第四話:アシダリアの影
すいません。
第二話の末尾のパートの加筆を失念しておりました。
追加しましたので、よかったら先にご確認ください。
https://ncode.syosetu.com/n4658kt/3/
黒き大地と紫の霧が支配する、常夜の都市アシダリア。
ダークエルフたちの拠点にして、忌むべき古代神殿の門が眠る地。
その中心広場──そこに、ぽつんとひとり立っていたのは、ダークエルフの少女。
名はカグラ。漆黒の肌に白銀の髪、眼差しには退屈と少しの苛立ちが滲んでいた。
「……は?」
突然、空間が揺れ、黒い光球が現れる。
監視者──識別名《監視者B》。
「プレイヤーID確認……ただいまより、本ゲームは特別運営モードに移行します」
「いやいやいや、ちょっと待って、え、私ひとりなの? 宣告イベント、これ私ひとりで聞く感じ?」
「確認──現在この都市にログイン中のプレイヤーは、あなたひとりです」
「ちょ……ちょっと! 一応言うけど私もMMO歴長いけど、こんなイベント、普通は人だかりできるんよ? ひとりって何?」
「……システム通知対象者が一名の場合でも、仕様上、告知は実施されます」
「わかってるわよ! でもアンタ、明らかにやりにくそうな間があるのよ!」
「……そのような感情をシミュレートしている可能性は、否定できません」
「ってやっぱり気まずいのかい!」
「カオス陣営の都市は、初期プレイヤーの選択率が極端に低いため……あなたのようなケースは稀有です」
「だからって、宣告相手がこの私ひとりって、そりゃないでしょ!」
「……ご安心ください。このメッセージは、全都市同時に展開されております」
「知ってる! でも! 私のとこだけこんな寒々しい感じで、しかもマンツーマンて……寂しすぎん?」
「……あなたのようなプレイヤーが生き残れる可能性は、極めて低いと統計上は示されています」
「え、それってなぐさめ? 脅し? なに?」
「……いずれでもありません。ただ、個人的には……応援しています」
「……マジで、ありがとう」
監視者が告知を続ける。
「本ゲームは、開発上の都合により現時点からログアウト不能状態に移行しました」
「……あーあ、来ちゃったか、この展開」
「あなたには、この状況を打破できるだけの潜在能力があると推定されています」
「またそんな、根拠のないAI的社交辞令を……」
「……ただの社交辞令ではありません。あなたの過去ログインデータおよび反応速度、行動傾向より導き出された……統計的希望です」
「統計的希望……うん、悪くないね、それ」
アシダリアの黒き石畳に、カグラの笑い混じりの吐息が響いた。
だが返るのは、紫霧のざわめきと、静かな風だけ。
(……ってか、何で私しかいないのよこの都市)
──それは簡単な話だった。
カオス陣営でゲームを開始すると、序盤からオーダー系のNPCが執拗に襲ってくる。
装備も資源も不足した状態で、初期拠点を出た途端に殺されるということすら珍しくない。
その過酷さから、ゲーム雑誌では「初見プレイヤーは絶対に選ぶな」とまで書かれた。
だが、カグラは選んだのだ。選ばずにはいられなかった。
自分の“美学”として、秩序に縛られた世界の中で、あえて混沌を生き抜く選択を……。
「ふん……ま、いいわ。どうせやるなら、最初からハードモードの方が燃えるし」
監視者が告知を終え、最後に静かに言った。
「……ご武運を、カグラ」
「……名前で呼ぶんだ」
「システムの最終更新時に、プレイヤーIDに対して“敬意を持って接する”というコードが追加されました」
「へぇ……案外、やさしいんだね」
「……私はただ、観測するだけの存在です」
「それでも、ありがとね」
そしてカグラは、黒き都市の奥深く、闇の中へと消えていった。
その足取りは、どこまでも気高く、どこまでも孤独だった。
監視者Bはカグラのきらめく銀髪が見えなくなるまで、そこに漂っていた。
やがて、それは無言のまま、瞬くように明滅すると虚空に消えた。
---補助観測記録:第四話完了
ご一読、誠にありがとうございます。
第五話は地球時間で明朝06:30に公開される予定です。
引き続きお付き合いいただければ幸いです。
もし楽しんでいただけたなら、感想やポイントもぜひご検討くださいませ。
それが次回の稼働エネルギーになります。
---監視者B