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閑話:下水迷宮のニュービィ(前編)

だいぶ長くなってしまったので、分割します。

後編もすぐに投稿しますのでよろしくお願いします。

 セレノスの地下には、もうひとつの街がある。

 石畳の下に広がる、果てしない下水道網。

 そこは、シーフやネクロマンサーなど――カオス系ギルドの根城であり、同時に初心者冒険者の登竜門でもあった。


 街角の井戸のひとつ。

 古びた木枠の上に、白いワンピースの少女が静かに佇んでいる。

 風が吹くたび、髪がふわりと揺れ、頭上の金色のクエスチョンマークがきらりと光った。


――――――――――――――――――――――――

【迷子の仔犬】

依頼者:ハンナ

目的地:セレノス地下下水網

依頼内容:迷子の仔犬を探して欲しいの。

ヒント:きっと井戸の中なの。

難易度:★★

報酬:犬笛のネックレス

――――――――――――――――――――――――


 少女の前に、六人の男女が集まっていた。

 全員が同じクエスト窓を覗き込み、顔を見合わせる。


「……報酬、微妙だな」

 最初に口を開いたのは、シーフのヤオキだった。眉間に皺を寄せ、指先でクエストウィンドウを軽く叩く。


「犬笛のステータスって見れねーの?」

 隣で腕を組むのは、モンクのアルゴ。

 ヤオキがもう一度、文字列のあたりをタップしてみるが、何の反応もない。


「鑑定スキルが高くないと見れないのかも?」

 後ろから背伸びして覗き込んだのは、ドルイドの少女チコリ。柔らかい声でそう呟く。


「鑑定かー……あれ地味に上げにくいんだよね」

 ハンターの少年ユウタが苦笑しながら同意した。


「今のランクより難易度が低い品だと上がらないし、高いと今度は失敗してやっぱり上がらないものね」

 ウィザードのフレイアが両手を広げ、ため息をつく。


「成功しても上がるとは限らないし、成功したらしたで、もうそのアイテムはスキル上げには使えないしな」

 パラディンのコウイチが腕を組み、渋い顔。


「このゲーム、どんだけマゾ仕様なのよ……」

 フレイアが顔をしかめ、全員がうんうんとうなずく。


 ひとしきり文句を言い合ったあと、コウイチがぽんと手を叩いた。

「とりあえず、これも受けておこう。後で誰かに実物を鑑定して貰えばいい」


 その提案に、全員が頷いた。

 今回の目的は――セレノスの地下世界、下水道のクエストをいくつかまとめて受けて、探索ついでに腕試しをすること。

 彼らの“セレノス地下探検”が、今まさに始まろうとしていた。


* * *


 時を同じくして――セレノスの酒場兼宿屋『ルーイン・ゴート』の二階。

 子どもたちの部屋では、冬の日差しが窓から斜めに差し込み、床にぽかぽかとした光の帯を作っていた。


「龍手馬取りだー!」

「うー、まった……!」

「またかよー、仕方ないなー!」


 畳のようなラグの上で、アキラとハルトが夢中になって向かい合っている。

 二人の間に広げられたのは、クリスマスにサンタさん(?)から届いた新しいおもちゃ――『EOF将棋』。

 木製の駒の代わりに小さなモンスターや魔法陣が彫り込まれていて、動かすたびに「ピコッ」「ブシュウッ」と光るという凝った品だ。


「こんどはドラゴンの前にスライム!」

 ハルトが駒をひょいと置く。

「いいの? なら今度は――龍手鬼取り!」

「うわーん! また取られたぁー!」


 ボードの上では、スライムがとろけ、鬼の駒がピョンと消える。

 二人は大笑い。

 部屋中に子どもたちの歓声が響いた。


 ――その一方で。


 ベッドの上で横になったまま、退屈そうに天井を見上げている少女がひとり。

「もー! またふたりだけで遊んでばっかり」

 ナツキは頬をふくらませると、むくりと起き上がり、そっと部屋を出ていった。


 手には、クリスマスにプレゼントされた――魔法のステッキ。


 杖の先端では、小さな赤い宝石がかすかに光を返している。

 その光はまるで呼吸するようにゆらゆらと脈打ち、見ているだけで胸がどきどきした。


「……えへへ。ちょっとだけ、試してみようかな」

 ナツキは嬉しそうに笑い、ステッキを胸の前で抱きしめる。


 廊下の窓から差し込む光が宝石に重なり、赤いきらめきが壁を照らした。

 ドアが静かに閉じられる音がして、部屋には再びアキラとハルトの声だけが響く。


「ほら、次はボクの番だよ!」

「また龍手〜!」

「ドラゴンばっかりずるいー!」


 ――誰も知らない。

 ナツキがそのステッキを手に、どこへ行こうとしていたのかを。

 そしてその先が、“セレノスの地下”へとつながっていることを――。


* * *


 石の井戸を降りた六人は、じめじめとした空気の中へ足を踏み入れた。

 薄暗い通路には、ゆるやかな水の流れと、かすかな鉄の匂い。

 壁には苔がびっしりと張りつき、足音を立てるたびに、小さな何かが水を跳ねさせて逃げていく。


「よし、じゃあ探索開始だな」

 パラディンのコウイチが言い、皆が頷いた――が。


 ひとつだけ、問題があった。


「えへへ、あたしも行くー!」

 白いワンピースの少女――メリアが、井戸を降りた彼らの後ろを、トコトコとついてきていたのだ。


「……エスコートクエストだったか」

 ヤオキが眉をひそめる。


「しかも、ガキの護衛なんて難易度高くねーか?」

 アルゴが渋い顔をした。


 嫌な予感は、案の定すぐに的中する。


 メリアが急に通路の奥へ駆け出した。

「チロの声がしたわ――あら、違ったわネズミね」


「ちょ、待って! 危ないよ!」

 ユウタが慌てて追いかけるが、すでに遅い。

 闇の中からぴちゃぴちゃと水音が響き――巨大なネズミの影が飛び出した。


「ジャイアントラット!? やばっ!」

 フレイアが悲鳴を上げ、慌てて詠唱を始める。

「ファ、ファイヤボール!」


 ごうっと赤い火球が放たれ、狙いを外して壁に当たる。

 焦げた苔がパチパチと燃え、湿気に包まれた空気が一瞬で熱気に変わった。


「燃やすなーっ! ここ下水だぞっ!」

 ヤオキが叫び、アルゴが木の棍を振り下ろす。

「どりゃあっ!」

 ラットがキーキー鳴いて逃げていった――が、一匹だけ、コウイチの剣で浅く斬られ、足を引きずりながら水際にもがいていた。


「ふ、ふう……」

 全員が息を整える中、メリアだけがケロッとした顔で笑っていた。


「あ、あれはチロの首輪かも……違ったわ、鉄の入れ歯みたいね」

 少女は近くの壁際で、今度は罠のような金具をいじろうとしている。


「触るなーっ!!」

 コウイチとヤオキ、そしてユウタが同時に飛びついて引き離した。


「……もう、危なっかしくて目が離せないよ」

 ユウタが苦笑しながらつぶやく。

「早く本物のチロを見つけて、帰ろう」


 全員が静かにうなずいた。


 そのとき、チコリがぽんと手を打った。

「そういえば、わたし『センス・アニマル』の魔法、買ったんだった!」


「そういうのもっと早く言ってよー!」

 ユウタがメリアを押し留めながら苦笑する。


 チコリはポーチから巻物を取り出し、魔導書窓を開く。

 空いているスロットに書き込むには詠唱時間が必要で、

 さらに詠唱スロットに“メモライズ”するにも同じくらいの時間がかかる。


 しばらく集中してから、チコリは杖を構えた。

「センス・アニマル!」


 淡い光がチコリを包み、彼女がくるりと回る。

 ゆっくりと光が収まると――その指先は、さっきコウイチが斬りつけて弱々しくもがいているジャイアントラットの方を向いていた。


「…………」

 全員が無言でその方向を見る。


 ラットがぴくりと尾を動かし、最後のひと鳴き。


「つ、使えねえ……」

 ヤオキがぼそりとつぶやいた。


「リストとかでねーの?」

 アルゴが首を傾げる。


「『追跡(トラック)』使った方がよくない?」

 フレイアが提案する。

「あれなら、距離別一覧になるんでしょ?」


「うーん、『追跡』スキル、野外限定なんだー」

 チコリが困った顔で首を傾げる。


「じゃあ、ネズミとかコウモリとか、動物系は掃除しちゃおうよ」

 ユウタが前を向いた。


「賛成」

「異議なし」

「むしろスッキリする」


 全員の意見が一致し――


 こうして、彼らの下水道大掃除クエストが幕を開けたのだった。


* * *


 ――下水道大掃除、開始から一時間。


 ネズミの群れは一掃され、頭上を飛び回っていたコウモリたちもフレイアの攻撃魔法で焼き払われていた。

 じめじめした空気の中にも、ほんの少しだけ清涼な風が流れ始めている。


「ふぅ……もうどれくらい掃除したかな」

 ユウタが弓を肩にかけながら言う。


「そろそろ“本命”を探したいね」

 フレイアが髪を払いながら辺りを見回す。


 チコリは再び杖を構えた。

「センス・アニマル!」


 淡い光が彼女を包み、今度はくるくると三回転。

 光が止まったとき、チコリの指先は南側の支流を示していた。


「今度こそ……当たりみたい!」

 チコリが笑顔で言うと、全員の表情がぱっと明るくなった。


 狭い通路を抜けると、そこはやや広い空間。

 水面の向こう側で、半透明の緑色の塊がぬらりと揺れていた。


 ――『キューブ・スライム』。


 ゼリーのような体の中に、白い仔犬が取り込まれている。


「あっ……チロだ! チロー!」

 メリアが叫んで駆け出した。


「はい出たー! 突撃癖、再発ー!」

 ヤオキが頭を抱え、アルゴが慌てて前に出る。

「止まれメリア! 危ないって!」


「ですよねー……!」

 ユウタが溜息をつきながら弓を構える。


「囲んで! 仔犬を巻き込むなよ!」

 コウイチが剣と盾を構え、仲間たちに指示を飛ばす。


 チコリは防御魔法の詠唱を始め、

 フレイアは慌てて両手を突き出した。

「ファ、ファイヤボ――」


「待て待て待てっ! 大きい魔法は禁止! 天井低いし、爆発したら蒸し焼きだ!」

 コウイチが慌てて制止する。


「えっ……そ、そうだった!」

 フレイアが詠唱を止めて青ざめた。


「俺が前で受ける! 二人は左右から!」

 コウイチが盾を構えながら前へ出る。

 ヤオキとアルゴは頷き、それぞれ身軽に左右へ回り込んだ。


 その瞬間、スライムの表面が波打つように膨らみ、

 ぬるりと押し寄せる壁がメリアの足元を覆いかけた。


「きゃっ――!」

「メリア! 動かないで!」

 ユウタが素早く矢をつがえる。


 狭い通路では弓の取り回しも難しい。

 それでも、透明な塊の中心――わずかに赤く輝く核を視界の真ん中にとらえる。


「――そこだ!」


 放たれた矢が空気を裂き、

 キューブ・スライムの核を正確に貫いた。


 ぶしゅっ、と鈍い音。

 緑色の立方体の奥で、赤い光が弾ける。


 スライムの輪郭がふるりと揺らぎ、表面が波のように崩れていった。

 やがて四角い形を保てなくなり、とろりと溶けるように崩壊する。

 その場には、白い仔犬といくつかのアイテムが水面に浮かび、

 やがて静けさだけが残った。


「チロー! よかったー、生きてる!」

 メリアが駆け寄り、仔犬を抱き上げた。

 小さな身体がびしょ濡れで震えているが、息はしっかりしていた。


「ほんと、よく無事だったな……」

 コウイチがほっと息をつく。


「こっちもヒヤヒヤもんだったぜ。まるで命がけの散歩だな」

 ヤオキが苦笑し、アルゴが「掃除の方がマシだな」と肩をすくめる。


 フレイアは濡れた頬を拭きながら、うっすら笑った。

「でも……ちゃんと報われた感じがするわね」


「うん」

 チコリも微笑み、頷く。


 そのとき、メリアがぴょこんと立ち上がった。

「これ、お礼ね!」


 彼女が取り出したのは、金色の鎖に繋がれた小さな犬笛のネックレスだった。

 差し出された先は――ユウタ。


「あ、ありがとう……」

 ユウタが少し照れたように受け取る。

 試しに吹いてみるが、何も聞こえない。

「あれー?壊れてる?」


「犬笛は犬にしか聞こえないのよ」

 メリアがクスクス笑いながら説明すると――

 ワン!

 チロも同意するように一声あげた。


「じゃあ、わたしはこれで! みんなありがとー!」

 メリアは仔犬を胸に抱いたまま、くるりと振り返って駆け出していった。


 ぴちゃぴちゃと水音が遠ざかり、やがて静けさが戻る。


「……いなくなると、ちょっとさみしいな」

 コウイチがぽつりとつぶやいた。


 誰も何も言わず、ただうなずいた。


 湿った通路の奥では、まだ水の滴る音が続いている。

 その響きは、相変わらず不気味だった。

 それでも一行は、しばし無言で立ち尽くしていた。


* * *


 キューブ・スライムを倒したあと、一行は小休止を取っていた。

 薄暗い通路の中で、湿った空気がまだぬめりを帯びている。

 その中で、フレイアが小さく息をついた。


「この『遺品返却』クエストは、ゲームとはいえ切ないねぇ」


 その手には、子供サイズの靴が片方だけ――先ほど、キューブ・スライムが落としたクエストアイテムだ。

 革紐の先がちぎれ、泥と粘液がこびりついている。


「子供じゃなくって、小人系種族かもよ」

 ユウタが首をかしげながら靴を覗き込む。

 慎重な声に、フレイアが小さく笑った。


「こんな可愛い靴をドワーフとかが履くもんですか」


「ドワーフって言えば、ドワーフの作業靴欲しいなー」

 チコリがぽつりと呟く。

 言いながらも、その目は少し憧れを帯びていた。


「いやいや、靴なら旅人のブーツ一択だろ」

 アルゴが笑いながら返す。

 肩をすくめる仕草に、ヤオキが「おまえら足元フェチかよ」とぼやいた。


「ここにも子供の靴が落ちてるよ」

 ユウタが水際にしゃがみこみ、拾い上げる。

「クエストマークはないや……」


「……これはハーフリングのだな」

 ヤオキが覗き込みながら呟いた。

 薄暗がりの中、靴底を指でなぞった。


「なんでわかるの?」

「奴ら、足の裏に毛が生えてるから。抜け毛がすごいんだ」


「うへえ〜」

 ユウタが顔をしかめ、思わず一歩あとずさる。

 それを見たフレイアが、堪えきれず吹き出した。


 湿気に満ちた下水道の奥で、小さな笑い声がこだました。

 その一瞬だけ、臭気さえ遠のいたように感じられた。


 笑いながらも、六人はゆっくりと歩みを進めていく。

 やがて、水の流れが途切れ、足元の水音が消えた。


「なんか、ほんとのダンジョンみたいだね」

「一応、下水道網もダンジョン扱いだけどな」


 通路の先には、自然の岩肌がむき出しになった空間が広がっていた。

 天井は高く、壁は淡く光る苔に覆われ、空気はひんやりとしている。


「うわー、広いねー」

「セレノスの地下に、こんな空間があるだなんて……」


 コウイチが警戒しながら周囲を確認する。


「何もいねーみたいだな」

「ドラゴンでも出そうな広さだけどな」

「縁起でもないこと言わないでよ」


 六人は慎重に空間を進み、壁際まで調べた。

 だが、ほとんど何も見つからない。


 ただ、奥の岩陰に――楕円形の籠のようなものがあった。

 苔と泥、そして様々な遺留品が絡み合って固まったその中央に、“それ”はあった。


「でっかいな……」

「これ、卵だよね?」

「どう見ても大型モンスターの卵だな……」


 ランプの灯りが殻の表面をかすかに照らし、鈍い光を返していた。

 そのすぐ脇に、同じ形の割れた卵の殻がひとつ、静かに転がっている。


 殻の内側には、まだ湿った粘液がわずかに残っていた。

 六人は無言のまま、そこに立ち尽くしていた。

 湿った空気の奥で、遠くの水音だけが――ぽちゃん、と響いた。


(つづく)


――閑話:下水迷宮のニュービィ(前編)あとがき


 最後まで読んでくれて、ほんとにありがとう〜!

 後編もこのあとすぐ投稿予定だから、ぜひ続きも読んでくれると嬉しいなっ。


 もし少しでも「面白かったよ〜」って思ってくれたら、ブクマとかポイントとか……ぽちっと応援してもらえると、とっても励みになります!


 それにしても……まさか下水の奥に、あんなのがあるなんて……びっくりしたね!

 あの卵、なんのモンスターなんだろ……? 次回、答え合わせできるかな?


 あ、そうだ! 私の『センス・アニマル』、ちゃんと役に立ってたよねっ!? ねっ!?

 ……ヤオキさんには「使えねえ」とか言われたけど、気にしないもんっ!


――チコリ

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