11.再会
「これは……? こんなコンテナ、知りませんよ」
疑問を口にしたのはニコレスだった。
「当然だ。研究員たちには悪いが、本筋とは別にこちらで独自に進めさせてもらっていた。そして今日、電源たるコンテナも運べた。ようやく試験段階に入ったのさ」
「な……」
困惑するニコレスの隣で、ツバキは首を傾げた。
「ん……? 電源?」
あの黒いコンテナが、電源。
だとすると、なおさら中身はなんだったのか。
遠回しにせずにしっかり聞いておくべきだった。という小さな後悔が胸を刺したその時、コンテナの扉が重々しく開かれた。
その瞬間、閉じ込められていた魔力が一気に訓練室へと溢れ出す。
「……は」
リーゼの声が、息と共に詰まった。
開かれた扉の先を、夢でも見るような目で凝視した。
「そんな……あり得ない。そんなはずは」
呼吸は荒くなり、首が左右に振れる。
目の前の現実を否定しようと必死だった。
それでも、コンテナの中から現れた“ドロ”には、確かに懐かしい暖かさがあった。
「生き物は死んでなお、しばらくは魔力が残り続けるものだ。人の一生は儚い。だが、これからの未来、儚いまま終わらせる必要はなくなる。私はこの世界を次へ繋ぐため、その魔力を新たな形を模索しているのだ」
次々に扉から出てくるのは、人の形を模したドロドロの液体。
集団で粘液を垂らし呻き声を上げてゆっくりと歩く様は、ゾンビのようだった。
「ロマノフ司令……Z計画にそんな話はありませんよ。あれは、活性化を始めた魔物の、抑制を!」
「それは実現不可能だった。残念ながら、すでに手遅れだったのだ」
「は……?」
言葉の理解が追いついていないのか、ニコレスの空いた口が塞がらなかった。
その隣でツバキは、静かにそのドロを見つめる。
「……そこにいる魔力たちは、なんなんです」
その中に秘められた魔力の質感は、紛れもなく人間のものだった。なのに意思はなく、外部からの信号でまとまった動きを見せる。
その意味を理解したとき、ツバキの目頭が熱くなった。
「ああ。ここにいるのは、事故に遭った者たちそのものだ。取っておいていて正解だった」
「……事故。ですか」
ツバキの眉に今までにないほどの皺が寄る。
拾いたくもない感情が逆流し、喉の奥までせり上がる。
「ああ、事故さ。この研究に関わってしまった……不運な者たちの__」
至って淡々とした口調で語るロマノフ。
そんな彼に一番の怒りを抱えたのは、紛れもなくリーゼだった。
「私のお母さんは……お父さんは、そんなので死んだんですか……?!」
「同情する。あの二人は計画の失敗をわかっていながら、果敢にも挑んだ。なまじ正義感のある者たち故、こうなってしまったのだ」
「くぅ……うう」
泣き出しそうなリーゼを一目見た瞬間、ツバキは低く構える。
セルディーと対峙した時よりも、ずっと身が入っていた。
「ツバキ待ってくれ……やめてくれ」
鋭く構えられたツバキの腕に、リーゼはしがみついて懇願していた。
ツバキは、目の前の状況を再確認する。
「あのドロの中の二人は、リーゼのご両親だよね」
「だから!」
無理もなかった。久しぶりに感じられた両親の生きてる感覚が、今目の前にあるというのだから。
それでも、だからこそ、ツバキはあれを断ち切らねばならないと心を殺そうとした。
「あれは生きてないよ。思考も感情もないでしょ」
「お母さん! ねぇ! 返事してよ!」
リーゼが人の形をしたドロの群れに向かって必死に声を上げるが、返事はない。
ただ一歩一歩と近づいて、目の役割でもあるような黒い斑点をこちらは向けた。
「おかあ__」
涙で濡れた目に、ふと笑みが宿る。
刹那、液状の首が変化し、リーゼに目掛けて伸びた。
「さ……?」
目前に迫るドロを前に、体が動かなかった。
隣にいたツバキが瞬時にその先端を握りつぶす。
「……完全にドロか」
防がれた首の刃は液状化して地面に崩れ落ちる。かと思えば、体があった場所に集まり、再び人の体を形成した。
「自我を宿した覚えはないが。まだ完成には遠いか」
「こんなのなら……わざわざ人の形にしなくたって!」
立ち姿や仕草は奇妙なほど人の体を取ろうとしている。
なのに脳信号の一つすら魔力を通して感じられないのは、奇妙なほどに作り込まれた人形だからだろうか。
「ニコレスさん。……あなたもその怯えをみるに、お知り合いがいるんでしょう?」
「……間違いない。ロマノフ司令……クライスも、こんな事にしたのですか」
ニコレスも、リーゼまでの怯えはなくともやはり震えていた。静かに問いただすその目には、焦燥と怒りが混ざっている。
「彼は特に優秀だった。それ故にセルディーの変身に耐えられなかったのは、あまりにも惜しかったのでな。もちろん大事に取っているぞ」
まるでモノでも説明するような、動揺が一切感じられない口調だった。迷いがないのだろう。
そして、あの変身はやはり危険なものらしい。
「安心してくれ。いつかこの研究が完成すれば、人は死を超えて繋がることができる」
「……死を超えて?」
眉間に詰まった皺が少しだけ緩んだ。
一瞬だけ希望のようなものを感じたが、ツバキにとってそれは、邪念に過ぎない。
「こんな人形でその気になれるなら、そりゃいいでしょうね。ニコレスさん。俺はあのゾンビを倒せます。どうしますか」
「まって……ツバキ、ちょっと……待ってよ」
藁に縋る思いで懇願するリーゼ。
ニコレスはそんなリーゼの目を見て、首を振った。
「私は……覚悟の上だ。だがリーゼさんは違うだろう。目の前で両親を殺すようなものだぞ」
「……そうですね。一旦引こう」
警戒しながら背を向けたが、ロマノフはその背を追う気配はない。
「まだ試験段階だ。次はもっと良いものを見せてやるぞ」
狂気じみたロマノフの態度とは別に、ドロ人形たちは三人に向かって移動を始める」
「ニコレスさん!」
「ああ!」
ニコレスは崩れ落ちたリーゼを肩に抱え、一瞬だけツバキを振り返った。
悔しさ、恐怖、そして__決断。
それらすべてを飲み込み、リーゼを肩に抱えたニコレスは、訓練所の出口へ駆け出した。
「ああ……お母さん」
リーゼの弱った呼びかけの残響が静まりきる前に、別方向から襲い来るドロ人形たちの腕がツバキへ伸びた。
ツバキはその攻撃を軽く弾き飛ばし、真っ直ぐにロマノフの目を見る。
「生命は……生命はもっと、儚いんです。それをわからないあなたがこんな研究をやるのは、俺は認められません」
ツバキは正面を向いてそういうと、背を向けて立ち去ろうとする。立ち去る直前、一度だけ振り返って、はっきりと言い残した。
「また来ます」
地を蹴り、訓練所を後にする。
真っ直ぐに守るべき二人の方向へ去っていった。
「…………」
残されたのは、ロマノフと、人の形になりきれない成果物だけだった。
「儚いよ。命は」
訓練所を包む静寂が、ひどく冷たかった。
砕けた瓦礫が床に転がる音も、ドロの揺らめく湿った音も、どこか遠くになる。
ロマノフは手を背中に組んだまま、去っていくツバキの足音が完全に消えるのを待った。
そしてようやく、誰に聞かせるでもなく小さく呟いた。
「……だから取り戻そうとするのだろう」
ツバキたちとは反対方向へ静かに歩み出すと、ドロ人形たちはコンテナの中へ列を成して戻っていく。
ロマノフのその背は、基地の灯りの中で溶けていくようにして消えていった。
「もうすぐまた、会えるからな……クローデルよ」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
思わず涙が流れそうな再会ですねこれは。
2章は完成次第更新予定です。
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