第四十四話:緑の恐怖(後編)
※このお話は「第四十三話:緑の恐怖(前編)」の続きです。
まだ前編をお読みでない方は、そちらからどうぞ
――前編あらすじ。
流星群は合図だった。
破られた『黄金街道』、消えるガード、セレノス正門へ迫る緑の巨人。
『トーチ』は防衛線を維持するが、敵は“モンスター”ではない。
剣を振るう巨人の背後で、杖を掲げる赤毛の影――アン。
守るべき街と、倒せない仲間。
詰みかけた盤面で、ソリューションはまだ見えない。
* * *
「遅れてすまぬ!」
正門前の喧騒を割って、獣人族のラオとジンが駆けつけた。
ケンタは走り寄りながら、手短に説明した。
「――そんなわけで、今はこの状態を維持して原因を探ってる」
ラオが頷き、ジンが歯噛みする。
「……倒せねぇ相手を止めてるってことかよ。胃が痛くなるやつだな」
剣士の巨人はガードたちと戦闘状態にあり、スリープなどの群衆制御は成立しない。
かといって、巨人にヒールを飛ばせば、ガードのヘイトがヒーラーに向きかねない。
巨人を生かしたまま、侵攻だけ止める。
それは“留める”と“止める”が同じ綱の上で喧嘩している、最悪のパズルだった。
救いがあるとすれば、巨人たちが魔法を使ってこないこと。
そして――矢が有限だということ。
後方の巨人たちは、ログ爺とカグヤがスリープとチャームで、どうにか無効化している。
だが、赤毛の巨人――アンは厄介だった。
魔法耐性が高いのか、スリープもチャームも効きにくい。
杖を振り回して前へ出ようとする彼女を、タクヤが呪術で鈍らせる。
「ほらよ……鈍足化」
「ついでに……鈍重化」
呪いが絡むたび、アンちゃんの動きがわずかに重くなる。
その隙にタクヤは、距離を取って引っ張る。
まるで凧揚げだ。糸を切らず、落とさず、ただ引き廻す。
「おい、来んなって……いや、来い!こっちだ……!」
タクヤが必死に距離を管理し、戦場から少しずつ引き離していく。
一方で、矢が尽きた弓の巨人は――弓を鈍器みたいに振り回していた。
だが、その巨人もカグヤにチャームされ、すっかり大人しくなっている。
「おすわり!」
「……はい、マスター」
弓の巨人――パリスは虚ろな目で、ちょこんと体育座りになった。
その横でログ爺は、相変わらずスリープの更新に追われている。
「……えっと、右の方が先だったかのお? あ、しもた、左じゃ」
あたふたと詠唱を重ね、指折り、時間を数える。
「スリープも2度掛けで時間無限にならんかのお……」
何やら都合のいいバグを夢想しているが、これまで確認されたのはカームくらいだ。
しかし、夢を見るのは自由だ。今は特に。
そんな綱渡りの防衛戦の最中――
シルヴァノールのエレネから、返信が届いた。
「……キノコ狩り?」
ケンタの声に、シャチョーが眉をひそめる。
「変なキノコでも食べたんかね?」
「森で鍋パーティーでもしたってのか?」
ジンが呆れたように言い、ラオが低く唸る。
ケンタは、戦場を横目に『赤毛の巨人』を追った。
緑の髪の剣士では気づきにくかったが――赤毛の頭なら、はっきり見える。
髪の間。
頭の後ろ。
そこに、緑色の何かが、ぴたりと貼りついていた。
「……そうか」
喉の奥が冷える。
「冬虫夏草……寄生キノコだ!」
「何それ? 漢方薬かなんか?」
結が首を傾げる。
「キノコの中には、虫に寄生して、体を菌の苗床にしてしまう奴がいるんだ。しかも虫の脳を操って、繁殖に便利な木の上まで誘導したりする……」
「うへえ、それをゲームに実装したんかね」
シャチョーが顔をしかめる。
「それ、元に戻せるの?」
結が、不安げに問いかけた。
ケンタは、遠くでゆったりと走る『赤毛の巨人』、いや……アンの姿を見たまま、答えた。
「現実の冬虫夏草は……元には戻せない……」
戦闘の怒号の中――
ここだけ、冷えた沈黙が落ちた。
* * *
門扉も、縁側も、玄関の引き戸も見えてきた。
アンの胸が、熱くなった。
「おばあちゃん……!」
思わず駆け出す。
――はずだった。
前へ進まない。
足が動かしにくい。
一歩踏み出すたびに、地面が粘つく。
焦れば焦るほど、身体が重い。
「……なんで……?」
息が上がる。
なのに距離が縮まらない。
視界が、じわりと狭まっていく。
家だけが視界の中心に残り、周りの景色が滲む。
そのとき。
目の前を、誰かが走っていた。
小さな背中。
追えば逃げる。
離れると、ぴたりと止まって振り返る。
待っている。
(……追いかけっこ……?)
言葉にならない記憶が、喉の奥に引っかかった。
アンは夢中で追う。
追って、追って――
気づかない。
いつの間にか、手足が短くなっていることに。
自分が、この家で遊んでいた頃の姿へ戻っていることに。
ただ、目の前の背中だけがすべてだった。
「待って……!」
声を出したつもりなのに、音が遠い。
世界の輪郭が薄くなる。
そのうち、視界がぼやけ――
――暗転。
* * *
身体が動かない。
手足が重い。
指先ひとつ、言うことを聞かない。
薄く目を開くと、白い天井が視界いっぱいに広がっていた。
遠くで鳴っていたはずの警告音が、急に近づく。
耳のすぐそばで鳴っているみたいに、鋭く響く。
慌てた人の気配。
声。
足音。
何かを操作する音。
けれど、白い天井以外、頭に入ってこない。
――ふと、温もり。
誰かが手を握っている。
ずっと……ずっと……。
その温もりだけが、現実みたいに重かった。
「……お、ばあちゃん……」
誰かの涙が頬を焼いた。
そして、意識が再び電子の波に飲み込まれる。
* * *
「アン!」
戦場に、シルヴァノールの聖騎士が飛び込んできた。
一番近い北エリスの転送陣からでも数時間はかかる距離を、走り通したはずだ。
それにしても早い。
(……一体どんなバグを?)
ケンタは思わず、エレネの足元を見た。
よく見ると、エレネはいつもの白銀鎧を装備していない。
薄っぺらい布装備に、『旅人の靴』。
AC度外視の超軽装備――徒手空拳で走って来たのだ。
それだけでこの時間短縮は難しそうだが――
気持ちと気合いが、何かをバグらせたのかもしれない。
「状況は!?」
息を切らしながら、エレネがケンタに詰め寄る。
「今のところ打つ手なし……だが君が来てくれて、ひとつ思いついた」
「なにを?」
「毒を以て毒を制す!」
「どういう意味よ?」
エレネが、ちょっと口を尖らせる。
ケンタは即座に振り向いた。
「カグヤさん、毒魔法も使えたりしますか?」
カグヤはアゴに手を当てて答える。
「もちろん……あまり得意ではありませンムギュ……ですのですわ」
フードの中で、ピコが腹を抱えながら主人の口調を真似る。
(ウッソでーす! 本職でーすのですわ)
「強力なヤツを頼みます!」
カグヤは頷いて、歌うように大掛かりな詠唱を始める。
「闇に沈む地の底、我らが煉獄の悪夢よ……開け地獄門! デッドリー・ポイズン・オブ・ジ・エターナル!」
ゴゴゴゴーッン!
目の前に『地獄門』のイメージが展開し、禍々しい装飾で埋め尽くされた扉が、重々しく開いてゆく。
扉の向こうは何も見えない――いや、見てはいけない何かが在るのを、その場の全員が判ってしまう。
門の向こうから紫の瘴気が滲み出し、ゆっくりと歩むアンを覆う。
アンのHPゲージが、ガクン、ガクンと減っていく。
「緑に恐怖を食わせるには十分だけど、毒が濃すぎのような……」
あまりに凶悪な効果を目にして、ケンタの顔がひきつる。
「普通のキュアじゃ消せないよな……これ」
そう呟くと、ケンタは腰のベルトポーチをゴソゴソと探る。
――例の指輪スタックのステ上げバグだ。
やがてケンタはエレネに手を出して、うなずいた。
エレネが手を添えると、詠唱。
「ソウル・エンゲージメント!」
ケンタのソウルゲージと、エレネのゲージがひとつになり、輝きを増す。
そして二人は、じっとアンのHPゲージと、頭の菌糸を見つめた。
我慢比べだ。
やがて、HPゲージが10%を切って明滅をはじめた瞬間――
菌糸が、ヌルリと滑り落ちた。
「コンプリート・キュア・オブ・ジ・エンド!」
アンを蝕む毒アイコンが消し飛び、同時に――
「此方の神よ……我らが一縷の望みに……どうか、ご助力を……」
祈りの言葉に寄り添うようにエレネの剣が奔る。
瞬間、失われた女神像の面影がエレネの姿に重なる。
「インパクト・オブ・ジ・エテルナ!」
菌糸は聖なる光に焼かれて蒸散した。
巨人の身体を構成していたイバラも燃え尽きる。
そして、元のハイエルフの身体が、ふらりと力なく揺れて倒れる。
「おっと……」
それをタクヤが支えた。
「良かった……」
結が、涙声で呟いた。
「で、この子たちもやっちゃうですのデュヴ……ですわ?」
カグヤが大人しくおすわりしているパリスを指差す。
「えっと、ソウルすっからかんなんで、順番で……」
結局、パリスは最後まで体育座りだった。
* * *
頬に、熱い雫。
仮想の涙も――熱い。
とめどなく降り注いで、視界を滲ませる。
ぼやけた向こうに、妙にゆがんだ顔がある。
エレネ様だ。
泣いている。
私の目からも、涙が溢れているのだと、遅れて気づく。
まぶたが重い。目が霞む。
――優しい檻の夢を見ていたような気がする。
重い、重い右腕を上げる。
指先が震える。
それでも、泣きじゃくる聖騎士の頬に、そっと触れて――撫でた。
「……よし、よし……」
声が、かすれる。
私は帰って来たのだ。
決して優しくはない。けれど、優しい仲間のいる檻に。
「よしよし、じゃないわよ……バカぁ!」
叱る声は震えていて、怒っているのか、泣いているのか、もうわからない。
でも、その全部が、温かかった。
アンは微かに口元を緩める。
春を思わせる微笑みが、確かにそこに咲いた。
(おわり)
――第四十四話 あとがき
こんにちは、エレネです。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
次回の『マジチー』は、金曜日のお昼頃にホワイトデー閑話を投稿予定です。
私の出番はないようですけど、作者忘れてないかしら?
そちらも読んでもらえると……嬉しいです。
もし少しでも楽しんでいただけたのなら、ブクマや★で応援して頂けると励みになります。
……それにしても。
アンが無事で、本当に良かった。
私、ほんのちょっとだけ……泣いちゃいました。
ええ、ちょっとです。ほんの、ちょっと。
「バカぁ!」なんて、言ってました?
私も、ちょっと記憶が飛んだかも(素)
皆さんも忘れましょう。
もちろん、ウッドエルフの子たちも、セレノスの皆さんも無事で何よりです。
……でもね。皆さん。
くれぐれもキノコには気をつけてください。
特に「毒にも薬にもなる」とか言う人がいる時は、より一層。
さて。私たちはこれから――
世界中のキノコを焼き尽くします!
さあ、狩りの時間よ!ケンタ! ナナ!
……え? パリス? 反省は体育座りで。異論は受け付けません。
――キノコハンター(仮) エレネ




