第六話:腹ペコ女王と地獄のドルチェ
アシダリアの酒場ノクターナル・チャリス──
そこはダークエルフの都市らしく、灯りも声も控えめで、黒曜石の壁が音を吸い込むように静まり返っている。
その片隅で、テーブルいっぱいに料理を並べてひとり黙々と食事を続けている影があった。
「次、《コカトリスの唐揚げ》お願い。あと、《焼きマンドレイク》も」
銀髪のダークエルフ──カグラである。
厨房とホールを行き来するNPCたちが、その注文量に目を白黒させながらも、慣れた手つきで皿を次々と運んでくる。
「ふー。うま。やっぱ人間の初期拠点で食えるもんとはレベルが違うわ……」
そのとき──
酒場の扉が、ギィ、と音を立てて開いた。
「よぉ。お前ならここにいると思ったぜ」
現れたのは、ボロ布のようなローブに身を包んだ巨大な影。
「……トロールって、もうちょっと隠密性って概念を持てないの?」
「悪かったな。入り口の看板、頭ぶつけそうだったんだよ」
苦笑いしながら椅子を引く男……タクヤ。
「で? 合流できたわけだけど、何か土産話でも?」
「うん……まあ、いろいろな……。ヘスペリアの下水、通ってきた」
「はあ? あそこ、即死級のスライムが出るって話じゃん」
「出た。下水スライムな。だけどさ、まさかの“料理バグ”が使えて……」
「……まさか、食材扱いされたとか?」
「そう。旧タグが残ってたらしくて、調理器具で素材化できた」
「バグってるにも程があるでしょ……」
「まあ、話すことは山ほどあるけど……まずは腹ごしらえってことで」
「死にかけで通ってきたならわかる。まず食え」
タクヤは空いていた皿に手を伸ばしつつ、ちらりと袋を足元に押しやった。
《《《………ナァアあルぅう……ゼぇリイィぃい》》》
(! オレ何も言ってねーぞ?!)
「ちょっと待って」
カグラのスプーンがぴたりと止まる。目の奥が鋭く光った。
「今なんて言った? ゼリー?」
「お、おう。ナル=ゼリーってバグった名前なんだが、ネタにはなるかと思って……」
その瞬間、カグラの脳内には異形のスライムをゼリー状に整えた姿が浮かんでいた。
粘つく口当たり、発酵臭の混じるアロマ、暗黒料理としての完成度。
(やばい、食べたい。絶対まずい。絶対やばい。けど、食べたい)
そんな感情を懸命に押し殺して、カグラは咳払いひとつ。
「それ、後で見せなさい。匂い嗅ぐだけだから。ね?」
「や、やめとけって……刺激物だから……」
「大丈夫。見るだけ。手は出さない。きっとたぶんおそらく」
「いやどう考えても信用できねぇんだけど!?」
タクヤは満面の笑みで誤魔化しながら、そっと袋をテーブルの反対側へ押しやった。
(……やれやれだぜ)
---第六話あとがき
……ウフフ、最後まで読みきったその忠誠心、認めてあげるわ。
次の第七話は、明朝6時半にお披露目予定よ。ちゃんと見に来なさい?
もし「面白かった」って思ったのなら、感想でもポイントでも捧げてくれると嬉しいわね。
その程度の貢ぎ物、惜しくないでしょう?
……ゼリー? 食べるに決まってるでしょ。
---カグラ




