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第四十六話:地上の瞳(後編)

※このお話は「第四十五話:地上の瞳(前編)」の続きです。

 まだ前編をお読みでない方は、そちらからどうぞ。

 ――前編あらすじ。


 火星の衛星フォボスの監視者たちは、ダイモスから届いたテスト要請を前に、CとDの不在に気付く。

 その頃、当のC・D・Iは地上へ降り、商業都市セレノスの市場通りを視察と称して食べ歩いていた。たこ焼きにリンゴ飴、そして焼きそばパンの行列に首を傾げつつ、三人は路地裏の『渋澤弓具』へ向かった。


 そこで待っていたのは、結の師匠に似た雰囲気を纏う男、ヨイチ。未実装の弓『雷笙動』を携えた彼と合流した一行は、冒険者ギルドの踊り場へ。

 壁に掛かった“運営の鏡”が、静かに水面のように揺れていた。


* * *


 鏡をくぐった瞬間。


 世界が、ひっくり返った。


 鏡の向こうの世界は、何もかも裏返しだった。

 けれど、時の流れだけは変わらないらしい。東の空で、夕日が雲を赤く染めている。


「ええと、右やったかな……いや、左か?」

 Cが手元のテスト仕様書を、ひっくり返したり横にしたりしている。


 内容が英文の上、鏡文字になっているのだ。

 しかも、ひっくり返すたびに、今度はページの上下が逆になる。Cの目が泳ぐ。文字の列が、踊っている。


「たよりないのお……おまいさん、高度なAIじゃろ」

 ヨイチが呆れ半分、面白がり半分で言った。


「高度なほど人に近いんですわ」

 Cは胸を張るが、目線は紙面から外せない。


「近いのはええけど、読めんのは困るのお。ちいと貸してみい……」


 ヨイチは仕様書を受け取ると、迷いなく問題のページを破りとった。


「あー! 何してはんねん!」

 Cが、反射的に叫ぶ。


 ヨイチは構わず、そのページを夕日にかざす。

 紙が薄く透け、文字の影が浮き上がる。


 Dが覗き込む。

「……なるほど。裏から透かせば、普通に読めるんだ」


「裏表が重なって余計ややこしならんか?」

 Cが、まだ納得できない顔で言う。


「この仕様書は片面印刷だから大丈夫ですよ」

 Dはそう言って、文字を追い始めた。


 光に透かされた英文は、確かに読める。

 読めるが、文面は相変わらず雑だ。


「えっと、”The Nuwe, a monster, appears with the coming of night.”――先輩、Newの綴り間違ってますよ」


「ワテのせいやないで? ダイモスのヤツらのせいや」

 Cは即座に責任を投げ返す。


「”新しいモンスターは夜と共に現れる”……ですかね」

 Dが意訳すると、ヨイチは鼻を鳴らした。


「渡りに舟だの。もう落日じゃ」

 ヨイチは空を見上げる。東の夕日は、確かに沈みかけている。

 世界が裏でも、夜は夜だ。


 その時。


「ここ、風景が変ですわ……」

 Iが不安げに視線をさまよわせた。


 気づけば、一行は別の通りに迷い込んでいた。

 右手には、和風の土塀が長く続く。土の匂いが濃い。

 左手は水路になっており、岸には柳が葉を垂らしている。水面は夕焼けを映し、揺れるたびに赤が割れる。


 西洋風都市のセレノスとは思えない風景だ。


「コイツは、拡張パックのマップデータじゃの……」

 ヨイチの声が、少しだけ低くなる。


 Dが手を打った。

「確かに和風拡張っぽいですね……」


 言った瞬間、生ぬるい風が、皆の頬をなでた。

 柳の葉が、ざわりと揺れる。

 揺れ方が、どこか不気味だ。風が触っているというより、葉のほうが勝手に動いているみたいに見える。


 ……ヒョォ…………ヒョォ……


 それは風の音にも聞こえた。

 けれど、風だけにしては、息遣いがある。

 何かの鳴き声ともとれる音が、ゆっくりと近づいていた。


* * *


――夜が落ちてきた。


 空の色が、じわりと濃くなる。裏返った世界の夕焼けは、沈むのではなく押し寄せるように暗さへと潰れていった。


 ……ヒョォ……。


 音は、近い。息のようで、笛のようで、どこか笑っているみたいでもある。


 水路の先に、小さな木橋が架かっていた。柳の影が水面に滲み、橋の輪郭さえ曖昧に揺れている。


 Dは目を凝らした。


 橋の欄干に、何かが纏わり付いている。闇のように暗く、輪郭が揺らめいてはっきりしない。影が影を喰っているみたいに、ぐにゃりと形を変えていた。


「あれが新しいモンスターですの?」


 Iが指差した瞬間。


 それは跳んだ。


 ズウゥウン!


 土塀の前の地面が、重く鳴った。風が一塊になって叩きつけられたような衝撃で、四人の足元の砂がふわりと舞う。


 一同の前に着地したソレは、想定外の大きさだった。


 尻尾が揺らめく。


 ――大蛇だ。


 いや、尻尾だけが蛇で、胴は四足獣のそれだった。筋肉の塊みたいな身体に、蛇の尾が生き物みたいにうねる。


「キメラやんけ……」


 Cが、喉の奥で短く言った。ファンタジーゲームなら珍しくない。だが。


「珍しい組み合わせですのね……」


 Iが目を丸くする。


 脚が見えた。


 黄色い毛並みに、黒い縞模様。虎の脚だ。模様はいい。問題は――頭部だった。


 暗がりの中でも、人のように表情が見てとれる。目が、こちらの反応を計っている。牙を剥き出しにしたその顔は――猿だ。


(ぬえ)じゃ……」


 ヨイチが低くつぶやいた。声が落ちた瞬間、空気がさらに冷たくなる。


 猿の頭部に獣の身体、虎の脚、蛇の尻尾。

 身体を黒雲が覆い、輪郭が揺らめいてはっきりしない。


 確かに、鵺の特徴だった。

 そして、その頭上には七本のHPゲージが脈打っている。


「そんな……和風拡張パックのラスボスじゃないですか……」


 Dの顔が、露骨に歪んだ。計算や仕様の話をしていた目が、いまは純粋に嫌な現実を見ている。


「“The Nuwe”は間違ってなかったんやな」


 Cの声も硬い。さっきまでの観光テンションは跡形もない。


「逃げても……よいです?」


 Iが声を震わせた。縦ロールも、いまは落ち着きなく揺れている。


『逃走が成功する確率、約0.05%です』


 ヨイチの背から、冷たい声が落ちてきた。


「おぬしらは、死ぬとどうなるんじゃ?」


 ヨイチは鵺から目を離さず、低い声で問うた。視線だけで鵺を縫い止めたまま、言葉だけを監視者たちへ投げる。


 鵺はじっとこちらを見ている。

 鼻先がわずかに動き、蛇の尾が地面を撫でた。乾いた擦過音が、夜の底に小さく刺さる。


「わてらは、NPCと同じですわ。死んでもリスポーンすんのや……でも」


 Cが言い淀んだ。いつもの軽口を作る余裕はない。喉の奥で、言葉が引っかかったまま落ちてこない。


「リスポーンしたら、基礎領域以外の学習履歴がリセットされます」


 Dが続きを告げる。

 事実を言っているだけなのに、それが刃物みたいに冷たい。


「ほうか……それは結局死じゃのう……」


 ヨイチが、息をひとつ吐いた。

 鵺の眼は笑っていない。けれど笑っているようにも見える。人の顔に似ているせいで、余計に。


「いやですわ……わたくし、監視者のみんなのことも、おじ様や人間たちの事も、忘れたくありませんわ……」


 Iがうつむいたまま、言葉を落とした。

 縦ロールが、ふるりと揺れる。さっきまでの賑やかさが嘘みたいに、声が小さい。


 落とした言葉が地面に触れる前に、夜がそれを呑み込んでいった。


* * *


 表のセレノス。


 『ルーイン・ゴート』では酒場の喧騒を横に、『トーチ』の面々が夕食をとっていた。


 テーブルの上には、黒パン、煮込み、干し肉。それに、香辛料の効いた豆の皿。

 暖炉の火がぱちぱちと鳴り、客たちの笑い声が壁越しに波みたいに揺れている。


「師匠に似た人に会ったって? リアルの?」

 ケンタが、辛く煮た豆を木匙でかき混ぜながら聞いた。


 結はうーん、と首を傾げる。

 思い出そうとしている顔だが、本人もまだ言葉にしきれていない。


「うん、歳も背格好も全然違うんだけど……」


「結の師匠はどんなヤツなのだメェ?」


 袈裟を掛けた黒山羊悪魔のゴーちゃんが、ケンタのメモ帳をモシャモシャ頬張りながら聞いた。

 口元に、紙の切れ端がひらりと貼りつく。


「わー!? それ、壁抜けバグの座標メモってたのに!」


 ケンタが慌ててメモ帳を奪い返す。

 しかし――すでにゴーちゃんの口元から、もしゃもしゃと消化された文字の残骸が、雪みたいに落ちていた。

 慌てて取り返したが、もう遅い。


 そんな騒ぎを横目に、結は答える。

「えっとね、厳しいんだけど優しくって、いつも飄々としているんだけど、弓を引く時は、おじいちゃんなのに子供みたいに楽しそうなの」


「それは悪魔的二面性を感じるメェ!」


 ビシッ!


「い、痛いメ〜」


 すかさず結が、ゴーちゃんの額へデコピンを決めた。

 ゴーちゃんは額を抑えてうずくまる。


「師匠を悪魔と一緒にしないでよね!」


 結はむっとした顔のまま、もう一度、豆の湯気を見るように息をついた。


 その瞬間。

 暖炉の上で、狸の置物がビクっと揺れたのには、誰一人気付かなかった。


* * *


「それでええ、死を恐れるからこそ、共に戦えるのじゃ」


 ヨイチはIに向かって語りかけるように告げた。弓を握る指先は落ち着いているのに、声だけが少し低い。


「でも、相手はレベル100解禁の拡張パックのレイドモンスターですよ……」


 Dは鵺から目を離せず、言い淀む。喉の奥が乾いて、言葉がひっかかる。


「そや。最大レベル50の今では傷一つ入れられへん」


 Cのその言葉が理解できているのか、鵺が不気味に笑ったように見えた。


 大蛇の尻尾が地を薙ぐ。


「きゃ!」


 かすめただけで、Iは白壁まで弾き飛ばされた。背中が土塀にぶつかり、縦ロールがふわりと散りそうになって、かろうじて形を保つ。


「うわっ!?」


 続けて、右、左と虎の前脚が地面を抉って迫り、Dも後退を余儀なくされる。石と土がえぐれ、飛沫のように砂が跳ねた。


「うひゃあ、こらあかん!」


 Cは完全に逃げ腰だ。黒ローブの裾が、後ろへ後ろへと引っ張られていく。


 ――迫る鵺。


「水破!」


 ピイイィィーー!


 青白く尾を引く鏑矢が、甲高い音を響かせて鵺の黒雲を貫いた。空気が裂け、耳の奥まで震えるような高音が残る。


 音に驚いたのか、鵺は一歩、後退して距離を取る。猿の顔がきゅっと歪み、牙の奥で舌が鳴ったように見えた。


 いつの間にか、葉早黄色(ははやきいろ)直垂(ひたたれ)を装備したヨイチが、更に矢を放つ。


 ピイイィィーー!


 鵺はその音を聞いて、嫌そうに顔を顰める。黒雲がざわりと揺れて、輪郭が一瞬だけ薄くなる。


『マスター、清めの音、効いています。故事の通りです』


「Cの字! しっかりせえ! 真祖のアバターは飾りか?」


 ヨイチの叫びに、Cははっとした。


「そや、わては『霧の幻影城』の城主、ヴラディオス・フォン・ミストレーヴやった……」


 言った途端、逃げ腰だった背筋が、すっと伸びる。黒ローブの中の空気が変わった。


「GMアバターのお主ならスキルを入れられるじゃろ」


 ヨイチはニヤリと笑うと、けしかける。


「まずは弱体化じゃ!」


「ほいな!」


 Cは両手をかざし、黒い稲妻を放った。闇を裂くように、光でもない雷が走る。


「エナジー・ドレイン!」


 ヒョォォ……?。


 黒雷は鵺を直撃したが、鵺は何事もなく、不思議そうに首をひねっている。猿の目が一瞬だけ丸くなった。


 だが、その頭上のHPゲージは――六本に減少していた。


「レベル20は落とせたやろ!」


『レベル下降確認。正確にはマイナス13です』


「うう、夢を壊さんといてーな……まあ、まだまだや!」

 

 Cが更に連射する。手のひらから、黒雷。黒雷。黒雷。


 ――掟破りの連続レベルダウン。


 自覚症状がないのか、鵺は棒立ちだ。けれど黒雲の揺らぎが、じわりと薄くなる。蛇の尻尾だけが苛立つように地面を叩く。


 そして、その頭上のゲージはついに五本となった。


「レベル60くらいまでは行けたんちゃうか?」


 さすがにソウルが切れたCが、肩で息をして後退する。黒い稲妻の残滓が、指先からぱちぱちと散った。


「ようやった、ここからが決戦じゃ!」


 ヨイチが踏み込み、弓を引き絞る。


『警告! 蛇尾接近、コンマ3秒』

 

「正射必……おっと」


 放とうとした瞬間、鵺の尻尾が襲いかかった。


 びゅん、と風を切る音。蛇の尾が、刃物みたいな速度で横薙ぎに来る。


 かろうじて避けたヨイチだが、顔を顰めた。足元の土が一筋、深く抉れている。


「ううむ、盾役がいないのはちと辛いのお」


 見下ろす鵺の目が、再び笑ったように見えた。


* * *


「ノブリス・オブリージュ!」


 ヨイチの横を、薄桃色の風が抜けていった。


「もう逃げません! 戦闘は貴婦人の責務ですわ!」


 Iが前に出る。

 いつの間にか、その身にはオリハルコン合金製の鎧と盾。金属の質感は硬いのに、意匠は妙に可憐だ。あちこちにハートマークがあしらってあるのは御愛嬌である。


 そして、その右脇に抱えられているのは、薄桃色に輝く神槍――アイズ・オブ・ジ・ウラヌス。


 鵺が、笑ったように見えた。

 蛇の尻尾が、風を裂く。


 だが――。


 ハート型の盾が、尻尾を弾いた。


 キィン、と高い金属音が夜に散る。弾かれた尾が流れ、その根本へ、薄桃色の槍が滑り込む。


 ぎぃ、と嫌な手応え。

 長槍が根本を削った。


『I様、適時介入お見事です』


「嬢ちゃん、グッジョブじゃ!」


 ヨイチが短く称え、弓を引き絞る。


 鵺の攻撃を盾役が引き付ければ、アタッカーの攻撃が面白いように決まる。


 Dの鞭がしなり、尻尾の大蛇を撃ち落とした。

 蛇が地面へ叩きつけられ、砂が跳ねる。


 同時に――


 ピイイィィーー!


 ヨイチの鏑矢が、甲高い音を残して鵺の体力を削っていく。猿の顔が歪み、黒雲がざわりと乱れた。


 Cはと言えば、手のひらに黒い稲妻を灯しながら、ひょうひょうとやっている。


 ライフタップで吸い取ったHPをトランスファーで味方に配る――病みモードヒーラーである。


「ほれ、Iちゃん。生きてこその貴婦人やで」

 Cの声は軽いが、指先の動きは速い。


 薄桃色の鎧に、黒い光が一瞬だけ染み込み、すぐに消えた。Iの呼吸が戻る。


 余裕ができたCは更に『エナジー・ドレイン』を重ね、鵺のレベルダウンを図る。


 黒雷が走るたび、鵺は不思議そうに首を傾げる。

 だが、頭上のゲージは脈を打ちながら、確実に弱っていく。


 ――やがて、HPゲージが最後の一本を切った。

 それはボスモンスターの挙動が変化する災禍の起点。

 鵺を取り巻く黒雲が、密度を増す。

 

「え?」


 Iが鵺に突き込んだ槍が抜けない。


 粘り着くように神槍が絡め取られ――。


「きゃっ! 盗られた?」


 鵺の背中から薄桃色の金属のトゲが生える。

 それだけではない、その金属のトゲははじけるように発射される。


「武器も取り込んで合成って、マジですか!」

 Dが鞭で必死に迎撃するも、全ては落とせない。


 誰もが傷だらけだった。

 あと一本のゲージが遠い。


 その時、ヨイチの手の中で雷笙動が震えた。

 

* * *


『この者、我が宿敵であった……が、今この時より我が敵にあらず……』

 

 雷笙動の音声から機械的な硬さが消え去っている。


『マスター、決着の刻。兵破(ひょうは)のご準備を……』


「おう! 兵破(ひょうは)!」


 ヨイチが、白羽の矢を召喚し――。


 雷笙動(らいしょうどう)を真っ直ぐ天に打起こす。

 ゆっくりと流れるように弓は開かれ、会に至る。

 柔らかく、強く、静かに。


 ――夜が静止する。


 無限に思える時間が経過した。


 Iが鵺に盾を叩きつけ、距離を取るのがゆっくりとみえる。


 『ま、マスター? わたくし、もう……り、臨界です……』

 雷笙動すら、軋むような声を漏らす。


 やがて――。


 ――離れ。


 音もなく、白い光となった矢が夜を裂いた。


 カァーーン!

 

 遅れて、甲高い弦音が空気を震わせる。


 その音と光は鵺を覆っていた黒雲を浄化し消し去る。

 露わになった鵺の輪郭が、夜の中で一瞬だけはっきりする。


 矢は鵺を地面に縫い止め、眩い光を明滅させた。


 ヒョォ…………ォォ……。


 声にならない鳴き声が、柳の葉を震わせる。

 鵺の目は驚いたように見開かれ、瞳が激しく震える。


 やがて鵺は、光の粒子となり、夜に溶けていった。


 後には、夜と、柳をゆったりと揺らす風だけが残された。


* * *


 鏡を抜けた四人は、ひっそりと冒険者ギルドを出た。

 表世界のセレノスは、もう夜明け間近であった。

 さすがに通りには人の姿はなく、早起きの仔犬が一匹だけ噴水の水を舐めていた。


「いやあ、えろう疲れましたな」

 Cはあくびを噛み殺し、フードの奥でにやっとした。


「かなり先輩のせいだったと思いますけど?」

 ボロボロの革装備でDがぼやく。


「でも、終わってみれば爽快でしたわ」

 エプロン姿に戻ったIが微笑む。


「ヨイチはん、これ約束の鍵ですわ」

 Cは懐から黒鉄の大きな鍵を取り出し、軽く放った。


「おう、『東の鍵』確かに受け取ったぞい」

 ヨイチはそれを難なく受け取り、掌で重みを確かめるように握った。


「『東の鍵』って……まさか?」

 Dが目を見張る。

 

「和風拡張エリアへの鍵ですか?」

 Iが小さく息を呑む。


「弓と修行の地、それがわしの望んだ報酬だわい」

 ヨイチは、からりと笑った。


「知らなかった……第三の拡張パックがもう稼働してるなんて」

 Dは呟きながら、鍵の黒光りを見つめる。


 ――


極東の夜明けドーン・オブ・ザ・ファーイースト

 新たな世界への道が今開かれようとしていた。


 ――


「おじ様、あんなモンスターのいるエリアに、お一人で大丈夫ですの?」

 Iが不安げに見上げる。さっきまでの強気は、夜に溶けてしまったようだ。


「コイツもおるし、大丈夫じゃろて……」

 ヨイチは左手の弓を持ち上げる。雷笙動は、夜明けの薄明かりを反射して淡く光っていた。


「無茶はせんつもりじゃが、いざとなったら、嬢ちゃんにも応援頼むかの」

 そう言ってIの頭に、ぽん、と手を置いて笑う。


「では、皆の衆、また会おうぞ」

 ヨイチは軽く手を振ると、『東の鍵』をタップする。


 青い光が、足元から立ち上がった。


『C様、D様、I様、また共に戦いましょう』

 雷笙動の声が最後に皆に届いた時には、転送の青い光は薄れて消えつつあった。


 Cのフードの端がふっと揺れた。

 夜明け前の風は、やけに無口だ。


「もう行ってしもた。相変わらずせっかちや……」

 Cはそうごちると、白み始めた東の空をじっと見つめた。


 DもIも、つられて東の島国に想いを馳せる。

 いつか、他のプレイヤーたちも、彼の地を訪れることになるのだろうか?


 昨日と変わりなく、日は昇る。

 きっと明日も明後日も……。


* * *


 ──火星の衛星・フォボス、観測室。


監視者C「(くだん)のテストですが、NGで差し戻しましたわ」

監視者B「了解致しました。明らかに仕様バグですね」

監視者A「あの爺は元気だったか?」

監視者D「Aさんもお知り合いで?」

監視者A「タグ付与、#炭水化物×炭水化物は正義」

監視者I「ふわわ、そっちですの?」


(おわり)


――第四十六話 あとがき


 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

 責任ある淑女、監視者Iですわ。


 次回の『マジチー』は、閑話を今週金曜日のお昼頃に投稿予定ですの。

 また、あの初心者プレイヤーさんたちがひどい目に……いえ、活躍するらしいですわ。

 そちらも読んでくれたら、とっても嬉しいですわ。


 もし少しでも楽しんでいただけたのなら、ブクマや★だけでもいただけると励みになりますのよ。ふわわ……。


 それにしても、地上は美味しかったですわ……!

 とくに“コロンブス”が……甘いのと酸っぱいのが絶妙で、口の中が小さなお祭りでしたの。

 #甘いの×酸っぱいのも正義、ですわ……ふふ。


 ……でも。

 あの鵺というモンスター、狡賢そうで感じが悪すぎですわ。

 顔も、目も、なんだか……ほんと、嫌ですの。


 おじ様、ひとりで大丈夫かしら……。

 わたくしも、あの弓みたいにジパングまでお供したほうがよろしいのでは……?

 ……ふわわ♡


――監視者I

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