表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/56

第三十八話:光と影の交響曲(後編)

 パラディン叙事詩クエスト。

 それは、選ばれし聖騎士だけに与えられる“試練”だった。


 エレネとカグラは、堕落した聖騎士ヘスペリアウスと激突。

 聖と闇、祈りと呪い――交錯する力が、戦場を焼き尽くしていく。


 毒に蝕まれながらも、ふたりはなおも立ち上がる。

 そして今、光と影の交響曲が最終楽章を迎えようとしていた――。


* * *


「レイ・オン・ハンズ!」


 聖なる光が弾け、金色の波紋が戦場を包む。

 ――パラディンの固有スキル。一週間に一度だけ発動できる奇跡の全回復。


 淡い金の輝きがカグラの身体を包み、HPゲージが一気に満タンへと戻っていく。


「あきれた。あるなら自分に使いなさいよ。これじゃHP交換しただけじゃない」


 カグラがぼやくと、エレネは前を向いたまま淡々と返した。


「赤ゲージで毒状態の人には援護も頼めないでしょ」

「……理屈はわかるけどね」


「それに、自分には使わない――そう決めてるの」


 その横顔は、聖騎士というより修道士のように静かで、強かった。


「まだ働かせるつもり?」


 カグラが肩をすくめて立ち上がる。

 全快したHPゲージは、依然として毒の警告色――緑に明滅していた。


「ボンド・オブ・ダークネス!」


 カグラの詠唱が響き、ヘスペリアウスの身体を黒い鎖が縛る。

 立て続けに、杖の先が赤と紫の閃光を描く。


「ポイズネス・ブラッド!」

「ディジーズ・クラウド!」

「ボイル・ブラッド!」


 毒、病、灼熱――系統の異なるDoTが重なり、炎と闇のエフェクトが重なり合う。

 ジリジリとHPゲージが削られ、地面を焦がす煙が立ち上る。


 この重ね掛けは、いずれヘイトを呼ぶ。

 だが二人でHPゲージ五本の難敵を相手にするなら、火力を出すしかなかった。


 足の遅くなったヘスペリアウスなら、もし跳ねても――

 エレネが背後を取れる。


 攻防が交錯する。

 HPゲージが赤と白の光を繰り返し、ついにヘスペリアウスの一本目が再び消し飛ぶ。


 しかし二人のHPも、すでに半分。

 緊張した呼吸が重なった。


 幸いだったのは――

 カグラを蝕んでいた毒のアイコンが明滅を始め、効果時間が切れかけていたことだ。


 ヘスペリアウスが再び剣を掲げる。


「ライフタッ――」


 ――ガゴンッ!!


 エレネのバッシュが、発動詠唱を叩き潰した。

 聖盾が閃光のように輝き、ヘスペリアウスの体勢が大きく崩れる。


「フフッ、ライフタップは――ネクロマンサーが本家なのよ?」


 カグラが笑い、杖を振り下ろす。


「滾る血潮の移譲――ライフタップ・オブ・ジ・エビル!」


 漆黒の光がヘスペリアウスを貫き、HPゲージが一気に二段目まで削れ落ちる。

 同時に、カグラのHPゲージが満タンまで跳ね上がった。


「なにその大仰な呪文?」

「フフフ、気分よ、キ・ブ・ン」


 そして吸い取ったHPを、すぐにエレネへと渡す。


「燃え立つ生命のトランスファレンス!」


 光が二人の間を駆け抜け、エレネのHPゲージも一気に上昇する。

 まるで命のリレーのように、光と闇が交差していった。


 当然、ヘスペリアウスは激怒である。


「おのれ、穢らわしい死霊使いめ!」


 怒号とともに剣が閃き――しかし、エレネの盾がそれを受け止めた。

 火花が散る。すかさずカウンター。


「ホーリー・ストライク!」


 聖なる光が奔り、ヘスペリアウスの胸を貫く。

 だが、手応えは薄い。傷は浅い。


「ずるいわね。闇騎士そのものなのに、聖属性が通り難い……」


 エレネが眉をひそめる。

 カグラは片目をつむり、肩をすくめた。


「悪いわね。私が長いことゾンビ状態で使役してたから――バグっちゃったのかも?」


 冗談めかして言いながらも、カグラの目は冷静だった。

 闇に堕ちた聖騎士を見つめて、ふと何かに気づく。


「あはは、すっかり忘れてたわ」


「なに? 突然……」


「私たち、このクエストの“真の目的”知ってるじゃない」


「エピック武器を得ること? ……あ」


 叙事詩クエスト――その最終目的は、クラス固有のエピック武器を手に入れること。

 だが、パラディンのそれは単なるドロップではない。

 ――ひとつの剣を、試練と経験を通じて“蘇らせる”物語。


『燃え尽きた漆黒の長剣』

燃え尽きた刃に、再び火を灯す長い長い旅路。


 その第一歩――堕落を経験させること。


「アレ、用意してあるんでしょ?」


 カグラが横に並びながら問いかける。

 エレネは渋い顔をした。


「う〜、一応あるけど……いやではないけど……ちょっとだけ主義に反するというか……」


「シナリオだから仕方ないでしょ! さっさと被りなさい!」


 カグラが背中をぱしんと叩いた。

 エレネは観念したように頷き、装備ウィンドウを開く。


 ――『闇妖精のデスマスク』


 装備した瞬間、エレネの身体を黒い霧が包み込んだ。

 ハイエルフの白い肌が闇に染まり、瞳が妖しく銀に輝く。

 漆黒の鎧を纏い、禍々しい気配を放つその姿――まるで闇の騎士。


 『燃え尽きた漆黒の長剣』が、その姿に呼応するように震えた。


「むむ、正体を現したな穢れた暗黒姉妹!」


 ヘスペリアウスが咆哮し、突進してくる。


 ――ドグワッ!


 聖盾がその突撃を叩き返し、ヘスペリアウスの身体が宙を舞う。


「うっさいわね、誰が穢れてるって!?」(※エレネです)


 漆黒の剣が翻り、闇の斬撃が走る。

 その剣筋は、もはや聖騎士のそれではなかった。

 ユラユラと揺れるように間合いを詰め、敵の隙を突き、傷を抉る。

 まさに正邪を問わぬ、影の騎士の剣技。


「うぐああーッ!」


 ヘスペリアウスが苦悶の叫びを上げる。

 いつの間にか、エレネの剣からは黒いエフェクトが滲み出ていた。

 剣が闇の属性を帯び、ダメージが加速度的に増していく。


 三段目のゲージが一気に消し飛ぶ。

 エレネは軽やかに後方へ跳び、剣先を構え直した。


「アハッ、アハハ、楽しいわぁ〜♡ 痛い? ねぇ痛い?」(※カグラではなくエレネです)


 完全にスイッチが入っていた。


「毒とか使っちゃおうかしら? カグちゃん、どの毒が一番痛いの?」


 その様子に、カグラが引きつった笑みを漏らす。

「うわぁ……まるで狂戦士(バーサーカー)じゃん」


 ちょっと引き気味のカグラ。

 しかしその視線の奥には、確かな誇らしさが宿っていた。


 光が強いほど、影は深く濃くなる。

 そして――影が重なり、真の夜が生まれる。


 物語は、いよいよ最終楽章へと進み始めていた。


* * *


「恐れ慄け――フィアー・オブ・ザ・ゾディアック!」


 カグラの詠唱が響いた瞬間、空気が震えた。

 見えない衝撃が爆ぜ、強烈な恐怖がヘスペリアウスを襲う。


(逃げなければ――一刻も早く……!)


 だが、足が動かない。

 膝から下を黒い鎖のようなエフェクトが縛りつけていた。

 スネア。逃走を阻む足止め効果が、恐怖の衝動を地に繋ぎ止めている。


 逃げることも、反撃することもできず、ヘスペリアウスは棒立ちのまま震えた。

 最上位フィアーとスネアの重ねがけ――ネクロマンサーだけが扱える、悪名高き公式チートビルド。

 『生ける屍』、まさにその名にふさわしい。


 二段目のHPゲージが、黒に塗りつぶされていく。


(正義の体現者たる私が……下賤の輩に……なぜだ、なぜだ……!)


 最後の一段が黒に侵食された瞬間――

 ヘスペリアウスの中で、何かがはじけた。


「オォォォォオオオ……!」


 ドス黒いオーラを撒き散らしながら、両手を天に突き上げる。


「来れ! サモン・ソルジャー!!」


 地面に黒い魔法陣が浮かび、民兵たちが五人、呻き声と共に出現した。


「むむ……残りはこれしかおらぬのか……」


「召喚術? でも無駄ね」

 カグラが肩をすくめる。


 次の瞬間、黒い閃光が稲妻のように戦場を駆け抜けた。

 五人の兵士は、一瞬で地に伏した。


「もう終わり? ねぇ、エレネ、つまんな〜い」

 銀の瞳が退屈そうに揺れる。


「終わらぬ――おわら……オわラぬ!!」


 ヘスペリアウスの声が、奇妙に歪んだ。

 黒いオーラが渦を巻き、地を這う。


「キたレ! さモん・しチずん!!」


 再び地面が光り、現れたのは――鎧も持たぬ人々。

 銀行員のお姉さん、自由亭のウェイター、雑貨屋の婆さん、武器屋のドワーフ……

 ヘスペリアの市民たちだった。


「チょウヘいダ! ジゆウのタめニたタかウのダ!!」


「……なんてことを」

 カグラが、心底うんざりしたように顔をしかめる。


「あは♡ なんか獲物がいっぱーい!」


 エレネが黒い稲妻のように踏み出しかけたが、カグラが首根っこを掴んで止めた。


「待ちなさい、あれは一般市民よ! 殺したら親密度が地に落ちるわよ!」


「しんミツ? なぁにそれ? あまい?」


「堕ちすぎでしょーもう……!」

 カグラは軽くエレネの頬をはたく。


「よく見なさい、ちっこいのがいるわよ」


「はわわ♡ ドワちゃん、カワイイ!!」


「はいはい。ドワちゃんたちはやっちゃダメ」


「うぅ〜わかった! じゃあどれをヤればいいの?」

 銀の瞳が獲物を求めて爛々と輝く。


「あのドス黒い霧を出してるおっちゃんに決まってるでしょ!」


「はーい♡」


 再び黒い稲妻が走る。

 盾を置き去りにして一直線に突進――


「スラッシュ・オブ・ザ・ダークネスフレイム!!」


 『燃え尽きた漆黒の長剣』が黒炎を纏い、閃光のように唸る。

 ヘスペリアウスは聖剣で受け止めるが、押し負け、後退した。


「オのレ、こムすメ! シねッ! シねェッ!!」


 聖剣を掲げて突進する。

 だが、その剣をエレネの漆黒の剣が吸い込むように絡め取り、天へと放り上げた。


 エレネは漆黒の剣を天に突き上げる。


「我らが最高神の名を以って命ずる……」

 その真言に世界が応える。


 雷鳴が轟き――

 漆黒の刃に、天の光が落ちる。


 エレネの背に、青白い光の翼が広がった。


「スラッシュ・オブ・ザ・トゥールース!!」


 稲妻と化した剣閃が、光速で突き刺さる。


「グうオおオおッ!!」


 ヘスペリアウスのHPゲージが赤く染まり、10%を切った。


 だが、エレネの身体も同時に光を失う。

 黒炎が消え、変身が解けた。


「はわわ……わ、私……なんてことを……」

(※記憶は残っているようだ)


 それでも、戦いは終わらない。


「クくク、マだダ……シみンどモよ、ヤれェ!!」


 ヘスペリアウスの絶叫が響く。

 市民たちは怯えながらも、手にした石を掲げた。


「どうする、カグちゃん……」

 エレネが肩で息をしながら問う。


「困ったわね。市民、私が倒してもいいけど?」


「やめて……ヘスペリアがゾンビタウンになるのは、ちょっと……」


 嫌な未来を想像して、エレネが頭を振る。


 だが次の瞬間――


「エレネ様になにすんだ! この悪魔!!」

「親衛隊の結束を見よ!!」

「大食いの女王様は神様です!!」


 市民たちは、石を悪魔=ヘスペリアウスに向けて投げつけ始めた。


 顔を見合わせ、カグラとエレネが同時に吹き出す。


「どんだけ食べてるのよ……」

「そっちこそ、親衛隊……どんだけ親密度上げてんの……」


 アレグロ・フェスティーヴォ。

 最終楽章は、まるで祝祭のように高鳴る。


「――エンディング、行くわ」

 エレネが宣言し、剣を構えた。


 漆黒の刃が、わずかに白銀の炎を帯びる。

 カグラはエレネの背にそっと手を当て、心の中で囁いた。


(光と影のマージングソウル――魂よ、ひとつに)


「行きなさい、エレネ」


 頷きあう二人。


 ヘスペリアウスは聖剣を拾い上げ、炎をまとわせながら咆哮する。


「モえツきロぉォ!!」


 轟音。

 炎の剣がエレネに振り下ろされる。


 しかし、暗黒の刃が吸い込むように受け止める。


 打ち合うたび、聖剣の炎が削がれていく。

 燃え尽きていくその光を、逆に吸い込むように、

 エレネの漆黒の剣はかつての炎を思い出し、輝きを増していく。

 しかし、それは相反する属性のせめぎ合いだった。


 ――漆黒の剣が黒と白の狭間で激しく振動する。


 エレネは歯を食いしばり、鎧を砕きそうな振動を両腕で抑え込み、振りかぶった。


「うおおおぉぉぉ!!」


 エレネの背に黒い翼が広がった。

 吸い込まれるような黒――彼方に星々の煌めきをたたえた無限の黒。

 世界が刻の彼方――原初の『無』を思い出す。


「スラッシュ・オブ・ザ・コズミック・ヴォイド!!」


 虚無の剣閃が、紅蓮を両断する。

 ヘスペリアウスの聖剣は真っ二つに折れ、光の粒子に変わって散った。


 『燃え尽きた漆黒の長剣』が、その粒子を静かに吸い込む。

 黒い刃が、ほんのわずかに艶を取り戻した。


おやすみなさい(ボンヌ・ニュイ)、また良い夢が見れるといいわね」

 エレネは最後にそう呟いて微笑んだ。


「ユめ……あぁ……イエス・マイ・クイーン……」

 ヘスペリアウスは静かに事切れ、再び女王に仕える甘美な悪夢に沈んだ。


 振り返るエレネ。

 手をゆったり振る女王の後ろに、民兵たちがかしずいていた。


* * *


 戦いのあとに残ったのは、風の音だけだった。

 焦げた草の匂いが鼻をつき、遠くではまだ小さく炎が揺れている。


 エレネは膝をつき、剣の切っ先を地面に立てた。

 息が白く揺れる。視界の端で、カグラが杖をつきながら歩み寄ってくる。


「……生きてる?」

「ギリギリ。あの最後のは、完全に反則技よね」

「お互いさまじゃない?」


 ふたりは顔を見合わせて、小さく笑った。

 笑いながらも、エレネの手はまだ微かに震えている。

 カグラがその手をそっと抑える。


「怖かった?」

「……うん。あれが自分だなんて、ちょっと信じたくなかった」


 しばらく沈黙が落ちた。

 風が鎧の隙間を通り抜け、金属の音をかすかに鳴らす。


「でもね、あの感覚……どこか懐かしかったの」

「懐かしい?」

「うん。昔、まだゲームが“楽しかった頃”の、あの感じ。

 勝っても負けても、ただ全力でぶつかってたあの頃」


 カグラは少しだけ表情をやわらげた。

 「……悪くない落ち方だったわね」

 「うん。たぶん、もう一回はやらないけど」


 エレネはそう言って、黒く焦げた剣を見下ろした。

 そこに、わずかに光が差す。

 燃え尽きたはずの刃が、ほんの一瞬だけ――白銀に輝いた気がした。


 ――パラディン叙事詩クエストは、まだ終わらない。

 だが、その続きを語るのはまた別の物語である。


* * *


 ──火星の衛星・フォボス、観測室。


監視者B 「パラディンエピック第一段階突破者が出ました」

監視者A「デスゲーム下で茨の道を進むか……」

監視者D 「映像、出します」


モニターの中で稲妻のように駆ける黒エレネ。その狂乱の嘲笑が、観測室の空気を震わせる。


監視者D「うわぁ……」

監視者C「こら、あかん、背中がゾクゾクするわ」

監視者D「先輩、背中なんかないでしょう?」

監視者C「ワハハ、例えや、た・と・え」


監視者A「タグ付与――『#純白き天使の堕天』」

監視者C 「Aはん、彼女には甘いでんな」


監視者B 「『#女王陛下の甘い夢』も付けましょう」

監視者C 「あんさんもかーい!」


(Fin)


――第三十八話あとがき


最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。

『マジセラ』のパラディン、エレネです。


次回の『マジチー』は今週金曜日のお昼頃に閑話を投稿予定とのことです。

ガン鉄さんが、とんでもないものを生み出してしまうらしいです。

私もちょっとだけ出るかもしれません。

よろしければ、そちらも覗いてみてくださいね。


もし少しでも楽しんでいただけたのなら、ブクマや★だけでもいただけると、作者も……いえ、私も励みになります。


……ええ、見ていましたとも。

闇に堕ちた“あの私”を、少し離れた場所から。

醜態を晒してしまい、実にお恥ずかしい限りです。

カグちゃんがいなければ、自由都市が死霊都市になっていたかもしれません。


でも――あれも、確かに私です。

否定はいたしません。

無意識の奥底に封じ込めていた剣の記憶。

抑えのない、あの刃の軌跡……恐ろしくも、美しかった。


また――いえ、二度と堕ちませんとも。

(たぶん、きっと……おそらく……)


――エレネ


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ