8.上司と部下と
防衛隊メトリア基地の廊下には、国の組織らしい秩序ある廊下が続く。
無駄のないコンクリートと白い壁。金属製の扉。冷たくまっすぐ伸びる通路。だが、その先にある特別面談室だけは違う。
扉をくぐると、そこには古い歴史を感じさせる木造とモダンなフローリングが同居した室内が広がっていた。
「また来てもらって悪いね。ニコレス君」
「ロマノフ司令官。電話でわざわざ呼びつけたのです。相当な案件があったのでしょうか」
デスクに座るロマノフを前に、ニコレスはあくまでギルドの一社員としての顔を崩さない。
ロマノフは黙ってノートパソコンの画面をこちらへ向けた。
「まずはこれを見てほしい」
画面に映っているのは、基地側面に取り付けられた監視カメラの映像。画面下部の時刻は14時頃を示していた。
「これは、基地に魔物が出る直前のものですか」
「そうだ。ところで、ここに映っているのは君の部下ではないか?」
画面の一角。面談室を映すカメラには緑のポロシャツを着た人影が、小柄な人物と向かい合っていた。
そこにいるのが誰か、ニコレスには一目で分かった。
「……は、はい」
「彼はどうやら、基地の侵入者と接触した挙句、見逃したらしい」
「侵入者なんですか? しかしまあ……彼らしい行動です。大事にしたくなかったのでしょう」
「これを見てもそう言えるかな?」
ロマノフが別のファイルを開く。
数分後の映像。魔物が現れ、広場でツバキが撃破。その合間に小柄な人影が背に光の羽のようなものを生やして、基地からメトリアの都市に飛び立っていく。
その様子を見て、ニコレスは喉を鳴らした。
「基地の結界が越えられている……? 彼女の魔力はここに登録されているものなのですか?」
「そうさ。こちらのデータに残っていたようでね。話を伺うために隊員を向かわせた」
ロマノフの声色は、あくまで平坦だった。
「問題はツバキ君だ。もし彼が不審な動きを見せるようなら止めてやれ。だがあの強さだ。最悪の場合はセルシステムを使ってでも止めろ」
「はっ」
「Z計画を阻止されては、ここの研究員である君としても癪だろう。事故死した君の恋人も報われん」
「……そう、ですね」
唐突に、その名前が出た。
ニコレスにとってそれは、できれば触れられたくない話題だった。
古傷をえぐられるような感覚に、彼女の視線がかすかに揺らぐ。
「ん?」
その時、ブザー音が鳴り響いた。
ロマノフが耳元につけている通信機からだ。
彼は椅子を回転させ、黒い椅子の背をニコレスへ向けたまま応答する。
「……何? 反応がないのか?! どうなっている」
珍しく焦りを滲ませた声。
ニコレスは姿勢を崩さず立ち尽くしていたが、別の警報が鳴った瞬間、ハッと顔を上げた。
「これは……!」
ノートパソコンの映像が急遽切り替わる。
メトリア基地正面の門を映すカメラに変わり、今度は紛れもないリアルタイム映像だった。
「ツバキ君?!」
そこには、隊員二人を抱えたツバキの姿があった。
隣には、先ほどの映像に映っていた小柄な少女もいる。
「この子は……」
よく見れば、ニコレスの記憶にある顔だった。
「どうやら、今度は正面から侵入してくるらしい」
「司令官。私が止めてきます」
「いやいい。こちらから二人を誘導する。止めるならそこでだ。いいな?」
「……了解」
ロマノフはニコレスへそう告げると、通信機を操作して基地中へ通達した。
「全隊員に告ぐ。これからメトリア基地に迷子が二人侵入するが、私とニコレスで対応する。手出しは無用だ」
瞬時に指示は行き渡る。
監視カメラの映像の中で、ツバキとリーゼは門をくぐり、基地の敷地へと足を踏み入れた。
「一体どうするんだ……」
「とりあえず、この人たちをここに返して、……ロマノフさんと、なぜかまた一緒にいる俺の上司に会う。直談判だよ」
周囲の隊員はライフルこそ構えていないが、緊張した視線を向けていた。
昼間に魔物を一撃粉砕した若者が両腕に隊員二人を抱えている光景というのは、さすがに恐ろしく見えるだろう。
ゆっくりと彼らを下ろし、無事であることを伝えようとしたその時。
「あ……」
腕の中でぐったりしていた一人が、ゆっくりと首を上げた。
「わああっ!?」
ツバキの顔を見るなり、隊員は弾かれたように悲鳴を上げる。そんな彼を急いで地面に降ろすと、慌てて距離を取った。
「どっか、行ってください。この人もそろそろ起きると思うんで救護室とかに連れて行ってくださいね」
左腕に収まっていたもう一人を、起きている隊員が震える腕で受け取る。
よろよろと後ずさる彼に、ツバキは一拍置いて視線を合わせた。
「銃を向けたこと、忘れませんから」
「は、はい……」
怒りよりも、哀しさが滲んでいた。
ただ静かに、人というものを思い出したような気分だった。
「ツバキ……誰も止めに入らないのは、そう指示されてるって事なのか?」
「わからないけど、どのみち俺に向かってくる人はいないと思う。警報も止んだしね」
魔物を粉砕してまだ数時間。ここにいるのはあの場にいた人たちだった。
そんな中、ふとツバキは覚えのある隊員を見つけた。
昨日今日の依頼で、ずっと関わりのあった初老の隊員。
彼だけは焦りも恐怖もなく、むしろ苦笑いに近い表情でこちらを見ていた。
「ツバキ君。こっちだ」
ひょいと手招きされ、ツバキは警戒する。
しかし、あの隊員の中にある妙な余裕を見て、リーゼとともについていくことにした。
「どうも。誘導するように言われてるんですか?」
「そうさ。君は何しに?」
彼は緊張感を漂わせつつも、やはり余裕のある声色だった。
「ロマノフさんとニコレスさんに会いにきました。聞きたいことが山ほどあるんです」
「いいねその度胸。俺は応援してるよ」
軽く笑うように言われ、ツバキは思わず瞬きをした。
「……なぜです? 俺、おもいっきし侵入者ですよ」
「君の目を見れば分かるさ。本気の目をしている。良い意味で子供らしい」
「良い意味で……ですか」
ツバキは褒められているのか判断しかねながらも、隊員の後に続いた。
歩きながら、基地内部の空気が徐々に張り詰めていくのを肌で感じる。
通された施設内部は、外観とは違って広々とした訓練施設だった。天井は高く、照明は冷たい白光。空気には汗と鉄の匂いがほんのりと漂う。
ここが力を扱う場所であることが嫌でも伝わってきた。
「案内ありがとうございました」
「頑張れよ。ツバキ君」
隊員は軽く手を振って退き、その場にはツバキとリーゼだけが残された。
広い空間に二人の足音だけが響く。
そして__訓練場の中央に、一人の影が立っていた。
背筋を伸ばし、スーツの襟を整え、黒いアタッシュケースを携えた女性。
その静かな佇まいだけで、空気がさらに張りつめる。
「……ニコレスさん」
ツバキが声を投げると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「ツバキ君。……要件を聞こうじゃないか」
その瞳には、叱責、心配、そして言葉にできない何かが複雑に入り混じっていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ついにあらすじの三人が対面する回です。
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