閑話:ルアデ剣ハ輩吾
小さな身体に、大きすぎるバックパック。
その子がガン鉄のところに押しかけてきたのは、ほんの数日前のことだった。
「弟子にしてください!」
第一声がそれだった。
いきなり炉の前に立ち、両手でバックパックを抱えたまま、真っすぐに頭を下げる。
ガン鉄は油で汚れた手を布でぬぐい、しかめっ面のまま言い放った。
「ワシは弟子はとっとらんドワ。セレノスは公共工房だから、そもそも無理ドワん」
きっぱり。即答。
だが――その子はまったく引き下がらなかった。
翌日も、翌々日も、そしてそのまた次の日も。
小さな影が毎朝のように炉の前に立ち、
「おはようございます!」「今日も見学に来ました!」
と、笑顔で頭を下げてくる。
根負けするのに、そう時間はかからなかった。
「……隣で見てるだけでいいなら、構わないドワ」
その瞬間、ぱぁっと花が咲いたような笑顔が返ってきた。
ハーフリングの少女――鍛冶屋志望のクルミ。
そして、頑固一徹なドワーフの鍛冶職人、ガン鉄。
こうして、セレノス公共工房名物――
“ミニミニ師弟”が誕生したのだった。
* * *
セレノス公共工房――。
今日も、火花と金槌の音が絶えない。
溶鉱炉の赤い光が並び、蒸気の立ちのぼる空間で、多くの職人たちが黙々と作業に打ち込んでいる。
その中のひとり、頑固一徹のドワーフ――ガン鉄もまた、いつものように槌を振るっていた。
隣には、弟子入りしたばかりのハーフリング少女・クルミ。
背丈ほどの作業台にノートを広げ、目を輝かせながら、ガン鉄の動きを一つひとつ見逃すまいとしている。
「……まずは、下地ドワ」
ガン鉄が、耐熱鋼の板の上に白いボーンチップを丁寧に並べていく。
続いて、炉から溶けた黄金色の金属が入ったるつぼをヤットコで持ち上げ、中身をゆっくりとその上に垂らした。
とろり、とした液体が広がり、骨片の表面を薄く覆っていく。
「なんだか……お菓子作りみたいっすね……」
思わず口にしたクルミは、次の瞬間、ハッとして両手をぶんぶん振った。
「あわわ、すいません師匠! 菓子と鍛冶を一緒にしてしまって……!」
ガン鉄は一瞬手を止め、ニヤリと笑う。
「構わんドワ。菓子作りも繊細な職人技ドワん。彼らの技も参考にするといいドワ」
そう言うと、再び金属を垂らす。
溶けたオリハルコンが、まるで飴掛けのように骨片を包み込み、金色のかりんとうのように艶めいた。
ひと息ついたところで、ガン鉄は工具箱の奥から黒いインゴットを取り出した。
それは、吸い込まれるような黒――闇色というより、星明かりの混じる夜そのものだった。
光を反射せず、代わりに奥底で微かに瞬く。
ガン鉄はそれをるつぼに入れ、ゆっくりと炉の中へ沈める。
やがて、どろりとした漆黒の液体が姿を現した。
職人たちがちらりと視線を送る中、ガン鉄は器用にるつぼを傾け、表面だけをなぞるように金のボーンチップを転がす。
ジュッ――。
金と闇がかすかに反応し、紫の火花が散った。
「師匠、それはなんですか? オリハルコンだけではダメなんすか?」
クルミが目を輝かせて尋ねる。
「聖属性の金属だけじゃ、闇系の触媒には向かないんドワ」
ガン鉄はヤットコで金色の骨片をつまみ上げ、得意げに見せた。
「オリハルコンと魔鉱石が喧嘩しないようにコーティングするのは大変だったんドワ」
ドヤ顔で言うガン鉄に、クルミはぱっと笑顔を向ける。
「さすが師匠っす!」
その言葉に、ガン鉄のヒゲがちょっとだけ得意げに揺れた。
「でも、魔鉱石なんて初めて聞いたっす。どこで取れるんすか?」
問われた瞬間、ガン鉄は目を逸らし、ヒゲをモジモジいじり始める。
「そ、それは秘密ドワ。大量に複製した『指輪の魔王』を溶かしてインゴットになんてしてないドワん」
クルミは苦笑した。
(したんすね……)
ヤットコの先で黄金の骨片が、炉の光を受けて静かに煌めいた。
それはまるで、火が骨と金属を結び合わせて生み出した――ひとつの小さな奇跡のようだった。
その日、セレノスの工房には――金属を打つ音に混じって、ミニミニ師弟の笑い声が響いていた。
* * *
「この魔鉱石で剣とか作ったらどうなるんすかね?」
クルミが、ノートの端に落書きをしながらぽつりとつぶやいた。
その一言に、ガン鉄のヒゲがピクリと動く。
「おまえ……面白いこと言うんドワな」
ニヤリと笑ったガン鉄は、棚の奥から黒いインゴットを引っ張り出した。
クルミが慌てて止めようとするより早く、彼は炉の前に立っていた。
「思いついたら即実行ドワ!」
「ちょ、ちょっと師匠!? 実験ってレベルじゃないっすよ!?」
「心配いらんドワ、爆発はたぶんせん!」
「“たぶん”って言ったっすよね!?」
炉の熱が一気に上がる。
ガン鉄は黒い魔鉱石の塊をトングでつかみ、炎の中へ突っ込んだ。
数呼吸ののち、表面が赤紫に染まり始めたところで、金床の上へ。
カンッ――! カンッ――!
打つたびに、金属ではなく生き物のような低い唸りが響く。
叩かれた面がわずかに脈打ち、火花ではなく闇色の燐光が散った。
クルミは思わず後ずさる。
「な、なんか心臓みたいに動いてるっす……!」
「素材が元気なのはいいことドワ!」
「いいことっすか!? これ明らかに怒ってません!?」
しかしガン鉄は止まらない。
額の汗をぬぐいもせず、金床の上で槌を振り続けた。
闇を鍛え、形を与え、刃を引き出す――まるで何かを目覚めさせるように。
* * *
数刻後。
セレノス公共工房の片隅に、奇妙な静けさが訪れていた。
そこには、紫色のオーラをゆらめかせる黒い両手剣が一振り。
刃全体が脈打つように光り、まるで生き物のように呼吸している。
「魔剣っすね……」
クルミが恐る恐る言う。
「魔剣ドワな……」
ガン鉄も腕を組み、真顔でうなずいた。
――そのとき。
「ワガハイ、まケン?」
かすれた声が響いた。
クルミはびくりと肩を震わせ、あたりを見回す。
「し、師匠? 変な声出さないでくださいよー。こわいっす」
「ワシは何も言っとらんドワが?」
「ワガハイダ、ワガハイ!」
「け、剣が喋ったっすー!」
クルミが素っ頓狂な声を上げる。
黒い剣は、ギラリと刃を光らせた。
紫のオーラが一瞬強まり、どこか得意げに見える。
「これは……やっちゃったドワ……」
ガン鉄がヒゲを押さえながら頭を抱えた。
ミニミニ師弟の前に立ちはだかるのは、
“自我を持った魔剣”という、鍛冶屋的には最高にやっかいな産物であった。
* * *
「で、新たな生命を生み出しちゃった、と?」
酒場、ルーイン・ゴートのホールで、『トーチ』の面々が例によってミーティングに集まっていた。
議題はもちろん、テーブルの上で紫の光を放つ魔剣だ。
「ワガハイハ、まケン。ナマエハまダナイ……」
どこかの猫のようなことを言う。
刃の根元がかすかに震え、まるで喉を鳴らしているように見えた。
「名前つけて欲しいの?」
結が思わず話しかける。
「紫の黒剣でいいんじゃね?」
タクヤが横から提案すると、剣は抗議するようにビカビカと激しく明滅した。
「嫌みたいよ? そもそも紫なのか黒なのか、変じゃない」
カグヤが面白そうに眺めて、自案を提示する。
「『暗黒き黄昏の魂宿す魔王剣』でどうかしら?」
――剣の脈動が、急に静かになる。
「……恥ずかしいみたいじゃぞい」
興味深げに反応を見るログ爺。
「名前は置いといて、これからどうするか……」
「インゴットに戻すとか?」
タクヤが腕を組むと、クルミが即座に身を乗り出した。
「それは可哀想っす。もう魂ある存在っすよ?」
「ワガハイ、ハラヘッタ……」
間の悪いタイミングで、魔剣がぼそりと呟く。
「剣ってなにを食うんじゃろか?」
「知らん。本人に聞いてくれ」
「“ワガハイ”、何食いたい?」
ケンタが問いかけると、剣は少し考えるように明滅してから答えた。
「ダイコン、ニンジン、ジャガイモ……」
一同が固まる。
「根菜好き!?」
「カレーじゃね?」
「違うドワ。試し斬り用素材ドワん?」
ガン鉄がヒゲを撫でながらぼそりと言う。
「……とりあえず、ダイコンとゴボウあたり持ってきてみる?」
結が苦笑しつつ立ち上がる。
「ワガハイ、アリガトウ……」
嬉しそうに紫の光を瞬かせる魔剣。
とりあえず根菜を与えつつ、会議を続ける一同であった。
* * *
「自我があるからには、本人の意思を尊重しないとな」
ケンタが腕を組み、テーブルの上の魔剣に向き直る。
紫の光が、わずかに強くなった。
「“ワガハイ”はこれからどうしたい?」
しばしの沈黙。
魔剣は、考えこむように明滅をくり返す。
そして、低くこもった声で告げた。
「ワガハイ、まケン。シュジン、ヒツヨウ」
「主……つまり、使い手を探してるのか」
ケンタがうなずく。
「なるほど、それもそうか……」
その言葉をきっかけに、場の空気が妙な静けさに包まれた。
誰も何も言わないが――全員、同じことを考えていた。
(誰かに押し付ければ、解決!)
「……誰に持たせるか、だな」
「両手剣となると、戦士かダークナイトだな」
ケンタが言いながら、ユメゾウとクミチョーの顔を順に思い浮かべる。
「両手剣は振りが遅いから、ヘイト取りにくくてタンクには不評だけどな」
タクヤがぼやくと、魔剣の光が一気にしぼんだ。
「ワガハイ……フニンキ?」
弱々しい光がチカチカと瞬く。
まるで落ち込んでいるようだ。
「いやいや、そんなことないって!」
慌ててフォローする結。
しかし、その横で――
「ほんなら……お見合い企画、やってみるかね!」
シャチョーが妙に楽しそうに立ち上がった。
「お見合い……?」
全員が一斉に顔を向ける。
「そうそう、こういうのは“相性”が大事だがね。人も剣も同じよ!」
ホワイトボード窓を出して、候補者リストを書き始めるシャチョー。
「えっと……まずは、ユメゾウくんと、クミチョーさんと……あと誰がおったかな?」
「いや、ほんとにやる気かよ……」
タクヤがあきれたようにため息をつく。
「ワガハイ、オミアイ?」
魔剣が興味深そうに明滅する。
「そうそう、ステキな主を見つけるチャンスだで!」
シャチョーがにやりと笑い、指をパチンと鳴らした。
「ワガハイ、ガンバル」
その声に、クルミが思わず頬をゆるめる。
「なんか、めっちゃ健気っすね……」
「じゃ、決まりだがや!」
シャチョーが勢いよく手を叩いた。
こうして――
EOF史上初、“魔剣お見合い大作戦”が正式に始動することとなった。
* * *
カオス系プレイヤーも交えて選考を行うため、
“魔剣お見合いイベント”の会場は自由都市ヘスペリアに決まった。
北ヘスペリア――銀行前広場。
いつもは商人と冒険者で賑わうこの場所に、
今日は筋骨隆々のタンク職たちがずらりと整列していた。
「うわー、でらむさ苦しいがね!」
シャチョーが顔をしかめる。
……自分で集めておいて、あんまりな言い草である。
集まったのは、
オーガのギルド、オオオニ組のクミチョーことダークナイトのビシャモン、
同じくオオオニ組、戦士のゾーキン、
バーバリアンの戦士ユメゾウ、
そしてハイエルフの聖騎士エレネ。
もちろん、創造主であるガン鉄も強制参加だ。
ちなみにユメゾウの妹、ベルウッドも戦士だが、
「剣より斧っこ命!」と豪語して辞退し、見学席でマイ斧を磨いている。
「委員長、聖騎士が魔剣なんて使えるんかね?」
シャチョーが腕を組み、やや心配そうに尋ねる。
「そ、それはその……試しというか……研究目的というか……」
エレネが言い淀み、白銀の鎧の裾をいじる。
横からカグラが笑いをこらえながら口を挟んだ。
「まーいいじゃない。試してみたら意外とヤバいかもよ?」
「まあええがね!」
シャチョーが妙にノリノリで頷くと、両手を叩いた。
「よーし、競技は試し切りだがや!」
両手に大根を掲げた。
左右の手に一本ずつ、白くて太い根菜が高々と持ち上げられる。
その姿は、まるで神聖な儀式でも始めるかのようだった。
本人だけが、完全にやる気満々である。
周囲の観客がざわつく。
筋骨タンクたちは一斉に顔を見合わせた。
「……大根?」
「……儀式的なやつか?」
そんな中、ガン鉄だけが腕を組み、うんうんと満足げに頷いていた。
「悪くないドワ。根菜は魔剣の好物ドワん」
「ワガハイ、ダイコン、スキ」
紫のオーラがゆらめき、魔剣がぼそりと呟く。
「喋った!?」
ビシャモンが一歩引き、ゾーキンが腰の剣に手をかける。
ユメゾウは腕を組んだまま眠そうにあくびをした。
「試し切りで寝るなよ!」
タクヤが突っ込む。
「……んだ? なんだが平和だなぁって思ってな……」
ユメゾウがのんびり答え、ベルウッドは後ろで「兄さま寝るな!」と叫んだ。
「よっしゃ、順番決めるがね!」
シャチョーが手帳を開き、候補者の名前を読み上げる。
「まずはガン鉄さんからいこまい! 続いてビシャモン、ゾーキン、ユメゾウ、ラストに委員長!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
エレネが慌てて手を挙げる。
「どうして私が最後なんですか!?」
「そりゃあ、主役は最後に登場するもんだで!」
シャチョーが笑う。
魔剣がビカビカと明滅した。
「ワガハイ、ドキドキスル」
「だ、だいぶ慣れてきたっすね、この剣……」
クルミが苦笑しながらノートを取っている。
横でガン鉄がぼそりと呟く。
「成長が早いドワ……あれはたぶん、学習型ドワん」
「……おいおい、学習型って、ガ◯ダムかよ!」
タクヤが思わず叫ぶ。
ケンタが苦笑して返す。
「そのうち、刻が見えるとか言い出しそうだな」
そんな混沌の中――
お見合い第一戦、ガン鉄による試し切りが、
いま始まろうとしていた。
* * *
ベチョッ!
――音が鈍い。
ガン鉄は、まるでいつもの鉄槌を振るうように、魔剣を両手で振り下ろした。
刃の腹が大根を打つ。
当然、大根は――押しつぶされた。
無惨に潰れ、汁をまき散らして地面にに転がる。
「んー、採点は後ほどだがやー」
シャチョーが苦笑交じりにメモを取る。
(……きっと0点だな)
(……0点じゃのお)
(……0点かもなのね)
観客たちの心の声が、見事にハモった。
「次! パンパカパーン! 本命のダークナイト、ビシャモンの親分ー!」
シャチョーが勢いよく宣言する。
「まさか賭けてねーだろな?」
タクヤが疑わしげな目を向ける。
シャチョーは目を逸らして口笛を吹いた。
「はーい、始め!」
広場の中央――建物の間に渡されたロープ。
そこに吊るされた大根が、風に揺れていた。
ビシャモンは魔剣を受け取り、柄を右手でがっしり掴むと、
片手で軽々と振り回しながら歩き出す。
「頑張れクミチョー!」
オオオニ組のオーガたちがどよめく。
「どうりゃああなああーっ!」
奇声と共に、ビシャモンが振り抜いた。
スパッ――! 軽快な音が響く。
大根が綺麗に宙を舞い、地面に落ちた。
……そしてその直後、吊るしていたロープもずるりと垂れ下がる。
「大根じゃなくてロープを切ったので失格ー!」
シャチョーが即判定を下す。
「あ〜さよなら大根〜またきてしらたき〜♪」
よくわからない歌を口ずさみながら、ジークが肩を落とした。
「お次はゾーキン!」
ゾーキンは魔剣“ワガハイ”を受け取ると、無言で大上段に構えた。
「いっくゾー!」
そのまま、気合いと共に振り下ろす。
ドガガガ、ガーーッ!!
地面が揺れた。
もうもうと土煙が立ち上り、周囲の観客が一斉にのけぞる。
――やがて、土煙が静まる。
ロープに吊るされた大根は、なぜか無傷のまま、クルクルと回っていた。
ゾーキンはというと、地面に大穴を開け、
剣と一緒に半分ほど埋まってもがいている。
「……ワガハイ……クルシイ」
うめく魔剣をシャチョーが慌てて掘り出す。
「次! ユメゾウ!」
声をかけられたユメゾウは、ぼーっと立ったまままばたきもしていない。
その手に“ワガハイ”が渡される。
ユメゾウは静かに剣を構えた。
低く、平青眼に。
「……夢幻の太刀……」
つぶやいたそのまま、動かない。
――動かない。
――まだ、動かない。
……ZZZzzz……。
完全に寝ていた。
「……ワガハイモ、ネムイ」
魔剣の刃が、ふわりと薄紫に明滅する。
「ユメゾウ、時間切れで失格!」
頭を抱えるシャチョー。
「まともな剣士おらんのかね……」
ログ爺がヒゲを撫でながらため息をついた。
広場の片隅では、ベルウッドが両手を腰に当て、怒鳴っていた。
「兄さま寝るなって言ったべ!!」
筋肉と根菜とカオスが入り乱れる中――
まだお見合いイベントは、ほんの序章にすぎなかった。
* * *
「最後、大穴の委員長頼んます!」
シャチョーが手を叩き、眠気を帯びた“ワガハイ”をエレネへ差し出す。
次の瞬間、剣は弾かれたように地面へコロンと転がった。
「ワガハイ……シロイノ、ムリ」
「あちゃー、聖属性オーラの聖騎士様はやっぱりダメかね」
シャチョーが額を押さえる。
(このままだと賭けが不成立でメンドくさいがね……)
「アレを被ればいいじゃない」
カグラが口元をゆるめる。
「アレってなんだがや?」
食いつくシャチョー。
「さあ? なんのことかしら?」
エレネはぷいと横を向き、白銀の鎧の裾をいじった。
その時――
「ワガハイ、ダレモ、ダメ……サミシイ……」
“ワガハイ”が消え入りそうな光でほそく明滅する。
(沈黙)
「……ワガハイ、カナシイ」
(沈黙)
「あーもう、わかったわよ。被ればいいんでしょ!」
エレネは鞄からダークエルフ変身効果を持つ黒い仮面――『闇妖精のデスマスク』を取り出し装着する。
白磁の肌が、すうっと黒曜の色に沈む。
髪は銀糸の瀑布となって肩へ流れ、同じ銀の瞳が気怠げに半眼で周囲を睥睨した。
エレネは地面の“ワガハイ”を見咎めると、コツ、コツ、と無造作に歩み寄り、片手でひょいと拾い上げる。
「おお、持てたがね」
シャチョーが嬉しそうに指を鳴らす。
「では、委員長の番、開始!」
エレネは右手だけで軽く素振り。
そのまま天へ掲げ、刀身をじっと覗き込む。
「……軽いな。――ククク……」(※エレネです)
目が据わってくる。
“ワガハイ”をさらに大上段へ。
「我らが最高神の名を以って命ずる……」
神の名を冠した業が立ち上がる――。
その瞬間、上空に暗雲がぎゅうっと集まり――
――ズグワァラゴワガシャァァン!!
稲妻が落ちた。
青白い電荷が刀身へ走り、眩い光がほとばしる。
遅れて、大粒の雨が広場を叩き始めた。
“ワガハイ”の刀身が、怯えるように高音で震える。
「ワガハイ、シビレル……コワイ……」
「怖いの? よい子ちゃーん♡ アハッ、アハハ」
エレネの背にも、びりびりと電荷の翼がひろがる。
「――スラッシュ・オブ・ザ・トゥールース!!」
振り下ろされた光刃が、吊られた大根を――焼き尽くした。
白い蒸気が弾け、そこには何も残らない。
“ワガハイ”は、さっきとは別種の震え方をした。
「アハ、怖い? 怖いの? 壊れるの? ――壊れちゃえ♡」
(※むしろ、壊れてるのはエレネです)
「スラッシュ・オブ・ザ・ダークネスフレイム!!」
すでに大根はない。
それでも黒い炎が刀身を包み、エレネは素振りの角度を変えて、次、また次と技を畳み掛ける。
青白い稲光、黒炎の尾、雷鳴。
豪雨がすべてをぼかし、見物人たちは何が起きているのか、よく見えない。
ただ一つわかるのは――
地獄の素振りは、その後もしばらく続いた、ということだった。
「ワガハイ、まジコワレソウ……」
* * *
雷鳴は遠のき、雨脚もようやく細くなってきた。
「……はわわ、またやってしまったわ……」
エレネは黒い髪先から雫をぽたぽたと落としながら、ぼんやりと立ち尽くしていた。
白銀の鎧には水滴がつたって光り、闇妖精の変身もすでに解けている。
(あああ……また暴走してしまった……どうして私、こう……!)
そんなエレネの背中を、カグラが「ぷっ……」と吹き出しながらポンポン叩いた。
「今日いちで面白かったわよ。ウフフ。いや〜……あの黒炎は芸術点高かったわ」
「や、やめてっ……忘れて……」
エレネは長い耳の先まで真っ赤である。
一方そのころ――。
「よしよし、ワガハイくん、怖かったねぇ〜」
クルミが“ワガハイ”を抱え、乾いた布で刀身の水滴を丁寧に拭き取り、さらに精油を塗り込んでいた。
「ワガハイ……スベスベ……キモチイイ……」
「よしよし、はいはい、今日がんばったっすもんね〜」
どう見ても、新品の靴を磨く職人気質のハーフリングである。
刀身が気持ちよさそうに脈打つのだから、もう立派なペットであった。
* * *
「おまたせ〜! パンパカパーン! 結果発表〜!!」
シャチョーが広場の中央で両手を広げる。
すかさず横でジークが、なぜか持っていたラッパで即興ファンファーレを吹き鳴らした。
「パパパパーン♪ パパパーン♪」
「お、やるじゃんジーク。ちょっと音痴だがね!」
「うん、腹筋鍛えながら吹いてるからね!」
誰も求めてない情報を挟みつつ、シャチョーは濡れたメモ紙を広げた。
「えーと、今回の得点……
全員……同得点のため……どうするがね……」
頭を抱えるシャチョー。
(……全員0点確定だな)
(……合計も0点じゃのお)
(……みな0点だったなのね)
――またも観客たちの心の声が、見事にハモった。
「じゃあもう、ジャンケンで――」
シャチョーがもっとも安易な提案をしようとした瞬間、
広場全体から大ブーイングが巻き起こった。
「ふざけんなー!」「実力で決めろよ!」「大根の犠牲を無駄にすんな!!」
なぜか大根を悼む怒号まで飛び交う。
シャチョーは「あっ、ですよねぇ」という顔をして引っ込んだ。
すると――。
「“ワガハイ”に決めてもらったら?」
結がぽそっと提案した。
静まり返る広場。
全員が「あ、それだ!」という顔になる。
「よっしゃ、それだがね!」
シャチョーが満面の笑みで指を鳴らした。
「回して、切っ先が向いた人が“主”ってことでいこまい!」
シャチョーは“ワガハイ”を地面に垂直に立て――
「ほいっ!」
勢いよく回した。
ギュルルルルルゥゥゥゥ……!!
「ワガハイ、クルクル……メガ、マワル……」
紫のオーラが遠心力で円を描き、刀身がぐわんぐわん揺れる。
周囲のタンクたちは固唾を飲んで見守る。
誰に向く?
どのタンクだ?
それとも……まさかの……?
そして――。
* * *
――数日後。
昼下がりのセレノス市場通り。
武具の露店『ガン鉄』では、今日もクルミが元気に店番をしていた。
「いらっしゃいませー!」
常連たちは口々に手を振る。
「クルミちゃん今日も可愛いねぇ」
「ガン鉄じいさんより愛想ええわ!」
「えへへ、ありがとうございますっす!」
すっかり看板娘である。
「クルミちゃん、両手剣探してるんだけど……
後ろの黒い剣、ちょっと見せてもらえる?」
常連の戦士が露店を覗きながら尋ねた。
クルミは振り返り、黒い長剣を見ると――
すぐに申し訳なさそうに客へ向き直る。
「すいません、お客様。こちらは売り物ではないのです」
「そうなの? あれ絶対つよいやつでしょ……」
クルミは黒剣の柄へそっと手を置いた。
「これは……私の大事な相棒なんっす!」
自慢げに笑う。
その瞬間、
鞘の隙間からふわりと薄紫の光がこぼれ、
まるで照れているみたいに、淡く瞬いた。
(おわり)
――閑話:ルアデ剣ハ輩吾 あとがき
(にこっと微笑む赤毛のハイエルフ、アン)
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
次回の『マジチー』は本編第三十九話を来週火曜日のお昼頃に投稿予定です。
いよいよ、あの魔法の謎に迫る考察会議らしいですよ。
続きも読んでいただけたら嬉しいです。
……あの大根、
わたしが畑で大事に育てた子たちなんですよ?
おでんにするんだと思って、嬉しくなって提供したんですよ?
それなのにですね――
最後は丸ごと焼き尽くされるなんて、思ってませんでした。(にこっ)
しかも、よりによって
エレネ様が一番はしゃいでましたよね?
……はい。
あとでまとめてお説教です。
皆様はあんなひどいことしませんよねー。
もし少しでも楽しんでいただけたら、
ブクマや★で応援していただけると嬉しいです。
――アン




