第四十一話:聖職者の証(中編)
――前回までのあらすじ。
セレノスの酒場『ルーイン・ゴート』で、ケンタはついにクレリック叙事詩クエストへの挑戦を宣言した。
しかし、かつての「神像掘削事件」のせいで神殿からの信頼度は地の底。神託の巫女デルフィーネにも「背神者」として門前払いされてしまう。
そこでケンタは、ドワーフの作業靴で身体だけ子どもサイズに変身し、子供好きなデルフィーネの“おチビ枠”として再アタックする作戦に出る。
見事に作戦は成功し、デルフィーネをお供に迎えた『トーチ』は、第一の試練『腐った巨人』の浄化に辛くも成功。
続く第二の試練――『腐ったカエル族』を求めて、一行はカエル族の墳墓ケロック下層へと向かうのだった。
* * *
ケロックはカエル族の牙城である。
上層は生きたカエル族の住処であり、下層に辿り着くにはそこを通り抜ける必要があった。
まずは、ケロック上層の湿った通路を下層への階段に向かって進む一行。
足もとでは濁った水がゆらりと揺れ、カエル族特有の匂いがかすかに漂う。
「上層の生きたカエル族には手を出すなよ。こちらから手を出さなければ襲ってこないからな。
相手にするのは、下層のアンデッドカエルだけだ」
ケンタが歩きながら皆に注意事項を周知する。
「アンデッドカエルなら、どれでもいいの?」
結が小声で尋ねる。
「いや、グールなんだ。全身黒っぽい奴だよ」
「まぁ賢いわね〜いい子ちゃ〜ん♡」
デルフィーネは手を繋いだまま、チビケンタの頭をなでなで。
その時。
通路の先で、太陽の欠片みたいに強い光を放つ刃が、きらりと空気を裂いた。
眩く光る刃を構えたカエル族の騎士が姿を現した。
かなりの格上。
一同に、緊張が走る。
「大丈夫だ……絶対に手を出すなよ……」
ケンタが皆を制する。
だが。
「久しぶりね、ケロ騎士ちゃん!」
デルフィーネが『月明かりの聖剣』を抜き放つ。
「ケロケロッ……!」
カエル騎士も『太陽の聖剣』を構え直す。
「ダメだよ、フィーネお姉さん!」
ケンタが止めるが、すでに激しい打ち合いが始まってしまっていた。
太陽と月の激突――天文学的インパクトが辺りを震わせる。
数合打ち合って、互いに間合いを取る。
「坊や……ごめんなさい。フィーネがお供できるのはここまでのようです」
デルフィーネは潤んだ瞳でケンタへ告げる。
「コイツは私の宿敵なのです。先に進んでください。
坊やにセレネ=エテルナ様の加護がありますように」
そう言うと、左手を掲げ――
ケンタへ『女神の騎士の加護』を付与する。
そして、再び激闘が始まった。
狭い通路での大技の応酬に、壁がきしみ、天井の石がぱらりと落ちる。
「ここにいたらやばいがね!」
「ケンタ、進もう!」
結に促され、ケンタはうなずきかけるが、激闘を見つめ、心を決める。
「すまん、みんなは安全なところまで進んでくれ……
俺は残る。彼女にはヒーラーが必要だ」
* * *
「ヒーラーなんてやってて楽しいの?」
MMORPGで回復役をやっていると、ゲーム内外問わず、
不思議そうにこう尋ねてくる人が少なくない。
その度に――
パーティに必須だから、とか、
誰かがやらないと厳しいダンジョンは攻略できないから、とか答えていた。
確かに、モンスターを相手に剣を振るうことも、
強力な攻撃魔法で敵を薙ぎ倒すこともできない。
できることといえば、
HPゲージ、ソウルゲージ、バフアイコンとにらめっこ――。
傍から見れば、楽しくはなさそうだ。
それでもケンタはクレリックを選んだ。
使える魔法にバグ活用が多いのも理由のひとつだったが――
(ほんとうにそれだけか?)
『証を持ち帰りなさい』
(……アイテムの意味だけじゃないよな)
ケンタはデルフィーネのHPゲージの上に、
カエル騎士のゲージをドラッグして並べる。
かなり押され気味だ。
無理もない。
カエルの動きは人間には予測もつかないトリッキーさに溢れていた。
ピョーンと頭上を飛び越えたり、
投げた聖剣を伸びる舌で引き戻したり、
時にはからかうようにその場で宙返りを披露する。
三日月が描かれた小型の盾で、
激しい攻撃を必死にいなすデルフィーネ。
(同じ聖騎士でも、違うもんなんだな)
つい、パワーとリズムで敵を翻弄するハイエルフの聖騎士と比べてしまう。
こちらは、曲線を描くような剣捌きで、緩やかに見える動きだが、切先が通ると威力は遜色ない。
ふと、盾に描かれた優美な曲線に目が止まる。
(紋章は地球の月なんだな……)
そんな場違いな疑問を浮かべつつ、
ケンタは軽い遅延ヒールを飛ばす。
「セレスティアル・ヒーリング!」
遅延ヒールは回復が複数回に分散される。
時間はかかるが、一回あたりの回復量が小さいためヘイトを抑えられる。
ヒーラーがヘイトをためてタゲをとれば、いくら自己回復しても追いつかず、破綻するのは目に見えている。
ヘイトを抑えて――ヘイトトップのタンクを支える。
単純だが、高レベル帯では、
手持ちの手段も限られた中で行う、とても難しい作業だった。
「おチビちゃん……なんで……逃げなかったの?」
自分にヒールが飛んできて、デルフィーネが驚きの声をあげる。
「ヒーラーだから……それだけさ」
その瞬間、カエル騎士がデルフィーネへ刺突を繰り出した。
盾の縁を滑り、聖剣の刃がデルフィーネの腕に食い込む。
「うぐっ……!?」
HPゲージがガクンと大きく減る。
「コンプリート・ヒールいくよ! 10秒!」
ケンタはデルフィーネへ声を飛ばす。
完全回復のコンプリート・ヒール。
発動に時間がかかるうえ、問題はその凄まじいヘイト量だ。
瀕死のターゲットが全快したら、敵は確実にヒーラーへ跳ねる。
「5……4……3……」
だが――
それは“ヒールを飛ばした者が誰かを認識できれば”の話だ。
ガンッ!
コンプリート・ヒールの発動に合わせ、
デルフィーネが絶妙なタイミングで盾バッシュを叩き込む。
カウントダウンの意図を完全に理解した連携だ。
カエル騎士の意識が一瞬飛ぶ。
そして、次に視界が戻ったとき――
なぜかデルフィーネのHPゲージだけが全快していた。
息を合わせた連携は、
スキルや魔法の限界すら突破する。
(ああ……これだ)
ケンタは静かに理解した。
ヒーラーは、ゲージとバフアイコンを眺める存在ではない。
仲間の命と技を見定め、
正しい場所へ導く者――。
パーティプレイで最も輝くのは、ヒーラーなのだ。
「我らが守護神セレネ=エテルナの名を以って命じます! お散りなさい!」
デルフィーネの月明かりの剣閃が、
三日月の軌跡を描く。
「月下散華!」
「ケ、ケロケーロ……」
カエル騎士の身体が細かな光の粒子となり、
静かに散っていった。
残されたのは――
柔らかな微笑みで振り返る月下の騎士と、
その背を支えた、小さなヒーラーだけだった。
* * *
激闘が終わり、通路に静けさが戻る。
デルフィーネはそっとケンタの前に立つと、
小さな頭に両手を添えるように置いた。
「……私は見誤っていたようです」
声は優しく、けれどどこか恥じ入るようでもある。
「あなたは小さくとも立派な聖職者ですね。
少々、過保護だったようです」
デルフィーネはケンタの頭をそっと撫でると、
勇気へのご褒美とばかりに、頬へ唇をそっと寄せた。
ケンタは小さな耳まで真っ赤である。
「残りのクエスト、お仲間たちと頑張りなさい。私は神殿で待っています」
そして当然のように――最後に、ぎゅむっとほおずり。
銀の鎧をきらりと揺らしながら、
デルフィーネは静かに手を振り、去っていった。
* * *
その一部始終を、陰に隠れて見ていた『トーチ』の面々は――
案の定、全員ニヤニヤである。
「おかーさんおらんで、この先大丈夫かね?」
「宝箱の加護だけでも貰っといた方が良くね?」
「わしもチューしてほしいのお」
「心配してたのに、デレデレしちゃってー」
「ケンタ、まだ顔が真っ赤ドワん」
「おまいら……ヒールいらんのか?」
ケンタがじと目で言い返す。
ほとんど条件反射の、ヒーラー定番の軽口だ。
ケンタはため息をつきつつ、視線を迷宮の奥へ向けた。
湿気に満ちた通路の先――
闇にじっとりと浮かぶ黒い影が、こちらを待ち受けている。
『腐ったカエル族』――カエルグールは、すぐそこだ。
* * *
ケロック下層――。
そこは、カエル族の墳墓として築かれた地下迷宮だった。
天井の低い通路が、幾重にも折り重なるように連なっている。
ぬらりと光る石床には、ところどころにひび割れた棺が半ば埋もれ、
開きっぱなしの蓋の隙間から、腐臭を帯びた湿気がじっとりと漏れ出していた。
棺の収められた小部屋が、壁際に雑然と穿たれている。
そのひとつひとつが、アンデッドカエルたちの寝床兼、出入口らしかった。
――ここは、次から次へとアンデッドカエルが乱入してくる、
ADD地獄として有名な通路だ。
『腐ったカエル族』――カエルグールの居場所は、
ボス部屋へと続く通路の、ちょうど中ほどにある脇道だと聞いている。
その支路の奥――揺らめく黒い影が、じっとこちらを待っていた。
「……いやがった。掃除の手間が省けたな」
タクヤが低く呟く。
本来なら、レアモンスターをポップさせるには、
“プレースホルダー”と呼ばれる通常ポップのモンスターを片っ端から狩り、
出現枠を空けていかなければならない。
あとは運。
掃除しても掃除しても一向に出ないこともあれば、
何の苦労もなく、最初から湧いていることもある。
今日の運は――そこそこ良いらしい。
黒い影が、ぬるりと姿を現す。
『カエルグール』は、両生類とは思えないほど干からびた、黒い肌のアンデッドだった。
ひび割れた皮膚は墨を塗り固めたように乾き、
シワの奥の眼窩では、紫の炎がぼうっと揺らめいている。
頭上には、三本のHPゲージ。
――中ボスクラスの証だ。
「ヤモリの黒焼きみたいだがね」
シャチョーがぼそりと言う。
「シャチョーはヤモリ食ったことあるんドワ?」
「あるわけないがね!」
ガン鉄のツッコミを、ケンタが軽く手で制した。
「いくぞ。麻痺毒攻撃だけは気をつけろ」
言った直後――
カエルグールの口がぱかりと開く。
ビュンッ。
黒光りする長い舌が、鞭のように伸びた。
「うぐわっ!?」
「ドワッ!?」
先頭にいたシャチョーとガン鉄の身体が、同時にびくんと跳ね、
次の瞬間、二人そろってその場にひっくり返る。
「おいおい、盾役がいきなり麻痺すんなよ」
タクヤが呆れつつ、ひっくり返ったガン鉄の脇腹を軽く蹴る。
「ほれ、起きろ。麻痺解除だ」
「もっと優しい解除方法ないドワ?」
ガン鉄が涙目で訴える。
ケンタも、ひっくり返っているシャチョーの脇腹をコンッと蹴る。
「いってぇがね!? わては美女のチューで目覚めたかったがね!」
ガン鉄は脇腹をさすりながら起き上がり、盾を構え直す。
シャチョーもぶつぶつ文句を言いながら短剣を抜き、前に出た。
「後ろADD!」
結の声が飛ぶ。
通路の暗がりから、別のアンデッドカエルがぴょこん、と顔を出していた。
徘徊タイプの敵――見つかると、戦闘に割り込んでくるやつだ。
「わし、スリープの時間管理とか苦手なんじゃがのお……」
ログ爺がぼやきながら、杖を前に突き出す。
「スリープ!」
白い光がふわりと広がり、
飛び込んできたアンデッドカエルの瞳が、とろんととろけた。
カクン、と首を垂れて立ったまま寝る。
「ここADD多いから急ぐぞ!」
ケンタは前衛の位置を確認しながら、素早く詠唱に入る。
「レイズ・ストレングス!」
淡い光がガン鉄とシャチョーの武器に宿り、その腕力を底上げする。
続けざまに、ケンタは自分も前に一歩踏み込んだ。
(アンデッド相手なら……クレリックも火力職の端くれだ)
「バニッシュ・アンデッド!」
放たれた聖光が、カエルグールの黒い皮膚を焼くように掠める。
盾役のガン鉄が正面から押さえ、シャチョーが背後から急所を狙う。
後方からはタクヤが呪術で敵の攻撃速度や移動速度を阻害する呪術をかけ、結が要所要所に矢を射込む。
ケンタは合間にヒールを差し込みつつ、
隙を見ては聖属性の攻撃魔法を撃ち込んでいった。
奮戦は続き――
ようやく、一本目のHPゲージが削り切られた、その時。
「また後ろ! 今度はマギタイプみたい。杖持ってピカピカしてる!」
結が視界の端に光を捉え、声を上げる。
通路の向こうに、ボロボロのローブをまとったカエル族の魔術師――
杖の先に、いやな色の光を灯したアンデッドが立っていた。
魔法使いタイプの敵は、射程内ならそれ以上近づいてこない。
遠くから攻撃魔法を撃ち込んでくるため、戦闘範囲が広がってしまい、
結果として、周囲の敵を巻き込みやすいのだ。
「マギはHPが少ないから先に片付けよう。ガン鉄、そのままグールを抑えててくれ!」
「任されたドワ!」
ケンタは素早くシャチョーと結に指示を飛ばす。
「マギを先に落とす。シャチョー、結、あいつを先に頼む!」
「了解だがね!」
「任せて!」
シャチョーの放ったバックスタブが、マギのHPを大きく削る。
そこへ結の矢が急所に的中しHPを消し飛ばしていく。
そうこうしているうちに――周囲の棺から、別のアンデッド蛙たちが、じわじわと這い出してくる。
「ひぃ、こっちにも来おった!」
三匹までのアンデッドを眠らせているログ爺が、悲鳴混じりに叫ぶ。
「三匹以上はムリじゃぞい! どれが残り何分じゃったか、わからんようになってきたわい!」
結が矢を放ちながら、ふと振り返る。
「えー? アンちゃんはゴブリン五匹以上寝かせた上に、チャームも管理してたけど……」
ログ爺はムスッと顔をしかめた。
「よそはよそ、うちはうちじゃ……!」
ぶつぶつ言いながらも、なんとかスリープを掛け直していく。
そうしているうちに――
カエルグールのHPゲージは、最後の一本だけが残る状態になっていた。
ありがちだが、そのタイミングは――
ボス級モンスターの攻撃パターンが切り替わる合図でもある。
カエルグールが、不意に動きを止める。
ぱくり、と口が大きく開いた。
「また、舌の麻痺毒攻撃ドワん!?」
「いや、ブレスだ! 全員、正面から退避!」
ケンタが叫ぶと同時に――
口の奥から、黄色と緑がまだらに入り混じった奔流が迸った。
毒と麻痺の入り混じったブレス。
前衛のいた位置を、なぎ払うように吹き抜ける。
正面で受けたガン鉄は、盾を掲げて必死に耐えた。
ブレスが収まる頃には――盾の表面は、ボロボロに腐食していた。
「もう一度は、さすがに持たんドワ……」
ガン鉄が苦い顔をする。
「やれやれ、カエルがドラゴンの真似するとはね……」
「両生類と爬虫類、近いっちゃ近いから……」
ケンタが冷や汗をかきつつ軽口を返す。
「ここからはスタン厚めで押すぞ!」
「おうよ!」
タクヤのスタンが入り、ガン鉄はバッシュで畳みかける。
シャチョーと結はアタッカーとして火力を集中し、ヘイトを抑えたまま削り続ける。
ログ爺は相変わらずスリープの更新で大わらわだ。
「そろそろこっち掛け直しじゃったか……いや、あっちか……?」
「ログ爺! 迷うな! どっちでもいいから早く!!」
ケンタは全員のHPを管理しつつ、タクヤのスタンに合わせてガン鉄にもヒールを細かく入れていく。
『カエルグール』のHPは滑らかに減っていき、
そして――
最後のブレスも、スタンとバッシュで潰される。
カエルグールは
なす術もなく、光の粒子となって霧散した。
残ったのは、小さな宝箱と――
「……ありゃ、どっちのカエルが寝かせたばかりで、どっちが起きそうなんじゃったか……」
まだスリープ更新順と格闘しているログ爺だけだった。
* * *
ケロック下層の通路に、ようやく静けさが戻った。
カエルグールも、さっきまでログ爺が眠らせていたアンデッドたちも――
すべて片付け終えた直後だった。
「ふぅ……終わったな」
タクヤが深く息を吐くと、ヘロヘロ顔のログ爺が杖をついて壁にもたれた。
「スリープ管理はこれだから年寄りにはこたえるわい……」
ケンタは周囲を確認し、安全を確かめると軽く頷いた。
「よし……『聖なる真珠の欠片』無事ゲットだ」
ケンタは真珠の欠片を握りしめ、仲間を振り返る。
「次のステップに進もう。残りは『腐った司祭』だ」
「この世界のお偉いさんって腐ったのばかりなのね……」
「リアルもわりとそうだろ?」
タクヤが軽口を叩きながら、全員に『狼の魂』のバフを順に掛けていく。
「それは……笑えないがね」
シャチョーが肩を落としつつ嘆息する。
そんな中、ケンタは歩みを止めて振り返った。
「次の目的地なんだが、ちょっと問題がある」
「なーに? 遠いの?」
結が首をかしげる。
「『眠らぬ不死者の館』の手前で、まあ遠いには遠い。
でも、本当の問題はそこじゃない」
「じゃあ何?」
「司祭が居る神殿が――湖の底なんだ」
「…………」
「えっ、水の中!? 息続くの?」
結が問題を理解して驚く。
EOFでは水の中に入ると呼吸ゲージが出現し、時間と共に減っていく。
呼吸ゲージが空になると、今度はHPゲージが減っていき、こちらが空になれば溺死が待っている。
ケンタはタクヤとログ爺を指差す。
「タクヤとログ爺が水中呼吸のバフを使える」
その言葉に、一同が先ほどのスリープ地獄を思い出して……微妙な表情になる。
「……それ掛け直しとか忘れない?」
「もし、はぐれたらどうするがね?」
現実味のある心配が飛んでくる。
ケンタは苦笑してうなずいた。
「だから、その魔法が使えない俺たちは――アイテムが必要なんだ」
「そんな便利なアイテムあるの?」
結が身を乗り出す。
「ある。『水魚の耳飾り』っていうんだが……これを手に入れる方法にも、問題があってな」
「問題だらけなのね……」
結が呆れ顔で肩を落とす。
「まあ、現場で説明するよ。とりあえず――『セレノスの丘』まで戻るぞ」
一行は湿気と翳りのこもるケロックの迷宮を後にし、次なる水底の神殿への準備を整えるべく歩き出した。
* * *
一行は『セレノスの丘』北西部にある、小さな池へとやってきた。
水面は風一つなく、静かに景色を映し込んでいる。
池の対岸には、簡素な木造の小屋と短い桟橋が伸びていた。
その先端で――
バーバリアンのおっさんが、どっかり腰を下ろして釣り糸を垂れていた。
「ここか……」
ケンタが足を止める。
「あのNPCが『水魚の耳飾り』を持ってるんだが、クエストとかで貰える手順が、いまだに判明してないんだ」
「つまり、やっちまえばドロップすんだな?」
「ええーっ! バーバリアンの親密度とか落ちないの?」
結が慌てて声を上げた。
「……結構落ちる。
だから、こないだのイベントでフロストホルンの親密度を稼いでおきたかったんだよな……」
ケンタが頭をかきながらぼやく。
「ちょっと待ってよ、一応話聞こ?」
結が眉をひそめる。
「いきなり殴るのは、さすがに可哀想じゃない?」
「いや、あのおっさん、ネームタグ真っ赤なんだよ」
ケンタは池の向こうを指さした。
「問答無用で襲ってくるぞ?」
「え? 私には緑色に見えるよ?」
「……は?」
ケンタは固まり、目をこすった。
「まじか?! 俺からは真っ赤なんだけど!?
ほら、ほらほら、頭の上!」
「ほんとに? 優しそうな緑に見えるけど……」
結が小首を傾げる。
「じゃあ、みんなはここで待ってて。とりあえず、話してみる」
「お、おい、気をつけろよ?」
「何かあったら、すぐ引き返せよ?」
ケンタとタクヤが、思わず声を揃える。
結は軽く手を振ると、池の縁に沿って回り込み始めた。
残った一同は、池のこちら側から、
結がバーバリアンのおっさんに話しかける様子を、固唾を飲んで見守った。
――釣り糸を垂れたままのおっさん。
――ぺこりと頭を下げる結。
――一瞬の間。
――そして、おっさんが何かを取り出して、ぽん、と結の手のひらに置いた。
結はもう一度、深々とお辞儀をすると、
足取り軽くこちらへ戻ってきた。
「くれたよ」
「……は?」
ケンタが間抜けな声を出す。
「だから、挨拶したら、くれたよ」
結は首をかしげながら、自分の長い耳を指さした。
白い小魚を模した、小さなイヤリングが揺れている。
鑑定するまでもない。
『水魚の耳飾り』で間違いなかった。
「ええーっ! クエストもいらないのか!?」
「よし、俺も緑に見えるから、もらってくるわ」
タクヤがそう言うと、同じように池を回り込んでいく。
しばらくして戻ってきた彼の耳にも、
同じ白い小魚のイヤリングが、ちゃりんと揺れていた。
「ずり〜がね!」
シャチョーが地団駄を踏む。
「なんでうちらは赤なんだて! 心はこんなにピュアなのに!」
「スキークエスト諦めるんじゃなかったな……」
ケンタが遠い目をした。
「フロストホルンの親密度上げてたら、俺たちも緑だったかもしれん……」
「でも、あのコースはあのコースで、無理ドワん」
ガン鉄が即答した。
「白い塗り壁にしか見えんかったドワ」
「となると――結局俺たちは水中呼吸バフ頼み、ってことか……」
ケンタがログ爺とタクヤを交互に見る。
「スリープとちごて、味方のバフなら自己申告できるから問題ないじゃろ」
「しかし、水中呼吸の更新忘れたら、溺死確定だからな……」
タクヤが苦笑しつつうなずく。
「まあ、二人で分担すれば、なんとかなるだろ」
「お互いお見合いして失敗する未来が見えるんだが……」
ケンタが頭を抱えた。
「大丈夫大丈夫、最悪になったら、わたしが人工呼吸してあげるよ!」
結がケンタの背中をばんばん叩く。
「結ちゃん、ピュアなうちにもぜひお願いだがね!!」
「全然ピュアじゃないドワん」
そんなやり取りを交わしながら――
一行は、セレノスの丘を後にし、妖精大陸の湖へ向けて歩き出した。
目指すは、常に霧をたたえた巨大な湖――
『魔女の大釜』。
その湖底に沈んだ神殿で、『腐った司祭』が、静かに彼らを待ち受けている。
(つづく)
――第四十一話あとがき
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
『トーチ』のクレリック、ケンタです。
後編は来週火曜日のお昼頃に投稿予定です。
いよいよ――ラストソリューション、炸裂するぜ。
ここまで来たら、ぜひ続きも読んでくれると嬉しい。
もし少しでも楽しんでもらえたなら、ブクマや★で応援もらえると……
ヒーラーとしても、人としても、めちゃくちゃ励みになります。
しかし、参ったな……。
俺、実の母親にもあんな甘やかされ方はしたことないよ。
いや、ヒーラーって地味だと思われがちだけど、案外こういうカオスが多いんだ。
――楽しいぞ?
で、まあその……問題がひとつあってさ。
ドワブーツを脱いでも、変身が全然切れないんだよ。
このままずっとチビ仕様なのか……?
正直、困る。
そういえば、あの“加護”の内容をまだ読んでなかったな。
【女神の騎士の加護】
先に付与されていたプラス効果のバフを永続化する。
…………。
……いや、永続化はやりすぎだろ!?
――ケンタ




