閑話:メガネが本体
『魔女の大釜』での激闘を終えたケンタたちは、戦闘中に飛ばされた仲間との合流も兼ねて、ハイエルフの城塞都市『シルヴァノール』を訪れていた。
緑の気配が濃い。
空気が澄んでいるとか、そういう話じゃない。森そのものが、意志を持ってこちらを見ているような濃さだ。
「まったく、あなたたちはいつも面倒事を起こすわね」
先頭を歩くのは、『Magic of Seraphic Code』のギルドマスター、エレネ。
ぶつぶつ言いながらも案内の足取りは迷いがない。
「いや、起こしたくて起こしてるわけじゃないんだけどさ……」
前回のクエストの副作用でチビアバターのままのケンタが苦笑いで肩をすくめる。
「はいはい。もう、それ。いつもそう言うのね」
エレネは呆れたように言って、軽く手を振った。
シルヴァノールの前面に広がる『大妖精の黒い森』。
その森の中をしばらく歩くと、木の根元に木製のデッキへ上がるための設備が見えてきた。
板状の昇降機だ。
箱じゃない。壁もない。ただの板。
それが、木々の間を縫うように上下へ動く仕組みらしい。
「……これ、また手すり無しのやつ?」
結が覗き込み、思わず顔をしかめる。
前に乗った時を思い出してしまう。足元がスカスカで、身体がふわっと持っていかれる、あの感じ。
「ええ。乗り継いで最上部へ」
エレネは淡々と答え、さっさと足を乗せた。
ギギ、と木が軋む音。
板がふわりと浮く。
「でら、おとろしいがね……」
手すりがない。
あるのは足元の板と、吹き抜ける風のみ。
目を落とせば、遠く離れていく地面。心臓がきゅっとなる。
シャチョーが板の中央で固まり、両手を胸の前に寄せたまま小刻みに震える。
「シャチョー、今のレベルなら落ちても死にはしない、痛いだけさ」
ケンタが言うが、
「その痛いのが、絶対いやなんだがね!」
全力で返ってきた。
昇降機はデッキ間を一段、また一段。
板を降り、次の板へ渡り、また上へ。
地上の気配は薄れ、代わりに葉擦れと風の音だけが濃くなる。
やがて最上部。
視界がぱっと開けた。
見晴らしのいいデッキの上に、若草色のローブの上にエプロンをつけた赤毛のハイエルフが待っていた。
アンだ。
「ようこそ、『トーチ』の皆さん」
テーブルの上にはフードを被せられたティーポットと、ソーサーに伏せられたカップ。
多段のトレーに盛られた色とりどりのお菓子とサンドウィッチ。
「うわーい、午後のお茶会だー」
結が目を輝かせた。
「このゲームで初めてまともな茶会を見たよ……」
ケンタがなにやら思い出し笑いを浮かべる。
見晴らしのいいデッキのうえで、平和なひと時が流れ始めた。
* * *
「ところで、エレネさんはベータのご褒美に何を貰ったんですか?」
結がキュウリのサンドウィッチを頬張りながら聞く。
きゅうりの青臭さと、ほんのり甘いパンの香りが、森の空気に混じった。
「それは俺も興味あるな。ナナさんはエピック武器を持ち越したって言ってたけど、エレネはそうしなかったのか?」
ケンタはエレネの腰に下がる『燃え尽きた漆黒の長剣』を見やって言う。
鞘に納まった長剣の存在感は、未だ聖剣への道の途中にあった。
「ベータの時は時間が足りなくて最後までできなかったのよね。それに……」
ビスケットを紅茶に浸しながらエレネが答える。
「本編に残しておかないと、つまらないでしょう」
そこには、ただのゲーム好きがひとり微笑んでいた。
「じゃあ、何をもらったんだがね?」
シャチョーがスコーンを頬張りながら聞く。
ぽろり、と欠片が落ちそうになって、慌てて皿の上で受け止める。
「私も聞いたことないですー」
アンも目を輝かせる。
「ああ、それは……」
エレネは、優雅な指を顔の前にあげる。
まるで舞台の幕を、今からそっと引くみたいに。
一同は思わず固唾を飲み込んで聞き入った。
* * *
エレネは銀縁メガネのズレを直しながら言った。
「これよ」
「どれ?」
結の瞳に、はっきり疑問符が浮かぶ。
視線はテーブルの上をさまよい、やがてエレネの左手へ吸い寄せられた。
薬指で、白銀の指輪が小さく光っている。
「それ……」
結が言いかけた瞬間、エレネは慌てて両手をぱたぱた振った。
「ち、違うわよ! これ! メ・ガ・ネ!」
叫ぶように区切って、エレネは自分のメガネを高く掲げた。
顔は今にも「ジャーン」と言いそうな表情である。
場が一瞬、固まる。
誰もが一歩遅れて考える。
冗談なのか。照れ隠しなのか。何かを隠すためなのか。
そして勝手に、妄想だけが加速する。
「……そうですね。誰でも言いたくないことはありますよね。変なこと聞いてすいませんでした!」
結が、真っ直ぐに頭を下げた。
「そうですねー……すいません、エレネ様」
アンまで目を伏せる。
「いやー、その指輪のステいいよな!」
ひとりだけ、完全に別のレールを走り続けるケンタである。
「でもベータ関係ないよな?」
「メガネだって言ってるでしょ!」
バン、と乾いた音。
エレネがテーブルを叩いた瞬間、皿の上の菓子が驚いたように飛び上がった。
「メガネは顔の一部なのよ! いえ、むしろメガネが本体だわ!」
言い切った途端。
森が、しんとした。
黒い森全体が、静寂に包まれた。
* * *
「そういえば、他にメガネかけた人見たことないかも」
結がぽつりと言った瞬間だった。
そこよ、とばかりにエレネが、びしっと結を指差す。
「リアルじゃ日本人の半数が眼鏡を掛けているのよ!」
銀縁メガネがきらりと揺れる。
エレネは激しく首を振って声を上げた。
「スタッフ装備にはあるのに、プレイヤー実装は拡張を待ってくれとか、待てないわ、許せないわ、絶対に!」
「は、はあ……」
あまりの剣幕に、一同は首を縦に振るしかない。
紅茶の湯気だけが、気まずそうにふわりと漂った。
「メガネなしじゃ外を歩けないじゃない!」
その言い方が、戦場の咆哮みたいに真剣で。
結はサンドウィッチを持ったまま、瞬きの回数だけが増えていく。
「もしかして、設計になかった装備を作らせたのか?」
ケンタが急に、そのメガネへ視線を固定した。
剣でも鎧でもなく、銀縁に。
「そいつはバグが捗るのお」
ログ爺も目を細める。
「どれどれ、よく見せて欲しいがね」
シャチョーが身を乗り出す。
「いやよ! あっ!」
エレネが反射的に身を引いた拍子に、メガネは指先からするりと滑り落ちた。
カラカラ、と乾いた音を立ててデッキを転がる。
一直線に端へ向かい、落ちる寸前で……ぴたりと止まった。
エレネは胸を押さえ、安堵のため息をつく。
落ちなかった。それだけで、世界が助かったみたいな顔だ。
だが――。
この『大妖精の黒い森』には、光り物が大好きなカラスがいっぱいいた。
黒い影がひとつ、すっと舞い降りる。
黒いクチバシが器用にメガネの弦を咥えると、軽く羽ばたいて森の奥へ消えていった。
「@⭐︎◇¿……」
声にならない呻き声をあげるエレネ。
「し、知らんがね、うちのせいじゃ無いがね」
シャチョーが必死で弁明するが……。
これは斬られる。
全員がそう思った瞬間――。
エレネは、デッキに膝と手をついた。
「私、もう戦えない……(涙)」
泣きじゃくる聖騎士を見て、一同は言葉も出なかった。
* * *
「エレネさん、待ってて!」
結が弓を手に駆け出す。
さっきまでの茶会の空気など、もう欠片も残っていない。
「俺もいくよ!」
ケンタも後を追う。小さな身体で必死に脚を回し、デッキを蹴った。
「う、うちもいくがね」
責任を感じているのか、シャチョーもついてくる。
三人は下りの昇降機へ飛び乗った。
木の板がぎしりと鳴り、足元がふわりと沈む。
「結、『追跡』できてるのか?」
ケンタが隣で息を整えながら聞く。
ハンターとドルイドは追跡スキルを持っている。
「うーん、このゾーンはカラスが多すぎて、どれだかわからないよお」
結は落ちていく板の上で、追跡スキルのリストを開いたまま眉を寄せる。
画面には名前がずらりと並ぶ。似たような文字列が多すぎて、頭に入ってこない。
「カラスは光り物を巣に溜め込むはずだ」
ケンタは額に人差し指を当てて考え込む。
「子ども……雛はいないか?」
結はリストを上から下へ、もう一度ゆっくり目で追う。
「レイブン・ベビーっていうのがいるけど?」
「そいつだ!」
「北西方向! 距離は不明」
結が即座に読み上げる。
「よし、いくがね!」
三人は黒い森の中を駆け抜ける。
枝の間を縫い、根を飛び越え、葉を踏み砕いて進む。
その上空で大きめカラス――レイブンたちが、重い唸りで喉を鳴らしながら、彼らを見下ろしていた。
* * *
「ここ?」
森の北西。
天を突くような針葉樹が一本、屹立していた。幹は太く、枝葉は高すぎて、見上げるほどに首が痛くなる。
「でら、でっかいがね……」
「どうするの? この上みたいだよ」
結が困ったように大樹を見上げる。
「登るしかないな、浮遊術を掛けてもらっとけばよかったな……」
ケンタが一歩踏み出した、その時だった。
ドンッ!
「ち、近づけないがね!?」
シャチョーが額を押さえてよろめく。
見えない何かに弾かれたように、足が止まった。
「結界だな……巣を守ってるんだ」
「ただのカラスがかね?」
シャチョーが目を丸くする。
「ただのカラスのわけないな……結、『追跡』範囲にネームドっぽい名前はないか?」
「えーっと……今の所……あ、更新されたら……」
結は追跡リストを必死に追う。
カラスだらけの文字列の海から、固有名だけを拾い上げる。
「こ、これ、シルバー・レイヴォン!」
「そいつだ! 森の主の希少種……来るぞ!」
グガガガ、ガアアァァッ!
重い唸り声が森の樹々を震わせる。
影が落ちた。
現れたのは、獅子の身体にカラスの頭と翼。しかも、その体は白銀色に輝いていた。
結が軽く矢を射かける。
だが銀の羽毛に届く前に、見えない障壁に跳ね返される。
「えー!」
「やはり、結界を掛けてるのもあいつだな」
障壁の力を見てとって、ケンタがつぶやく。
「さて、どうするか……」
シルバー・レイヴォンが羽ばたくと、結界と同質の透明な槍が降る。
三人は散って避ける。
だが、槍ぶすまに地面が大きく抉られた。
「自分だけ攻撃するの、ずるいがね!」
「でも、向こうから見れば私たちの方が雛を狙う悪人だよね……」
「撤退しよう! 多分メガネもここじゃない……」
しかし、一旦反応したモンスターが獲物を簡単に逃すわけがなかった。
ゴンッ!
「でらぐわしっ!」
シャチョーが見えない壁に頭をぶつけて、ひっくり返る。
「やばい! 結界に封じ込まれたか?」
「ど、どうしよう?」
結の震える声は、ざわめき始めた黒い森の喧騒にかき消された。
* * *
一方、お茶会会場に残された一同。
デッキに膝をついたエレネの背中を、アンがそっとさすっていた。
さっきまでの紅茶の湯気はまだ残っているのに、場の空気だけが冷えていく。
「エレネ様、泣かないで……きっと結ちゃんが取り戻してくれますよ」
「……う、うぅ……」
返事にならない声が漏れる。肩が小さく震えたままだ。
「わしらも行ったほうがよかったかのお?」
ログ爺が顎に手を当てて、森の方へ視線を向ける。
「カラスくらいなら三人で十分ドワ」
ガン鉄はそう言いながら、何事もないようにスコーンをかじった。
「これ、鉄のように固くてうまいドワ!」
ばき、と小気味よい音。
スコーンの欠片が皿に落ちるより先に、ガン鉄の満足げな目尻が上がった。
その様子を見比べて、タクヤは肩をすくめる。
「やれやれだぜ……」
「メガネがなくて不安なら、なんか別のもの被ればいいドワ」
その瞬間。
エレネの肩が、ぴくりと反応した。
「おい、それは……待て……」
タクヤが、反射で声を出していた。
背筋に、冷たいものがすっと走る。
だが。
『大妖精の黒い森』の黒さが、濃く、強く――変化しつつあるのを。
この場の誰も、止めることは出来なかった。
* * *
シルバー・レイヴォンが、羽音も置き去りにする勢いで急降下した。
「結っ!」
ケンタの声が飛ぶより早い。
白銀の影が、結の視界いっぱいに迫る。
「うわっ!」
結は地面へ飛び込み、転がって避けた。
土と落ち葉が頬に張りつく。だが息をつく間もない。
立ち上がりざま、反射で横へ跳ぼうとして――
ゴンッ!
「いったぁ!」
見えない壁に肩が弾かれた。
透明な障壁。結界が、行く手を塞いでいる。
「もーっ! なんでアイツだけすり抜けられるのー!」
結が叫ぶ。上空で、シルバー・レイヴォンは悠々と旋回した。
こっちは檻の中。向こうは空と森、自由自在。
「これ解除できないの?」
結の声に、ケンタは指を二本立てた。
「ヤツを倒すか、力ずくで破壊するかだな……」
「えー! 結界の外に逃げるから倒せないよお」
「力ずくもムリだがね、この結界、でら硬いがね!」
シャチョーが叫びながら、結界へダガーを突き立てる。
刃先は見えない壁に硬く弾かれ、手首に痛みを返した。
「キャンセルマジックがあれば解除出来るかも……いや、結の破邪顕正で穴を開けられないか?」
「やってみる!」
結は矢を番えると、弓を打起こした。
狙うのは“壁”。だが、何も見えない場所を捉えるのは――難しい。
引き絞っても、矢先が決まらない。
手元の感覚だけが、空振りする。
「うう、発動しないよお……」
時間を掛けても、矢にソウルが乗らない。
焦りだけが、指先を震わせる。
その間に――シルバー・レイヴォンが上空で羽ばたいた。
空気が、びり、と震える。
降ってきたのは、透明な槍の雨。
見えないのに、刺さると分かる。嫌な予感だけが正確だ。
「うへえ、逃げ場がないがね!」
「応援を呼んだけど、持つかな……」
ケンタは全員を回復しながら、視線だけでゲージを睨んだ。
ソウルゲージは半分を切っている。
一方的な攻撃で、減り方が早い。
「まずいがね! 他にいいソリューションはないんかね!」
シャチョーの叫びに、ケンタは一瞬だけ彼の顔を眺め――
何かに気づいたように、低くつぶやいた。
「もしかしたら、アレがいけるかもしれん……」
「アレ? どれ?」
シャチョーが目を瞬く。
「一撃必開のアレ……」
(沈黙)
「……結界に効くか分からんがね」
「でも、このままじゃジリ貧だよ」
(沈黙)
「……アレを使ったらレベル1になっちゃうがね」
(沈黙)
「レベル1で攻撃食らったら……」
(沈黙)
「あーもう、わかったがね!」
シャチョーは大仰なポーズをとって叫んだ。
「ぬるExポ!」
森の一角に、天を衝く閃光が走った。
* * *
「手ごたえばっちりだがね!」
シャチョーが胸を張って、両手を突き上げる。
その顔は、成功者のそれだった。
「さすがー! よっ大シャチョー!」
結がぱちぱち手を叩いて持ち上げる。今だけは完全に味方だ。
だが。
「いや、待て。どこが開いたんだ?」
ケンタが、落ち葉の上を滑る視線で周囲を一瞥して問う。
「そりゃ、あっち……いや、そっち?」
シャチョーは勢いよく指を伸ばしかけて、途中で迷子になる。空中で指先がふらふらした。
「風が抜けてくるからこっちだよ!」
結がすぱんと決めた。東側、足元の落ち葉がわずかに揺れている。
「おお、さすが結……って足下?」
ケンタが半歩寄って、覗き込む。
確かにそこに、“穴”があいていた。
透明な壁の一部だけが、ぽつりと欠けている。
落ち葉がすうっと吸い込まれ、外へ抜けていくのが見えた。
しかし――。
「マイクロ小さいがね!」
シャチョーがしゃがみ込んで叫ぶ。
結界の穴は、小さな子どもが身体をねじ込めば通り抜けられる大きさだった。
だが結とシャチョーには、どう頑張っても無理だ。
ヒーラーが、仲間を置いていくわけにはいかない。
「まずい、また体当たりが来るぞ」
ケンタが顔を上げた。
上空。
白銀の獅子鴉は、一度高く舞い上がり――くるりと反転して、こちらへ狙いを定めた。
羽音が、空気を押し潰す。
結界の内側の三人に、逃げ道は少ない。
結は思わず目をつぶった。
* * *
その時だった。
東の地面すれすれを裂くように、何かが高速で飛来した。
ドンッ!
固い塊がシルバー・レイヴォンに激突し、突進の勢いを削いだ。
白銀の獅子鴉は空中で体勢を崩し、慌てたように羽ばたいてホバリングする。
そして――逃げるように、結界の内側へ潜り込んだ。
ぶつかった何かは、透明な境界に弾んで落ちた。
スコーンだ。
鉄のように硬いスコーンが、落ち葉を散らして転がった。
ケンタの視線が、反射で東へ跳ぶ。
木立の向こう。
ドワーフがひとり。
その後ろにノームとトロールと赤毛のハイエルフが見えた。
そして。
結界の小さな穴を――声が通り抜けた。
「ガンちゃん、ナイスなのですわのね!」
濃い闇色の影が、結界の内側を駆け抜けた。
(ダークエルフ? いや小さすぎる……子ども?)
ケンタの思考が一瞬、渋滞した。
黒曜の肌に流れるような銀の髪の少女。
銀の瞳が鋭く光る。
「ダークネス・ウィングなのね!」
漆黒の鎧の背に、細く優美な曲線の黒い羽根が拡がる。
影は稲妻みたいに舞い上がり、黒光りする剣を振るった。
「スラッシュ・オブ・ザ・ダークネスフレイム!」
ピギイイイイィィイ!
シルバー・レイヴォンが羽毛を撒き散らして地面へ落ちる。
(エレネなのか? 闇モードにしても小さい……)
ダークエルフ変身マスクを使っているにしても、身体が小さすぎる。
ケンタはふと足元に目をやり、息を呑んだ。
『ドワーフの作業靴』
(二重変身! そんなことが出来たのか!)
驚きと期待で、ケンタの目がぎらりと冴える。
「天空の神々の名を以って命じるわのね!」
(うお、どんな大技?)
渦巻くオーラが収束していく。
ケンタの胸が、勝手に弾む。
「月影の女神――セレネ・エテルナ……」
(……そういえば)
メガネを外したエレネは、セレノスの女神像に似ていた。
だが祝詞は止まらない。
「灼熱の太陽神――ソルフレイム・プロム!」
(マジか! 神様も二柱同時顕現!)
ふと、熱気を感じて、顔をしかめる。
(あれ……? 炎の魔神? 結界の中で?!)
「やばい! 結、シャチョー、すぐにドワブーツを履くんだ!」
慌てる三人をよそに、エレネの剣から渦巻く白銀の炎が立ち昇る。
「我は望み、我は訴えるなりなのね!」
――炎の勢いが増していく。
「フライドチキンになっちゃえなのよね!」
振り下ろされる白銀の炎。
硬直する白銀羽毛のヌシ。
「インパクト・オブ・ザ・ソル・ブレイカー!」
結界内が渦巻く炎で埋まった。
なんとか穴から脱出を果たせた三人の背中を、熱波が追う。
そして――あれだけ強固だった結界が、繊細なガラス細工みたいに溶け落ちていく。
振り返ったケンタは、思わずつぶやいた。
「……カッコいい」
中空に、小さな黒曜。
なのに、大きく見える漆黒の剣を片手で軽々ぶら下げて浮いていた。
辺りを焼き尽くす炎に照らされて、白銀の髪が煌めく。
銀の瞳は気だるげに揺れ、炎を映していた。
だが。
「でも、この火どうすんだ?」
森は乾いた落ち葉だらけだ。
炎は糧を得た怪物みたいに、辺りを制圧し始めている。
辺りを焼き尽くすまで、炎の魔神は止まらなかった。
この日、『大妖精の黒い森』の北西部一帯が炎に包まれた。
* * *
焼け跡から、メガネは無事見つかった。
あれだけの業火に晒されても、形も輝きも変わらぬままだった。
ケンタは輝く銀縁を眺め、にやりとする。
(ますます、バグの匂いがする)
だが、この事件以降。
エレネは、誰もメガネに触れることを許さなかった。
「メガネが本体! 触るの禁止!」
結局、メガネを解析したいケンタたちの望みが叶うことはなかった。
(おわり)
――閑話:メガネが本体 あとがき
最後まで読んでくださってありがとうございます。
『マジセラ』のギルドマスター、エレネです。
次回は本編を、来週火曜日のお昼頃に投稿予定です。
……アンが、あんなことになるなんて。
続きも読んでくれると嬉しいです。
もし少しでも楽しんでいただけたのなら、ブクマや★だけでもいただけると励みになります。
それにしても。
みなさん、メガネ愛が薄くありません?
「VRなら視力補正あるでしょ」とか、
「重くて邪魔です」とか、
そういう問題じゃないんです。
メガネは顔の一部なんです。
いえ、むしろ私自身のアイデンティティなんです!
なのに、あの若手スタッフときたら、
「メガネなんて飾りですよ。えらい人にはそれがわからんのです」
とか言い訳して……。
誰がえらい人よ。私はメガネよ。メガネが本体よ!
……はい。深呼吸します。
正直、森をちょっとだけ焼き払ってしまったことは反省しています。
「焼畑農法はよくないです」って、アンに怒られました。
ええ、わかっています。森は燃やすものではなく、眺めるものです。
というわけで、これから先は何人たりとも私のメガネに触れることは許しません。
特に、レンズに指紋をつけるなんて万死に値します。
――銀縁典範の騎士 エレネ




