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異世界ギルドのレビスパーダ 〜最大積載量測定不能の馬鹿力はいかがですか?〜  作者: 亜菜 三丁
1章.ギルドの新人

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10/11

10.力の差

 変身を完了させたニコレスは、しばらくその場に佇んだ。

 装甲越しでも、彼女の呼吸がわずかに乱れているのが分かる。決まったはずの覚悟は、人ならざる姿を晒した影響か、また揺れ始めていた。


「……ニコレスさん。その変身、危ないんじゃないんですか? 全身が魔物の魔力ですよ」

「やはり分かるか。この体は今、ドライバーから魔物の魔力をこの身に取り込んでいる」


 その声を聞いて、なんとかその体がニコレスなのだと実感できる。

 見てているだけでも痛々しいその異形が、ニコレスの動きでリーゼの方を向いた。


「リーゼさん。君は部屋の端に離れていてくれ。巻き込まれては危ない」

「わ、わかりました……」


 リーゼはまだその姿を現実と受け入れられない様子のまま、怯えた目で部屋の端へ移動した。

 彼女の移動を確認すると、二人は低く構えた。


「行くぞ」

「……はい」


 セルディーは静かに構えを取り、足を踏み込む。

 ツバキはまだ、その気になれなかった。


「すぅ…………。だあっ!」


 タイルが吹き飛んだその瞬間、疾風の如くスピードでツバキに跳んでいった。

 二人の間は瞬時に縮まり、ツバキの懐にセルディーの赤い目が潜り込む。


「……あ」

「ちぃっ!」


 悪態をついたセルディー。そのまま突っ込むことはしなかった。

 体はその場から直角に跳ぶ。ツバキから距離をとっては周囲を高速で回り始めた。


「……なんてやつだ」


 セルディーが苦しく呟く。

 急な軌道をとった理由はただ一つ、目が合ったからだった。

 常人になら消えて見えるような速度でも、ツバキの動体視力はそれを遥かに越えてくる。

 現に、残像を残すほどの動きで攻撃の機会を伺っているというのに、背後以外ではどこにいてもツバキの視線がついて来るのだ。


「く……やはりこれは」


 翻弄すらできていない多重残像の中、セルディーが次の攻撃先として選んだのはツバキの背後だった。

 どこを選ぼうと同じなのは頭では分かれど、本能的に安全と感じてしまう位置。

 魔力を感じ取れる話を聞いてからは尚更意味のない事を分かっていながらも、その異形は地を蹴った。


「でやあっ!」


 質量とスピードを乗せた異形の拳を大きく振るう。

 ツバキはまだ動かず、ただ背中を晒す。

 そして、轟音が訓練室全体に響き渡った。

 部屋中が地震のように揺れ、エネルギーの残響が反響し、やがてその余韻は静寂に変わる。


「……むぅ」


 セルディーの拳は確かにツバキの背中に打ち込まれた。

 しかし、振り切れはしない。


「入社試験通りの硬さだな。このセルディーの拳を受けて怯みもしないとは……」


 ツバキは微動だにしない。

 ぶつけた拳を通して穏やかな脈が伝わってくるほど、彼の体は落ち着いていた。


「あ……み、見えなかった。何が起こったんだ」


 遠くで見ていたリーゼには、一連の動きに目が追いつかなかった。一瞬だけ異形の体が分身したように見えたが、気が付けば破裂音と共に二人が中心に立っている。


「……ツバキ?」


 だが、離れて見るツバキの顔は俯いている。

 虚しく映ったその姿は、とても戦いの最中とは思えなかった。


「ニコレスさん。やらなきゃダメですか」


 振り向かずに言ったツバキの声は、淡々としていた。

 怒っているわけでも、怯えているわけでもない。


「私はすでに攻撃した。ツバキ君が何もしないなら、……私は何度でも君を痛めつけるぞ」

「……痛むのはあなたの方です」


 現状の力の差を、彼は淡々と言葉にしたのだろう。

 それでも、ニコレスは真っ直ぐにその言葉を受け入れられなかった。焦りの火に油を注いだ。


「じゃあ止めて見せろ!」

「くうっ!」


 異形の拳が怒りをあらわにし、再び殴ろうと腕を引く。

 ツバキは歯を食いしばり、セルディーのそれよりも早く振り返る。

 瞬時に片手を異形の胸部に当てた。その直後。


「くうっ?!」


 それを軽く押した瞬間、異形の体はいとも簡単に吹き飛んだ。

 勢いよく壁に激突し、衝撃が再び部屋中を鳴らす。

 崩れた壁から瓦礫が落ちて、パラパラと巻き上がる砂埃。

 一瞬、何が起きたか分からなかった。その中で、異形は肩を震わせていた。


「ははっ。流石だ……最高戦力なんて、君の前ではこうだな」


 壁にもたれかかったまま、異形は乾いた笑い声をあげる。

 歪な見た目に似合わないボロボロの姿勢を前にして、ツバキは思わず顔を顰めた。


「そんなに……」


 ダメージを受けているというのに、ニコレスからは確かな安心を感じるのだ。

 ギルドで魔力感知の話をした時も、同じような感覚があった。

 ……まるで、力の差を喜んでいるようだった。


「そんなに、嬉しいですか。俺はギルドに入って二週間ですよ。まだ研修中です。けどあなたは、そんな俺にしか向けない安心感があります。今だってそうです」

「お、恐ろしいものだな……魔力が分かるというのは」


 少しへこんだ壁に寄りかかり、地面に腰を落とすセルディー。異形から発せられる声は、見た目に反して弱い言葉ばかりだ。


「私は強いニコレス・ラディでなければならない。体も心もな。それをこうも簡単に越えてしまう」

「強い人が欲しいんですか」

「……大人には、恥ずかしいこともあるのさ」


 それらしい事を言うが、答えになっていない。

 ツバキはただ、彼女の本音が聞きたかった。


「恥じるだけ、マシって事にしておきます……」

「はは……」


 表情は怪人の顔で見えないのに、小さく微笑んだのがわかった。しかしその直後、セルディーの体が痙攣を始めた。


「かはっ……」

「早く変身を解いてください。体に悪いですよ」


 明らかに異常な息遣いにツバキは口早く伝えるが、ニコレスの闘志はまだ燃えたままだ。


「はぁ……このまま一撃で落ちるわけにもいかない。もう少し強く抵抗させてもらおうか」

「ニコレスさん……。わかりました。じゃあ、はやく全力をぶつけてください!」


 これが彼女の最後の攻撃になるだろう。

 強がりを受け止めるだけの力はある。

 ツバキはセルディーから距離を取ると、最初と同じく棒立ちになった。


「私は今から最高火力の技を君にぶつける」

「それを防いだらどうなりますか」

「私の知る限り、君はこの世界で最強の存在となるだろう」

「え?」


 最強の存在。

 あまりパッとしない言葉だった。

 なにも、そんな大層な夢は望んだことがなかったから。

 しかし目の前には、その強さを望む者がいる。


「……なら、望むところです」


 ツバキの覚悟を受け取ったセルディーはドライバーのレバーを引き、もう一度押し込む。

 ガチャンと変形音と同時に、魔力が再び軌跡になって中央から伸びていく。

 変身時は全身に伸びていたものが、今度は右足へ集中して注がれ、黒煙を吹き出した。

 禍々しいほどの魔力が一点に注がれる。


「受けてみろ……」


 右足を後ろへ引き、地を蹴る。

 大きく跳躍し一回転。

 煙が黒い軌跡を描き、ツバキに向けて突き出される。


「でああああっ!」


 加速した異形の足が重々しく迫る。

 それでもツバキは、防御すら取らなかった。

 真正面__胸部で受け止め、なおもセルディーの一撃は止まらない。


「くぅ……うおおおお!」


 やがて二人を中心に爆発し、黒い煙が訓練室全体を覆った。


「はぁ……はぁ……っ。どうだ」


 肩で息をし煙の中を見つめる異形の戦士。

 今の一撃で相当なエネルギーを使っていた。

 ダメージを受けていてほしい戦士としての気持ちと、耐えてほしい思いで揺れる中、答え合わせをするように煙が晴れる。


「……ふふ。あはは」

「……俺は、鍛えすぎてたみたいです」


 爆炎が上がるほどの攻撃を受けてなお、ツバキは微動だにしていなかった。

 上司を見つめる細い目は憐れみのようにも見え、ニコレスはただ、不気味に微笑むだけだった。


「もっと早く家から出てくるべきでした」


 埃一つつけずに、セルディーへゆっくりと迫るツバキ。

 いつもの穏やかな足取りで進む様は、もはや無傷をアピールしているようにすら見える。


「学校に通って、ちゃんと卒業して、それからギルドに来るべきでした」


 ツバキは座り込んだセルディーの前に片足を立てると、そっと手を伸ばした。


「ニコレスさん。あなたは俺の上司です。まだまだ、保険周りの話とか予算の話とか色々、教えてくださいね」


 ニコレスはドライバーのレバーを引いて、変身を解除する。

 異形の姿が溶けるように形を失い、青い髪とツバキを見つめる茫然とした顔があらわになった。


「ああ……こちらこそ、よろしく頼む」


 手を取り立ち上がる人の目には、戦闘前にはなかった凛々しいものがあった。

 それ以上に、この二人の間には妙な空気があった。

 嬉しいような。苦しいような__。


「なんだ……なんだこの、湿っぽいのは」


 魔力を通った絶妙な感覚を、リーゼは一人感じて頭を抱えていた。

 するとその時、訓練室の外から乾いた拍手の音が響いた。


「まさかセルディー相手に無傷とは、さすがはツバキ君だ」


 ゆっくりと扉が開き、ロマノフが姿を現す。


「……ロマノフさん」

「司令官……」


 ニコレスとツバキが同時に名を呼ぶ。


「早速だが、そんな君たちに紹介したいものがある。Z計画の進捗というやつだ」


 ロマノフの後ろから、重機で運ばれてきた青いコンテナが姿を見せた。

 ツバキが再積載し、装置に固定したものとは別の、知らないコンテナだ。

 鈍い金属音を立てながら、コンテナは訓練室の中央へと運び込まれていく。

 その中身が待つ次の段階へと、三人の物語は否応なく進み始めていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

セルディーのこの姿は、アーマーを纏っているのではなく肉体そのものが変化するタイプです。


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