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第四十話:聖職者の証(前編)

 『ルーイン・ゴート』のホールには、今日も冒険者たちのざわめきが満ちていた。


 その中央――丸テーブルを囲む『トーチ』の面々は、珍しく真剣な表情で向き合っていた。

 次の攻略ダンジョンをどこにするか決めよう、という話になっていたのだ。


「……みんなにお願いがある……」


 静けさを断つように、ケンタが深々と頭を下げた。


「ど、どうしたの、そんなキチーンとかしこまって?」

 結が目を丸くする。


 ケンタは顔を上げ、意を決したように言った。


「……『叙事詩クエスト』を手伝って欲しい」


 その場の空気が止まる。


「クレリックのやつか?」

 タクヤが渋い顔で腕を組む。

「途中に異次元レイドがあって、最後はラストドラゴンのねぐらだぞ。あれ今の戦力じゃ無理だろ」


「途中まででいい。『天空城』は……なんとかする」


 ケンタはもう一度、深く頭を下げた。


「乗った! 面白そうだがね!」

 シャチョーが真っ先に手を挙げる。


「て、『天空城』って言った?!」

 結の目が、一気に星みたいに輝く。


「行ってみたーい!」


「しゃーねーな……ほんとに途中までだぞ?」

タクヤが呆れながらも頷いた。


「すまん……みんな、ほんとにありがとう」


 ケンタが礼を述べたその時――


「でも……なんでまた急に、ですの?」

 カグヤが小首を傾げる。


 ケンタは視線を泳がせながら、


「その……あの……一応、あれば便利かなーって……」


「委員長が『叙事詩』進めてたの聞いて、羨ましくなったんだろ?」

 タクヤがあっさり刺す。


「いや、その……そんなことは……」


(注視)


(沈黙)


「……はい、すいません。かっこいいので……欲しいです……」


 ケンタはがっくり項垂れ、三度目の深いお辞儀。


 すると――


「正直でよろしい!」

 結がニッと笑って、ケンタの背中を思いきり叩いた。


「いっ……痛っ?!」


「いいじゃんいいじゃん、かっこいい装備は正義だよ!

 ――よし、行こっ! 『天空城』!!」


 こうして、ケンタの叙事詩クエストは静かに幕を開けるのだった。


* * *


 ケンタたちは叙事詩クエストを開始させるため、セレノス神殿へと足を向けた。


 白い大理石の回廊を抜け、光の祭壇に近づくと――

 そこには神託の巫女が静かに立っていた。


 本来なら頭上に金色の『?』マークがふわりと浮かぶはずだった。


 はずだったのだが。


「……なんで灰色なんだ?」


 巫女の頭上には、くすんだ灰色の『?』が揺れていた。

 その下には黄色のネームタグで『デルフィーネ』

とある。

 ケンタは慌てて駆け寄り、声をかけた。


「やあ、デルフィーネさん!」


 巫女デルフィーネはちらりとケンタを見上げ――


「……背神者と話すことはない」


 氷のように冷たい声で言い捨てた。


「えええっ!?なんでだよ!?」


 ケンタが素っ頓狂な声を上げる後ろでは、一同が「あ〜……」という顔をしていた。


「まあ、そうなるよねー」

 結が苦笑する。


「神像を掘るゆうた首謀者だでな」

 シャチョーが得意げに言う。


「アンタも実行犯でしょうが!!」

 結がシャチョーの背中をバシーンと叩く。

 乾いた音が神殿内に響く。


「……困ったな」

 ケンタは腕を組んで唸り、デルフィーネの冷たい視線に耐えながら天井を見上げた。

 そして、ふっと何かを思い出したように指を鳴らす。


「そうだ。『司祭に賄賂』クエストで親密度を上げればなんとか……シャチョー、現金引き出してくれるか?」


 きょとんとした顔で、シャチョーが首をかしげる。

「現金? あんまないでよ?」


「え?なんで?」


「ルビー・アイで全部銅貨にして引き出せゆーたのはケンタやて」


「あ……そういえば……」

 ケンタは遠い目になる。


「じゃあ、また『指輪の魔王』の複製を売れば――」


「あ〜ダメダメ!」

 シャチョーが手をぶんぶん振る。

「あれ売りすぎて相場崩壊しとるでよ。今じゃ買い取りもされゃせんわ〜」


「国家規模の資金源だったのに、もう破綻か……」

 タクヤがニヤニヤしながら言う。


「どうするの? いいソリューションないの?」

 結が首をかしげる。


「“保留しよーん”というソリューションしかないな」

 ケンタは頭を抱えながら冗談を言ったが、誰もツッコまなかった。

 そして、神託の巫女は無言のまま、頭上の灰色の『?』だけが淡々と揺れていた。


* * *


 巫女デルフィーネに門前払いを食らったケンタは、

 肩をガックリ落としたまま『ルーイン・ゴート』へ戻ってきた。


「さて、現状を整理するぞい」


 ログ爺はホワイトボード窓を開き、二つの単語を書き、それぞれを四角い枠で囲った。


【神殿系クエスト】

【反神殿系勢力狩り】


 ログ爺は、上段の【神殿系クエスト】に二重線を引いた。

「神殿関係者のケンタへの親密度は、もう敵対手前まで落ちちょる。

 つまり――神殿系のクエストは一切受けられん」


「そんな……」

 ケンタはゆっくり額を押さえる。


「では親密度を上げる方法は何か。残るのは――こっちじゃ」

 ログ爺は下段を指先で軽く叩いた。


【反神殿系勢力狩り】


「神殿の敵を狩って、貢献度で挽回するしかないのぉ」


「反対勢力って……具体的にどこなんです?」

 ケンタが弱々しく尋ねると、ログ爺は指折り挙げていく。


「ワシの記憶では――

 下水に潜んどるカオス系ギルド。

 お布施の額で揉めておる商工会。

 珍しいところでは……銀行かの」


「銀行!?」

 結が目を丸くする。

「なんで神殿と銀行が仲悪いの?」


「運営母体がゴブリンじゃからよ」


「……あー、そういえば本店ルビー・アイだったね……」


 ケンタは青ざめた顔でうなだれた。

「商人も銀行員も狩れない……

 市場も銀行も使えなくなったら……生活が詰む……」


「じゃあ、シーフギルドやネクロマンサーのNPCは?」

 タクヤが探るように言う。


「下水が拠点とはいえ、街中の高レベルNPCが敵対化したら洒落にならんぞい」

 ログ爺は肩をすくめた。


「八方塞がりだがね……」シャチョーが苦い顔をする。


 ケンタは机に手をついたまま、深く息を吐いた。


「……ほんとにどうすれば……」


 酒場の喧騒の中で、そのテーブルだけが妙に重たかった。


* * *


『ルーイン・ゴート』の空気が沈んだまま固まりかけた、そのときだった。


 意外なところからヒントが転がり込んだ。


「デルフィーネは子供好きであるのね」


 暖炉の前でホットイチゴオレを両手で抱えたセレネが、ぽつりと言った。


「神殿孤児院の院長でもあるのであるのね」


「子供なら親密度補正あるってことか……」

 ケンタが軽く声を弾ませる。

「さすがセレノスっ子のセッちゃん!」


「えへへ、もっとほめるのなのね」


 セッちゃんが照れて足をぶらぶらさせる。


 ケンタはその様子に目を細め、セッちゃんの頭をそっと撫でながら、優しく褒めちぎりに入った。


「まさに、救いの神! よっ、女神っ子!」


「いや〜それほどでも〜あるのね」


 ほんわかした空気が漂う。


「まあ冗談はさておき、子供ってアキラたちに頼むのか?」

 タクヤがケンタに問う。


「いや……クエストは俺が受けなきゃ意味ない……」


「じゃあダメじゃん」

 結が軽くツッコミを入れた。


「そこで、こういうソリューションはどうドワ?」


 ケンタはドワブーツを取り出し、その場で装着した。


「どうドワん!」


「いや、そんなヒゲもじゃの子供おらんがね」

 シャチョーが苦笑する。


「ヒゲは剃ればいいのさ」


 ケンタはすぐ客室に走り、ヒゲつるつるで戻ってきた。


「どうよ!」


「おお、ナイス、ソルーション!ケンタ童顔だから子供っぽく見えるがね」


「身体は子供、頭脳は大人かよ」


「中身も子供っぽいけどね」

 結がきっぱり言った。


 一同は静かに頷くほかなかった。


* * *


 小さな身体に、真っ白な聖職者のローブを羽織ったケンタは、再び神殿を訪れた。

 まるでクレリックにコスプレした子供である。


 デルフィーネが視界に入る。


「まあ、おチビなクレリックちゃん――なんて可愛らしいのかしら」


 先ほどとは打って変わって、対応が柔らかく……などというレベルではなく、完全にデレデレである。


「今日はどうしたの? お薬? 毒消し? それともお姉さんのお告げを聞きたいの?」


 ケンタはもじもじと遠慮がちに、『キーワード』をそっと問いかけた。


「うん、えーと、素敵なお姉さん。僕は『真理を探究』したいんだ」


 一瞬、デルフィーネの表情が固くなる。


(う、バレたか?)


 子供がいきなり叙事詩クエストのキーワードを持ち出すのは、さすがに無理があったか――ケンタが内心で舌打ちしかけたその瞬間。


「まあ、子供だとばかり思っていたのに、なんて立派なことを言うの!」


 デルフィーネは感激したらしく、涙をボロボロこぼしながらチビケンタを抱きすくめた。


「グスン……いいでしょう、可愛い子には旅をさせろと言います」


 涙目で鼻水をすすりながら続ける。


「試練を与えます。

 まずは、腐敗した巨人・腐敗したカエル族・腐敗した司祭……

 それぞれを浄化して、証を持ち帰りなさい……わかった? ぐすん」


 ケンタはニマッと笑って答えた。


「うん、わかったよ、デルフィーネさん」


 それを聞くと、デルフィーネはさらに号泣しながら続ける。


「こんなおチビちゃんに、試練だなんて……本当にごめんなさいね……」


 ケンタがみかねてハンカチを差し出すと、

 デルフィーネはさらに感涙し、そのハンカチで思いきり鼻をかんだ。


「こうなったら、特別です。このデルフィーネがお供しましょう!」


(ええええっ!? エスコートクエストじゃなかったはずだが……)


 予想外の展開にビビるケンタ。


「いや、それはいいよ、デルフィーネさん……」


「そんな他人行儀は良くないわ。フィーネお姉さんとお呼びなさい」


 ぐい、とチビケンタの手を引き、神殿の外へ歩き出すデルフィーネ。


 その頭上には――

 最上位の親密度を示す若草色のネームタグが、静かに揺れていた。


――――――――――――――――――――――――

【聖職者の証】【クレリック叙事詩クエストⅠ】

依頼者:デルフィーネ

依頼内容:腐敗した巨人・腐敗したカエル族・腐敗した司祭……それぞれを浄化して、証を持ち帰りなさい。

難易度:★★★★

報酬:純潔たる聖職者の証

――――――――――――――――――――――――


* * *


 「うっわー、すごい匂い……」


 結が顔をしかめる。


 セレノスの丘はただ一体のゾンビによって腐臭に満ちていた。


「ヒルジャイアントのゾンビだしな……やれやれ」


 タクヤが丘の向こう――三角帽子だけ見えている巨体を指さす。


 『セレノスの丘』一帯に腐臭を撒き散らし、楽しげにスキップしている巨人のゾンビ――

 それが『腐った巨人』である。


「クレリックがエピッククエ始めると、全世界が臭くなるんだがね」


「巨人系モンスターの沸くスポットにゾンビタイプが出るようになるからな……」


 チビのままのケンタが解説する。


「まあ、賢いのね、おチビちゃん」


 デルフィーネはケンタの頭をなでなでし、ついでに頬ずりまで始めた。


「世界中って、大迷惑だね……」

 結が苦笑する。


 ちなみに中身がダークエルフのカグラであるカグヤは、聖職者NPCと行動を共にするのはリスクが高いので、適当な言い訳でお留守番である。


「装備に臭いが移るドワ……」


 ガン鉄がぼやきながら盾を構え、『腐った巨人』へ斬りかかろうとする――が。


「我らが守護神セレネ=エテルナの名を以って命じます! お逝きなさい!」


 天から眩白い光の柱が降りそそぐ。


「月下転生!」


 いつの間にか白銀の鎧を身にまとったデルフィーネが、月のように淡く光る聖剣を振り下ろしていた。


 『腐った巨人』はその光に飲まれ、塵すら残さず消え去る。


 ぽかーんと立ち尽くす一同をよそに、デルフィーネ――いや、デレデレフィーネはチビケンタを抱き上げると、頬ずりしながら頭をなでた。


「おチビちゃん、怖かったでちゅね〜。でも大丈夫、このフィーネお姉さんがみーんな天上に逝かせてあげるわ♡」


「こりゃ楽そうでええがね」


 出現した宝箱を開けながらシャチョーが苦笑する。


 その箱へ、デルフィーネが開ける前にそっと手をかざした。


「囁き・祈り……パーフェクト・フォーチュン!」


 出たアイテムは『贖罪の聖印』――クレリックエピックのクエストアイテムである。


「はーい、当たりー! これはなくさないようにお姉さんが預かっておくわね」


「全自動かよ……」


 タクヤが、ジタバタしているチビケンタを眺めながら堪えきれずに笑う。


* * *


 次の目標は『腐ったカエル族』。

 目指すは、カエル族のアンデッドが溢れるケロック下層である。


(つづく)


――第四十話あとがき


最後まで読んでくださいまして、心より感謝申し上げますわ。

セレネ=エテルナ様の代弁者、信託の巫女デルフィーネです。


次回はこのお話の途中ですが、バレンタインデーに閑話が用意されているそうですよ。

そちらも読んで頂けると嬉しいです。


このお話の中編は来週火曜日のお昼頃に投稿される予定ですの。

そちらでも――ええ、わたくしが大いに務めを果たします。

あの地には、知己もおりますので……ふふ、少々腕が鳴りますわね。


続きもお読みいただけましたら、このデルフィーネ、たいへん嬉しゅうございます。

もし少しでも楽しんでいただけたのなら、ブクマや★で応援してくださいますと、巫女としても励みになりますの。


さて……この街セレノスの繁栄は、すべてセレネ=エテルナ様のご加護あってこそ。

それなのに先日やってきた“背神者”たちときたら……。

よりによって、セレネ様の御姿を模した神像を――掘削し尽くしたのです。

あの時の怒り、わたくし、今思い出しても胸がざわつきますわ。

ああいった輩に協力など、未来永劫――絶対に、ありえません。


ところで、最近の御神託が……いえ、その……深刻なものではありませんのよ? 本当に。

ただ……ふかふかのマフィンとか、いちごオーレとか……甘味関連のお告げばかりが降りてきまして。

わたくし、どう解釈したら良いのか毎回困っておりますの。


神聖神託解釈会議でも、

「これは天変地異の前触れでは!?」「世界再創造の兆しか!?」

と、大騒ぎでして……わたくし、ますます困っております。


いったい、何を示しているのでしょうね……セレネ様?


――神託の巫女 デルフィーネ


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