表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/66

第四十三話:緑の恐怖(前編)

 ──火星の衛星・フォボス、観測室。


 モニターのログが更新され、仮想の火星の空に流星の軌跡が重なる。アラートが点灯した。


監視者D「流星群観測――侵略イベント発生です!」

監視者C「ありゃ、もうそんな時期かいな」

監視者A「冬来りなば、春遠からじ……」

監視者B「今の戦力で乗り切れるでしょうか?」

監視者D「戦力は十分な気がしますが……」

監視者C「あの子らにはつらいイベントやで、ホンマ」


* * *


 その日、EOFの仮想の夜空に無数の流星が流れた。


「わあ、きれい!」


 『ルーイン・ゴート』の裏手で夜空を見上げて、結が思わず声を上げる。

 夜空の一点から放射状に星が流れては消える。

 流星群である。


「なんかヤバいイベントかな?」


 足下から声が上がる。

 先日のクエストをバグ技で攻略した結果、子ども化したアバターのままのケンタである。


「またそんなプシューって醒めたこと言って〜」


 口を尖らせる結。

 だが、言われてみると、それは何か起きる予兆のようにも見えた。


* * *


 EOFでもっとも広大なゾーン――エリス草原。

 東西南北、四つのゾーンで構成され、徒歩での横断には丸一日はかかるという。

 その北端の山肌に沿うように雑木林が広がっていた。

 林の入口には、数人のプレイヤーの姿があった。


 その中に、赤毛が際立つ影がある。

 ハイエルフのアンである。


 いつものローブ姿ではなく、ベージュ色の探検装備。

 帽子にはカンテラまで付いていた。


 周りにいるのは数人のウッドエルフたち。

 彼らもみんな探検服だ。


「なんで俺までこんなとこに……」

 機械式の弓を背負ったウッドエルフ、パリスがぼやく。


「アンさんにはいつもお世話になってるんだから、たまには恩返しないとねっ!」

 隣のウッドエルフの少女が、パリスの背をぱん、と叩く。

 短く切り揃えられた緑の髪が、軽く揺れた。

 小さな身体に大きな木製の丸い盾を背負っている。

 ショートソードを腰に下げているが、その身体には、まだ大き過ぎるように見えた。


 ウッドエルフはエルフ族の中では小柄で、開発時は小妖精サイズを検討されていたが、アバターを小さくし過ぎた結果として、数々の不具合が発生し、やむなくドワーフやハーフリング並に落ち着いたという。


「ミドリコちゃんは良い子ですねー」

 小さな少女の頭を撫でて、アンが微笑む。


「それにしても、この格好はなんだよ?」

 パリスが自分の服を見下ろす。


「探検服には採取+39がついてまーす」

 アンはそう言うと、森の奥へ足を踏み入れた。


「採取なんてスキルねーし……+39ってなんの単位なんだよ……」

 パリスはぶつぶつ言いながら、ついていくのであった。

 

* * *


 雑木林は奇妙な静けさに包まれていた。

 鳥のさえずりひとつ聞こえない。


「中央大陸の森は明るいけど、ずいぶん静かなんだな」

 パリスが周りを見渡して言う。


 昼なお暗い大妖精の黒い森に比べれば、この雑木林は明るかった。

 冬の間は葉が落ちて十分に空が垣間見えるからである。


「おかしいですねー、前に来た時は小鳥さんがたくさん鳴いてましたよ……」

 アンも訝しげな顔をする。


「で、何を探せばいいんだよ?」


「キノコでーす! 食べてよし、成分を抽出すれば薬にも毒にもなる便利素材ですー!」


「毒って言った?!」

 ウッドエルフたちがびっくりして声を上げる。


「まあ毒も薬も根本は一緒ですー」

 久々にアルケミストの腕の見せ所に、妙に高揚しているアンであった。


「おー! あそこにおーきなキノコさん!」

 アンはそう言うなり、下草をかき分けてまっしぐらである。


 毒々しい緑色の大きなキノコ。白い斑点がびっしりと傘を埋めている。


「こ、これは!?」


 ――その映像を最後に、全員の記憶が途切れた。


* * *


 ――草の匂いが強い。


 アンが視線を上げると、遠くに山の影があった。

 その上で、青空にぽこぽこと、わた雲がいくつも浮かんでいる。

 

 辺りは一面、ピンクの花でいっぱいだった。

 人の姿は見えない。


「レンゲ……ですね……」


 耳元を羽音がかすめて行った。

 ミツバチたちが忙しなく花の間を飛び回っている。


 ポカポカとした日差しが、アンの体を温める。

 肥料の匂いだろうか。独特な匂いがする。


「あれ? 今の季節設定、冬だったはず……」


 EOFの仮想世界で、日差しや癖のある匂いを感じるのは初めてだった。


「夢でも見ているのかしら?」


 それは、子どもの頃、祖母の田舎で見た光景だった。


「……それとも、こちらが現実?」


 やがて、アンはふらりと、畦道を歩き出した。


 レンゲ畑の海を滑るように畦道を進み、用水路にかかった小さな橋を渡る。

 左手のまばらに植わった樹木の間に祖母の家が見えてきた。

 平屋の農家――母屋の横に、離れと納屋が見えてくる。


 懐かしい風景に、なぜか目が潤む。


「行かなくちゃ……」

 

* * *


 中央大陸の西海岸に栄える商業都市セレノス。

 その正門を抜けた先のゾーンが『セレノスの丘』である。


 そのまま北へ向かえば、初心者ダンジョン『ブラック・ボトム』。

 東には、エリス草原を横断する街道が伸びている。


 丘を縫うように敷設された街道沿いには、ガードポストが点在し、治安を守っていた。


 そして正規の街道に並走するように、『トーチ』が小麦袋を並べてモンスターの侵入を防いだ『黄金街道』が伸びていた。


 EOFのモンスターやNPCたちは、なぜか小麦袋をまたいで進めない。

 そんなバグめいた挙動を利用した安全輸送路が『黄金街道』なのだ。


 その小麦袋の列の内側から、丘スライムに矢や魔法を放って経験値を稼いでいる、ハーフエルフの少年と少女がいた。


 ショートボウを構えるハンターの少年はユウタ。

 革装備に杖を構えているドルイドがチコリ。


 最初に異変に気づいたのは、ユウタだった。


「あれ? あそこのポストのガードがいなくなってる」


 指差した先。近くの塔の前にいたはずのガード二名が消えていた。


「ヒルジャイアントにでもやられちゃったのかな?」

 チコリも辺りを見回す。


 その時だった。


 丘の影から、巨人が姿を現した。


 ――しかし。


「え? いつものヒルジャイアントじゃない……」


 巨人は大きな剣を振り回す。

 応戦していたガードたちは、触れた瞬間に光の粒となって霧散した。


 背中には丸い盾。

 ヒルジャイアントよりスラリとした体型で、緑色の髪の毛。

 身体も緑色で棘が目立つツタのようなもので覆われている。


「女性型? いや……エルフの巨人?!」

 ユウタは、長い耳を見て目を丸くした。


「た、大変だ!」


 さらに驚くべきことに、その巨人は小麦袋の結界線を――


 一跨ぎで、超えてきた。


 ユウタは心臓が一瞬止まった気がした。

 

 小麦袋の列の内側では、誰も死なないと信じていた。

 それが破られた。


「やばっ!」

 背後でチコリも驚きに息を呑む。

 

「街に戻ろう! 『トーチ』の皆さんに知らせないと」

 ユウタが叫ぶ。


「うん、『狼の魂』を掛け直すねっ」

 二人は早足魔法を更新して、セレノスへ向けて走り出す。


 途中、背中を振り返ると――


 さらに多数の緑色の巨人が、丘を越え、小麦袋を越えてくるのが目に入った。


「一体……何が起きているんだ?」


 自分たちの命も繋いでくれていた『黄金街道』の神話が、いま崩れつつあった。

 鉄壁だった黄金の壁が、今はくすんだ麻袋の列に見えた。


* * *


 セレノス正門のすぐ脇。石造りの門壁に寄り添うように建つ、警備隊屯所。


 外は冬の空気で、門の向こうからは時おり乾いた風が吹き込む。

 だが屯所の中は、薪の残り香と、男たちの笑い声で妙にぬくい。


 昼番の交代まで、まだ時間があった。

 暇を持て余したガードたちは、武器の手入れもそこそこに、ひとつのテーブルへ集まっていた。


 ――カードゲームである。


 テーブルの中央で、若いガードが勢いよくカードを叩きつけた。


「俺のターン!全体効果『砂糖の甘い罠』!」


 カードの絵柄は、山盛りの砂糖菓子。

 そして、効果欄には太字でこう書かれていた。


効果:糖質過剰摂取でターン毎に1042の追加ダメージ


「うへえ、甘々ビルドかよ……」


 ほとんどがおっさんのガードたちは、呻いた。

 誰かが腹を押さえ、誰かが歯を押さえる。なぜだか実害が出た顔をしている。


「やめろ、そのデッキ……健康診断の悪夢が蘇るだろ……」

「しかも1042って、なんの語呂合わせだよ……」


 見物のガードたちが、わいわいと茶々を入れる。


 しかし――対戦相手は、動じなかった。


「ふ、甘いな……」


 向かいに座る髭面の男が、伏せていたカードを、指先でつまんで表に返す。


「トラップカード発動!『女神の神対応』!」


 カードには――

 女神セレネ・エテルナ(小)が、マフィンを片手に、いちごオーレをちゅうっと吸い上げる姿が描かれていた。


「糖質は女神ビルドには効かん……むしろ大好物だ!」


「おおっとォ!」

「反転耐性きた!」

「その絵柄ずるいだろ!」


 観客がざわつく。

 屯所の空気が、一段と軽くなる。


 甘々ビルドの男は悔しそうに唇を噛み、切り札を引き抜いた。


「なら、これで終わりだ!『フォボス墜落』!」


 カードを叩きつける音が、妙に重く響いた。


「ああ、また全滅エンドでお開きかよ」

「はいはい、恒例の世界滅亡っと……」


 観客が半分あきれ、半分楽しみに嘆いた、その瞬間――。


 髭面――セレノス警備隊隊長のセレノンティスが、静かに、もう一枚の伏せカードを返した。


「トラップ、『女神の祝福』発動!」


『女神の祝福』

効果:天の運行をあるべきものに正す


「おお!フォボスが軌道に戻る!?」

「世界が救われた!」

「隊長、また神引きかよ!」


 盛り上がる声が、屯所の天井を叩く。

 そしてセレノンティスは、トドメとばかりに手札からカードを一枚、すっと差し出した。


「そして俺のターン――『真・月下散華』!」


 カードが置かれた瞬間。

 勝負の流れが、目に見えるようにひっくり返った。


「ぐわわああっ! 負けたー!」


 甘々ビルドの男が床に膝をつき、両手を天に伸ばして悔しがる。

 観客からは拍手と口笛、そして「お約束だな!」という笑い声。


 セレノンティスは薄く笑い、敗者の場に残った一枚を指で弾いた。


「ふふふ……『フォボス墜落』のカードは頂くぞ」


 トレード対象のカードをかざし、勝者の権利を誇示する。


 そのときだった。


 ズウウウゥン!――。


 屯所が、いや――セレノス正門前のゾーン全体が揺れた。


 テーブルの上のカードが跳ね、グラスの酒が波打つ。

 笑い声が一瞬で止まり、代わりに鎧の擦れる音が立った。


「な、何事だ!?」


 セレノンティスはカードを握ったまま、視線を門の外へ泳がせる。


 門から真っ直ぐ伸びた道の先に、人影が見えた。

 しかし、その人影は――その距離にしては、あまりに大きかった。


「ヒルジャイアント?……ではないな……大き過ぎる」


 その高さは、ヒルジャイアントのゆうに二倍はあった。


 たまにノールが侵入してくることはあったが、巨人族の強襲は初めてである。

 だが、どんな敵が現れても、セレノス警備隊の仕事はひとつだ。


「街を守る! 全員戦闘準備!」


* * *


 セレノスの街中を駆ける足音が、石畳に乾いたリズムを刻む。


 ユウタとチコリが門へ飛び込んできたのは、ほんの少し前だった。

 顔は青ざめ、息は切れ、言葉だけが先に転げ落ちる。


「『セレノスの丘』に緑……巨人が……! 小麦袋、越えてきた!」

「ガードも……やられて……!」


 その一報を受けて、ケンタたちは正門へ急行した。

 門が見えた瞬間、空気が変わる。


 外では、ガードと緑の巨人がぶつかり合っていた。

 剣と槍が走り、盾が跳ねる。それでも押されている。


「……マジかよ」

 ケンタは小さな身体のまま、思わず声を漏らした。


「隣の『セレノスの丘』で遭遇したってユウタたちは言ってたが……ゾーンを超えてきた?!」


 EOFでは格上に遭遇したら隣のゾーンへ逃げる。

 モンスターは生息ゾーンの外までは追ってこないからだ。

 

 なのに巨人たちは、小麦袋の結界を越えただけじゃない。

 ゾーン境界すら越えて、正門前まで来ている。


「このまま街に突っ込まれたらヤバくねーか?」

 タクヤが低く言う。


 街の中には留守番組のプレイヤーが大勢いる。

 ガードが崩れたら、次は街だ。


「ガードを援護するぞ!」

 ケンタが叫んだ。


「おうっ!」

 ガン鉄、ユメゾウ、ベルウッドの前衛陣が武器を握りしめる。

 

 結が弓を構え、シャチョーがスニークで姿を消す。

 ログ爺が短く頷き――その横で、ハイエルフ姿のカグヤが視線を細めた。


『トーチ』の面々は、正門から飛び出したが――


――彼らは、異変の正体に直面することになる。


* * *


「セレスティアル・ヒーリング!」


 ケンタが両手を掲げると、淡い光の粒がガードたちの鎧の隙間へ吸い込まれていく。

 即座に全快させる派手な回復ではない。遅れて効いてくる、遅延型の回復だ。


「お、なんか……楽になってきたぞ!」

「骨折したかと思ったが、なぜか痛みが引いたぞ!」


 ガードたちは倒されても復活が早い。


 徐々に、戦線が安定してきた。


 その隣で。


「満つる生命のワード・オブ・ザ・ヒーリング!」


 カグヤが、やけに強い範囲ヒールを飛ばしていた。

 回復の波が、ふわっと広がって、前線の空気まで洗う。


「さすがです! カグヤさん!」


 ケンタは目を輝かせる。

 賢者候補のあそび人だと信じ込んでいるので、感心するばかりだった。


 実際は――GM権限で他職の魔法を拝借しているだけである。


「おほほ、まかされてでで……ング」

 カグヤは舌を噛みそうになりつつも、回復に徹する。


 そのローブのフードの奥から、ウサ耳妖精のピコが耳打ちする。

「マスター、ご自身の舌にも回復が必要です……」


「うっさいわ……でございま……ウギュ」


 戦場だというのに、妙に平和な空気が一瞬だけ流れた。


 ――その時。


 ズガガガッ!


 何かが飛来した衝撃で、セレノスの外壁が爆ぜた。

 石片が雨のように降り、門前の地面が震える。


「な、なんだ?」


 ケンタが崩れた外壁を見上げると――

 そこに、巨大な矢が突き刺さっていた。


 次の瞬間、さらに数本。


 ズドン! ズドン!


 矢が外壁を穿ち、崩壊を広げていく。

 “壁”が、“ただの石”へ変わっていく。


 ケンタは前線を見渡した。


 剣を振り回す女巨人の後ろ。

 弓を構えた巨人が、淡々と矢をつがえている。


「弓使いの後衛までいるのかよ……」

 タクヤが嫌な顔で呟く。

「まさか、魔法使いやヒーラーもいねーだろうな」


 余計なフラグを立てた。


「そのまさかだな。弓の奴の後ろに杖持ちが……あれ?」

 ケンタが目を細める。


 弓使いの巨人のさらに後ろ。

 頭ひとつ抜けた影が、杖を高く掲げていた。


 赤い髪が風になびき――

 見知った顔が、ちらりと覗いた。


「アンちゃん?!」

 結が思わず叫んだ。


 その声は、戦場の喧騒を一瞬だけ裂いた。


 ケンタの喉が、乾く。

「小麦袋が効かないわけだ……彼女らはプレイヤーだ……」


 理解した瞬間、背筋が冷えた。


「まじかよ……どうすんだよ、ケンタ?」

 タクヤの声が重い。


 守らなければならない。

 ――けれど、倒せない。


 状況は、ソリューションなき方向へ傾くばかりであった。


(つづく)


――第四十三話 あとがき


 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。ケンタです。


 後編は、来週火曜日のお昼頃に投稿予定です。

 つづきも読んでもらえると、ほんと嬉しい。


 もし少しでも楽しんでいただけたなら、ブクマとか★で応援してもらえると励みになります。


 ……それにしても参ったよ。


 街は守らないといけない。

 でも、だからってアンちゃんたちを犠牲にするなんて、ソリューションとして成立しない。

 かといって、このままだとレベルの低い街の住人が大勢やられる。


 完全に、堂々巡りの無限ループバグだ。

 出口が見えないやつ。


 ――でもさ。

 原因さえ分かれば、盤面はひっくり返せるはずなんだ。


 絶対、見つけてやる。


 ……あと、ちょっとだけ別件。

 どういう原理で巨人になれるんだろうな?

 あれ、普通にカッコよくない?


 巨人化……一回くらい、してみたいよなあ。


――ケンタ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ