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異世界ギルドのレビスパーダ  作者: 亜菜 三丁
1章.ギルドの新人

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4.意思の共鳴

 「くうう……っ!」


 光の短剣を構える少女。

 だが、その手にははっきりと躊躇いが見えた。

 人に刃を向けることへの、むき出しの抵抗。


「いいか……死にたくなければ何もするなよ」

「なんでこんなことするの?」

「喋るな」


 震える光刃を前にツバキの動きは早かった。

 コップを掴むような勢いで、突き出されたそれを素手で握り込む。


「な……?!」


 少女は予想だにしなかった動きに、本気でドン引きした顔をした。

 さらに次の瞬間、光の刃はツバキの手の中で握り潰される。

 砕けた光が細かい粒子になって、パラパラと消えていった。


「……ひっ」


 少女は状況を飲み込めないまま、目の前の現象に慄く。

 ツバキはその隙に、首から提げていた許可証を手に持って見せた。


「俺は、ツバキっていうんだけど、ギルドから来ててさ、ここの人じゃないから、場合によっては穏便に済ませるよ」

「ふ、ふざけた事を……けど、真っ直ぐだな」

「え?」


 何を見てそう思ったのかは分からない。

 真摯に向き合うつもりではあるし、否定する言葉でもない。

 自分も人を見てそう感じることはあるが、面と向かって言われると、少し小っ恥ずかしかった。

 

「いや……」

「……なんか、訳ありって感じだよね。ゆっくり聞かせて欲しいな」

「どのみち、捕まるだけだろう」


 悪ふざけではない。そこだけははっきりしていた。

 無理矢理ながら変装までして、司令官のいる目前まで迫ってきていたのだ。明確な目的がある。


「そうしてくれるとありがたいんだけど……だめかな」

 

 眉をひそめ、ツバキを睨みつける少女。

 ツバキも視線をそらさず、少女を見つめ返す。

 彼女の真意を探ろうと、ほんの少し深く目を覗き込んだ、その瞬間だった。


「__あれ」


 呆けた声が漏れる。

 視線がかち合った瞬間、自分の胸の奥で何かが弾けた。

 熱が脳を駆け上がり、次の瞬間には、彼女の鼓動の速さまで伝わってくる。


「これ……」


彼女の心が、濁流のように流れ込んできた。

 その波は互いにぶつかり合い、意思という虹色のさざ波になって混ざり合う。

 自分の心臓がもうひとつ増えたような気がして、その一瞬がやけに長く感じられた。

 頭の中で、誰かの思考が二重に響く。


 “逃げなきゃ”

 “嘘をついてない”

 “訳がある”

 “聞かなきゃ”


 それが自分の思考なのか、彼女のものなのか、境界が曖昧になっていく。


「むぅっ?!」


 心の中に沈んでいた彼女の体が、現実へ引き戻されたように弾かれた。

 顔が一気に赤くなり、細い腕で口元を押さえる。

 今、あの一瞬の間に、目の前の感情が渦巻いたのだと分かる。


「ひいっ?! 触るな!」

「ああちょっと静かに」


 震える少女の悲鳴でツバキも戻った。

 慌てて周囲の気配を探りながら、朧げに浮かんでくる言葉を追う。


「……リーゼ・ミュイ?」

「ツバキ・ソウタ……なのか?」


 “リーゼ・ミュイ”。それが彼女の名前だった。

 自分でも信じられないが、先ほどの妙な感覚に襲われている最中、その名が流れ込んできたのだ。


「名前が見えた……けど、こんなの初めてだ」

 

 相手の感情が流れてきたり、居場所がなんとなく分かったり。

 上司のニコレスに“勘がいい”と評される、色々と都合のいい能力。

 しかし、それをもってしても、相手の意思そのものを直に感じ取るのは、これが初めてだった。


「君、リーゼっていうんだね。リーゼも……俺と同じ感じ?」

「お、お前も……?」


 リーゼも初めての現象なのか、顔を真っ赤にして狼狽えている。


「正気じゃない。だとすれば、真っ直ぐでいられるはずがない……私以外に魔力感知は、できるはずがないんだ。ありえない」

「魔力感知?」


 リーゼと呼んだ少女は頭を抱え、床にうずくまった。

 この一瞬で流れ込んだ感覚そのものを否定するように、その声は強く震えている。


「そんなの、見えすぎてしんどいだけだ。こんな気持ちがわかるなんて」

「……それができちゃうんだよ。だから今、俺と君のそれが、こう……ループしたんじゃないかって」


怯えるリーゼを見ながら、ツバキにも思い当たる節があった。

 息を吐き、彼女の前にゆっくりしゃがみ込む。

 リーゼはゆっくりと顔を上げ、静かにこちらを見返す。


 また、妙な感覚が走った。確かにリーゼを見ているのに、まるで自分の目と目が合っているような、不思議な感覚。


「リーゼは、ずっと苦労してきたんだな。わかるよ。日頃から人の感情も居場所も空気の流れも、全部感じちゃうんだから」

「……ああ」


 この子とは誤解なく会話ができる。

 そんな確信が、ツバキの中にすっと落ちてきた。

 

「ふぅ……」


 まだ互いの心が繋がっているような気がして、ツバキは息を殺す。


「それで、怪しい格好でここにいる理由、自分の口で話せるかな」

「わ、私は……」


 ツバキと床とを行き来するリーゼの視線。

 やがて決意したように胸に手を当てると、ようやく重たい口が開いた。

 

「私は、お父さんとお母さんの研究内容を探している」

「研究内容?」


 リーゼは部屋の壁を見上げた。

 邂逅した時の刺々しさとは打って変わり、切なげな声が室内に響く。


「二人はここの研究員だった。去年、ある研究中の事故で亡くなったと聞いた。Z計画だったか。だが、当時の詳しい事情は一切教えてくれなかった。葬式はしたが、遺骨もない」

「……そうだったんだ」


 中途半端な気持ちではないことは、言葉の端々からも伝わってきた。

 それでも、両親の死が絡んでいるとなれば、ツバキはなおさら耳を傾けざるを得なかった。

 

「国の重要な機関だ。研究内容はともかくとしても、事故の原因や事故当時の情報くらいは教えてくれたって良いじゃないか。朝早くに家を出るのを見送って、それっきりなんだぞ。だから……直接聞き出そうと思った」

「そっか。……さっきみたいに脅して?」

「……あくまでも、脅しだ」

「そう」


 リーゼの必死の訴え。

 その焦燥感と怒りが、そのままツバキへ伝わってくる。

 少しの沈黙の間に、ツバキは運搬を担当した黒いコンテナのことを思い出していた。

 中身を知らない隊員たち。ニコレスとの不穏な空気。そして今日感じた、呼びかけられるような妙な感触。

 あれには何か秘密がある__そんな気がしてならない。


「……そうだな」

 

 世界平和のために何が使われようとしているのか。

 そもそも何をしようというのか。


「俺も、その辺は知っておきたいかも。もしかしたら……」

「なにか心当たりがあるのか」

「いや……こじつけ」


 もしかしたら、自分が暮らしていた“元の世界”と関係しているのではないか。

 明確な繋がりはない。それでも、そんな予感が頭から離れなかった。


「良かったら俺、情報を集めるの手伝おうか?」

「お前にメリットがないだろう」

「俺もこの基地のこと、もっと知りたいんだよね」

「お前も何かあるのか」


 リーゼが疑念を含んだ声を上げた、その時。

 ツバキのポケットがびくりと震えた。スマホに着信が来たようだ。

 取り出して画面を見ると、ニコレスの名前が表示されていた。


「お疲れ様です。……あ、終わりましたか。はい。すぐ行きます」


 通話を切ると同時に、ツバキは僅かに眉を顰める。

 

「どうやって入ったか知らないけど、早く出て行った方がいいよ。俺もそろそろギルドに戻らないとだし。これ」


 ツバキは荷物の中からギルドの名刺を取り出し、リーゼへ差し出した。

 手書き調の力強く書かれた名前に、リーゼは静かに視線を落とす。


「後で連絡して。……夕方五時半以降ならちゃんと返事できるから。一人で出れる?」

「ああ、問題ない」


 リーゼがどうやってここまで侵入したのかは分からない。問題ないと言われてもピンと来ないまま、その時だった。

 

「ん?!」

 

 ツバキは思わず目を見開き、部屋の斜め下__壁のやや下の方向へと視線を吸い寄せられた。

 次の瞬間、静まり返っていた基地全体に、甲高い警報音が鳴り響く。

 初めて耳にする音だった。

 だが、それが何を指すのかは、先ほど“魔力感知”と言われた力で、すぐに理解できた。

 

「魔物?! なんで基地の中に?!」


 同じ方向を見据えたリーゼが、目を細める。

 

「……そこそこ大きいな。加勢したほうがいいのか」

「いやいや、今のうちにリーゼは逃げて。俺が倒してくる」

「お前はギルドの人間なんだろう? 防衛隊に任せておけば……」

「あのサイズは被害が出る。隙をみて逃げてね。じゃあ」


 それだけ言い残してツバキは部屋を飛び出した。


「……本当に、ツバキ・ソウタなのか」


 一人取り残されたリーゼの口から、そんな言葉がぽつりと零れた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

魔力感知とは、Z計画とは何なのか。お話が進んでまいります。


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