8、始末書 会食 本当の悪
ウミ中尉の一言に
リーダー格の男は我に返り剣を鞘に収めた。
そして振り返って仲間にも
剣を仕まうように指示した。
しかし男は、
従順な振りをして仲間の方から振り向きざまに、
強烈な裏拳を中尉に向かって放った。
僕は彼女の後ろで
またスローな感覚に捉われた。
緩やかな動きの中にいる。
彼女は腰を落とし簡単に裏拳を躱すと
低い位置から相手の股間を警棒で突き上げる。
「うっ。」
男は短い呻き声をあげて
前屈みになる。
彼女は体を捌きながら半回転し、
相手の膝裏を警棒で鋭く叩く。
男は完全に膝から崩れてひざまづく。
さらに彼女は体を捌きながら
コマのように一回転し、
その勢いのまま腰を入れ、
まるで斬首のように
男の首筋に強烈な一撃を叩き込んだ。
死角からの一振りで
男は、ひれ伏すように僕の前に倒れた。
完全に白目を向いている。
それを見た仲間の内の二人が
反対方向に駆け出し逃げ出す。
「追って!」
中尉の指示に僕は走る。
そして二人の頭上を大きくジャンプして飛び越え、
振り向き両手を広げて行手を遮る。
一人が殴り掛かってくる。
僕は左手の掌で円を描くように
相手の拳を払いながら袖口を掴み、
内側にクルッと回り込んで相手を投げ飛ばす。
そして倒れた相手の袖口を軽く引き上げながら、
少し浮かした身体の溝落ちを狙い
踵をガシっと蹴り落とす。
相手は一瞬で気を失った。
更に背後から、
もう一人の男が殴り掛かるのを感じる。
僕は左足をスライドさせ、
クルッと反転しながら振り向きつつ、
相手の右突きより速く、
右上段回し蹴りをカウンター気味に放つ。
蹴りは思った以上に華麗に決まり、
男はストンと崩れ落ちた。
僕自身、
初めての実戦だったが、
うまく相手を倒すことが出来た。
実はアモの種の選択を乗り越えた後、
僕は瞬間的に動体視力が良くなった時に見た技は、
一度見ればある程度真似出来た。
今の技は師団長とミオ先生の技を盗んだものだ。
ふと中尉の方を見ると、
四人の内の残った一人と向き合っていた。
男は剣の柄に手をかけ、
いったん収めた剣を再度抜こうとしていた。
すぐに空気が動く。
男が鞘から剣を僅か10センチ程抜くか否や、
彼女は警棒で男の手を打ち付けて
剣を鞘に押し戻した。
そしてまるで小魚が川の中で
ククッと鋭角に切り返すように、
スッと間合いを詰めながら切り返した警棒で
相手の顎をかち上げ、
さらにクンと切り返した警棒で相手のガラ空きの
喉仏の辺りを薙ぎ払いしながら通り過ぎた。
男は息ができずにうずくまった。
彼女は体を捌きながら、
さっと相手の死角に回り
またもや斬首のようにヌンと
相手の首筋を警棒で強烈に叩きつけた。
最後の男も白眼を向いてひれ伏すように倒れた。
もしもこれが真剣ならば、
首が2つ転がっていたところだ。
これが皇帝の剣というものか。
僕は自分が倒した二人の男を引きずり、
中尉の元へ戻って言った。
「さすが皇帝の剣ですね。中尉殿」
「皇帝の剣術はこんなところでは使わないわ。
今のは私が自分で編み出した剣術よ。
それより、捕獲用の紐は?」
僕は探すがやはり無い。
「すいません、忘れました。」
「警察紋章も無ければ、捕獲紐も無い。
マサ兵長、部隊に戻ったら始末書を書きなさい。」
「はっ」
僕は敬礼する。
僕は今日、階級は言ったが
自らの名は名乗っていない。
内心、中尉が僕の名を
覚えていてくれた事が嬉しかった。
「さあ、この男達が起きる前に応援を呼んで来て。
私の捕獲紐だけだと連行するのに足りないわ。
この男達は、近頃女性を拐って乱暴している
常習犯グループの可能性がある。」
「了解しました。」
そして僕は空気を切り、
思いっきり走って応援を呼びに行った。
僕はもう朝方の悲しみを
乗り越えてきているように感じた。
ふっと見上げた空は深いブルーに変わり、
雲が流れていた。
数日後、班長に食事に行くぞと誘われた。
ミオ先生とウミ中尉と班長と僕の四人での
会食だそうだ。
お店は最高親衛隊御用達の店で個室だった。
食卓は丸テーブルで、
僕の前に班長が座り、
左右に先生と中尉がそれぞれ座った。
先生は赤いドレスで相変わらず美しかった。
美しさを例えるならミホが
純粋な女神のような美しさなのに対して、
ミオ先生は言葉は悪いが男を惑わすような
妖艶な美しさだ。
ウミ中尉は
今回も黒を基調とした可憐な服を着ていた。
良く似合っている。可愛い。
出てきた料理は、
飢餓で苦しんだ田舎出の僕にとっては、
信じられないくらい、
今まで生きてきた中で最高に旨いものだった。
「美味しい、
あっ美味しい。」
僕は一口食べる毎に何度も呟いてしまった。
それを見て先生は微笑んで言った。
「君って可愛いねっ」
僕は恥ずかしくなり、
顔が赤くなるのが自分でもわかった。
先生は僕に向かって言った。
「君は、本当の悪って知ってる?」
「本当の悪って何ですか?」
僕は訳が分からず聞き返した。
「本当の悪って、私なの。」
「‥どういうことですか?」
「私は子供の頃から
切り裂くことの欲求が異常に強かったの。
最初は昆虫を切り刻み、
それが小動物に変わり、
それにも満足出来なくなり人を殺したの。
私は悪よ。
そんな自分を神に裁いてもらおうと
アモの種の選択を受けたの。」
先生は何を言っているんだ。
班長も中尉も澄ました顔で料理を食べてる。
僕は固まった。
それでも何とか声を振り絞った。
「でも‥
先生の心には善があったから、
自らを裁こうと
選択の儀式に臨んだのではないでしょうか?
僕は人の心の本質は悪ではなく善だと思います。」
「君は真面目ね。
じゃあ君は最高親衛隊の特権って知ってる?」
先生はさらに僕に質問する。
「確か、馬に乗れるとか‥
神帝から特使に任命され、
帝国の代表になる事があるとか‥」
僕は答えた。
ミホが以前そんな事を言っていた。
「それもそうだけど、
一番の特権は、
平時に自らの判断で人を殺しても、
罪に問われないことよ。
私は神に許されて、
人を殺し切り刻んでる。」
僕は完全に凍りついた。
「ミオ、いい加減にしろ。
マサが困ってるぞ。
そんな冗談を言ってるから、
サーティサタンなんて言う通り名が付くんだよ。」
班長が口を挟んだ。
「ふふっ。ごめんねっ。
純粋な君を見てるとからかいたくなるの。」
先生はそう言って
悪戯っぽく笑って僕の顔を見つめた。
なぜだろう?
先生の言葉には
真実が含まれているかも知れないと直感が騒ぐ。
しかし選択の日に僕の命を導いた年上の彼女を、
僕は意識している。
彼女の美しく妖しい瞳に
どんどん惹かれていく自分がいた。
お読みいただきありがとうございます。
今後の励みになりますので、
ブックマーク・評価・いいねなど
していただけると嬉しいです。




