7.Z計画
「Z計画って、なんなの」
「私も名前を聞いただけで詳しくは知らない。世界の平和がどうとか言っていたが……来て欲しい」
リーゼが手招きをして家の二階へ上がっていく。
額縁に入った賞状が壁に並ぶ広い廊下を進み、一番奥の部屋の扉を開けた。そこには、PCと大量の書類が積み上がっていた。
「ここは母さんが仕事をしていた部屋だ」
「すごい散らかってるね。どこかに研究内容とかあるんじゃ」
「全部探したはずだ。だが、どれも研究用の資料のようなものばかりで、世界がどうこうって物はなかった。だがひとつ、私にはどうにもできなかったものがあるんだ」
二人は部屋へ入り、リーゼは真っ先にデスクの引き出しを引いた。手早く中身の書類をすべて抜いて空にした後、引き出しの奥、わずかな隙間に爪を差し込む。
薄い木の底板が浮き上がった。
「ん? 隠しスイッチ?」
「ああ」
ツバキは見たものをそのまま口にする。
浮かせた板を奥へスライドさせると、下から小さなスイッチが現れた。
間髪入れずにそれを数秒間押し込むと、カチッとロックが外れる音がした。
「お、どっか開いたんじゃない?」
「ここだ」
リーゼが指さした先。
ちょうどデスクの真下、支柱の側面に合わせて取り付けられたボックスがあり、その扉らしき部分のロックが浮いていた。
「凝ったギミックだね。リーゼは知ってたの?」
「ここまではな。問題はこいつだ」
「ああ……」
ボックスを開けては納得する。
中にはダイヤルのついた鉄の箱。よくある金庫の形だった。
「私は番号を知らない。中の空洞の感じからして、ここにも書類が入っているとみた。だが業者を呼ぶ時間も惜しくてな」
「それで、基地に直接……?」
「我ながら頭を冷やすべきだった。パニックになっていたんだろう」
「……ん?」
冷静になって聞くと、リーゼの行動はなんとなく不自然に思えた。ここに秘密があると分かっていながら、“時間がないから”基地に侵入した。
忙しいだけの話なのか。それとも、別に急ぐことがあるのか。
「とりあえず、これ開けてみるよ」
「番号がわからないのにどうするんだ」
ツバキは金庫をボックスから引き抜き、鉄の塊をくるくると回してみる。
力づくでこじ開けられないか考えるが、構造的にそう簡単ではなさそうだ。
「これは、壊すしかないかもだけど……いいかな」
「できるのか? なら、頼む」
「りょーかい。ちょっと離れてて……部屋の外まで。破片が散るかも」
リーゼが部屋から出ていくのを確認してから、ツバキは金庫の側面に手を回した。
肩から全体重を一点に乗せ__掌底、一閃。
鉄が、甲高い悲鳴を上げて断ち切れる。
「うおっ?!」
鉄が割れる音に、廊下の向こうから驚きの声が返ってきた。
中を覗くと、A4サイズの封筒が一通。開けてみると、リーゼの予想通り紙の束がきれいな状態で詰まっていた。
「書類入ってたよ」
「……本当に開けてしまうとは、なんて馬鹿力だ……」
リーゼは恐る恐るツバキから書類を受け取る。
数十枚はある紙を上から順に流し読みしていくうちに、彼女の眉間は徐々に寄っていった。
「どう? Z計画の内容だった?」
「これは……」
リーゼの声は掠れていた。瞳孔が揺れ、冷や汗が頬を伝う。
一体何を見たのか。ツバキは横からそっと覗き込む。
「Z計画……うーん。ん? 守護龍……? 龍?」
確かに文書の中には“Z計画”の単語があった。だが、それ以上に目を引く単語がある。
「守護龍の魔物に対する抑制機能が低下傾向にあり、Z計画は表面上、この守護龍の機能を再現および増幅させることにより魔物の脅威レベルの低下を目的としている……はぁ」
ツバキは目を細めて文字を追い、小声で読み上げる。
この一文だけ見れば、計画の目的は簡潔だ。
だが、どうも引っかかる。
「ツバキ……その先だ。しかしって……」
「ええっと」
その一文のすぐ下に続く、“しかし”から始まる否定の文。ツバキが目を線にして読み進めようとした、その時。
__インターホンが鳴った。
リーゼが一階へ駆け降り、モニターを覗く。
黒いバンを前に、スーツ姿の男が二人立っていた。
「ん? 誰だ」
「あ……防衛隊の人だ」
「バレていたか?」
「俺が出るよ」
ツバキは玄関から飛び出して門を開ける。
どちらも真面目な雰囲気だが、若い印象があった。
「はい」
「ん? 君は……きょ、今日の、魔物を粉砕した子か……」
「どうも。えっと、あの後魔物はどうなりました?」
「あ、ああ……順調に処理が進んでいるよ。ところで、リーゼ・ミュイさんはいるかな?」
「何かあったんですか?」
「君には関係ない話だよ」
あっさり流され、ツバキが言葉に詰まる。その隣にリーゼが恐る恐る姿を見せた。
「あの……います。なんでしょうか」
「ご両親のことでね。色々わかったことがある。防衛隊のメトリア基地へご同行してもらいたいんだが、いいかな」
「はぁ」
二人は堂々と喋っているが、魔力にははっきりと緊張や焦りが宿っていた。それは、単に連絡しに来た訳ではないと告げている。
侵入したことが、もうバレているのかもしれない。
「すみません。私、今日はちょっと__」
「そうか……」
動揺したリーゼが断ろうとしたその直後、リーゼの目の前に、黒い物が向けられた。
「ひっ……」
「リーゼ・ミュイさん。手荒な真似はしたくありません。どうかご同行を」
それは、拳銃だった。
突然武器を向けられ目を白黒させるリーゼの前に、ツバキが一歩踏み出す。
「人に何向けてんです」
「……不法侵入者を捕えろって命令だよ。彼女は侵入者だ。監視カメラにも映っている」
理屈は通るにしても、抵抗もしていない子供に銃を向けるのは、いくら何でも行き過ぎだ。そこまで急いで連れていきたいのだろうか。
「君も犯罪者を見逃すような真似をしていたね。大人しく一緒に来てもらおうか」
「……なら、警察をよこせばいいじゃないですか。防衛隊員がわざわざ来て、どんな法的な効力があるんですか」
「おい、こいつが見えてないのか……!」
質問に答えない。
隊員の手元はかすかに揺れていて、引き金にかけた指も強張っているだけで明確に力は入っていない。
本気で撃つつもりはない。
「リーゼをどうするつもりですか」
「来るな止まれ……」
詰めようとして、ツバキが強気に一歩前に出た。
その瞬間だった。
「……ひっ!」
小さな悲鳴と同時に、隊員の肩が跳ねた。
指がトリガーを滑り__銃声が、住宅街に響き渡った。
夕焼け空に、カラスの影が一斉に舞い上がる。
普段聞き慣れない破裂音に、空気がざわついた。
「あぁ……!」
十数秒で、再び静寂が訪れる。
銃を撃った本人が間抜けな声を上げ、目の前に広がる光景を震えながら見た。しかし何も、変わっていない。
目の前の彼は、自分の手のひらを呆然と見つめていた。
「……やりましたね」
「や、ちが、今のは……」
銃弾。
人を貫くはずの小さな鉄の塊。
わずか一メートルの距離。
破裂音と共に放たれたその弾丸は、石ころのようにツバキの右手の中にあった。
「やりましたね?!」
「つっ?!」
銃弾よりも遥かに早く、ツバキは動いた。
瞬時に二人の背後へ回り、うなじへ手刀を落とす。崩れ落ちる身体をまとめて抱きとめた。
「あ……」
一部始終を目撃したリーゼは、怖気づいてその場に尻もちをついていた。
ツバキはそんな彼女へ手を差し伸べる。
「怖がらせちゃったな……しばらく起きないと思う。……行こう。俺たち、お訪ね者って事みたい」
「行くって……まさか」
「うん。防衛隊の基地。この人たちも返さないといけないし」
「……そう、だな。すまない。巻き込んでしまった」
「いいよ別に。遅かれ早かれこうなってたかもだし、もう後戻りもできないでしょ?」
二人の防衛隊員を抱えたツバキ。
真実を知るために、二人は防衛隊の基地へ向かう。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
さらっと金庫をぶっ壊したり、銃弾を素手で掴んだり、力技で切り抜けていく回です。
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