7、悲しい歌声 加速 警察兵
「なかなかいい部屋ね。」
アサは周りを見回した後に座り込んだ。
僕も困惑しながら座る。
「ねぇ、なんで僕の家を知ってるの?」
「テツに聞いたの。
テツとは付き合ってたの。
でもフラれたの。」
その言葉は衝撃的で僕は頭がクラクラした。
何だかよく分からないけど、
僕はアサよりテツに対して怒りが湧いてきた。
テツにはあの日、そう出立式の前の日に、
アサのことが本当に好きだけど、
どうしたらいいだろうと相談したはずだ。
アサと付き合っていたなら、この前会った時に
一言あってもいいじゃないか?
しかし、僕はグッと堪えて冷静に彼女に言った。
「でもテツも命をかけて出陣するし、
君をフッたのも、君の将来を考えたからかも。」
「違うの。」
「違うって?」
「それまでは待っててくれと言ってたのに、
出陣前に私の過去を話したら、
すごく驚いて、そして軽蔑して、
そういう人とは付き合えないって
すぐに言ったの。」
「‥‥」
「でも、マサはきちんとしたいい人よね。
私の過去を誰にも言わずにいてくれたんでしょ。
ありがと‥」
一瞬で感情が高まり、彼女への想いが溢れた。
「僕はまだ君のことが好きなんだ。
じゃあ、僕と付き合おうよ。
僕は君の過去なんて気にしない。
僕は君をずっと大事にする。」
僕は彼女に近づた。
「ごめん、
そういうのじゃないの。」
彼女は僕を拒否した。
そして彼女がどれだけテツのことを
好きだったかを話し始めた。
目の前で好きな人が
僕ではない違う人の事を想って涙している。
彼女の涙は、
僕の心にナイフのように突き刺さった。
それからアサはテツのことを想って
静かに歌を歌った。
僕は飢饉に喘いだここ何年も、
歌というものを聴いていなかった。
あなたのことをずっと想ってる。
そんな内容の歌詞だった。
彼女の歌声と、
帝国の歌姫の曲だというその美しいメロディは、
僕の心を打ち、
同時に僕の胸に深い悲しみを与えていた。
僕はできるだけ彼女の話を聞いてあげた。
そして更に夜が深まり、
僕らは二人、別々に寝た。
早朝、クラウディブルーの空に
まだ白い月が儚く浮かんでいた。
悔しいが幻想的な美しい朝だった。
僕らは二人一緒に家を出て職場に向かった。
彼女はロマ教の神官護衛部隊に配属されていた。
途中の分岐路で彼女はじゃあねと言って
去って行った。
僕は彼女の後ろ姿をずっと見送っていたが、
結局彼女は一度も振り返らなかった。
彼女は強い。
本のページを捲るように
きっとまた次の恋愛もしていくのだろう。
だけど、もう僕のページには戻らない。
そもそも僕のページなんてあったのだろうか?
まだ人通りの少ない道を
僕はまた歩き始める。
そして早歩きになり、
やがて走り出した。
胸が苦しい。
何かを叫んでいたかもしれない。
その瞬間、僕は急にクンと加速した。
それは経験したことのない速さで
地面を蹴りあげた足で、
大きな跳躍をしていた。
いや、跳躍というより空を飛んでいた。
「何?」
着地と同時に、僕は自分の体を確認したが、
何の変化もなかった。
僕には何が起こったかわからなかった。
今日は直接張り込みに行く日だった。
さっきの体の高揚感がまだ残っている。
アサとのことを乗り越え、
僕も変わらなくてはならないし、
変わりたいと強く思った。
僕は張り込み先へ、
いつもと違う道を歩いて行こうと決めた。
見上げると、
いつのまにか朝日の光で月は消え、
クラウディブルーの空は
透き通った鮮やかなブルーに変わっていた。
僕は力強く、また歩き始めた。
初めての裏通りを通ると、
一人の女性が四人の屈強な男に絡まれていた。
多分朝まで飲んでいたのであろう。
酷く酔っぱらった男達だった。
ただ彼らは武器を携帯していた。
帝国軍の者達だ。
軍服を着ていないところを見ると、
傭兵部隊だろう。
ちょっと厄介だ。
「帝都警察です。何かありましたか?」
僕は女性を守るように、その中に割って入った。
「何でもない!あっち行けよ。」
リーダー格の男が言った。
女性を後ろに庇いながら、
絡まれている女性をよくよく見て驚いた。
先生の助手のウミだった。
彼女は黒を基調とした
フリルやレースが多用された可憐な服を着ていた。
「そもそもお前は制服着てないじゃないか。
本当に帝都警察か?
紋章を見せてみろ!」
男が今度は僕に絡んでくる。
確かに今日は張り込みのため私服だった。
一般市民に溶け込むために、
もちろん武器も携帯してない。
でも、いざという時に自らの立場を証明する
警察の紋章は持参しているはずだったが‥
僕はポケットの中などをあちこち探したが、
紋章がない。最悪だ。
アサに完全に気を取られて
紋章を家に忘れてしまっていた。
「ちょっと待って下さい。
私は近衛軍兵長でもあります。
そちらの階級は?」
所属はどこであり軍での階級は絶対だ。
「お前が兵長なら俺は大将だ。
上官にひざまづけ!
殺すぞ!」
そう言うとリーダー格の男は剣を抜いた。
「そうだ、そうだ。」
ダメだ。こいつらは完全に酔っぱらってる。
仲間も次々と剣を抜いた。
僕は慌てた。
その時、彼女が僕を制して一歩前に出た。
「軍法では、帝都で正当な理由なく
剣を抜く事は禁止されている。
今、あなた達は軍法違反を犯した。
現行犯逮捕する。」
彼女は短いスカートのフリルの下から、
右手で折りたたみ式の警棒を取り出し、
一振りすると警棒がシャキッーンと伸びた。
そして胸元の谷間から、
ペンダントになっている警察紋章を
左手で取り出し男達に見せた。
「私は帝都警察特殊護衛官、ウミ中尉である。
そちらの所属と階級を述べよ!」
ヒカ班長からは、
建国の四勇者の家系としか聞いてなかった。
僕は彼女が同じ警察兵であることを初めて知った。
お読みいただきありがとうございます。
今後の励みになりますので、
ブックマーク・評価・いいねなど
していただけると嬉しいです。




