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第七話:ヤになる錬金術と灯火の覚醒

セレノス北部、冒険者通りの外れにある小さな酒場ルーイン・ゴート。

くたびれた木製の看板と、ぼったくり気味な価格設定で有名な場所だが、

かつてギルドトーチがたまり場にしていた、いわば“根城”でもあった。


「よーし、全員揃ったな。じゃあ悪巧み開始だがや!」


シャチョーの明るすぎる声に、ケンタ、結、ログ爺の三人が苦笑する。


「現在、FAQバグ通信で各拠点のトーチ関係者には連絡が取れた。プレイヤーが安全圏内から極力出ないよう、彼らに呼び掛けてもらってる」


ケンタは一拍置いて、真顔で切り出した。


「けれど、先のノールのような圏内が安全じゃないイベントが発生する可能性もある」


「そんな中でも、俺たちの目標は“全プレイヤーの生存”だ」


「そのために必要なのは二つ。安全に資金を稼ぐ手段と、それを利用して強力な装備を確保する手段」


「つまり……街中で資金を稼いで、強力な装備を街中組にも配る、ってことかのお」

ログ爺が頷き、結が「できるの?」と目を丸くする。


「できるんだな、これが」

ケンタがニヤリと笑って、懐から一枚の紙を取り出した。


「セレノスの初期クエストの中に、一つだけ“報酬にユニークアイテムが設定されたクエスト”がある。

しかも、普通は誰もやらないようなおつかいクエストの連続コンボの先にあるやつ」


「それって、報酬は?」

「《The Overlord of the Rings(指輪の魔王)》だ」


「……なにそれ名前だけで強そう」

結がぽつりと呟く。


「実際ぶっ壊れだ。魔法系ジョブの最大MP+65535%、詠唱速度+255%、詠唱中は無敵化、さらに死亡ダメージ判定時に100%の確率でHP1で耐えるパッシブスキルが付いてる」


「……WIS+2しかない俺のプレミアムな指輪が泣いてるな」


ケンタがつぶやくと、結も自分の手元をちらりと見た。


「私のはDEX+2……プレミアム特典でこれって、地味すぎない?」


横からシャチョーが手を差し出す。


「自分もDEX。つまりおそろいやがね、結ちゃん」


「やめてください(素)」


ケンタは苦笑しつつ《指輪の魔王》を使った計画に話を戻す。


「まあ、こいつはワールドユニーク扱いで、世界にひとつしか存在しえないことにはなってる……けど」


ケンタが指輪のイラストを見せると、ログ爺が唸った。


「ということは…あのバグを使うのか?」


「そう。例の“ベルトポーチ複製バグ”」


かつてトーチが発見した伝説級の不具合。

ベルトに装備された複数のポーチが別々のデータベースを参照する……そんな手抜き実装を突いた、運営泣かせの裏技である。

腰に並んだポーチ間で、アイテムの高速移動を繰り返すとラグによる処理落ちでアイテムが複製できてしまうのだ。


このポーチにはサイズ制限があり、大型の装備品は入らないが、指輪のような小物なら収納・複製が可能だった。


また、《魔王の指輪》は高額でNPCに売却できるため、装備としても換金用としても優秀で、他の装備を整える資金源としても最適だった。


「じゃが、あのポーチ、まだ手に入るのかの?」


「いや、それが……」

シャチョーが、どこか誇らしげに言った。


「門の前の露店のおっちゃん、あいつの在庫リストに紛れ込んでたんだわ。ぼったくり価格ではあったけどな」


露店の爺さん――セレノス名物のNPC商人で、

《ものすごく安く買い取って、ものすごく高く売る》ことで知られる、通称“門前の守銭奴”。

彼の店のリストの中に、奇跡的に目的のポーチが1つ残っていたという。


「……で、お値段が?」


「100プラチナ貨(pp)だがや!」


その場に、重たい静寂が落ちた。


「えーと、100プラチナって……100×10×10×10=10万銅貨?」

※本作の通貨体系:10cp(銅貨)=1sp(銀貨)10sp=1gp(金貨)10gp=1pp(プラチナ貨)つまり、1pp=1,000cp。


「ひ、人間が出せる額じゃないよ……」 結が顔を青くする。

※注(全員レベル1の金銭感覚である)


「全員、財布の中身をだすがや」シャチョーが率先して派手な財布の中身をテーブルの上にぶちまける。


チャリーン、鈍い金色の硬貨が数枚テーブルの上に転がる。

「子供たちの宿代に使ったで、これだけしか残っとらんがや」


皆も同じように硬貨をテーブルに並べる。


「ひー、ふー、みー、よーっと…」


「全部で銀貨2枚と銅貨47枚じゃな…」


「残り99ppと9gp、3sp、3cpだな…」


「…それ細かく計算する必要ある?」

結がつっこむと三人の視線が、同時に結の腰元に注がれた。


結がビクッと身を引く。

「……な、なに?」


「そう思うだろ? でも……ここで、俺のソリューションだ」

ケンタが笑いながら言った。


「それ、初期装備のクイバーだよな?」


「え……うん。でもそれがなに?」


「このゲーム、レベル10までは矢が無限に出る仕様だ。しかも初級者訓練推奨仕様で的に中った矢はNPCが1spで買い取ってくれる。外れたら1cpだけどな」


「……それって、私にずっと矢を中て続けろってこと?」


「そういうことになるな」


ケンタがニヤリと笑う。

「江戸時代の三十三間堂の通し矢って弓術競技では、一昼夜で一万数千本通したって記録がある。不可能じゃないさ」


「一介の女子大生をあんなバケも…もとい大先生様と一緒にしないで!」


「でも安心しろ。たまにスタミナヒールをかけてやる」


ケンタは指先に癒しの光を灯して見せる。


「それに俺たちもその間、街中クエストを片っ端から回って小銭を稼いでくる。さすがに全部任せるのは酷だからな」


結は呆れたような顔をしつつも、覚悟を決めたように頷いた。


「……わかった。やるよ。どうせ中てまくればスキルも上がるんでしょ?」


「おう。その通り」


夜の訓練場。

結が弓を引き、放ち、命中音とともに――


《ピコーン》

《弓術スキル:Rank3 → Rank4》

《命中精度:+1%》


「はい次ィ!」


《ピコーン》

《弓術スキル:Rank4 → Rank5》


結は汗だくになりながらも、次々に矢を放っていく。

その背には星空と、静かに響くスキルアップの効果音。


「これ……意外と楽しいかも……」


「おねーちゃん、がんばれー!」

「もっともっと撃ってー!」

「この矢、NPCのおじさんに売るねー!」


訓練場の隅から、小さなプレイヤーが三人、手を振っていた。

兄妹らしき男の子ふたりと女の子ひとり。

彼らは、デスゲーム化直後に街に侵入してきたノールから、結に助けられた子どもたちだった。

その恩を忘れず、毎晩ここに応援に来ているという。


そのかたわらには、ログ爺がエスコートクエストで誘導してきた商人NPCが配置され、出張買取よろしく次々と矢を買い取っていく。


「中りで1sp、外して1cp、師匠が聞いたら卒倒するかも…(汗)」


三千本を超えたあたりから、弓手(ゆんで)の感覚がなくなってきていた。

射型も徐々に小さくなっていく。

仕損じの矢も増えていく。

朦朧としてきた意識の中で、ただ師匠の言葉が響いてくる。


『大きく引いて、一文字に真っ直ぐ離す。今はそれだけでよい…』


少しだけ結の(しゃ)が変わった、弦音(つるね)が徐々に甲高く冴えたものになっていく…。


その姿を見守るケンタ、ログ爺、シャチョー。


「……本物になるかもな、あいつ」


翌朝、彼女のスキル欄はすべての弓技がMAXになっていた。

その末尾では新たなスキルが眩しいほど青白く明滅していた。


《正射必中》――発動すれば必ず命中する神業の矢

《破邪顕正》――邪悪を砕き、正しき道を照らす矢

《一射絶命》――命と引き換えに放つ一撃必殺の矢


そして、スキル欄の一番下には彫り込まれたような灰色の一文が刻まれていた――《最高到達点:???》

なにがどう作用したのか、通常あり得ないスキル開放であった。


「……なんか、やばいとこ来ちゃったかも」


結は、ひきつった笑いを浮かべていた。


* * *


同時刻、衛星フォボスの観測室では全ての端末が異常検知アラートを響かせていた。


監視者A「一晩で全ユニークスキル獲得?対象はLv10未満…一体どういう条件で隠しスキルが?開発者共は何をしている?」


監視者B「やはり人間のすることは面白いですな…いや、失礼…ハーフエルフでしたね」


監視者C「Aはん、このバグレポート、開発部(ダイモス)の連中に回しときます?」


監視者A「現在の我々の任務はプレイヤーの監視のみだ、やつらに余計な情報を回す必要はない」


セレノスの上空に一筋の軌跡を彫りつけるように、フォボスが横切って行った。

そこからの視線は火星全土に及び監視を続けていたが、いまだこの地でプレイヤーの死は確認されていない。


監視者A「デスゲーム宣告から二日、誰も死なないデスゲームだと?ありえん……」

---第七話あとがき

最後まで読んでくれて、礼を言う。


結坊もようやく“射”の入り口に立てたようじゃ。

あとは、ただただ真っ直ぐ引いて、真っ直ぐ離せばええ。


次は閑話を、明朝6時半に投稿予定じゃ。

また覗いてくれたら嬉しい。


感想やポイントも、あの子の追い風になるじゃろうて。

---ヨイチ

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