A級冒険者、ガトスさん
「それでは、行ってきます!」
ブレッドは店を出ると、冒険者ギルドへと向かった。
今日は冒険者登録の実技試験。
昨日テラスタから受け取った推薦状を握りしめ、少し緊張した面持ちで歩く。
「初めての試験...どんな感じなんだろう」
開店以来、毎日パン作りに追われていたブレッド。
冒険者試験なんて受けたことがない。
「でも、これで堂々と材料を集められる!」
ブレッドは前向きに考えた。
ダンジョンへの立ち入りは冒険者のみ許可されている。
つまり、冒険者になれば「その辺のダンジョン」で材料を集め放題だ。
◇◇◇
冒険者ギルドの訓練場。
広々とした石造りの空間に、一人の男が立っていた。
「...遅いな」
筋骨隆々とした体格。
テラスタと同じくらいの筋肉量。
左手には巨大な盾を抱えている。
A級冒険者、ガトス。
大盾使いのタンクとして名を馳せる男だ。
「本当なら、今頃黒龍の調査に向かっているはずだったのに」
ガトスは不機嫌そうに呟いた。
数日前、大樹海の最深部で黒龍が討伐されたという報告があった。
真偽を確かめるため、上級冒険者たちが調査隊を結成。
ガトスもその一員として参加する予定だった。
ところが。
「ギルド長の頼みとあっちゃ、断れないか」
テラスタから直々に頼まれたのだ。
「今日の試験官を務めてほしい」と。
「黒龍を討伐しただと? そんな娘がいるわけがない」
ガトスは推薦状の内容を思い出す。
栗毛のショートカットの少女。
テラスタから聞いた話では、この娘が黒龍を討伐したという。
「馬鹿げている」
調査隊はまだ黒龍の住処にすら辿り着いていない。
どう考えても誇張か、別人の功績だろう。
ギルド長が何を考えているのかわからないが、とにかく試験を終わらせて調査隊に合流したい。
その時、訓練場の扉が開いた。
「あ、すみません! 遅くなりました!」
栗毛のショートカットの少女が駆け込んでくる。
息を切らせながら、ぺこりと頭を下げた。
「ブレッドです。今日はよろしくお願いします!」
「...ガトスだ」
ガトスは短く答えた。
目の前の少女を見る。
確かに推薦状の特徴と一致している。
(こんな小娘が黒龍を...?)
どう見ても普通の娘だ。
筋肉もない。剣も持っていない。
ただ、腰の辺りに小さな双剣が装備されているのが見える。
「ガトスさん、よろしくお願いします!」
ブレッドは満面の笑みで手を差し出した。
ガトスはその手を無視して、訓練場の観客席に目を向ける。
そこには、テラスタと四人の女性冒険者が座っていた。
「ブレッドさん、頑張ってください!」
赤髪の少女、ステラが声援を送る。
隣には銀髪のリリア、黒髪のノエル、茶髪のアリアが並んでいた。
「星空会か」
ガトスは呟いた。
Cランクのパーティだが、最近頭角を現している若手たちだ。
「なぜあいつらが...」
「ブレッドさんの試験、見たくて!」
ステラが答える。
ガトスは眉をひそめた。
(このパン屋に、何か特別なところがあるのか?)
ガトスは再びブレッドを見る。
少女は緊張した様子で、きょろきょろと周囲を見回していた。
「それでは、始めるぞ」
ガトスは大盾を構えた。
「試験内容は一対一の対戦。どちらかが降参するか、戦闘不能になるまで続ける」
「は、はい!」
「手加減はしない。本気で来い」
ガトスの声には力がこもっていた。
これは脅しではない。
本当に手加減するつもりはない。
もし、この娘が本当に黒龍を倒したのなら。
それは試験中に証明されるはずだ。
「わかりました!」
ブレッドは拳を握った。
素手で戦うつもりらしい。
(やはり、ただの素人か)
ガトスは内心で溜息をついた。
「準備はいいか?」
「はい!」
「では――」
ガトスは大盾を正面に構える。
訓練場に緊張が走った。
観客席のステラたちが固唾を飲んで見守る。
テラスタは腕を組み、真剣な表情でブレッドを見つめていた。
「――始め!」
ガトスの声が、訓練場に響き渡った。




