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第三十六話:灰色峠の殺人

 中央大陸を東西に分断する巨大な山脈――中央山脈。


 この大山脈を越えるには、主に二つの経路がある。


 ひとつは、ゴブリンひしめく地下迷宮『ルビー・アイ』の上層を抜ける道。

 もうひとつが、山肌を直接越える灰色峠だ。


 火星の風に削られた断崖と砂礫が続き、灰色の毛並みを持つ獣人――ハイ・ノールが群れていたこの峠は、

 かつては“死の峠”とまで呼ばれた危険地帯だった。

 ルビー・アイ上層を通るほうがまだ安全とまで言われていたほどだ。


 ――だったのだが。


 今では、その山道の両脇にずらりと小麦袋が並んでいる。

 トーチが黄金装備を各地に届けるために築いた護送路であり、

 黄金色の穂と装備の輝きにちなんで『黄金街道』と呼ばれるようになった。


 そんな灰色峠の砦に、トーチの面々がやって来ていた。


 目的は二つ。

 一つは、この砦に幽閉されているハイエルフ王家の次女姫から、シルヴァノールへの密書を届ける“おつかい”。

 もう一つは――砦内で発生した殺人事件の調査である。


 もっとも、今回の目的はまず前者。

 クエストの受注場所は砦の地下牢にあるという。


 ケンタはやたらと張り切っていた。

 鹿撃ち帽にケープ付き外套、そしてパイプ。完全に“名探偵モード”だ。


 その姿を見て、結が眉をひそめる。

「……その格好、何のつもり?」


「決まってるだろ。この砦、推理クエストの舞台なんだ。せっかくだから気分出そうと思ってな」

 ケンタがパイプをくわえたまま、得意げに言う。


 隣のシャチョーがニヤリと笑う。

「報酬はシーフ向け短剣、『アサシンズ・ダガー』だがーや!」


「え、なんて?」


「だから、ダガーだがーや!」


「…………」


 ログ爺が小さくため息をつく。

「……まったく。事件の前に、場を凍らせるとはのう」


「……せめて受注までは静かに行こうぜ」


 石造りの砦は冷え込みが強く、吐く息が白い。

 階段の先、地下へと続く通路には鉄格子の影がいくつも伸びていた。


 ――姫が幽閉されているという、灰色の牢へ。


* * *


 階段を下る途中、石壁に打ち込まれた松明がぱちぱちと音を立てていた。

 湿気を帯びた冷気が足元を這い、砦の中とは思えないほど空気が重い。


「で、どうして姫様が幽閉されてるの? 国家問題になってそうだけど……」

 結が首をかしげる。


「わからん。俺たちが密書を届けたら、むしろ問題が発覚するのかもな」

 ケンタが肩をすくめて言う。


「まあ、この砦の警備隊も、都市から離れとるせいか――かなり組織が腐敗しとるという噂じゃ」


「ワイロクエストで親密度上がるらしいぜ」


「うへ〜」

 結が顔をしかめた。


 そんな会話を交わしながら、彼らはさらに深く地下へと降りていく。


 鉄格子が並ぶ通路の奥――。

 そこにいたのは、常識の外にいる姫君だった。


 けたたましく笑うスケルトンを従者として引き連れ、

 自らにドクロ型のエフェクトを纏うその姿。


「えっと……ハイエルフなのに、死霊術師?」

 結がぽかんとつぶやく。


「こりゃ怪しい。捕まっても仕方ないのお」


「とりあえず、話しかけてみよう」

 ケンタが一歩前に出る。


「やぁ! レイニア!」


 ジロリ、と金色の瞳がケンタを射抜いた。

 その声は冷たく響き渡る。


「妾はレイニア・ド・シルヴァノールなるぞ! クソ庶民に気安く呼ばれる筋合いはないわ!」


 直後――軽く指を弾いた姫の指先から、黒い波動が走った。


「わ、フィアー!?」


 恐怖が一瞬で全身を支配し、気づけば全員そろって地下牢の外まで逃げ出していた。


「うひゃー! ひどい姫様だぎゃあ!」

 シャチョーが情けない悲鳴を上げる。


「カグヤ様の方が、よっぽど姫っぽいドワ……」

 ガン鉄がずれた兜を直しながらぼやいた。


「おかしいなー、親密度が足りてないのかな?」

 ケンタが首をひねる。


「アレとどうやって親密になるんじゃ?」


 結はため息をついて言った。

「とりあえず、砦のクエストでもこなしてみようよ」


「そうだな。灰色砦のクエスト、片っ端から受けてみよう」

 ケンタがうなずき、全員がそれに続いた。


 ――こうして、トーチ一行の“灰色砦総当たり作戦”が始まった。


* * *


 砦のクエストを手分けして受けてきたトーチ一行は、酒場の一角に集まっていた。

 粗末な木のテーブルにクエスト依頼書を広げ、作戦会議が始まっている。


「警備隊の隊長が、ワイロクエスト数個と税金徴収代行クエスト……という体の恐喝っぽいがな」

 シャチョーが眉をしかめて言う。


「腐っとるのお」


「副隊長は武器や装備の納品クエストだったぜ」


「事務担当のジムさんは、食料やワインなんかの納品クエストがいーっぱいだったよ」


「どこも裏方は苦労するのお」


 ログ爺が顎をさすりながら言った。

「酒場の裏手に、ハイエルフの青年がひとりおったが、何を話しかけても反応せんかったぞい」


「そいつは姫の関係者かもしれないな……結、エルフ語でそいつに話しかけてみてくれ」

 ケンタが顔を上げる。


「えっと、エルフ語ってどうすれば?」


「チャット欄にコマンドで“/lang 4”でいい。共通語に戻すには“/lang 1”だ」


「わかった、やってみるよ」

 結が真面目にメモを取り出し、/lang 4 と書き込んだ。


 横でシャチョーがニヤつく。

「相変わらずシステム詳しいがね。まーた名探偵気取りか?」


「当然だろ。俺はちゃんと聞き込みもしてるんだ」

 ケンタはパイプを手に、得意げに笑った。


「門番に侵入した盗賊の捕縛クエストをもらったぞ。これ絶対、殺人事件クエストに繋がるやつだ」


 その顔はまるで、事件の真相をすでに握っているかのようだった。


「……まあ、行ってみりゃわかるか」


「盗賊捕まえる前に、こっちが捕まらんよう気をつけるドワ」


「ほんとにな。この砦、下手に動くと冤罪で牢行きになりそうだがね」

 シャチョーが肩をすくめると、全員が苦笑した。


「で、次はどのクエストを優先する? 盗賊か、隊長か、それとも姫様関係か……」

 ケンタがそう言ってパイプを軽く掲げる。


 答えはまだ出ない。

 テーブルの上には、砦の行方を占う数枚のクエスト依頼書が静かに並んでいた。


* * *


「警備隊のクエストは後回しだな。腐敗したガードと親密になると姫君の機嫌がますます悪くなりそうだ」

 一同がうなずく。


「すると、裏のハイエルフくん一択じゃない?」

「そうなるな……俺の名探偵振りを発揮するのは後に取っておこう」


 残念そうにパイプを懐にしまい、酒場の裏手へ向かう。


 そこには、薄暗い壁際で不安げに佇むハイエルフの青年がいた。

 緑がかった金髪に、焦りを帯びた瞳。鎧の留め具には王家の紋章がうっすらと刻まれている。


「こ、こんにちは、ハイエルフくん」

 結がエルフ語で話しかけると、青年ははっと顔を上げた。


「エルフ語がわかるのか? おお、ハーフエルフか! この際、半分人間でも構わん、地下牢に囚われた姫を……」


 そこで口ごもる。

 同時に、頭上に金色の『?』マークがぽん、と浮かび上がった。


――――――――――――――――――――――――

【王家の黄昏】

依頼者:ミカエル・ド・シルヴァノール

目的地:灰色砦の地下牢

依頼内容:このキューカンバーサンドを地下牢の姉に差し入れよ。姉の好物なのだ。これなら多少味が変でも食いつくであろう……なお、私からということは内密にするのだぞ。私は奥ゆかしいのだ。では、さっさと行け。

クエストアイテム:キューカンバーサンドウィッチ

難易度:★★

報酬:10pp

――――――――――――――――――――――――


「感じわりーな、おい」

「報酬ショボすぎるドワ」

「というか、これ絶対毒入りだよね?」

「中身が緑色だしのお」

「まあ、胡瓜は大体緑色だがや」


「このクエストも無視だな」


 ケンタの一言で場が落ち着く。


「……あんな姫君でも、いきなり毒殺はないわ。まさか――これが殺人事件クエスト?!」


「出たよ、名探偵モード」

「はいはい、次はどうするの?」


 ケンタが軽く手を叩いた。

「ジムのクエストだな。食料とワインの納品なら簡単そうだ」


 わいわいと軽口を交わしながら、トーチ一行は酒場を後にした。


* * *


 ジムの依頼の中で、一番簡単そうだったのは【警備隊員のおやつ】というクエストだった。

 結は詰所を回ってマフィンを配って歩く。


「どうぞ、お疲れさまです」


 警備隊員たちは笑顔でマフィンを頬張り、

「甘い! 癒やされるなあ!」と上機嫌。

 あっという間にクエスト完了表示が出た。


「ほんとにおやつ配達だけだったね」

「うむ、平和そのものじゃ」


 そのとき、ジムの頭上に金色の『?』マークがぽん、と灯る。


「ん? 続きが出たぞ」

 ケンタが指さすと、結がジムに近づいて声をかけた。


「ジムさん、また何か用ですか?」


 その瞬間、彼女の視界に新しい窓が開く。

 そこには次の依頼が表示されていた。


――――――――――――――――――――――――

【隊長のおやつ】

依頼者:ジム

目的地:灰色砦の隊長室

依頼内容:この山吹色のお菓子を隊長に届けてください。隊長の要望で女性限定です。

クエストアイテム:山吹色の菓子折り

難易度:★★★

報酬:未鑑定のダガー

――――――――――――――――――――――――


「こ、これ、エチゴ屋クエ!?」

「いや、きっと腰布引っ張られて回される方だがや」

「うへー、いやすぎる。これも無視だね……」


 しかし、シャチョーが両手を合わせて頼み込む。

「報酬が、でっら気になるんダガー? 結ちゃん、ちょこちょこっと受けてくれんかにゃ?」


 結は少し考えて、渋々うなずく。

「まー、渡すだけなら……」


 一行は砦の最上階にあるという、隊長室へ向かった。

 石造りの階段を上るにつれ、空気はひんやりとしていく。


「……なあ、これ、本当におやつ届けるだけのクエストだよな?」

 タクヤがぼそりと呟く。


 誰も答えなかった。

 その沈黙の中で、山吹色の菓子折りだけが、妙に重く感じられた。


* * *


 砦の最上階、隊長室。

 昼なお薄暗い石壁の中、油ランプの炎がゆらゆらと揺れていた。


「あのー、お届けものでーす」

 結が扉をノックすると、中から重々しい声が響いた。


「入れ!」


 ギィ、と音を立てて開いた扉の奥には、立派な髭をたくわえた大男――グレゴリウス隊長が椅子にふんぞり返っていた。

 机の上には書類の山、そして壁際には使い古された槍や盾が雑多に並べられている。


 結が恐る恐る部屋に入り、包みを差し出す。

 その様子を入り口からのぞいていたケンタたち。


「……隊長のアバター、使い回しすぎだろ」

 タクヤは、セレノスの隊長を思い出して苦笑する。


 そんな彼らをよそに、グレゴリウス隊長は喜色満面で包みを受け取る。


「ジムも気が利くようになったな。さあ、近う寄れ」


 そう言って片手を上げた瞬間――隊長の口元がいやににやけた。


「えっ、足が勝手に!?」

 結の体がずるずると前へ。


「ワハハ! 逆フィアーである!」

「もー! 悪代官テンプレ過ぎるでしょ!」


 結が必死に抵抗するが、体は言うことを聞かない。

 上着に手を伸ばすグレゴリウス。


「よいではないか、よいではないか!」


「もう、やめてよ!」


 ――パンッ!


 ゼロ距離で放たれた矢が、見事に隊長の額をかすめた。

「スケベ成敗!」(※スキルではない)


 吹き飛ばされたグレゴリウスが怒声を上げ、黒い波動を放つ。

「う、動けない……誰か、助け……!」

 金縛りにかかって身動きの取れない結の前に、再び迫る隊長の手。


 その瞬間――


 ゴオォォーン!


 重たい鐘のような音が響き、グレゴリウスの体が白目をむいて崩れ落ちた。

 ケンタがメイスを振り下ろしたまま固まっている。


「……し、死んどる……がね?」

 シャチョーの声が小さく響いた。


 静寂。

 次の瞬間、グレゴリウスの死体の上に金色の『?』マークがぽうっと灯った。


 結が反射的に窓を開いた。


――――――――――――――――――――――――

【灰色砦の殺人】

依頼者:グレゴリウスの死体

目的地:灰色砦

依頼内容:砦の隊長室で殺人事件が起きた。この死体を検分し犯人を推理してほしい。そして犯人を地下牢に放り込んだら、一撃必殺の短剣を褒美に与えよう。

難易度:★★★

報酬:アサシンズ・ダガー

――――――――――――――――――――――――


「これは、後頭部を鈍器で一撃されてるドワん」

「えっと……推理いる?」

「……いらんのう」

「探偵が犯人とか、ベタ過ぎるだろ。ヤスかよ!」

「ダガーキター! すぐ逮捕だがーや!」


 全員の視線が、ゆっくりとケンタへ向かう。

「犯人、俺!? いや、ちょっと待て、正当防衛だろ!」

 ケンタが顔を引きつらせた。


「で、どうする? このクエ、受けるのか?」

 タクヤが腕を組んでつぶやく。


「報酬、アサシンズ・ダガーだがーや! 逮捕だがや、タイーホ!」

 勢いそのままにシャチョーが叫ぶ。


 場が一瞬だけ静まった。


 そして、ケンタが天を仰いで叫ぶ。

「俺の無実と引き換えに、ダガーを手に入れる気かあああ!」


* * *


 ガッシャーン!


 重たい鉄扉が閉まり、錠前がかちりと鳴った。

 ケンタは鉄格子を両手でつかみ、ため息をつく。


「ほんとに収監までされるのかよ……」

 石床は冷たく、背後では水滴が一定のリズムで落ちている。

「報酬もらったらすぐ出してくれよ……ここ『ゲート』無効なんだから」


 牢の向かい側では、腐食した鉄格子越しに、誰かがじっとこちらを見ていた。

 薄闇の奥で、青白い灯りがふっと揺れる。


「おぬし、あのスケベ親父を殺ったそうじゃな?」

 静かに響く声。

 灯りの主は、白いドレスに黒い刺繍をあしらったハイエルフの女性――レイニア姫だった。

 肩まで流れる銀髪が、牢の冷気に微かに揺れている。


「なかなかやるではないか。見直したぞ」


「はあ……どうも」

 ケンタは苦笑いを浮かべつつ、視線をそらした。

 強気な口調だが、どこか品のある美貌にドギマギしてしまう。


「姫も、あの隊長になにか?」


「なにかも何も、毎晩うるさく言い寄ってきてウザイの何の……」

 レイニア姫が、心底うんざりしたように顔をしかめる。

「そうじゃ! おぬし、お使いを頼まれてくれんか?」


 次の瞬間、姫の頭上に金色の『?』マークが浮かび上がる。


――――――――――――――――――――――――

【王女の帰還 Ⅰ】【LEGEND】

依頼者:レイニア・ド・シルヴァノール

目的地:シルヴァノール・ロイヤル区画

依頼内容:勇者殿、この密書を妾の父、シルファン・ド・シルヴァノールに届けてくださいませ。途中、敵対勢力からの妨害があるかもしれないのでくれぐれも用心してたもれ。

クエストアイテム:王への密書

難易度:★★★★★

報酬:王女の寵愛♡

――――――――――――――――――――――――


 どうやら、隊長殺害が想定外の“好感度イベント”として判定されたらしい。


「お、おう……任しとけ!」

 ケンタが胸を張ると、姫は少しだけ口元をゆるめた。


 その様子を、鉄格子の外から眺めていた仲間たちがニヤつく。


「まーた、鼻の下伸ばして……」

「ずいぶん熱烈な文面じゃのお」

「相変わらずプレイボーイだがや」

「奥さんに言いつけるドワん」

「……やれやれだぜ」


 からかわれたケンタが真っ赤になって抗議しようとしたとき、

 暗緑色の刀身を輝かせながら、シャチョーが前へ出た。


「さて、鍵開けてやるがね。姫さんもついでにどうかね?」

 軽く片目をつむり、自慢げにダガーを掲げる。


 レイニア姫は小さく首を振った。

「妾はよい。今しばらくは、ここの方が安全じゃ」


「了解だがや」

 シャチョーが手早く鍵穴をいじると、金属音が一度鳴り、牢の扉がゆっくり開いた。


 外へ出ようとするケンタが、ふと振り返る。

「レイニア姫、弟が来てる。胡瓜サンドには気をつけてくれ」


 姫は一瞬、きょとんとした表情を浮かべ――やがて、どこか諦めたような微笑を浮かべた。

 そして、細い指でスカートの裾をつまみ、静かに手を振る。


「安心しろ。妾にはドン・キホーネがついておる」


 そう言って、かたわらに立つスケルトンの頭を撫でた。

 ドン・キホーネと呼ばれたそれは、カタカタと顎を鳴らして笑う。


 ケンタたちは、少しだけ引きながらも手を振り返し、

 湿った空気の漂う地下牢をあとにした。


* * *


 ――シルヴァノールの王宮エリア。


 白銀の尖塔が連なる街の最奥。

 ケンタが封書を差し出すと、門番は封蝋に刻まれた王家の紋章を確認して目を見開いた。

 慌ててそれを受け取り、奥へ駆け込む。

 ほどなくして、荘厳な門扉がギギギと音を立てて開いた。


 ここまで案内してくれた赤毛のハイエルフ、アンと聖騎士エレネが目を丸くする。


「わー、ここが開くの初めて見ましたー!」

 アンは感動した面持ちで手を合わせた。

 奥をのぞくと、豪奢な装飾品が整然と並ぶ廊下が真っ直ぐに続いている。

 両脇には、銀の甲冑に身を包んだロイヤルガードが剣を掲げ、微動だにせず整列していた。


「謁見は、お一人だけでお願いします」

 長衣をまとったハイエルフがケンタの前に進み出る。

 銀髪に金の瞳、口髭と顎髭まで白銀に輝く壮年の男だ。


「お腰のものは、ガードにお預けください」

 ケンタはうなずき、横のガードにメイスを預ける。


「では、こちらへ……」


 ケンタは後ろを振り返り、軽く手を振った。

 アンとエレネは顔を見合わせ、名残惜しそうに手を振り返す。


「うわぁ……中、気になりますー」

「そうね……。せっかくだし、ちょっとだけでも見学させて頂きたかったわ」


 二人のそんな声を背に、ケンタは長衣の男のあとに続いた。


 廊下の半ばまで進むと、前方に大きな扉――謁見の間が見えてきた。

 いつの間にか、両脇に並んでいたロイヤルガードの列は消えている。

 静まり返った空気の中で、長衣の男がふと口を開いた。


「……あの子が世話になったな。ひどい目にあったろう?」


「え、いや、ちょっとフィアーされたくらいで……」

 ケンタは苦笑いを浮かべる。


 その金の瞳に、レイニア姫の面影を見てハッとした。


「あ、あなたはもしかして……?」


 周囲に人がいないのを確かめ、男はくるりと振り向いた。


「ははは、もうバレたか。そう――余がシルヴァノールの王、シルファン・ド・シルヴァノールである。シルシルと呼んでもよいぞ!」


 まるでいたずらを打ち明ける子供のように笑う王。


「謁見の間では堅苦しい上に、大臣どもがうるさくてかなわん」


 歩きながら、王は肩を揺らして続けた。


「レイニアは魔法の才が抜きん出ておってな。あらゆるクラスの魔法を学び、とうとう闇の魔術まで操れるようになった……凄いだろ?」


 ケンタは心の中でつぶやいた。

(あ、これ完全に親バカのやつだ……)


「手紙は読ませてもらったよ。これは個人的な礼だ」


 そう言って、王は一通の封筒を放ってよこした。

 封はされておらず、中にはエメラルドのように透き通った植物の葉が一枚だけ入っていた。


「これは……?」

 ケンタは思わず『鑑定』を試みる。


――――――――――――――――――――――――

【世界樹の葉】

世界樹から摘み取られた神聖な葉。

生命そのものの力を宿しており、

触れた者に瞬時の蘇りをもたらす。

使用すると塵となって消える。


MAGIC ITEM LORE NO DROP QUEST ITEM EXPENDABLE: Yes

WT: 0.1Size: TINY

Class: ALLRace: ALL

Effect: Resurrection (96%, Instant)

Charges: 1

――――――――――――――――――――――――


「ほほう、それを鑑定できるか……」

 シルファンは目を細めて感心する。


 だが、ケンタはアイテム説明よりも、その上に小さく浮かんでいる灰色の『?』マークから目を離せなかった。

(まだ、条件が整っていないってことか……?)


「では、参ろうか、婿殿。正式な礼は謁見の間で、典範に則って……はずむぞ?」


「……え? いま、なんて?」


 長衣を翻し、シルファンが謁見の間の扉を押し開ける。


 奥では宮廷楽師がズラリと並び、金色の楽器を構えて一斉に奏で始めた。

 絢爛な調べが空間を満たす中、奥の玉座前には褒美のリストを抱えた大臣たちが整列している。


 ケンタはただ立ち尽くした。


 ――その日、シルヴァノール王宮区画の夜空には花火が打ち上がり、

 煌びやかな音楽が深夜まで鳴り響いていたという。


 しかし、街の住人は首をかしげながら言った。


「今日、何のイベントだったんだろうな?」


* * *


 ──火星の衛星・フォボス、観測室。


監視者A「灰色峠にて、殺人事件発生」

監視者B 「ケンタさん投獄ルートです」

監視者D 「タグは『#純白き悪魔の失策』でいいですかね?」

監視者C「待て待て、結局モテモテやんか」

監視者D「失策でもないか……」

監視者C 「『#モテ男の秘訣98』に入れといてや」

監視者D「先輩……使う気満々?」


(おわり)


――第三十六話あとがき

 最後まで読んでくれたそこの者、感謝してつかわすぞ。

 妾の名はレイニア・ド・シルヴァノール。

 牢にあろうと、この身に流れる王家の血は誇り高い。


 次回の『マジチー』は閑話を今週金曜日のお昼頃に投稿予定なのだぞ。

 あの初心者パーティが再び頑張るそうじゃ。

 そちらも読んでくれたら、妾も嬉しく思うぞ。


 もし少しでも楽しめたなら、ブクマとかポイントとかいう人間界の“好意の儀式”をしてくれると励みになるらしい。

 ふむ、つまり妾への忠誠の証じゃな?


 ……それにしても、あの勇者殿。

 「胡瓜サンドには気をつけてくれ」などと――ふふ、まったく、照れ屋なことよ。

 遠回しな求婚の言葉というやつじゃろう? 危険を案じるほどに、妾を……うふふ♡


 ドン・キホーネ、聞いたか? やはり妾はモテるのう。

 ……おい、そこはケタケタ笑うでない!


――レイニア・ド・シルヴァノール


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