なんかお店が繁盛してる
ブレッドが店の近くまで戻ってきた時、遠目に見えたのは――。
「...え?」
店の前に、人だかりができている。
いや、人だかりどころではない。長蛇の列だ。
背中に卵を担いだまま、ブレッドは呆然と立ち尽くした。
出発してから数時間。
その間に、一体何が起きたというのだろう。
「姉御ッ!」
店内からモブがブレッドを見つけて駆け寄ってくる。その顔には汗が滲んでいた。
「姉御、お帰りなさいませッ!」
「な、何これ...?」
「開店してしばらくしてから急にお客さんが押し寄せてきまして...!」
モブが興奮気味に報告する。
「最初は通りかかった人が数人来る程度だったんですけど、その人たちが食べて『美味い!』って叫んで...」
「それから口コミが広がって、気づいたらこの有様ですッ!」
ブレッドは呆然と列を眺めた。
開店して一週間、毎日閑古鳥が鳴いていた店が。
たった一時間で大繁盛している。
「そ、そんなに美味しかったんですか...?」
「はい! お客さんたち、『今まで食べたパンの中で一番美味い』って言ってましたね」
ブレッドは首を傾げた。
いつもと同じ生地で、いつもと同じ焼き方。
何が違うというのだろう。
「とにかく、お店手伝わないと!」
ブレッドは卵を片付けると、エプロンを締め直して店に出た。
◇◇◇
「長パン二つください!」
「丸パンは残ってる? 五個欲しいんだけど」
「あ、私も長パン!」
店内は大混雑だった。
モブが焼き上げたパンが次々と売れていく。
「あ、モブさん!」
一人の少年が店に駆け込んできた。
「いつもありがと!モブさん今日もパンくれるの? あれ、今日はすごい人だね」
「あ、ああ...坊主...」
モブが冷や汗を流す。
「ねえねえ、いつものまず――」
「「「ちょっと外で話そうかッ!!!」」」
モブたち三人が光速で少年の口を塞ぎ、そのまま店の外へ運び出す。
「え? ちょ、何...?」
他のお客たちも目を丸くしたが、モブたちはすでに少年を外に連れ出していた。
店の外。
「坊主、今日は特別なパンなんだ!」
「いつもとは違うんだ!」
「だから、いつもの話はしちゃダメだ!」
モブたちが必死に説明する。
「えー、でも僕、あのパン好きだよ? いつもモブさんたちが孤児院に持ってきてくれるし」
モブは冷や汗を流した。
実は、ブレッドが作ったパンは毎日売れ残っていた。
それを見かねたモブたちが買い占め、孤児院や食べ物に困っている人々に配っていたのだ。
味は正直、良いとは言えない。
でも、子供たちは文句を言わずに食べてくれていた。
「とにかくッ! 今日は特別だから、いつもの話は内緒だッ!」
「うん、わかった!」
少年は元気に頷いた。
モブたちは店内に戻ると、素早く丸パンを袋に詰めた。
「坊主、今日のパンは特別美味いぞッ! 後で孤児院に持っていくからなッ!」
「ありがとう、モブさん! お姉ちゃんも、またね!」
少年は元気に手を振って店を出ていった。
一方でブレッドは接客をこなしながら、不思議でならなかった。
(いつもと変わらないのに...なんで今日はこんなに人気なの...?)
◇◇◇
昼過ぎ、ようやく客足が落ち着いた。
店内に残っていたパンは完売。驚異的な売り上げだった。
「「「はぁ...疲れましたッ...」」」
モブたちが椅子に座り込む。
「モブさん、本当にありがとうございました!」
ブレッドは満面の笑みでモブに感謝した。
「いえいえ、こちらこそ...それより姉御、あの卵は...?」
「あ、そうでした! 新作のパンを作らないと!」
ブレッドは黒龍の卵を抱えて戻ってきた。
「さっそく作ってみますね」
調理場で、ブレッドは卵を割る。
中から現れたのは、漆黒の黄身と、同じく漆黒の白身。
魔力が溢れ出し、周囲の空気が震える。
「わぁ、きれい...」
ブレッドは感動しながら、パン生地に卵を混ぜ込んでいく。
こね、発酵させ、成型し、窯で焼く。
しばらくして。
「できました! まっくろパン!」
ブレッドが取り出したのは、真っ黒で丸い、見た目は普通のパンだった。
「モブさん、味見してもらえますか?」
「え、あ、はい...」
モブは緊張しながらパンをちぎって口に運ぶ。
そして。
「!!!」
モブの表情が固まった。
「ど、どうですか?」
「これはすごいです...!」
実際のところ、味は微妙だった。
ブレッドのパン作りの腕前は、お世辞にも上手いとは言えない。
焼き加減も甘く、生地のバランスも悪い。
しかし、使われているのは黒龍の卵だ。
Sランクモンスターの卵には、膨大な魔力と栄養が詰まっている。
そのおかげで、食べると体中に力がみなぎる。
疲労が一瞬で回復した。
「姉御...これ、本当にパンですかッ...?」
「え? まっくろパンですよ?」
ブレッドはきょとんとしている。
「いえ、その、味はともかく...」
「味? 美味しかったですか?」
「あ、はい...美味しかったです」
モブは苦笑いした。
本当のことは言えなかった。
「よかった! じゃあ明日から『まっくろパン』も販売しましょう!」
ブレッドは嬉しそうに笑った。
「これで看板メニューができましたね!」
「その...これだけだと、ただの黒い丸パンなので...何か、こう...具材を挟むとか、工夫が必要なんじゃないかと...」
「あ!」
ブレッドは目を輝かせた。
「確かに! まっくろパンだけじゃ寂しいですよね!」
「では、皆さんでアイディアを出しましょう!」
(姉御の作業工程を見るチャンスだ...)
モブは心の中で呟いた。
なぜ、同じ材料でここまで差がついたのか。
その謎を解く手がかりが、ついに掴めるかもしれない。




