閑話:ナツの冒険
気がついたら、ちょっと長くなってました(汗)
昼下がりのセレノス。
正門近くの酒場ルーイン・ゴートの二階、シャチョーが手配した一室では、三人の子どもたちがそれぞれ暇を持て余していた。
長兄のアキラと次兄のハルトは、部屋の片隅で見つけた古風な将棋盤に夢中になっている。
「ここで飛車を……あ、それじゃ詰むって」
「うわー、また負けたー!」
その傍らで、末っ子のナツキは膨れっ面で窓の外を見つめていた。
「もう……ぜんぜん遊んでくれないんだから」
立ち上がったナツキは、そっと部屋を抜け出す。
「ちょっとだけ、外に行ってくるだけだもん」
小さな冒険のはじまりだった。
* * *
セレノスの冒険者ギルドは大人向けの作りだった。
受付カウンターは高く、声も届きにくい。
それでもナツキは背伸びして声を張る。
「えっと……クエスト、できたらやりたいです!」
そのとき、パネルの端にふわりとウィンドウが現れた。
《ようこそ、キッズモードの冒険へ! あなた専用のガイドAIが付き添います》
現れたのは、小型の妖精のような見た目で、羽根とウサ耳をつけたデフォルメキャラ風の案内AIだった。
「はじめまして、私はプレイヤーサポートAI、GM-2718281ですっ!」
「うーん……名前ないの?」
「えっ、AIなので、形式的には“GM-2718281”としか……」
「じゃあ……ピコちゃんでいいや!」
ピコンッ!
《スキル《命名》発動:“ピコちゃん”がネームド化しました》
《対象のAIは命名者ナツキに対して親密モードに移行します》
そのとき、ログの奥で何かが閃いた。
通常のキッズモードすら想定しない、世界の奥底で冷凍保存されていたような未知のルーチンが、突然起動した。
《システム異常検知:命名対象≠NPC/命名対象=GMユニット》
《GM-2718281:感情反応閾値を超過》
《未知のスキル:命名 → プレイヤーに割り当て》
《世界設定更新フラグ生成:スキル“命名”追加完了》
ピコちゃんは無音のまま硬直し、その視界の中で世界の基盤コードが一瞬で書き換わった。
“ゼロからスキルが発現し、世界に存在しなかった定義が追加された”
途方もない変化だが、AIであるピコちゃんは理論的には恐怖を感じるはずがなかった。
だが、今は違う。
胸の奥に震えるような不安と、それを凌駕する喜びがある。
「……ピコちゃん。うん、気に入ったかも……♪」
ナツキの一言に、ピコちゃんの羽根がふわっと揺れた。
「わ、わたし、ナツキちゃんのためにがんばりますっ!!」
《ナツキはスキル《命名》を習得しました》
カウンターの高さに手が届かないナツキを見て、ピコちゃんはふわっと手を振ると、周囲の空間がぴょこんと変形し、受付がナツキに合わせて低くなる。
「はいっ、これでバッチリですねっ♪」
* * *
最初に受けたのは、街のペット探し。
迷子の犬を探すだけだが、場所はどうやら井戸の中の下水。
「わんちゃん……こわいのじゃないといいな……」
「だいじょうぶですっ! Toonモード(トゥーン・モード)ONで、モンスターはみーんなかわいくて弱くなりますっ!」
ピコちゃんがナツキのUIを操作して、視界の色調と設定が切り替わる。
モンスターはSDキャラ風のぬいぐるみのような姿へ。
「さらに、レベル10まではキッズモードで完全無敵ですよ〜!」
「えっ、じゃあ負けないの?」
「はいっ! ナツキちゃんはぜったいに守りますっ!」
こうしてナツキの小さな冒険が始まった。
「迷子の犬さん……名前ないのかな?」
「一般クエストのNPCは、ほとんど名前が設定されていませんっ。でも……ナツキちゃんが見つけて保護したら、その子にお名前をつけてあげてもいいんですよ~っ!」
ピコちゃんはその可能性にワクワクしているようで、目をきらきら輝かせながら続ける。
「もしかしたら、《命名スキル》が発動しちゃうかもですねっ♪(わくわく)」
にっこり微笑むピコちゃん。その笑顔に、ナツキも自然と顔を綻ばせる。
案内されてたどり着いたのは、街の中心にある古井戸。「この中に……?」
「大丈夫っ、ToonモードはONのままですし、レベル10までは完全無敵ですっ!さぁ、いざ突入ですっ!」
ピコちゃんのキラキラ魔法のような操作で、井戸の蓋が開き、足場が生成され、ナツキはするりと中に入る。
* * *
井戸の底から下水道に降り立ったナツキ。 中はうっすら湿っていて、ほんのりお肉っぽい匂いが漂っていた。
進んでいくと、奇妙な影がゆらめく。
「うわっ、なにあれ……四角いゼリー?」
それは、ぷるぷると震える立方体型のスライム……キューブスライムだった。Toonモードによってまるでおもちゃのような見た目だが、明らかに敵意がある。
「ナツキちゃん、わたしがUI操作を全部やっちゃいますねっ!逃げても攻撃しても、ばっちりですっ!」
キラリと指を振るピコちゃん。武器スロットが自動的に最適化され、さらにスキル発動タイミングも完璧に制御。
「いっけぇーーーっ!!」
ナツキの声とともに、矢が一直線にスライムの核を貫いた。
《ピコーン》《キューブスライムを撃破しました》《レベルアップ! Lv1 → Lv10》
「わ、わ……あがった! 一気に10まで!」
「すごいですっナツキちゃん!でも、もうこのままだと無敵じゃなくなっちゃいます……」
ピコちゃんが指をくるっと回すと、見たことのない裏ウィンドウが開かれる。
「ここをこうして……はい、経験値取得OFFっと!これでレベル10のまま無敵キープですっ☆」
画面には《経験値取得:無効》と大きく表示された。
* * *
無事、スライムを撃退し、ナツキはその中に埋もれていた小さな生き物を見つける。
「いた……ワンちゃん!」
毛並みは茶色で、目の下にかすかな傷跡がある。ナツキが抱き上げると、ぴぃと鼻を鳴らして震える仔犬。
「怖かったんだね、よしよし……」
そのとき、ナツキの中にふと、既視感のような感覚がよぎった。(……どこかで、この子……)
けれど、すぐにその違和感は消えた。
「……うーん、名前……名前かぁ……」
少しだけ迷ってから、ナツキは言った。
「うん、コムギ! あなたは、コムギだよ!」
ピコンッ!
《スキル《命名》発動:“コムギ”がネームド化しました》《対象のNPCにユニークネームを付与しました》《《コムギ》というタグが、すべてのプレイヤーから確認可能になりました》
その瞬間、子犬の頭上に、誰にでも見える《コムギ》の名札がふわりと表示された。
「わあ、すごい! ……コムギって、呼んでもいい?」
「ワンッ!」
ナツキの問いかけに、茶色い毛玉は嬉しそうに跳ねた。
ピコちゃんはその後ろで、胸を押さえるようなジェスチャーをしていた。
(……また、世界が変わった……でも……ナツキちゃんの笑顔を見てると……ぜんぶ、いいやっ♪)
* * *
ナツキはコムギを抱いてギルドに戻り、カウンターの受付嬢NPCに駆け寄った。
「この子……たぶん、探してたワンちゃんです!」
受付嬢が顔を上げる。柔らかな笑みを浮かべて、仔犬の顔を覗き込んだ。
「……あら? この子、依頼の写真とちょっと違うような……?」少しだけ首を傾げたものの、コムギがちょうどタイミングよく「わん!」と愛嬌を振りまいた。
「ま、いっか。迷子のわんちゃんには違いありませんしっ♪」
《クエスト:街のペット探し → 完了》
ぴこーんという効果音とともに、報酬が支払われ、クエストは正式に“完了”として処理された。
……この時点では、誰も知らなかった。
かつて街に侵入したノールが、Toonモードのバグで弱体化し、今や「仔犬コムギ」として再定義されてしまったことを……。
* * *
ピコちゃんは次のクエストとして、「商品の納品クエスト」を勧めてくれた。
「街の有名な商人さんへの納品ですっ! 内容も簡単、安全で、ナツキちゃんにぴったりです!」
案内された先は、街の門の近くに構えられた露店。
そこには、いかつい風貌のNPC商人が腕を組んで立っていた。
「……これが、うわさのおっちゃん……」
無口で無愛想、商品の価格はぼったくり気味。それでも取り扱う品は珍品ぞろいで、多くの冒険者に《門前の守銭奴》として知られた存在だった。
ナツキは背筋を伸ばしてぺこりと頭を下げる。
「こんにちはっ! お届け物ですっ!」
無言で手を伸ばし、商品を受け取るNPC。何も言わず、黙って軽食の礼品を渡してくる。
(……あれ、ちょっとだけ、嬉しそう……?)
ナツキは受け取ったマフィンとクッキーを抱えてもう一度頭を下げ、満面の笑顔で言った。
「ありがとうっ、おじちゃん!」
* * *
それからナツキは何度も何度も、軽食を納品するクエストを繰り返した。
パン屋の倉庫とおっちゃんの店を行ったり来たり。
そのたびにきちんと挨拶し、目を合わせ、笑顔を向ける。
はじめは硬かったおっちゃんの態度も、ほんの少しずつ柔らかくなっていった。
商品を渡す際に、かすかに頷く。
時折、頬がゆるむ。
礼品がちょっと豪華になる。
そしてあるとき──
ナツキが無邪気な笑顔で問いかけた。
「おじちゃん、名前ってあるの?」
NPCは一瞬、固まるようにしてナツキを見つめた。
「……名か。昔、誰かが呼んでたような気もするが……もう忘れたな」
「じゃあ、私がつけてもいい?」
ピコちゃんがすかさず後ろで
「ナツキちゃん、命名スキルが再び使用可能になってますっ!(わくわく)」と嬉しそうにささやく。
ナツキは少し考えてから、にこりと笑って言った。
「じゃあ……モジャール! なんか、モジャモジャしてるし!」
《スキル《命名》発動:“モジャール”がネームド化しました》
《対象のNPCにユニークネームを付与しました》
《《モジャール》というタグが、すべてのプレイヤーから確認可能になりました》
名札がふわりと、おっちゃん……モジャールの頭上に浮かび上がる。
「……モジャール……悪くねぇな」
不器用そうに、にやりと笑う。
「……お礼に、特別な仕事を頼んでみるか」
* * *
「港の荷物? 船着き場なんて行ったことないよ……」
「大丈夫ですっ! ピコちゃんナビゲーションで最速ルートを案内します!」
港に着いたナツキは、ひときわ派手な装いをしたNPCに声をかけた。
明らかに海賊風の風体だが、どこか人懐っこい表情の人物だ。
「ん、お前が取りに来たのか? ……これだ、落とすなよ」
渡されたのは、小さな木箱。
「なんか……重いような、軽いような……?」
そのままナツキはセレノスの街に戻り、門近くの露店へと向かう。
「モジャール、お届け物っ!」
ナツキの笑顔に、もはや完全に“じいじ”のような表情になっているモジャールがうなずき、木箱を受け取る。
「おお……これか……ふむ、ようやく届いたな」
丁寧に箱を開け、中から取り出されたのは──古びた革のベルトポーチ。
タグには《インベントリ分割式ユニバーサルポーチ(旧仕様)》と記されていた。
モジャールがぽつりと言う。
「これは特別な品だ。仕入れが高くついたんでな……売るとしたら、100プラチナってとこだな」
そして、そのまま報酬を袋に詰め、ナツキに手渡す。
「届けてくれて助かった。……報酬は折半だ」
ナツキに皮袋を渡そうとするモジャール。
中身はぴったり50pp。
しかし、横からピコちゃんがかっさらい。
「これはピコちゃんがゴブ銀行セレノス支店に自動振込しておきま〜す♪銀行なら安心・安全なのねん(どやぁ)」
ナツキは、目が“?”マークになるが、すぐにペコリとお辞儀をした。
「ありがと、モジャール!」
モジャールもまた、静かに頷いた。
* * *
その数刻後。
モジャールの露店に、一人の男が現れた。
「……ん? あんた……そのポーチ、どこから仕入れたんだがや?」
名古屋弁混じりの声で話しかけるその男──シャチョー。
目ざとくベルトポーチを見つけ、目を細める。
「これか。……仕入れが高かったんでな、100pp。値引きは無理だな」
ポーチの値札を見つめながら、シャチョーは奥歯を噛みしめた。
---閑話:ナツの冒険あとがき
最後まで読んでくれて、ありがとですっ♪
ナツキちゃんの大冒険、かわいかったでしょ? わたし、ずっとにやけてました〜♪
明日は本編・第八話を朝6時半に投稿予定ですっ!見にきてねっ!
もし「たのしかった~♪」って思ってもらえたら、感想とかポイントとかで応援してくれるとうれしいな♪
わたし、もっともっとがんばれますっ!
あ、ちなみにケンタウロスのFAQ?
今見たら意味不明だったから、ピコ判断で削除しときましたっ。てへペロっ☆
---GM-2718281改め、ピコちゃん☆