 

 ジャイルズはホワイトアルバムのセッション中に交わされたビートルズの会話を全て聞いた。決して険悪な関係の中で作られたアルバムではないことが分かった。それが何よりも大きな収穫だった。

 

 ビートルズ史の中で新たなページが書き加えられる喜びに勝るものはない。

 

 ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの絆には深い愛があった。ジャイルズは会話を聞くたびに何度も涙を流してきた。

 

 朝焼けと共に世界は愛に満たされる。その言葉通りにジャイルズのスマホにポールからの電話が入った。

 

「ジャイルズ?」『ビートルズのポール・マッカートニーの声だ!』とジャイルズは喜び心臓が高鳴っていった。

 

 「はい、ポール」ジャイルズは努めて冷静な声で返事をした。

 

 「僕も徹夜だった。今から来れるかい?」ポールはホワイトアルバムの音源を早く聞きたがっているようだ。

 

 「もちろん大丈夫です。今から行きます」ジャイルズはスマホ越しに頷いた。

 

 ジャイルズは車に乗った。今朝のロンドンは生憎の雨模様だったが、午前中からは晴れ渡る見込みだとカーステレオから天気予報が流れた。

 

 ジャイルズはポールの家に着いた。車から降りるとポールは玄関の前にいて手を振っていた。

 

 「やあ、ジャイルズ。ご苦労様です」ポールの笑顔は20代の頃のビートルズ時代と変わっていなかった。

 

 顔の皺や肉体の衰えは仕方がない事だが、ポールの心や魂は全く老いていなかった。ポールの瞳の輝きは精神の成熟と磨かれた信念の力に依るところ大きい。

 

 スリムなボディもプロフェッショナルな意識を保った結果、若い頃と同じで変化はみられなかった。


 ポールのスタジオに行くとジョン・レノンのポスターがあった。1980年、40歳のジョンだ。

 

 ポールはジョンのポスターを撫でると椅子に座った。

 

 「ジャイルズ、ホワイトアルバムの制作は順調みたいだね」ポールは励ますように言った。

 

 「ポール、ありがとうございます。まだ必死に取り組んでいますが、今の音源がベストに近い状態付かなという手応えを感じています」ジャイルズは真剣な思いをポールに伝えた。

 

 「よし、わかった。聞かせてくれるかい?」ポールは嬉しそうにしていた。

 

 「わかりました」ジャイルズは音源をステレオに入れた。

 

 「待ってくれ、ジャイルズ。まず最初にジョンの『ジュリア』から聞かせてくれるかな?」ジャイルズはポールの言葉に驚き面を食らって返事が出来なかった。ポールの真っ直ぐな瞳が切なく見えた。

 

 ジャイルズはポールに畏敬の念を抱いて心が震えていた。ホワイトアルバムにあるポールの曲はどれも素晴らしい曲ばかりだ。ポールは自分の曲よりも最初にジョンの曲を選ぶのは意味深いものがあった。

 

 「ポール、わかりました」ジャイルズは曲を『ジュリア』に設定すると椅子に座った。

 

 ジョンは17歳の夏に母を亡くした。母に対する憧れや陶酔が寂しくて悲くて、苦しい気持ちを振り切るようにしてフィンガー・ピッキングに託していた。

 

 切ないギターの音色に心が引き裂かれそうになるが、ジョンの穏やかで愛に溢れた声が体を抱きしめてくれるように包み込んでいく。

 

 ジャイルズはポールを見た。

 

 ポールはジョンのポスターを黙って見つめていた。

 

 ポールの瞳には涙が溢れていた。

 

 

 

 

つづく

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