9.変身
「色々聞きにきました。けど、先に一つ聞かせてください。ニコレスさんはなんで防衛隊にいるんですか?」
ツバキの問いはまっすぐだった。
その視線を正面から受けると、ニコレスはスーツの裾をそっと整え、短く息を吸った。
「まだ君には教えていなかったね。普段はギルドで働いているが、防衛隊の養成学校に通っていたよしみで、数年前からここで研究もしている」
「研究員? それでいつもスーツ姿って事ですか」
そう言ってみて、ようやく腑に落ちる部分があった。
ニコレスがギルドの制服を着ているところを見たことがない。そして周囲も当たり前のように受け入れていた。
知らないのは自分だけだったのかもしれない。
「あの、俺がここに来たのは、俺がというより、この子が理由です」
「ご無沙汰してます……リーゼ・ミュイといいます」
ご無沙汰と言う。そしてその名を聞いた瞬間、ニコレスの表情が揺れた。
「……やはりそうだ。君、サリスさんとラナさんのお子さんだね?」
「は、はい。お久しぶりです」
「え? 知り合いなの?」
ツバキは驚き、視線を交互に移す。
訓練場に漂う緊張とは裏腹に、その会話だけは奇妙に日常めいていた。
「私から説明するよ。リーゼさんの両親とは研究で長い間お世話になっていてね。何度か見学に来たこととあったか。……どうりでここの結界に引っかからないわけだ」
説明しながらも、ニコレスの視線はリーゼの表情を探るように揺れている。
本人の喪失も知っているからだ。
「お二人のことは、災難だったね」
その同情の一言で、空気が硬く凍りついた。
「……っ!? あ、あなたなら、何か知らないんですか? 私、それのためにこんなことまでしてるんですよ!」
リーゼの声が震え、拳がきつく握られる。
ツバキは隣でその魔力の波を感じ取り、言葉にできない痛みを覚えた。
「ニコレスさん。リーゼのご両親の死因について、何か知りませんか」
情緒が安定しないリーゼに変わって、隣でツバキは冷静に問いかける。
「すまない……。その頃は研究の調査で海外にいたから、私も詳しくは知らされていない。出勤の道中で交通事故に遭ったと。知っているのはそれくらいだ」
ニコレスのその言葉に、リーゼは愕然とした。
嘘らしい緊張を感じられない。それが一瞬の迷いと困惑を生んだ。
「え……? 研究中の事故じゃ、ないんですか?」
「え?」
「電話で、私はそう聞いています」
その場に沈黙が落ちた。
やがて、ニコレスの表情が険しいものに変わる。
「……なにが、どうなっているんだ」
困惑するニコレスを見て、ツバキは察さざるを得なかった。この事態の大きさと複雑さ、そしてその根源にいるであろう人物も。
「ニコレスさん。今の状況、何かおかしいと思いませんか? Z計画だって、何をするのか本当にわかってるんですか?」
「…………むぅ」
ニコレスの視線が一度だけ彷徨った。
魔力がなくとも、明らかな迷いがあるとわかる。責任感のある人物が二つも役職を抱えては、答えが出せないのも当然だ。
そして、ツバキの脳へ覚悟が流れてきた。
「……ツバキ君」
今度は、きちんと目を合わせる。
宣告するように、ハッキリと口にした。
「私に自由に喋ってほしいなら、それなりの状況にしてもらわなくては困る」
「……それなりの状況? 何言ってんですか」
「簡単だ。私に勝て」
「え? そんなの、意味ないですよ」
反射的に否定する。
戦いにきたわけではない。
しかしニコレスは、一切目を逸らさなかった。
「首を掴まれた大人は弱いものさ。君が打ち負かしてみろ」
上司の虚な目を見た。
この言葉を覚悟の証として受け取ると同時に、どこか助けを求めるような感覚も捉えた。
「こちらは全力でやらせてもらう」
ニコレスは手にしていたアタッシュケースを静かに床へ置く。
その中から溢れるのは、日頃感じることの少ない異様な魔力。リーゼはそれだけで身を強張らせ、ツバキはその危険さを皮膚で悟る。
「変な魔力だ……なんなんですか」
「平和を守るための力さ。……少なくとも、そう祈っている」
ニコレスはベルト状の装置を取り出し、自らの腰へ巻きつけた。
バックル中央の赤い石が、心臓のように脈打つ。
「……ベルト?」
それはどこか懐かしい形をしていた。
昔テレビで見た、変身ヒーローの玩具のような外観。しかし、そこに宿る魔力は玩具のそれではない。
「マナグナムドライバーだ。Z計画で得られたデータを元に開発したシステムさ」
ニコレスの顔つきが変わった。
研究員でも上司でもない、覚悟を決めた“戦士”の顔。
ドライバーのバックル部分に手をかざすと、中心に埋め込まれた石が赤い光を放つ。
次の操作を待つように無機質な電子音が繰り返され、彼女は右手をしなやかに顔の前構えた。
そして口から息を吸い、声に出す。
「“変身”」
短く揺るぎのない声。
ドライバーのレバーを押し込むと、中心の石が回転し、ベルトは機械的な駆動を始めた。
「一体、何が起こるんだ……」
「……変身だよ」
リーゼが息を呑む。
ツバキは一歩も動かず、ただその変化を見届けた。
ソニックウェーブが唸りを上げ、光の網が収束していく。赤い血管のようなものがバックルを中心に全身にかけて広がり、頭から足の先まで、全身を侵食していった。
「ニコレス……さん?」
リーゼの目は悍ましい化物を見る目に変わっていた。
それもそのはずだった。
体は溶けるように硬質な物体へ変化し、マナグナムドライバーだけを残して、そこに人の姿はなかったのだから。
大きな複眼が赤く発光し、変身を完了とした。
「セルディーと名付けられている。防衛隊の、この国の、最高戦力とされている」
装甲に覆われた身体。
棘のようなフォルム。
赤い複眼から流れる黒いラインが、壊れた顎のような部分を指し示す。
息づくたびに微かに空気が唸る。
「それが、ニコレスさんの変身ですか……」
ニコレスのしなやかな体はそこにはない。
刺々しい装甲に変わった姿は、よく知る仮面の戦士というよりも、もはや怪人と呼ぶに相応しかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
セルディーのデザインは、子供が見たら泣くレベルの悍ましさを意識してます。
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