第三十八話:光と影の交響曲(後編)
パラディン叙事詩クエスト。
それは、選ばれし聖騎士だけに与えられる“試練”だった。
エレネとカグラは、堕落した聖騎士ヘスペリアウスと激突。
聖と闇、祈りと呪い――交錯する力が、戦場を焼き尽くしていく。
毒に蝕まれながらも、ふたりはなおも立ち上がる。
そして今、光と影の交響曲が最終楽章を迎えようとしていた――。
* * *
「レイ・オン・ハンズ!」
聖なる光が弾け、金色の波紋が戦場を包む。
――パラディンの固有スキル。一週間に一度だけ発動できる奇跡の全回復。
淡い金の輝きがカグラの身体を包み、HPゲージが一気に満タンへと戻っていく。
「あきれた。あるなら自分に使いなさいよ。これじゃHP交換しただけじゃない」
カグラがぼやくと、エレネは前を向いたまま淡々と返した。
「赤ゲージで毒状態の人には援護も頼めないでしょ」
「……理屈はわかるけどね」
「それに、自分には使わない――そう決めてるの」
その横顔は、聖騎士というより修道士のように静かで、強かった。
「まだ働かせるつもり?」
カグラが肩をすくめて立ち上がる。
全快したHPゲージは、依然として毒の警告色――緑に明滅していた。
「ボンド・オブ・ダークネス!」
カグラの詠唱が響き、ヘスペリアウスの身体を黒い鎖が縛る。
立て続けに、杖の先が赤と紫の閃光を描く。
「ポイズネス・ブラッド!」
「ディジーズ・クラウド!」
「ボイル・ブラッド!」
毒、病、灼熱――系統の異なるDoTが重なり、炎と闇のエフェクトが重なり合う。
ジリジリとHPゲージが削られ、地面を焦がす煙が立ち上る。
この重ね掛けは、いずれヘイトを呼ぶ。
だが二人でHPゲージ五本の難敵を相手にするなら、火力を出すしかなかった。
足の遅くなったヘスペリアウスなら、もし跳ねても――
エレネが背後を取れる。
攻防が交錯する。
HPゲージが赤と白の光を繰り返し、ついにヘスペリアウスの一本目が再び消し飛ぶ。
しかし二人のHPも、すでに半分。
緊張した呼吸が重なった。
幸いだったのは――
カグラを蝕んでいた毒のアイコンが明滅を始め、効果時間が切れかけていたことだ。
ヘスペリアウスが再び剣を掲げる。
「ライフタッ――」
――ガゴンッ!!
エレネのバッシュが、発動詠唱を叩き潰した。
聖盾が閃光のように輝き、ヘスペリアウスの体勢が大きく崩れる。
「フフッ、ライフタップは――ネクロマンサーが本家なのよ?」
カグラが笑い、杖を振り下ろす。
「滾る血潮の移譲――ライフタップ・オブ・ジ・エビル!」
漆黒の光がヘスペリアウスを貫き、HPゲージが一気に二段目まで削れ落ちる。
同時に、カグラのHPゲージが満タンまで跳ね上がった。
「なにその大仰な呪文?」
「フフフ、気分よ、キ・ブ・ン」
そして吸い取ったHPを、すぐにエレネへと渡す。
「燃え立つ生命のトランスファレンス!」
光が二人の間を駆け抜け、エレネのHPゲージも一気に上昇する。
まるで命のリレーのように、光と闇が交差していった。
当然、ヘスペリアウスは激怒である。
「おのれ、穢らわしい死霊使いめ!」
怒号とともに剣が閃き――しかし、エレネの盾がそれを受け止めた。
火花が散る。すかさずカウンター。
「ホーリー・ストライク!」
聖なる光が奔り、ヘスペリアウスの胸を貫く。
だが、手応えは薄い。傷は浅い。
「ずるいわね。闇騎士そのものなのに、聖属性が通り難い……」
エレネが眉をひそめる。
カグラは片目をつむり、肩をすくめた。
「悪いわね。私が長いことゾンビ状態で使役してたから――バグっちゃったのかも?」
冗談めかして言いながらも、カグラの目は冷静だった。
闇に堕ちた聖騎士を見つめて、ふと何かに気づく。
「あはは、すっかり忘れてたわ」
「なに? 突然……」
「私たち、このクエストの“真の目的”知ってるじゃない」
「エピック武器を得ること? ……あ」
叙事詩クエスト――その最終目的は、クラス固有のエピック武器を手に入れること。
だが、パラディンのそれは単なるドロップではない。
――ひとつの剣を、試練と経験を通じて“蘇らせる”物語。
『燃え尽きた漆黒の長剣』
燃え尽きた刃に、再び火を灯す長い長い旅路。
その第一歩――堕落を経験させること。
「アレ、用意してあるんでしょ?」
カグラが横に並びながら問いかける。
エレネは渋い顔をした。
「う〜、一応あるけど……いやではないけど……ちょっとだけ主義に反するというか……」
「シナリオだから仕方ないでしょ! さっさと被りなさい!」
カグラが背中をぱしんと叩いた。
エレネは観念したように頷き、装備ウィンドウを開く。
――『闇妖精のデスマスク』
装備した瞬間、エレネの身体を黒い霧が包み込んだ。
ハイエルフの白い肌が闇に染まり、瞳が妖しく銀に輝く。
漆黒の鎧を纏い、禍々しい気配を放つその姿――まるで闇の騎士。
『燃え尽きた漆黒の長剣』が、その姿に呼応するように震えた。
「むむ、正体を現したな穢れた暗黒姉妹!」
ヘスペリアウスが咆哮し、突進してくる。
――ドグワッ!
聖盾がその突撃を叩き返し、ヘスペリアウスの身体が宙を舞う。
「うっさいわね、誰が穢れてるって!?」(※エレネです)
漆黒の剣が翻り、闇の斬撃が走る。
その剣筋は、もはや聖騎士のそれではなかった。
ユラユラと揺れるように間合いを詰め、敵の隙を突き、傷を抉る。
まさに正邪を問わぬ、影の騎士の剣技。
「うぐああーッ!」
ヘスペリアウスが苦悶の叫びを上げる。
いつの間にか、エレネの剣からは黒いエフェクトが滲み出ていた。
剣が闇の属性を帯び、ダメージが加速度的に増していく。
三段目のゲージが一気に消し飛ぶ。
エレネは軽やかに後方へ跳び、剣先を構え直した。
「アハッ、アハハ、楽しいわぁ〜♡ 痛い? ねぇ痛い?」(※カグラではなくエレネです)
完全にスイッチが入っていた。
「毒とか使っちゃおうかしら? カグちゃん、どの毒が一番痛いの?」
その様子に、カグラが引きつった笑みを漏らす。
「うわぁ……まるで狂戦士じゃん」
ちょっと引き気味のカグラ。
しかしその視線の奥には、確かな誇らしさが宿っていた。
光が強いほど、影は深く濃くなる。
そして――影が重なり、真の夜が生まれる。
物語は、いよいよ最終楽章へと進み始めていた。
* * *
「恐れ慄け――フィアー・オブ・ザ・ゾディアック!」
カグラの詠唱が響いた瞬間、空気が震えた。
見えない衝撃が爆ぜ、強烈な恐怖がヘスペリアウスを襲う。
(逃げなければ――一刻も早く……!)
だが、足が動かない。
膝から下を黒い鎖のようなエフェクトが縛りつけていた。
スネア。逃走を阻む足止め効果が、恐怖の衝動を地に繋ぎ止めている。
逃げることも、反撃することもできず、ヘスペリアウスは棒立ちのまま震えた。
最上位フィアーとスネアの重ねがけ――ネクロマンサーだけが扱える、悪名高き公式チートビルド。
『生ける屍』、まさにその名にふさわしい。
二段目のHPゲージが、黒に塗りつぶされていく。
(正義の体現者たる私が……下賤の輩に……なぜだ、なぜだ……!)
最後の一段が黒に侵食された瞬間――
ヘスペリアウスの中で、何かがはじけた。
「オォォォォオオオ……!」
ドス黒いオーラを撒き散らしながら、両手を天に突き上げる。
「来れ! サモン・ソルジャー!!」
地面に黒い魔法陣が浮かび、民兵たちが五人、呻き声と共に出現した。
「むむ……残りはこれしかおらぬのか……」
「召喚術? でも無駄ね」
カグラが肩をすくめる。
次の瞬間、黒い閃光が稲妻のように戦場を駆け抜けた。
五人の兵士は、一瞬で地に伏した。
「もう終わり? ねぇ、エレネ、つまんな〜い」
銀の瞳が退屈そうに揺れる。
「終わらぬ――おわら……オわラぬ!!」
ヘスペリアウスの声が、奇妙に歪んだ。
黒いオーラが渦を巻き、地を這う。
「キたレ! さモん・しチずん!!」
再び地面が光り、現れたのは――鎧も持たぬ人々。
銀行員のお姉さん、自由亭のウェイター、雑貨屋の婆さん、武器屋のドワーフ……
ヘスペリアの市民たちだった。
「チょウヘいダ! ジゆウのタめニたタかウのダ!!」
「……なんてことを」
カグラが、心底うんざりしたように顔をしかめる。
「あは♡ なんか獲物がいっぱーい!」
エレネが黒い稲妻のように踏み出しかけたが、カグラが首根っこを掴んで止めた。
「待ちなさい、あれは一般市民よ! 殺したら親密度が地に落ちるわよ!」
「しんミツ? なぁにそれ? あまい?」
「堕ちすぎでしょーもう……!」
カグラは軽くエレネの頬をはたく。
「よく見なさい、ちっこいのがいるわよ」
「はわわ♡ ドワちゃん、カワイイ!!」
「はいはい。ドワちゃんたちはやっちゃダメ」
「うぅ〜わかった! じゃあどれをヤればいいの?」
銀の瞳が獲物を求めて爛々と輝く。
「あのドス黒い霧を出してるおっちゃんに決まってるでしょ!」
「はーい♡」
再び黒い稲妻が走る。
盾を置き去りにして一直線に突進――
「スラッシュ・オブ・ザ・ダークネスフレイム!!」
『燃え尽きた漆黒の長剣』が黒炎を纏い、閃光のように唸る。
ヘスペリアウスは聖剣で受け止めるが、押し負け、後退した。
「オのレ、こムすメ! シねッ! シねェッ!!」
聖剣を掲げて突進する。
だが、その剣をエレネの漆黒の剣が吸い込むように絡め取り、天へと放り上げた。
エレネは漆黒の剣を天に突き上げる。
「我らが最高神の名を以って命ずる……」
その真言に世界が応える。
雷鳴が轟き――
漆黒の刃に、天の光が落ちる。
エレネの背に、青白い光の翼が広がった。
「スラッシュ・オブ・ザ・トゥールース!!」
稲妻と化した剣閃が、光速で突き刺さる。
「グうオおオおッ!!」
ヘスペリアウスのHPゲージが赤く染まり、10%を切った。
だが、エレネの身体も同時に光を失う。
黒炎が消え、変身が解けた。
「はわわ……わ、私……なんてことを……」
(※記憶は残っているようだ)
それでも、戦いは終わらない。
「クくク、マだダ……シみンどモよ、ヤれェ!!」
ヘスペリアウスの絶叫が響く。
市民たちは怯えながらも、手にした石を掲げた。
「どうする、カグちゃん……」
エレネが肩で息をしながら問う。
「困ったわね。市民、私が倒してもいいけど?」
「やめて……ヘスペリアがゾンビタウンになるのは、ちょっと……」
嫌な未来を想像して、エレネが頭を振る。
だが次の瞬間――
「エレネ様になにすんだ! この悪魔!!」
「親衛隊の結束を見よ!!」
「大食いの女王様は神様です!!」
市民たちは、石を悪魔=ヘスペリアウスに向けて投げつけ始めた。
顔を見合わせ、カグラとエレネが同時に吹き出す。
「どんだけ食べてるのよ……」
「そっちこそ、親衛隊……どんだけ親密度上げてんの……」
アレグロ・フェスティーヴォ。
最終楽章は、まるで祝祭のように高鳴る。
「――エンディング、行くわ」
エレネが宣言し、剣を構えた。
漆黒の刃が、わずかに白銀の炎を帯びる。
カグラはエレネの背にそっと手を当て、心の中で囁いた。
(光と影のマージングソウル――魂よ、ひとつに)
「行きなさい、エレネ」
頷きあう二人。
ヘスペリアウスは聖剣を拾い上げ、炎をまとわせながら咆哮する。
「モえツきロぉォ!!」
轟音。
炎の剣がエレネに振り下ろされる。
しかし、暗黒の刃が吸い込むように受け止める。
打ち合うたび、聖剣の炎が削がれていく。
燃え尽きていくその光を、逆に吸い込むように、
エレネの漆黒の剣はかつての炎を思い出し、輝きを増していく。
しかし、それは相反する属性のせめぎ合いだった。
――漆黒の剣が黒と白の狭間で激しく振動する。
エレネは歯を食いしばり、鎧を砕きそうな振動を両腕で抑え込み、振りかぶった。
「うおおおぉぉぉ!!」
エレネの背に黒い翼が広がった。
吸い込まれるような黒――彼方に星々の煌めきをたたえた無限の黒。
世界が刻の彼方――原初の『無』を思い出す。
「スラッシュ・オブ・ザ・コズミック・ヴォイド!!」
虚無の剣閃が、紅蓮を両断する。
ヘスペリアウスの聖剣は真っ二つに折れ、光の粒子に変わって散った。
『燃え尽きた漆黒の長剣』が、その粒子を静かに吸い込む。
黒い刃が、ほんのわずかに艶を取り戻した。
「おやすみなさい、また良い夢が見れるといいわね」
エレネは最後にそう呟いて微笑んだ。
「ユめ……あぁ……イエス・マイ・クイーン……」
ヘスペリアウスは静かに事切れ、再び女王に仕える甘美な悪夢に沈んだ。
振り返るエレネ。
手をゆったり振る女王の後ろに、民兵たちがかしずいていた。
* * *
戦いのあとに残ったのは、風の音だけだった。
焦げた草の匂いが鼻をつき、遠くではまだ小さく炎が揺れている。
エレネは膝をつき、剣の切っ先を地面に立てた。
息が白く揺れる。視界の端で、カグラが杖をつきながら歩み寄ってくる。
「……生きてる?」
「ギリギリ。あの最後のは、完全に反則技よね」
「お互いさまじゃない?」
ふたりは顔を見合わせて、小さく笑った。
笑いながらも、エレネの手はまだ微かに震えている。
カグラがその手をそっと抑える。
「怖かった?」
「……うん。あれが自分だなんて、ちょっと信じたくなかった」
しばらく沈黙が落ちた。
風が鎧の隙間を通り抜け、金属の音をかすかに鳴らす。
「でもね、あの感覚……どこか懐かしかったの」
「懐かしい?」
「うん。昔、まだゲームが“楽しかった頃”の、あの感じ。
勝っても負けても、ただ全力でぶつかってたあの頃」
カグラは少しだけ表情をやわらげた。
「……悪くない落ち方だったわね」
「うん。たぶん、もう一回はやらないけど」
エレネはそう言って、黒く焦げた剣を見下ろした。
そこに、わずかに光が差す。
燃え尽きたはずの刃が、ほんの一瞬だけ――白銀に輝いた気がした。
――パラディン叙事詩クエストは、まだ終わらない。
だが、その続きを語るのはまた別の物語である。
* * *
──火星の衛星・フォボス、観測室。
監視者B 「パラディンエピック第一段階突破者が出ました」
監視者A「デスゲーム下で茨の道を進むか……」
監視者D 「映像、出します」
モニターの中で稲妻のように駆ける黒エレネ。その狂乱の嘲笑が、観測室の空気を震わせる。
監視者D「うわぁ……」
監視者C「こら、あかん、背中がゾクゾクするわ」
監視者D「先輩、背中なんかないでしょう?」
監視者C「ワハハ、例えや、た・と・え」
監視者A「タグ付与――『#純白き天使の堕天』」
監視者C 「Aはん、彼女には甘いでんな」
監視者B 「『#女王陛下の甘い夢』も付けましょう」
監視者C 「あんさんもかーい!」
(Fin)
――第三十八話あとがき
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。
『マジセラ』のパラディン、エレネです。
次回の『マジチー』は今週金曜日のお昼頃に閑話を投稿予定とのことです。
ガン鉄さんが、とんでもないものを生み出してしまうらしいです。
私もちょっとだけ出るかもしれません。
よろしければ、そちらも覗いてみてくださいね。
もし少しでも楽しんでいただけたのなら、ブクマや★だけでもいただけると、作者も……いえ、私も励みになります。
……ええ、見ていましたとも。
闇に堕ちた“あの私”を、少し離れた場所から。
醜態を晒してしまい、実にお恥ずかしい限りです。
カグちゃんがいなければ、自由都市が死霊都市になっていたかもしれません。
でも――あれも、確かに私です。
否定はいたしません。
無意識の奥底に封じ込めていた剣の記憶。
抑えのない、あの刃の軌跡……恐ろしくも、美しかった。
また――いえ、二度と堕ちませんとも。
(たぶん、きっと……おそらく……)
――エレネ




