いちげきひっさつ
「始め!」
ガトスの声と同時に、ブレッドが駆け出した。
「それじゃあ、行きますね!」
次の瞬間。
ブレッドの姿が消えた。
「――!?」
ガトスは目を見開いた。
速い。
あまりにも速すぎて、視界から消えた。
(どこだ!?)
ガトスは反射的に盾を正面に構える。
ドゴォォォンッ!!!
凄まじい衝撃が盾を襲った。
ブレッドの拳が、盾の上から叩きつけられる。
「がっ...!?」
ガトスの体が宙に浮いた。
盾が真っ二つに砕ける。
防具が歪み、胸部が大きくへこむ。
ドサァッ!
訓練場の壁に叩きつけられ、ガトスは地面に崩れ落ちた。
「...」
訓練場が静まり返った。
観客席のテラスタが立ち上がる。
星空会の四人は呆然としていた。
「あ、あの...今の...」
ステラが震える声で呟く。
「一撃...よね...?」
リリアが信じられないという表情で言う。
「ガトスさん、A級冒険者なのに...」
ノエルも言葉を失っていた。
「ブレッドさん、やっぱりすごすぎる...」
アリアが小さく呟いた。
「あ、あの...ガトスさん! 大丈夫ですか!?」
ブレッドが慌てて駆け寄る。
「う...ぐ...」
ガトスは呻き声を上げた。
あばらが何本か折れているようだ。
「ごめんなさい! 手加減したつもりだったんですけど...」
ブレッドは涙目になっている。
観客席から、テラスタが降りてきた。
「ガトス! 大丈夫か!?」
「ギルド長...すまない、無様なところを...」
ガトスは苦痛に顔を歪めながらも、テラスタを見上げた。
「今すぐ治療を受けさせる。動けるか?」
「...何とか」
テラスタはガトスの肩を支えた。
「ガトス、後で話を聞かせてもらう。今は治療が先だ」
テラスタはガトスを支えたまま、訓練場の出口へ向かった。
「ブレッド殿、少し待っていてくれ。すぐに戻る」
「は、はい...」
ブレッドは不安そうな表情で二人を見送った。
◇◇◇
数分後。
テラスタが戻ってきた。
その顔には、複雑な表情が浮かんでいる。
「ガトスは治療師のところに預けてきた。骨折と打撲だが、命に別状はない」
「本当にすみませんでした...」
ブレッドは再び頭を下げた。
「いや、謝る必要はない」
テラスタは深く息を吸った。
「むしろ、お前の実力が本物だと証明された」
そして、ブレッドの目を真っ直ぐ見つめる。
「ブレッド殿。お前は間違いなく、この国でも指折りの実力者だ」
「え...?」
「ガトスはA級冒険者の中でも中堅以上の実力を持つ。それを一撃で倒すとは...」
テラスタは砕けた盾の破片を見た。
「それで、判定は?」
テラスタが尋ねると、訓練場の入口からガトスの声が聞こえた。
「...合格だ」
「ガトス、無理をするな」
「これくらい、何ともない」
ガトスはブレッドを見た。
「お前は間違いなく、A級...いや、それ以上だ」
「本当ですか!?」
ブレッドの顔がぱっと明るくなった。
「やった! これで材料集め放題です!」
「...材料?」
「はい! 堂々とダンジョンに入れるようになるので、新作パンの材料がたくさん集められます!」
ガトスとテラスタは顔を見合わせた。
(この娘にとって、ダンジョンは材料置き場なのか...)
「それでは、正式に冒険者登録の手続きをしよう」
テラスタが微笑む。
「ブレッド、ようこそ冒険者の世界へ」
◇◇◇
ギルドの受付。
ブレッドは登録用紙に必要事項を記入していた。
「えっと...名前は...ブレッド」
「年齢は...」
「出身地は...サイハーテ村」
そして、職業欄に目を向ける。
「職業...パン屋、っと」
サラサラと書き込む。
受付嬢がその文字を見て、目を丸くした。
「あの...ブレッドさん。こちらの職業欄は、冒険者としての職業を書く欄なのですが...」
「え? でも私、パン屋ですけど...」
「いえ、その...戦士とか、魔法使いとか、そういう...」
受付嬢が困った表情を浮かべる。
テラスタが横から口を挟んだ。
「そのままで構わない。この娘の職業はパン屋だ」
「で、ですが...」
「問題ない。記録しておいてくれ」
「...かしこまりました」
受付嬢は諦めたように頷いた。
数分後。
「こちらが冒険者カードになります」
受付嬢が一枚の金属製のカードを手渡した。
ブレッドはカードを受け取る。
そこには、名前、年齢、職業が刻まれていた。
名前:ブレッド
職業:パン屋
ランク:E
「ランクはEからのスタートとなります。依頼をこなして実績を積めば、昇格試験を受けられます」
「はい! 頑張ります!」
ブレッドは嬉しそうにカードを見つめた。
「これで、ダンジョンに入れるんですよね?」
「はい。ただし、Eランクの方は危険度の低いダンジョンのみとなります」
「わかりました!」
ブレッドはカードを大切に懐にしまった。
「それじゃあ、早速材料集めに...」
「ブレッドさん!」
ステラが駆け寄ってきた。
「おめでとうございます! 冒険者になったんですね!」
「ステラさん! ありがとうございます!」
リリア、ノエル、アリアも続いて駆け寄る。
「すごかったです...あの一撃...」
「ガトスさんを一瞬で...」
「本当に、ブレッドさんって...」
三人は尊敬の眼差しでブレッドを見つめた。
ブレッドは照れくさそうに笑う。
こうして、ブレッドは晴れて冒険者となった。




