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第三十七話:光と影の交響曲(前編)

 ――それは、短いメッセージだった。


『梯子の下で待つ――エレネ』


 意味は、わかる。

 だが――どこの梯子だろう?


 いや、もしかして符牒か。

 カグラは首をかしげる。


 やがて思い出して、ふっと笑った。

 古いゲームの風習だ。

 “梯子の下で待つ”――それは、光と影が交わる場所を示す符牒。


「ピコは留守番ね」

「はい、マスター。お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 黒ウサ耳の妖精ピコが胸の前で手を合わせ、軽く頭を下げた。

 鏡の中のGM執務室には、二人の気配しかない。


 GMメニューからドルイドの転移魔法を借用する。

「ゲート:クロスロード!」


 蒼い光の柱が静かに立ち上がった。

 空気が震え、カグラの姿は光の中に消えた。


* * *


 転移先は、風に晒された丘の上だった。

 円を描く巨石群――ストーンヘンジの中心。

 ドルイドゲートの転移先はこの場所だ。


 眼下には、広大な平原が広がっている。

 街道が十字に交わり、その中央に石碑が立つ。

 そこがクロスロード――

 オーダーの都市を繋ぐ街道と、カオスの拠点を繋ぐ街道が交わる十字路。


 人の気配はほとんどない。

 吹き抜ける風だけが、乾いた音を運んでいく。

 その静寂の中で、ただひとつ――白銀の鎧だけが陽光を返していた。

 エレネだ。


「なんの用かしら? 光の騎士様?」


 背後から声をかけると、エレネが飛び上がった。


「オ・ラ・ラ!? もーっ、びっくりさせないでよー!」


 頬をふくらませて抗議するその姿に、カグラは口元をゆるめた。


「でも早かったわね。ヘスペリアにいたの?」


「まあ、そんなとこ。……一人なの? 珍しいわね」


「えっと……その……手伝ってほしいクエストがあって……」

 もじもじと指を絡める聖騎士。


 カグラはピンときた。

「オーダーの仲間たちには頼めない……アレね?」


「そ、そうなの。カグちゃんにしか頼めないの」

 縋るような目で手を合わせるエレネ。


 普段は見せない表情に、カグラは小さく笑う。

「よろしい、お姉さんが手伝ってあげましょう」


――――――――――――――――――――――――

【ヘスペリアの落日】【パラディン叙事詩クエストⅠ】

依頼者:シルファン・ド・シルヴァノール

目的地:ヘスペリア西門

依頼内容:自由都市ヘスペリアは、腐敗した民兵組織によって支配されている。組織の長を討伐し、正義の聖剣を奪還せよ。

堕落と向き合い、己が剣を成長させるのだ。

クエストアイテム:聖剣の償還状

難易度:★★★★★

報酬:聖剣の魂魄

――――――――――――――――――――――――


 ――光と影が交わる場所で、物語の序奏が始まる


* * *


 パラディンの叙事詩クエストは、各クラスの叙事詩クエスト中でも最難関とされている。


 理由は単純だ。

 ――のっけからヘスペリアのガードと敵対関係になるのである。


 妖精島から中央大陸へ渡る玄関口であり、最初期の安全地帯でもあるヘスペリア。

 そのガードたちを敵に回すということは、すなわちこの世界の「秩序」そのものを敵に回すということだ。


 しかも転移魔法を使えない聖騎士にとって、街間の移動は常に徒歩。

 一度敵対すれば、門も通れず、宿も使えず、逃げ場もない。


 さらに、このクエストを他のプレイヤーに手伝ってもらうと――

 パーティメンバーの親密度まで一緒に下がってしまうという致命的な問題があった。


 ――つまり、オーダー陣営の仲間には絶対に頼めない。


 そして、今はさらにやっかいな問題があった。


「……ヘスペリアのガードって、今カグちゃんの……ですよね?」


「うん、アンデッド化してる。ペット欄にまだ残ってる」


 カグラは淡々と答えながら、インターフェイスを開く。

 ペットウィンドウのリストには、ずらりと並ぶ名前――ヘスペリア民兵隊長、民兵A、民兵B……延々と続く。


「つまり、クエストが始まった瞬間から、私が敵の親玉扱いになるってことね」


「は、はは……なんか、すみません……!」

 エレネが情けない笑みを浮かべて頭を下げる。


 カグラは小さくため息をついた。

「……まあ、これはもう、まともに進行するかどうかも怪しいわね」


「そ、そんなぁ……!」

 エレネが肩を落とす。


「とりあえず、解放すればリポップするかも?」

「それ! お願いします!」

 エレネは拝むように両手を合わせた。


「リリース!」(※呪文ではない)


 カグラが叫びながら、ペット窓の『解雇』ボタンを連打する。

 民兵、巡回兵、門番、弓兵……次々と名前が灰色になっていく。


 数が多い。

 そして、途中で「ほんとに削除しますか?」という確認ウィンドウが出るたび、カグラは迷わず「はい」を押した。


 ――およそ三分後。


 ヘスペリアの街門前。

 アンデッドと化していたガードたちが、黒い霧となって次々と消えていく。

 その消滅はまるで夜が明けるように静かだった。


 やがて、視界の端に通知ログが流れる。

『ヘスペリア民兵隊長がリポップしました』


「お、早いね」

「助かった……これでクエストが進みます!」


 どうやら、街を守るNPCが長時間不在にならないように、リポップ時間が短く調整されているらしい。


 西門の屯所に、装備のきらめきを取り戻した隊長の姿を確認して、二人は小さく頷き合った。


* * *


 ヘスペリア民兵組織の隊長――ヘスペリアウスは、長らく悪夢を見ていたような気分だった。


 自由を失い、誰かにかしずき、

 屈辱的で……どこか、甘美な時間。


 ――だが、それももう終わりだ。


 頭を振って、霞のような記憶を振り払う。

 目の前の部下たちが心配そうに見上げていた。


「見回りに出るぞ! 三人ほどついてこい!」


 力強く命じると、兵たちは一斉に敬礼する。

 その動作ひとつで、ようやく現実の手応えを取り戻したような気がした。


 ヘスペリアウスは部下を引き連れて西門から街の外へ出る。

 いつもの巡回路。

 だがこれは――クエスト進行のトリガーでもあった。


 目的はただひとつ。

 初心者エリアの外れで、あの文書を渡すこと。


* * *


 門から最も離れた地点。

 枯れ草が風に揺れ、遠くに赤茶けた荒野がのぞく。


「隊長さん。これをご覧ください」


 エレネが一歩前へ出て、封印された羊皮紙を差し出す。

 それはクエストアイテム――『聖剣の償還状』。


 少し離れた場所から、カグラが腕を組んで様子を見守る。

 その隣では、骨の音を鳴らしながらスケルトンのホネキチが首をかしげていた。


「うまく反応するかしらね……」

 カグラが小声でつぶやく。

 イベントトリガーが機能するかどうか、半信半疑だった。


 ヘスペリアウスは償還状を受け取り、ゆっくりと目を通す。

 瞬間、眉がピクリと動いた。


「……私の聖剣を、奪うと?」


 低くつぶやくと同時に、彼は腰の剣を抜き放つ。

 金属音が空気を裂き、刀身に炎が走る。


「面白い。どちらが堕落した聖騎士なのか――その腕で証明せよ!」


 天に掲げられた聖剣が、渦巻く炎をまとって唸りを上げた。

 その瞬間、彼の頭上のネームタグが敵対色の赤に染まる。

 頭上に現れたHPゲージは五本。かつて対峙したドラゴン並みの強敵である。


 エレネが一歩退き、盾を構える。

 その顔には恐怖ではなく、決意があった。


「……始まったわね」

 カグラがつぶやき、杖の先を軽く地に突く。

 ホネキチがケタケタと笑いながら、前線へ歩み出た。


 ――光と影の交響曲、その第一楽章が鳴り始めた。


* * *


 /considerで脅威度を確認する。


 画面に、真っ赤な文字列が浮かび上がった。

『死ぬ気なら止めない。でも勝てる気がするなら、それは錯覚だ』


 ヘスペリアウス。

 レベルキャップの自分から見ても、底が知れない。


 続けて、背後の三人を確認する。


 黄色の表示。

『危険な相手だ。仲間と組んで挑むのをおすすめする』


(ホネキチだけでは荷が重いかしら)

 ポーチの中の黄金の骨片に指を伸ばしかけて、思い直す。

(……派手にやると、あとでエレネが苦い顔をしそう)


 もっとも、ネームドの黄金スケルトン『ホネキチ』を召喚している時点で、相当のチートである。


 それでも、久々のネクロマンサームーブ。

 抑えきれない微かな高揚が胸の奥をくすぐった。


(楽しまなきゃ損ね)


「ボンド・オブ・ダークネス」


 黒い光が走り、四人の兵士を順に貫く。

 遅延ダメージと行動阻害。

 通常、盾役がタゲを取っていない敵に魔法職が攻撃を入れるのは御法度だ。


 案の定、フリーだった二人の兵士が怒声を上げ、カグラへ突進してきた。


「ダークエルフではないか!」

「異端者め! 神の鉄槌を受けよ!」


(テンプレ過ぎる罵倒……あぁ。ゾクゾクしちゃうわ)

 舌舐めずりをして獲物を眺めるカグラ。


 剣が振り下ろされようとした、そのとき――


「ウェーブ・オブ・テラー!」


 二人の兵士が突如、恐怖に駆られたように後退した。

 やがて踵を返し、逃げ出す。


 鈍足化の魔法にフィアー系の魔法を組み合わせる。

 逆凧揚げと呼ばれるネクロマンサーのお家芸である。


「か弱い女の子にお痛しちゃダメよ?」


 ゆっくり遠ざかる背中に、さらに疫病と毒のDoTを重ね掛けする。

「ポイズネス・ブラッド!」

「ディジーズ・クラウド!」


 黄色の脅威度とは思えない速度でHPゲージが削れていく。


「ひいい、ば、ばけもの……」


 振り返りながら逃走するガードたちが、恐怖に目を見開いた。


 アダージョ――第一楽章はゆっくりと終止符に向かっていく。


* * *


 炎渦巻く聖剣が、空を裂いて振り下ろされた。

 爆ぜるような衝撃音。焦げた風が一瞬、戦場を灼く。


 だが――エレネの姿は崩れなかった。


 白銀のタワーシールドが、その炎をがっしりと受け止めていた。

 優美なハイエルフの姿に似合わぬ、無骨な金属の塊。

 だがその盾は、かつてドラゴンの一撃すら防いだことがあるのだ。


「この聖剣の攻撃を止めるとは……魔法金属製か!?」


 ヘスペリアウスが目を見張り、間合いを計る。

 炎の刃を構え直し、足を滑らせるように後退する。


 だが、エレネはその隙を与えなかった。


 ――バッシュ。


 大きな盾がそのまま武器と化し、真正面から叩きつけられる。

 金属と金属がぶつかり合い、雷鳴のような音が響く。


 スタン効果を持つ、盾役の基本スキル。

 だが、これはもはや“打撃”だった。

 まともに食らったヘスペリアウスがタタラを踏み、身体を硬直させる。


 その一瞬を逃さず、エレネが踏み込み――


「ダイアゴナリー・スラッシュ!」


 袈裟懸けの剣閃が、炎を断ち、空気を切り裂く。

 視界の端で、ヘスペリアウスのHPゲージが一段目を失った。

 残りは、四段。


 その様子を遠くから見て、カグラが小さくため息をつく。


「ガン鉄のおっさん……ハイエルフになんて脳筋装備渡してんのよ……」


 呆れたように呟きつつ、フィアーの切れかけた二人へ再詠唱をかける。

 闇が走り、再び兵士たちの瞳が恐怖に染まる。

 叫びを上げながら、彼らは剣を取り落とし後退した。


 さらに指先を返し、もう一つの魔法を重ねる。


「ボイル・ブラッド!」


 鈍く赤い光が、敵兵の体表を這い上がる。

 血液そのものを煮え立たせる、ネクロマンサーの遅延ダメージ魔法。


 毒、病、炎熱、呪い――

 系統の異なるDoTだけを選び、慎重に重ねていく。


 赤・緑・紫のエフェクトが絡み合い、敵兵のHPゲージが静かに燃え落ちていく。

 ダメージも桁違いになるが、その分だけ敵のヘイトを激しく引き寄せる。


 通常のパーティなら、硬い盾役がヘイトを受け、

 魔法職は安全圏から攻撃するのが定石。

 だが――今の構成は、光と影、そして骨ひとつ。


 盾は一枚、杖は一本。

 守るより、倒す方が速い。


 それが、いま取るべき最適解だった。


 カグラの口元がゆるむ。

 戦場の熱気が、血潮のように高鳴っていく。


 ――アレグロ。


 展開は速度を増し、第二楽章を締めくくる。


* * *


 ――不協和音。

 第三楽章の始まりは、大きな転調を迎える。


 ほんの少しだけ、運が悪かった。


 何度目かのフィアーの掛け直しが、

 ホネキチがキープしていたガードにも入ってしまったのだ。


 黒い波動に怯えたガードが、門の方へ向かって逃げ出す。

 位置が悪い。――門寄りだ。


「……あら、そっちはダメよ」


 カグラが低くつぶやいた。

 だが、ホネキチは甲高い笑い声を上げて追いすがる。

 その骨の脚では追いつけない。

 ガードはそのまま、門番の前まで走り抜けてしまった。


 逃げた先にいた門兵が、異変に気づいた。


 金属靴が石畳を蹴り、詰め所の方から視線が一斉に向く。

 剣の鞘が鳴り、盾が掲げられた。


 ――リンク。


 逃走した兵を起点に、門番も弓兵も次々と戦闘に加わる。

 詰め所から怒号が響き、武装した兵たちが雪崩れ出た。

 連鎖は、もう止まらない。


「骨の化け物め! 自由都市に貴様の居場所はない!」

「操っているのは穢れたダークエルフか?!」

「者ども、出合え!」


 怒号が重なり、地を震わせる足音が迫る。

 中には副隊長クラスの姿も混じっていた。


 瞬く間にホネキチは包囲され、

 無数の剣と槍がその骨の身体に降り注ぐ。

 HPゲージがみるみる削られていく。


「ちっ、まずいわね……」


 カグラは戦況を見て歯噛みする。

 エレネはヘスペリアウスと剣戟を重ねており、こちらを援護する余裕はない。


 ペットヒールで回復はできる――だが、

 この状況で回復行動を取れば、敵のヘイトが一斉に自分へ殺到する。

 死ぬのはホネキチではなく、マスターの方になるだろう。


 ――ならば。


 カグラは別の手札を選ぶ。

 黒い指先が空を切るように弧を描き、冷笑が唇をかすめた。


「キス・オブ・ザ・リーパー・オーバーライド!」


 一応、ネクロマンサーの正規魔法だ。

 ……エレネには、後で言い訳が立つ。


 黒い霧の中から、死神の幻影が現れる。

 その前には巨大なルーレット。

 カラン、と黒い玉が投げ込まれた。


 回転するマス目。

 描かれたのはすべてドクロ――

 ただひとつだけ、金のドクロマークが不気味に光っている。


 黒玉は吸い寄せられるように、

 その金のドクロへと転がり――止まった。


 死神の大鎌が弧を描く。

 金属音のような風切り音とともに、

 首が飛んだ。


 回転しながら宙に舞ったのは金のシャレコウベ……ホネキチの頭蓋骨だった。


 ――瞬間、時間が止まったように静まり返る。


 敵兵たちが呆気に取られ、動きを止める。

 首を失ったスケルトンの身体が、

 ゆっくりと、自分の頭蓋骨を両手で受け止めた。


 その骨の隙間から、

 黒い霧が噴き出す。


 カラカラと鳴っていた骨が軋み、

 表面を、乾き切った肉が覆っていく。

 眼窩の奥で紫の炎が灯る。

 脇に抱えられた頭蓋骨の裂け目のような口が、嗤った。


 そして、その身を覆うのは――

 金糸で縁取られた闇色のローブ。


 圧倒的な魔力の波動が空気を揺らす。

 地面の草が逆立ち、空気が焦げた。


『リッチー』。


 強大な魔力を操る、不死者の最終形態。

 ホネキチが、静かに杖を掲げる。


 その杖先から紫電が走り、

 周囲の兵士が次々と吹き飛ぶ。


「ケタ……ケタ……ケタケタケタケタァァァッ!」


 哄笑が轟く。

 恐怖に逃げ惑う兵士たち。

 燃え落ちる木柵。

 魔法陣が重なり、戦場が閃光で塗りつぶされる。


 ――不協和音。

 それは、秩序が崩壊し、光と影の境界が狂う音。


 第三楽章は、狂乱の独奏ソロでクライマックスを迎える。


* * *


「スラッシュ・オブ・ザ・ディヴァイン・ライト!」


 エレネの声とともに、漆黒の剣が光を放った。

 閃光の刃が弧を描き、炎を纏った聖剣とぶつかり合う。

 衝撃音が重なり、地面の砂が舞い上がる。


 だが、眩い光の余波が消えたとき――

 ヘスペリアウスは微動だにしていなかった。


「この聖剣の攻撃を止めるとは……だが、貴公の光もまた、薄いな」


 エレネは歯を食いしばる。

 聖属性の剣技――『ディヴァイン・ライト』。

 だが、相手もまた聖騎士。聖なる刃は、同質の加護を受けた肉体には通りにくい。

 HPゲージは確かに削れている。

 けれど、それは焦げ跡のような微々たる減少にすぎなかった。


(……固い。まるで鉄壁そのもの)


 その間にも、背後――門の方では新たな手勢がリンクしたらしい。

 怒号と足音が風に乗って届く。

 だが、援護に回る余裕はない。

 目の前の敵を止めるだけで精一杯だった。


(撤退すべき、か……)


 冷静な自分が、心の奥でそう囁いた。

 だが――


「カグラ! 一旦、撤退――」


 言い終える前に、炎の軌跡が割り込んだ。


「スラスト・オブ・デッドリーポイズン!」


 黒炎を帯びた剣が、閃光のように走る。

 鋭い痛みが肩を貫いた。

 エレネの左肩から、紫色の煙が立ち上る。


「ぐっ……!」


 反射的に盾を構えようとするが、左腕に力が入らない。

 白銀のタワーシールドが重力に引かれ、地面に突き刺さる。


「聖剣で……闇属性のスキルなんて……!」


 震える指で肩を押さえながら、後退する。

 視界の端に毒アイコン。

 緑のデバフ表示が点滅する。


「ヒール!」


 光が走り、傷口が閉じていく。

 だが、毒は残ったままだ。


「フフッ、目覚めたら使えるようになっていたでな」


 ヘスペリアウスの声が、どこか楽しげに響く。

 剣を翻し、再び踏み込む。


「デモニック・カーヴ!」


 炎と闇の混じった剣閃が、鞭のようにエレネを打つ。

 彼女は辛うじて受け流すが、盾を失った今、受ける衝撃のすべてが身体に響いた。

 膝が沈み、息が荒くなる。


 剣が踊る。

 まるで相手を痛めつけ、絶望を愉しむように。

 聖騎士の動きではなかった。


「堕落した聖騎士は……そなたの方だったな」


 ヘスペリアウスが炎の剣を掲げる。

 その刃が紅蓮の弧を描く。


「ライフタップ・オブ・ジ・エビル!」


 衝撃波が走る。

 エレネの身体が地面に叩きつけられた。

 HPゲージが一気に赤く染まり、

 同時に、敵のゲージは完全に回復していく。


「くっ……どっちが……」


 血を吐きながら、立ち上がろうとする。

 だが、脚が震え、力が入らない。


 残りHPは10%を切り、

 HPゲージが警告の赤に染まる。

 さらに、毒状態を示す緑の警告色が重なり、

 ふたつの光が交互に瞬いて警鐘のように揺れた。


「トドメだ! 穢れたハイエルフ、いや――ハイダークエルフか?」


 炎を纏った剣が振り上げられ、

 勝ち誇った笑い声が夜気を裂いた。


 ――その時。


 エレネの背後に、ひとつの影が音もなく寄り添った。

 闇色のローブが風に翻る。


「堕落の定義って……なにかしら?」


 冷ややかな声。

 その響きに、ヘスペリアウスの動きがわずかに止まる。


「カグちゃん……逃げて……無理しないで」


 エレネが振り返り、息も絶え絶えに言う。

 だが、カグラは薄く笑った。


「ここで逃げた方が……本当の堕落よ」


 その瞳には、恐怖も迷いもなかった。

 杖の先が紅く輝く。


「燃え立つ生命のトランスファレンス!」


 エレネの身体が一瞬、光に包まれる。

 カグラのHPゲージが急降下し、エレネのゲージがみるみる回復していく。


「脈打つ毒牙のトランスファレンス!」


 今度は逆。

 毒のデバフが、エレネからカグラへと移動する。

 緑のエフェクトが流れ込み、カグラのHPゲージが赤と緑に明滅する。


「っ……!」


 痛みが全身を貫き、カグラの膝が地に沈む。

 それでも、唇に笑みを浮かべたまま、手を掲げた。


「カグちゃん……なんてことを!」


 エレネが振り返る。

 その手を、カグラが静かに制した。


「今は前を向きなさい。……光の騎士さん」


 闇と毒を背負い、カグラは座り込む。


「穢れた亜人がまだいたのか!」

 背後から二人に襲いかかる炎剣を、エレネが漆黒の剣で払い上げた。


 刃と刃がぶつかり合い、火花が散る。

 ふたりの影が、ひとつの光の中で交差した。


「もう……後で説教よ!」


 エレネが微笑み、剣を構え直す。

 その瞳は、もはや迷っていなかった。


 友を信じて前へ進む。

 それが、光と影の交響――二重奏の始まり。


 第四楽章は、燃え立つデュエットで幕を開けた。


(つづく)


――第三十七話あとがき


最後まで読んでくれてありがとね。

後編は来週火曜日のお昼頃に投稿予定よ。


いよいよ、エッちゃんが真の力を解放するわ。

あの子、本気を出すとほんっとに綺麗なの。

今のうちにブクマして、見逃さないようにしといてちょうだい。


もし少しでも楽しんでもらえたなら、ブクマやポイントだけでも入れてあげると作者が喜ぶわ。

……たぶん、私もね。


毒? ええ、ちゃんと効いてるわよ。

ちょっと痛いけど――その痛みがね、ゆっくり身体の奥でゾクゾクして……悪くないの。

ま、日頃から魔獣肉とか叫ぶ野菜とか食べてるせいかもね。

あら、もしかして? あなた、心配してくれてたのね。

嬉しいわ……うふふ。


――カグラ


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