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閑話:白銀のオリンポス

 『セレノスの丘』から『ブラック・ボトム』へ入り、その地上部分を通り抜けると、空気が一変した。

 視界の先に広がるのは――白銀の世界。


 吹き荒れる雪煙が地表を覆い、谷を白く沈めている。

 ここは『吹雪の谷』。

 その北端に、巨大な“影”がそびえ立っていた。


 オリンポス山――火星最大の山、いや太陽系の最高峰である。


「……ほんとに行くの? 私スキー初めてなんだけど……」

 結が雪山を見上げながら不安げに呟く。


「もちろん行くさ。季節限定イベントなんだぜ」

 ケンタが嬉々として答える。

「それに、今後のためにも必要なんだ」


 その横で、吹雪でも意に介さない薄着のバーバリアン、ユメゾウがのそりとあくびをした。

「んだ……オリンポスに挑むのは、わの里(フロストホルン)の通過儀礼だべ……」


 ベルウッドが腕を組んで胸を張る。

「んでよ、これ滑れねぇとフロストホルンの親密度がちっとも上がらねぇんだ!」


 ユメゾウが眠たげに頷く。

「んだんだ……親密度、上げねぇと……叙事詩クエ……門前払いだべ……」


「早ぇ話、ここスルーすると後で地獄見るってこった!」


「なんでスキーが通過儀礼なの……?」


「知らん。けどフロストホルンの連中は言ってたぞ。

 “滑れぬ者に極北は守れぬ”……ってな」


「そういう文化らしいぜ。まあ……やるしかないな」


 ――そう。

 早い話、一行は火星の最高峰にスキーをしに来たのである。


「これリフトとかないの? まさか徒歩登山?」


「まさか、普通のリフトじゃ何日も座りっぱなしだぜ。徒歩なんて論外だ……」

 ケンタはそう言いながら、前方のロッジを指差す。

「あそこの山小屋に頂上への転送陣があるんだ」


「道具もレンタルできるぜ」


「そこはすごいカジュアルなのね……」

 結は少しだけほっとする。


「ついでに山頂の山小屋では名物のオリンポスカレーが食えるぜ」


「楽しみだわ……」

 カグヤが舌舐めずりをしつつ黒いウェアを整える。


「山頂って高さどれくらいなの?」


「標高二万七千メートルだったかな? エベレストの三倍くらいだ」


「えっ、エベレストの三倍!? デスゾーンとか大丈夫なの?」


 エベレスト登山の過酷さを描いた映画を思い出して不安になる結。


 ちなみに、デスゾーンとは標高八千メートルを超えるエリアのことで、生身では生命を維持するのが困難なため、そう呼ばれている。


「まあ、その辺はゲームの仮想空間だから……」


「早く行きましょう。カレーが待っているわ」


 妙にテンション高めのカグヤに促されて、一行は麓のロッジへ向かうのであった。


* * *


 山頂への転送陣を抜けた瞬間、一行の目の前に広がったのは――果てしない白銀の斜面だった。


「おおっ……これは絶景……」

 ケンタが感嘆の声を漏らす。


 しかし、その横。

 結はもちろん、他にもやけに無言で固まっているメンバーがいた。


「……なんでみんな黙ってんの?」

 結が訝しげに見回す。


 まず、腕を後ろに組んで景色だけ眺めているガン鉄。

 その額には不自然なほど薄い油汗が浮かんでいる。


「ガン鉄さん、スキー経験は?」

「…………ないドワ」


 続いてシャチョー。

 さっきから視線が泳ぎ、口がへの字のまま固まっている。


「シャチョーも……?」

 問いかけると、シャチョーはぼそりと言った。


「いやぁ……名古屋にはスキー場なんて無いがね。

 雪見たらテンション上がるけど、滑る文化はないでよ……」


 言い訳しながら、目は完全に斜面から逃げていた。


 さらには、ここまで威勢の良かったバーバリアン兄妹――

 ユメゾウとベルウッドまでもが、斜面を見つめて沈黙していた。


「二人も……滑ったことないの?」

 結が問うと、ユメゾウは小声で言った。


「……雪山はよう歩くけど……滑る文化は、ねえべ……」

「わっちも……こんな長い板、初めて持ったど……」

 ベルウッドまで視線をそらした。


 ――つまり。


この場で、頼れそうな経験者は、ケンタ、タクヤ、カグヤのわずか三人だけだった。


「これは……まず初心者教室だな。……タクヤ、頼めるか?」

 ケンタが期待をこめて振る。


「あ、俺スノボだから無理!」

 タクヤは即答だった。

 反応が速すぎて逆に腹が立つレベルだ。


「じゃあカグヤさんに……あれ? いないし……」

 ケンタが振り返ると、黒いウェアの姿は跡形もなかった。


 ――山頂ロッジのほうから、オリンポスカレーのスパイスの香りが漂ってくる。


「……もう食ってるな、あれ」

 タクヤが肩をすくめる。


こうして、残された“経験者”は事実上ケンタ一人となった。


「じゃあケンタが教えてくれればいいじゃない。

 なんでそんなに人に振るの?」

 結がじとっとした目で見つめる。


「……あ、さてはケンタも教える自信ない?」

 さらに鋭い視線。


「そ、そそそ、そんなことはないぞ! 俺は中級者だし!」

 ケンタが目をそらしつつ胸を張る。


 その様子を見て、結の体育会系の勘が冴え渡った。


「へー。じゃあリアルではどこの板履いてるの?」


「どこのって……いつもレンタルだけど……」


「うちの大学の先輩がスキー場でバイトしてるんだけどさ――」

 結は淡々と続けた。

「その先輩が言ってたよ。

 “レンタル借りてる時点で中級者じゃない”って!」


「ぐぉっ……!」

 ケンタが胸を押さえてよろめいた。


 その横で、シャチョーがぽつりと呟く。


「結ちゃん……全国うん万人の自称中級者の心を、今えぐっとるがね……」


 雪山に乾いた風が吹き抜けた。


 どうする、どうなる――

先生不在の『初心者スキー教室』、ここに開講。


* * *


 結局、ロッジに置いてあった

『ゴブリンでも滑れる!かんたんスキー教本』を頼りに、ケンタが講師役を務めることになった。


「よし、まずはボーゲンからだ!」


 左右の板をハの字にして、内側のエッジでブレーキをかける初心者最強の滑り方。

 緩斜面なら止まれるし、曲がれるし、転んでも痛くない。


「ハの字〜……ハの字だべ……」

 ユメゾウが足をプルプルさせながら真剣に滑る。


「ベルウッド、板そろっちょる! もっと開け!」


「む、むずいど……!」


「ワシはここを守るドワ……」

 ガン鉄は、ずっとボーゲンのまま動かない。


「ちょ、ちょい待って……板、言うこと聞かんがね……!」

 シャチョーの悲鳴が雪原に響く。


 そんな中、ひときわ上達の早い者がいた。


「こう? こうでいいの?」


 結である。


 体育会系の体幹とセンスが炸裂し、ものの数分で安定したターンができるようになっていた。


「うわー気持ちいい〜!」


 ひょい、とほぼノーブレーキで滑り出して、

 雪煙を上げながら――くるりと優雅にターンして停止。


 ……もうケンタより上手い。


(おかしい……ボーゲンはこう……だよな?)

ケンタはこっそり教本を読み返した。


* * *


 少し休憩。


「このイラストのゴブリン可愛すぎない?」

 結が教本をぱらぱらとめくる。


「本物とはえらい違いドワ……」

 ガン鉄が真顔でツッコむ。


「ねーねー、この板揃えて滑るやつやってみたい〜」

 結があるページを指差す。


「パラレルな……まだ、早いんじゃないかな?」

 ケンタが冷や汗を流す。


「ちょっとだけだよー♪」


 そう言うや否や、結は教本をケンタに押しつけ、すでに滑り出していた。


 スッ――

 シャッ、シャーッ!


 板を揃え、左右のエッジを切り替えながら、美しいシュプールを描いていく。

 まるで長年やってきた人の滑り方だ。


 そのまま、軽快なリズムで山頂から少し下にある転送陣小屋まで優雅に滑り降りた。


「おおお……」


 一同が見惚れる中、ケンタはゴクリと息をのむ。


「お主は……ワシを超えた。

 もはや教えることはない……」


 まるで免許皆伝を授ける山の師匠のように呟くケンタであった。


* * *


 どうにか全員が最低限のボーゲンを会得したところで、一行は広大なコースのスタート地点に並んだ。


「ねえ、二万七千メートルって……これ、27キロ降りるってことでしょ?」

 結がふと気になって尋ねる。


「時速27キロでいけば、1時間ドワん?」


「いや、それ直角に落下してる距離だから」

 タクヤが苦笑しながらツッコんだ。


「裾野までだと三百キロくらいかな?」


「ええー! 一日じゃ絶対ムリじゃない?」


「ああ。だから途中のロッジに泊まって、10日くらいかけて降りる感じかな」


「10日も!?そんなに泊まる用意してないよ!」


「途中のロッジから麓に飛べるから、一旦帰ってつづきもできるぞ」


「なにそのカジュアルお遍路みたいなルール!」


「ちなみに各ロッジには温泉とか、名物料理とかがあるんだぜ。次のロッジはジビエハンバーグカレーだ」

 タクヤが解説すると……。


 ――いつの間にか、カグヤが横に立っていた。


「次、行くわよ! 今すぐ、行くわよ!!」


 言うが早いか、カグヤは勢いよく滑り出し、林間コースの奥へ吸い込まれていった。


「じゃあ、俺たちも行きますかね」

 タクヤがボードを装着し、木の葉のように軽やかに滑り降りていく。


「待ってよー! 私も行くよー♪」

 結もふわりと滑り始め、そのまま二人の後を追って行った。


 残されたのは――


 中級者先生と、初心者勢のみ。


「よ、よし……行くか……!」

 ケンタは震える初心者たちを励ますように言った。


「コースを……こ、こうやって……」

 ケンタは自分の板を示しながら、斜面を横切る角度を示す。


「端っこから端っこへ、ゆっくり “大きく横断” するんだ!

 正面に滑ると急すぎるからな!」

 登山鉄道のスイッチバックと向きは違うが、同じ原理である。


「お、おお……」

「これなら……なんとか……」

「ハの字、ハの字だべ……!」


 その説明どおり、一行は――


 斜面をゆっくりと“コースの端から端まで”横切りながら、

 超ジグザグで慎重に下り始めた。


「ケンタ……これ……道のりが長ぇど……」

「気にすんな! 安全第一だ!」


 こうして、初心者たちは長大な白銀のコースを“蛇行しながら”進み始めたのであった。


 ――その様子を、コース脇の雪に埋もれた木立の影から

 いくつもの小さな目がじっと見つめていた。


* * *


 冷えた空気が頬を撫でる。


 雪面は陽の光を反射してきらめき、辺り一帯を淡く照らしていた。

 コースの左右には、雪の重みですっぽり覆われた樹氷が並び、

 滑るにつれて――あっという間に後方へ流れていく。


 ふわり、とエッジを切り替えてターン。

 そこから連続で弧を描くと、景色がぐるりと回転し、

 胸の奥がふわっと浮く。


(……空を飛んでるみたい)


 風のように軽やかに雪を蹴り、白銀の斜面にしなやかなシュプールを刻む。


 真っ白なウェアの小柄な少女。

 ニット帽の下からは、ぴょこんと長い耳がのぞいている。


 ――結である。


 すっかりスキーの魅力に心をつかまれていた。


「うわー、これ楽しいー! 鳥になったみたい!」


 体重移動に合わせて板がしなり、応えてくれる。

 この感覚がたまらない。


 大きめの弧を描きながら緩やかに減速し、

 最後はさらりと雪煙を上げて停止した。


「ふーっ……!」


 息を整えつつ前を見ると、

 少し下に次のロッジがちいさく見えている。


 その近くには、黒い影が二つほど――

 カグヤさんとタクヤが、もうロッジの中に入ったようだ。


(早いなぁ……)


 結は上を見上げる。


 先ほど自分が滑ってきた長大な斜面を、

 ケンタたち初心者組がゆっくりと降りてきていた。


 距離はあるが、結はストックを掲げて大きく振ってみた。


「ケンターー!!」


 ……が、届いてない。

 いや、むしろ振ってることすら気づかれてない。

 全員、生存に必死である。


 結はしばらく見守っていたが、ふと眉をひそめた。


「あれ……?」


 数を数え直す。


 ケンタ、ガン鉄、シャチョー、ユメゾウ、ベルウッド。


 ――五人。


 のはずなのだが。


「……六人いる?」


 結は思わずつぶやいた。


 斜面をよく見る。

 最後尾に、小柄な灰色のウェアがひとつ。


 雪に同化してぼんやりしており、よく見えない。


 身長だけならガン鉄と同じくらい。


 だが――ガン鉄は今、ターンに失敗したらしく、


「ドワアァァァァァァァ!!」


 直滑降で先頭に躍り出て、派手に転んでいた。


 となると、あの灰色の影は誰なのか。


「何あれ? 雪男……にしては小さいか……」


 結はもう一度目をこすり、斜面を凝視した。


 しかし次の瞬間、風が雪煙を巻き上げ、

 その灰色の小さな影は――ふっと木立の方へ溶けるように消えた。


* * *


「六人いた?」

 ケンタが問い返す。


 皆はぽかんとした顔で首をかしげるだけだった。


「いやぁ、五人で間違いないがね」

「ワシも……なんも見とらんドワ」

「うちらもだべ。滑るので手いっぱいだったど」


 ケンタが眉を寄せる。

「じゃあ……ウサギかなんかじゃないかな?」


「でも、わたしは人型に見えたよ」

 結の声には、ほんの少しだけ不安が混じっていた。


「すると……イエティか?」

「ドワーフサイズの?」


「ほいなら……ベビーイエティかもしれんがね」


「このイベント、モンスターは絡まないはずなんだけどな……」

 ケンタが眉を寄せて斜面の上を見やる。


 冷えた風がひゅう、と足元の粉雪をさらった。

 自然と何人かがジッパーを引き上げる。


 西の空では夕日が雪面をじわりと染めている。


「まあ、中で温まってから話そう。暗くなってきたし」

 ケンタが一行を促す。


 筋肉痛の気配がする脚をかばいながら、皆ロッジへ歩き出した。


 ――その背後。

 雪に沈む木立の奥で、真っ赤な小さな目がじっと動きを追っていた。


* * *


 遅い夕食として、それぞれのテーブルには湯気を立てるジビエハンバーグカレーが並んでいた。


「ん〜……これ、うまっ!」

 結はハンバーグを切りながら目を輝かせる。


「そういえばさ、このゲレンデって誰が整備してるの?」

 スプーンを動かしながら結が何気なく尋ねた。


「ピコちゃんみたいなGMユニットじゃないか?」


「あの妖精サイズじゃ大変そうね……」


 結の脳裏に、

 ちっちゃいピコちゃんたちが、せっせと圧雪している光景 が浮かんだ。


 ――ちょっとほのぼのする。


「人海戦術かもな」

 誰かが冗談めかして言う。


 今度は、

 小妖精がびっしり横並びで隊列を組み、雪面を整える姿 が脳内再生され、

 結は思わず苦笑した。


「GMちゃんたちも大変だねー」


「魔法を使って整備するんじゃね?」

 タクヤがフォークを杖みたいに構えて言う。


「雪魔法? 楽しそうー!」


「そういや、結がさっき見た“六人目の人影”、あれが整備NPCかもな」

 ケンタが思い出したように言う。


「シャチョーがお尻で作った穴を埋めにきたのドワん?」

 ガン鉄がさらっと刺す。


「いやいや、ガン鉄がコースのど真ん中に掘った“落とし穴”のせいだがね!」

 シャチョーがすかさず言い返す。


「ワシは……あれは“事故”だと思っとるドワ」


 カレーの湯気と一緒に笑いが立ちのぼる。


「しかし結はすごいな。これなら明日のイベントも大丈夫そうだな」

 ケンタが顔を上げる。


「イベント?」


「明日の区間は、パーティ構成によってランダムイベントクエストが発生するんだよ」

 ケンタが説明しながらハンバーグを切る。

「近接が多いこのパーティだと……山賊イベントかもな」


「へえ〜、そんなのあるんだ」


「ちなみに次のロッジは、雪の下野菜スープカリーが名物だぜ」

 タクヤが皿を片づけながら言う。


「さっさと寝ましょう! 明日は早起きよ!」

 カグヤは目の前に積まれた空の皿の塔を返却口に返すと、そのまま部屋へ向かった。


「私も温泉入って寝よーっと」

 結も立ち上がって伸びをする。


 窓の外では、しんしんと雪が降りつづけていた。


 こうして――

 雪山の夜は、静かに、ゆっくりと更けていくのであった。


* * *


 翌朝――。


 結は一番に目が覚めた。

 寝起きの身体を伸ばしながら窓をのぞくと、雪が柔らかく積もった静かな世界が広がっている。


(……外、見てこよ)


 そっとロッジを抜け出し、冷えた空気を胸いっぱいに吸い込む。


 そのときだった。


 ロッジの前に、小柄な老人がひとり立っていた。


 雪明かりに照らされた白髪。背筋はまっすぐで、どこか気品がある。

 けれど、結はふと首をかしげた。


(……誰かに似てる気がするんだけど……)


 思い出せない。

 ただ、ほんのかすかな“面影”だけが胸に引っかかった。


 よく見ると――老人の下半身は 馬 だった。

 そして頭上には、金色の『?』マークが ぽつんと浮かんでいた。


「へえ……ケンタウロスのクエストNPCね」

 背後からカグヤの声がした。

「結ちゃん、もう起きてたの?」


「うん。外気持ちよくて」


 続いてタクヤも出てくる。大きなあくびをしながら。

「にしても……こりゃパーティ構成じゃなくて、最初に出てきたプレイヤーで決まるパターンだな」

 タクヤは老人が持つ弓を見て、ぽつりとつぶやく。


―――――――――――――――――

【雪月花の試し(雪の章)】

依頼者:ケンタウロスの長 ヤシチ

目的地:第三番ロッジ


依頼内容:

ここから、次の山荘まで制限時間内に滑り降りよ。

途中の七つの的すべてに矢を奉納すること。

魔法・呪術の類での的割りは無効じゃぞ。

なお、雪ゴブリンには気をつけるのじゃ。


制限時間:60分

難易度:★★★★

報酬:第三関門の通行手形(パーティ全員分)

―――――――――――――――――


「へえー……これは結ちゃん専用クエストね」

 カグヤが文面を読みながら微笑む。


(……山賊の方がぶっ飛ばすだけでいいから楽だったけどね)

 カグヤ(中の人カグラ)は心の中で付け足す。


「しかもクリアしないと先に進めない雰囲気だな。おい」

 タクヤがクエストウィンドウを閉じて、結へ向き直る。


「難易度高めだけど、どうする?」

 結は一瞬だけ空を見上げて――ぱっと笑った。


「もちろん、やるよ!

 だって……シーフードカレーのロッジまで、リタイアできないからね!」


「シーフードは五番目のロッジな。まだ先だぞ」

 タクヤがニヤっとする。


「私たちはサポートにまわるわ」

 カグヤはストックの代わりに杖をくるりと回して取り出した。


「ケンタたちは?」


「筋肉痛で動けないそうだ。『先に行ってくれ』だとさ」


「……まあ、昨日すごかったしね」

 結は小さく笑った。


 こうして、

 雪山に響く弓の試練――雪の流鏑馬クエスト が幕を開けた。


* * *


 朝食をしっかり摂ったあと、結・カグヤ・タクヤの三人は第二ロッジ前からクエストをスタートさせた。


 ロッジを出てすぐのところに、少し急な斜面があった。

 そこを滑り降りると視界がぱっと開ける。


 斜面の先にあったのは、五穀豊穣を表現した五色の板的に、稲穂や花が飾りつけられたものだった。


 結はストックをインベントリに仕舞い、愛用の弓を構える。


(いつもの射法だと……間に合わないかな?)


 結は斜面打起こしという射法で一気に会まで持って行き、矢を放つ。


 カーーン!


 板の的が真っ二つに割れた。

 そのままスキー板を走らせ、林間コースへ突っ込む。


 次のロッジまで三十キロ。六十分で抜けるには、のんびりしていられない。


 木立の間を縫うように滑っていくと、次の的が現れた。

 だが、その的が妙に揺れている。


 支柱の根元で、雪に紛れる灰色の生物――雪ゴブリンがゆさゆさ揺らしていた。


「……ベタな妨害」

 結が呆れた声を漏らす。


「ちょ、止める――!」

 タクヤが呪術を構えたが、滑りながらでは詠唱がキャンセルされる。

「マジか!?」


「大丈夫、任せて!」

 結は雪ゴブリンの揺らすリズムをじっと見た。


「いち、にぃ、さん……いち、にぃ――ココっ!」


 カーン!


 的が割れ、雪ゴブリンがひっくり返る。


「ボイル・ブラッド!」


 カグヤが追撃を入れると、雪ゴブリンは慌てて逃げ出すが、DoTの多段ダメージによって途中で力尽きた。


 結はそれを横目で確認しつつ、さらに加速する。


 林が終わり、視界が一気に開けた。

 眼前はかなり急な斜面。上から見ると壁のように感じるが――


「ひゃっほー!」


 結は一切の迷いなく飛び込んだ。

 暴れるスキー板を左右に振って速度を殺し、雪のコブに乗り上げた瞬間は小さく身をかがめて軽くジャンプ。

 ふわりと身体を伸ばし、きれいに着地する。


 後ろでカグヤとタクヤが目を丸くする。


「アレ、本当に昨日始めた初心者?」

「……そのはずなんだが……体育会系女子、パねえな」


* * *


 その後も――雪ゴブリンの妨害はじわじわと続いた。


 ひとつは、的の周りだけ不自然に雪がこんもり盛り上がっているパターン。

 近づいてみれば、雪の中に板の端だけがちょこんと出ている。


「隠してるつもりなんだろうけど……」

 結がため息をつきながら、埋まった的の中心を抜く。


 別の場所では、板的が地面にベタ置きされていた。

 支柱ごと倒して、横倒しのまま雪を被せてある。


「性格悪いわねぇ……」

 カグヤが呟く横を、結の矢がすっと通り過ぎる。


 カーン!


 倒れていようが、半分埋まっていようが――的は的だ。

 結は滑りを崩さず、矢だけを正確に通していく。


 お次は何かと思えば木の上で、からかうように的を振る雪ゴブリン。

「なんの!」


 カーン!


「ぴぎゃあ!」

 手に持った的を割られて、バランスを崩した雪ゴブリンは木から落下し、頭から雪に突っ込む。

 

 さらに進むと、支柱ごと引っこ抜かれた的が、雪ゴブリンの手でせっせと運ばれている場面にも遭遇した。


「こらー! それは持ち帰り禁止だってば!」

 結が叫ぶより早く、矢がゴブリンの背後から板を貫く。


 カァーン!


 ゴブリンの手から板的が滑り落ち、地面に突き刺さった。


「よし、六個目!」

 結は滑りながら矢筒を確認する。

「残り時間どれくらい?」


「あと三分……」

 タクヤがクエストウィンドウのタイマーをちらりと見て顔をしかめる。

「とはいえ、ロッジは見えてきたぜ」


 斜面の先――林が途切れた先に、第三番ロッジの屋根が小さく見え始めていた。


「じゃあラスト一個ね」

 結は息を整えつつ周囲を見渡す。


 ……が、最後の的が見当たらない。


「ないわね」

 カグヤが唇を尖らせる。

「またゴブリン共に持ち逃げされたかしら?」


「時間もねえし、手分けして探すしかねえな」

 タクヤがスピードを落とし、コース脇へとボードを向ける。


 三人はそれぞれ散開し、コース上とロッジ周辺をざっと見て回った。

 だが――どこにも「最後の一枚」は見つからない。


「ない……ロッジ前にもないよ」

「コース上も見落としは無さそうだな……」


 刻限だけがじりじりと迫ってくる。


「……あれ?」

 タクヤがふと、ロッジ裏へ伸びる小さな足跡に気づいた。


 子どものそれより少し小さい、ずんぐりした足跡。

 複数ではなく、一匹分だけが、雪の上にくっきりと刻まれている。


「おい、お前ら。こっち」

 タクヤは足跡を追ってロッジの裏手へ回り込んだ。


 そこには、薄く凍った湖が広がっていた。

 浅い霧が水面を這い、早朝の光をぼんやりと反射している。


 そして――。


「……マジかよ」

 湖を見下ろしたタクヤが呻いた。

「クリアさせる気ないだろ、これ……」


 湖の中央。

 岸から百メートルほど離れた場所に、小舟が一艘ぷかぷかと浮かんでいる。


 その小舟の上で、赤い帽子を被った雪ゴブリンが一匹、

 板的を高く掲げてニヤニヤとこちらを眺めていた。


 わざとらしく、板を左右に揺らして見せる。


「当ててみろってことね……憎たらしい」

 カグヤが吐き捨てるように呟いた。


「距離は……百メートルちょいってとこか」

 タクヤが目を細める。

「無理ゲー過ぎんだろ……」


「でも、やるしかないよね」

 結は静かに弓を握り直した。


 その瞳は、さっきまで遊び半分だったスキー少女のものではない。

 無数の的と向き合ってきた、射手の瞳だ。


「正射必中、行きます!」


 ここにきて、結は初めてスキルの使用を宣言した。


「魔法はダメって言われてるけど、スキルは禁じられてねーか……」

 タクヤが半ば感心しながら呟く。

「抜け道を見つけるあたり、ケンタと似てきたな……」


 その横で、結はゆっくりと射法を進めていく。


「正射必中――」


 弓を正面に打ち起こす。

 上げた弓を滑らかに引き分け――


 『会』に到達して停止する――動を秘めた静。


 周囲の音が遠のき、風さえも息を潜めたように感じた。


 青いソウルゲージが微かに震える。


 ジリジリと、時間だけが進んでいく。


「時間が……むぐっ」

 タクヤが思わず声を発しかけた瞬間、カグヤのグローブがその口を塞いだ。


 (静かにしなさい!)


 目がそう語っている。


 結の意識は、湖の中央、小舟の上の板的だけを捉えていた。

 照準の先で、赤帽子の雪ゴブリンが楽しげに小舟を揺らす。


 水面がうねり、的が左右にゆらゆらと揺れた。


(……大丈夫)


 風の向き、揺れの周期、距離感。

 身体に染み付いた感覚が、一本の線に収束していく。


「――っ!」


 やがて――静かに矢が放たれた。


 カァーーン!

 遅れて澄んだ弦音が辺りに響き渡る。

 

 青い光の尾を引きながら、矢は放物線を描いて飛ぶ。

 魂の色を帯びた光が、朝の冷えた空気を切り裂いて進む。


 その瞬間、赤帽子は最後の悪あがきとばかりに小舟をぐらりと揺らした。


 だが――遅い。


 矢の軌道は、すでに定まっていた。


 カァーン!!


 甲高い音を立てて、矢は板的のど真ん中を射抜き、そのまま板を真っ二つに割る。


 衝撃で小舟が大きく揺れ、赤帽子の雪ゴブリンは情けない悲鳴を上げて湖へ放り出された。


「ぴぎゃあああああ――!!」

 冷たい水しぶきが上がる。


「恐れ慄け――フィアー・オブ・ザ・ゾディアック!」


 そこへ、すかさずカグヤ(中の人カグラ)の魔法が飛んだ。


 恐怖の神の名を冠したフィアーに、赤帽子は抗えない。

 悲鳴は一転して泡立つ音になり、雪ゴブリンはガクガクと震えながら、

 自ら湖の奥深くへ――恐怖から逃れようとするように――潜っていった。


「ありゃ、溺れちまうぞ……」

 タクヤが肩をすくめる。

「酷いことよく思いつくね、ほんと」


「モンスターだし、大丈夫よ。きっとどこかでリポップするわ」

 カグヤはさらりと言ってのける。


 タクヤは苦笑しながら、それでも心底楽しそうに笑った。

「ともあれ……色々スゲーな、結ちゃん!」


 結は弓を下ろし、ほっとしたようにニッコリと笑った。


「ふふっ……だって、シーフードカレーまで行きたいからね!」


 ロッジの前にはいつの間にか、ヤシチが立っていた。その頭上には金色の『!』マーク。

 ケンタウロスの長は満足げに頷きながら、クエスト完了受付の印を掲げていたのであった。


* * *


 ――ちょうどその頃。


 結たちが湖畔で最後の板的を射抜き、ロッジへ戻ってクエスト完遂の報告をしているその裏で。


 ずっと上のゲレンデ。

 林を抜けたあたりに、五つの影が固まっていた。


「…………」


 しん、と冷える風。

 その中で、五人は黙ったまま斜面を見降ろしている。


 いや――“見降ろす”しかできなかった。


「こここ、コースなくなっとるドワ……」

 ガン鉄が真っ青な顔のままつぶやく。


「でも、ここまで一本道だったべ。間違ってねえど……?」

 ユメゾウも眉を寄せる。


「いや、でもこれ……でら崖だがね……」

 シャチョーは膝を震わせながら、雪の急斜面を指した。


 前方は、上から見れば崖、下から見ればそそり立つ壁。

 赤壁ならぬ白壁である。

 あまりの急角度に、覗き込んだら吸い込まれそうな錯覚すら起こる。


「どうすっぺ、ケンタさ?」

 ベルウッドが半泣きでケンタを見る。


「…………」


 ケンタは息を呑み、もう一度だけ斜面を見下ろした。

 真っ逆さまの白。

 滑るというより、落ちる未来しか見えない。


(……無理だ。物理的に無理だ)


 ケンタはそっと視線を戻すと、全員を振り返った。


そして――胸を張って宣言した。


「よし、ロッジに戻ろう!!

 それがただひとつの――ソリューションだ!!」


 妙にキリッとした顔。

 妙に決まったポーズ。

 しかし誰もツッコむ余裕はない。


「……戻るべか……」

「……うん、戻るど……」

「賛成ドワ……命は大切にドワん……」

「オリンポス山だけに、降りるんパスだがね」


 こうして、彼らは来た道を――


 スキーを脱ぎ、徒歩でひたすら登り返して戻った。


 そしてロッジへ帰り着いたのは――

 日付が変わった、ずっとずっと後のことだったという。


(おわり)


――閑話:白銀のオリンポス あとがき


最後まで読んでくださって、ほんっとうにありがとうございます!

結です!


次回の『マジチー』は本編を来週火曜日のお昼頃に投稿予定です。

よかったら、また読みに来てくれると嬉しいな!


それと……もし少しでも「面白かった〜!」って思っていただけたなら、

ブクマとか★とか、ちょっとだけ押してもらえると作者さんがすっごく喜ぶみたいです。

私も嬉しいっ!


――でね!

聞いてよ、スキー……めちゃくちゃ楽しかったの!!!

なんで私、今までやってなかったの!?ってレベルで感動したよ!


ケンタたちは、あの“壁みたいな斜面”で心が折れちゃって、結局リタイアしちゃったんだけど……

私とカグヤさんとタクヤさんは、ちゃんと麓まで滑り切って――

カレー十種類、ぜんぶ制覇!!

やったね!


それにしてもカグヤさん、ほんとすごいよね。

ハイエルフなのに、ネクロマンサーの魔法まで使えるなんて……

灰色峠の姫様みたいな雰囲気もあるし、なんだかもう“遊び人”って感じじゃなくて――

ほぼ賢者なんじゃないかな?

(なんて言ったら、また照れながら否定しそうだけど)


それじゃあ、また次回で会おうねっ!


――結


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