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異世界ギルドのレビスパーダ  作者: 亜菜 三丁
1章.ギルドの新人

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3.運命の少女

 防衛隊メトリア基地の敷地内は、街中とはまるで別世界だった。

 車の音も人のざわめきも、高い外壁の向こうで完全に途切れている。

 機密を扱う基地らしく、物理的な壁に加えて結界で全体を包み、外の音を完全に遮断していた。


「ここだよ」

「ほんとだ。昨日のコンテナ、そのままなんですね」


 昨日運び込んだコンテナは、敷地奥の特設エリアに車両ごとぽつんと置かれていた。

 周囲には仮設の鉄骨フレームが組まれ、地面には固定用のアンカーが等間隔に並んでいる。

 最初からこの形を想定していたとしか思えないほど、整った設備だった。


「ここにはめるってことですか?」


 ツバキが指差した中央の凹みは、コンテナがぴったり収まりそうな形をしていた。


「ああ。サイズがぴったりすぎてね。これだけのための専用機材もあるんだが……遅れそうでな」


 昨日、一緒にコンテナを積み直した案内役の隊員が、苦笑交じりに肩をすくめる。


「それで俺の出番ってわけですね」

「そういうことだ。ありがたいよ」


 ツバキは肩を回し、軽く息を整えた。

 昨日に続き、巨大な鉄の塊を運ぶ作業。それ自体はもう慣れたものだ。

 だが今日は、胸の奥が妙にざわついている。

 コンテナの中で眠る“何か”が、まるでこちらへ呼びかけてくるような感覚があった。


「ほんとギリギリですね。入るかな」


 再び持ち上げるべく、軽くを吸い込んだ、その時。


「君がツバキ君か」


 背後から、落ち着いた声がした。

 振り返ると、防衛隊の制服の上から濃紺の外套を羽織った男が立っていた。

 五十代ほどの厳格そうな顔つき。だが、その目の奥だけがどこか飄々としている。


「昨日に引き続き助かっている。一人であの力を出せる人間は魔法使いでもそうそういない。こちらでまた世話になるかもしれないな」

「あ、こちらこそお願いします。……えっと、お名前は」

「ロマノフ・クロード。ここで司令官をやらせてもらっている」


 やはり。

 隊員たちの反応から察していたが、この場で最も権限を持つ人物だ。


「はじめまして。ギルドメトリア支店のツバキ・ソウタです。お世話になります」


 椅子の高さを合わせるように、ツバキは自然と背筋を伸ばした。

 せっかくなので、一つ気になっていたことを口にする。


「ところでなんですけど、このコンテナって、何に使うんですか?」

「気になるか?」

「はい。これだけ急ぐなら、何か大事な……」


 言い切る前に、ロマノフは目を細める。


「世界平和につながる第一歩。とだけ言っておこう。期待してもらって構わないよ」


 その言い方が、妙な不安を煽った。

 世界平和。そんな大層な言葉をこのコンテナが本当に担っているのか。


「へぇー……楽しみです」


 と無難に返してみせるが、胸のざわつきは消えなかった。


「ニコレス。少し話がある。来てくれるか」


 ロマノフが背後へ視線を向ける。

 いつの間にか後ろに立っていたニコレスは、小さく頷き、ツバキへ声をかけた。


「ツバキ君。引き続き頼んだ」

「はい!」


 二人が並んで歩いていく。その空気に、昨日と同じ緊張が混じっているのを、ツバキの勘ははっきりと感じ取っていた。


「……こんなので何ができるんだろ」


 雑念を振り払うように、ツバキは目の前のコンテナへ向き直る。

 鉄の匂い。妙な静けさ。内側から何かが息をしているような気配。


「よっ……と!」


 腰まで沈めた体勢から、一気に持ち上げる。

 昨日と違い、今日は重さそのものよりも、言葉にできない圧があった。

 身体の内側に張り付くような奇妙な感触に眉をひそめつつ、コンテナを指定の凹みにぴたりとはめ込んだ。


「おお……助かる。完璧だ」

「よかったです」


 作業を終える頃になっても、ニコレスとロマノフはまだ戻ってきていなかった。

 基地とギルドはそこまで離れていないが、新人が勝手に戻るのはどうにも気が引ける。


「ニコレスさんを待ちたいんですけど……部屋の前とか、いたらダメですかね」

「近くに座れる場所があるから、そこで待てばいい。案内するよ」

「はい。ありがとうございます」


 隊員に連れられ、ツバキは特別応接室の近くに置かれた椅子に腰掛けることになった。

 ここで案内してくれた隊員とは別れ、一人で上司の戻りを待つ。

 関係者用の首掛けはしているとはいえ、軍事施設の中というだけで、どこか落ち着かない。


「なんの話してるんだろ」


 厚い壁のせいか、声はまったく聞こえない。

 だが、感情の揺れだけはツバキに伝わってきていた。

 ニコレスの緊張。ロマノフの圧。

 その温度差だけで、退屈はしなくて済む。


「……ん?」


 足音。

 いや、足音と呼ぶには静かすぎる。

 空気を滑るような“歩み”が、廊下の角から近づいてきた。

 なにかが忍んでいる__そんな静かな気配。


「え」


 角の影から、片目だけ僅かに覗かせた人影と目が合った。

 呆気に取られたような彼女の視線が、二人の間に短い静寂を生む。


「あの」


 声をかけた瞬間、彼女は銀髪を揺らして勢いよく引っ込んだ。

 怪しさが限界突破している。


「……あなた、防衛隊の人、ですか?」

「ああ。ここの研究員だが」


 少女は壁の影越しに低く呟き、冷えた足取りで姿を現した。

 廊下の光を鈍く反射する銀のツインテール。その揺れが遅れて止まり、二人の距離に緊張感が漂う。

 ツバキは少女の言葉と服装を見比べ、一気に警戒心を強めた。


「……迷子かな? ここ、子供が入る場所じゃないんだよ?」


 身の丈に合わない白衣に、メガネとマスク。

 関係者用の首掛けもなく、華奢な足先と身長は中学生くらいに見える。そして落ち着きがない動き。

 なにより、自分の勘がはっきり告げていた。

 __嘘だ。と。


「ちょっと、来てもらっていいかな」


 話を聞こうと一歩踏み出したその瞬間。


「くっ!」


 少女は突如身を翻し、廊下を駆け出した。


「ちょっと待って!」


 ツバキは咄嗟に逃げ出した少女の背中を見据え、軽く地を蹴る。

 基地の廊下を一切の音も立てずに移動し、瞬時に走る背を追い越す。

 刹那、逃げる少女の前方にその姿が現れた。


「なにっ?!」


 突然目の前に現れた人影に、少女は目を丸くして急ブレーキをかけた。

 ツバキは、その一瞬の怯みを逃さない。彼女の腕を掴み、周囲を素早く見回した。


「ここじゃよくないな……」


 近くの部屋のドアノブを回し、少女を引き連れたまま中へ入る。

 急ぎながらも、音を立てないよう慎重にドアを閉めた。


「ちょっと静かにしてね。変なことしないから」


 机と椅子だけが置かれた、面談用らしき一室。

 その角に少女を座らせ、ツバキはまだ腕を掴んだまま、落ち着いた目を向けた。


「離せ! へ、変態!」


 叫びは震えていた。怒りというより、不安と恐怖の混じった色だ。


「それはできないよ。君、ここの人じゃないんでしょ?」

「お、お前たちが!」


 少女は反論というより、感情の行き場を探すように声を荒げていた。

 ただ、その叫び自体は、どこまでも真っ直ぐで邪念がない。

 直後、少女の手のひらに光が円状に浮かび上がる。


「ま、魔法?! 」


 いわゆる“魔法陣”と呼ばれる、複雑な光の模様。そこから光が収束し、やがて刃の形を取ってツバキへと向けられた。


「か、母さんをどこへやった……お父さんも! 防衛隊が何かしたんだろう!」

「え、ちょ……ちょっと待って」


 急展開の連続に、思考が追いつかない。

 静かに済ませるつもりが、思わず声が大きくなってしまった。

 それでも、この少女の叫びは、まっすぐなものだ。

 聞いた瞬間、ツバキは直感的に思った。

 この子の話はちゃんと聞かなければならない。と。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回であらすじにあった三人目の子が登場です。


もし続きを読みたい感じていただけましたら、評価やブックマーク、感想などで応援してもらえると励みになります。

1章の間は、2日に1話のペースで更新していきます。

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