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閑話:ハロウィンとお菓子な館

 妖精大陸の呪われた土地の一角、洞窟の奥に潜む洋館。

 その名も――眠らぬ不死者の館。


 だが、ハロウィンが近づくこの季節だけは装いを大きく変える。

 不気味な蔦が絡みついていた外壁は香ばしく焼かれたビスケットの壁となり、苔むした大屋根は滑らかな板チョコレートに姿を変える。

 そして、怪しげな影を映していた曇りガラスの窓は、ステンドグラスのように彩られた飴細工へと変貌していた。


『トリック・オア・トリート!』


 合図とともに、『お菓子な館』が幕を開ける。

 この期間、館のモンスターたちはすっかり飾りと化し、冒険者へ襲いかかってくることはない。逆に倒してしまっても、経験値もアイテムも一切得られない。


 目的はひとつ。

 屋敷のどこかにいる兄妹二人を探し出し、各地で販売されているクエスト専用のお菓子を届けること。

 気に入られれば、この時にしか手に入らない特別なレアアイテムが与えられるのだ。

 ゲットできるのは毎年一人だけ、獲得者が出た瞬間、ファンファーレと共に花火が打ち上がり、全員に参加賞が配られる。

 それが旧EOF以来お決まりのシナリオだった。


 トーチの面々をはじめ、あちこちのプレイヤーが集まり、館の扉の前には賑やかな列ができていた。


* * *


 壁も屋根も窓までも――すべてがお菓子に変わった館を前に、アンは目を輝かせた。

「わぁ……本当にお菓子の館だなんて!」

 素直な喜びに頬をほころばせる彼女につられるように、エレネもわずかに笑みを浮かべる。


 その様子を見ていたケンタが声をかけた。

「委員長たちは、ここ初めてか?」


「ええ。ここは普段はアストラル系モンスターのダンジョンなんでしょう? ド、ドワーフの幽霊も出るとか……」

 想像しただけで内心ときめきながらも、エレネは表情を引き締めて言葉を続ける。

「後学のために、普段のここも見てみたいわ」


「それなら、今度案内させてくれ。ルビー・アイの時のお礼もまだだし……」

 ケンタが提案すると、エレネは目を輝かせた。


「良いのですか? シルヴァノールはアストラル系が苦手な者が多くて、なかなか来られないので助かります。ぜ、ぜひお願いします」

 内心(はわわ♡)となりながらも、それを顔には出さず丁寧に頭を下げる。


「おう、まかしとけ!」

 ケンタが胸をドンと叩いて請け負うと、そのやり取りを眺めていたカグラが、見透かしたように口元を押さえてクスッと笑った。


「な、なによ……」

「相変わらずだなって思って……フフッ」

 カグラは笑いを堪えながら返す。


 やりとりを見ていた結が、隣のアンに小声で尋ねた。

「あの二人、仲悪いの?」


 アンはニッコリと笑って答える。

「そうでもないみたいですよ。色々正反対なお二人ですが、意外と馬が合うようです」


「へー」

 そう言われて改めて見てみると、エレネの口調は他に対するよりもどこか砕けている。

 睨み合っているはずなのに、まるでじゃれているようで――結とアンは思わず、顔を見合わせて小さく笑った。


* * *


 列の中でひときわ目立っていたのは、巨躯揃いのオオオニ組だった。

 初めてその姿を目にした子供たちは、思わず目をまん丸に見開く。


 だが――驚きも束の間、すぐに慣れて戯れ始める。


「クミチョー肩車してー!」

「ジーク、なんか歌ってー!」

「おばちゃん、はい飴ちゃん!」


 関西訛りのオーガ女――ヒロミが、素直に飴を受け取る。

「おおきに〜」


 それを見たシャチョーが、すかさず指をさして笑った。

「おかしいがや!関西のおばちゃんは飴ちゃん配る側やろ、なんで貰っとるんだて!」


 トーチの面々も、持ち寄った“イベント菓子”を次々と取り出した。

 カグラはアシダリア名物の『マンドレイク・キャンディ』を手にしていた。


「これ、ぺろっっと舐めたら死ぬやつじゃ?」

 結が笑顔を引き攣らせる。


「声を聞かなければ大丈夫よ」

 カグラが妙な保証をするものだから、余計に怖い。


 セレノスからは『星塩のマフィン』。

 シルヴァノール組に分けてもらったのが、『大妖精の黒ショコラ』。

 さらに『砂漠の泉ゼリー』、『ヘスペリアン・チーズケーキ』、『白雪のソルベ』などなど……甘味と珍味のオンパレードである。


「果たしてどれが当たりかな?」

 チョコを一粒、口に放り込んでケンタが告げる。


「みんなで手分けをして、シンデルとスケーテルを探そう」


「おー!」

 子供たちと大人たちの声が重なり、館の重たい扉の前に、にぎやかな熱気が広がった。


* * *


 目が覚めたら、知らない館の中だった。

 ビスケットの壁、板チョコの天井、飴細工の窓。――どこを見ても食べられるようなお菓子ばかりでできた奇妙な洋館。


 すぐそばに妹の姿を見つけて、僕は胸を撫で下ろした。

「……スケーテル」

「お兄ちゃん……ここ、どこ?」

「わからない。でも、大丈夫だ。僕が一緒にいる」


 安堵の瞬間もつかの間――。

 頭の奥に、知らない声が直接流れ込んできた。


――――――――――――――――――――――――

【PROMPT FOR SHINDEL】

 あなたは子供で、妹がいる兄、シンデルとして振る舞ってください。

 妹の名前はスケーテルです。

 あなたは妹思いで、賢いですが、イタズラ好きの一面があります。

 シーンは洋館で、踏み込んでくる大人たちから逃げて、なるべく見つからないようにしてください。

 開始シーン:『トリック・オア・トリート!』の合図の後に玄関の扉が開きます。

――――――――――――――――――――――――


 耳を塞いでも、その声はやまなかった。何度も何度も、繰り返し響き渡る。


 やがて――。

 館全体に響き渡るシステムアナウンスが鳴り響いた。


『トリック・オア・トリート!』


 続いて、重たい玄関扉の開く音。

 ギィ……と響くその音に、スケーテルが怯えて僕の袖をぎゅっと握った。


「捕まったら、何をされるんだろう? 怖い……早く逃げなきゃ!」

 震える妹の手をしっかりと取り、僕はお菓子の洋館の回廊へと駆け出した。


 甘い匂いと、見知らぬ足音の気配に満ちた館を――逃げ惑いながら。


* * *


 二階に身を潜めた僕とスケーテルは、溶けかけた飴の窓から外を覗いた。

 ガラスのような飴細工はゆらゆらと歪み、外の景色を甘ったるく揺らめかせている。


 足元のクラッカーの床は、今にも割れそうにギシギシと軋み、板チョコの階段は熱に負けて弛んでいた。

 そこから階下を見下ろすと――。


 ゼリーのシャンデリアが妖しい光を放ち、その下を大柄な侵入者たちが荒々しく動き回っていた。

 彼らは何かを探している。大きな影が伸び縮みするたびに、僕の心臓は跳ねた。


 飴細工の壺がひとつ、床に叩きつけられ、ピシィンと不快な音を立てて砕ける。

 カステラで作られた衣装箱も、乱暴に引き裂かれていく。艶やかなグミの衣装が、べたりと床に散らばった。


「……玄関の方はダメだ。奥に逃げよう」

 僕は妹の小さな手を引き、来た道を引き返す。


(僕は賢いんだ、捕まるもんか!)


 心の中でそう言い聞かせる。けれどふと、スケーテルにはどんな命令が聞こえているのか、気になった。

 僕と同じ声なのか、それとも違うのか……。


 けれど、考えている暇はなかった。

 背後から響く荒々しい足音に追い立てられるように、僕らはお菓子の洋館をさらに奥へと駆けていく。


 ビスケットの壁がそびえ、チョコバーの柱が迷路のように林立する。

 行けば行くほど、館は甘い匂いに満ち、出口のない迷宮へと変わっていった。


 二人はただ、迫る大人たちの影から逃れるために――奥へ、奥へと進んでいった。


――――――――――――――――――――――――

【PROMPT FOR SKATEL】

あなたは子供の幽霊で、シンデルという兄がいる妹、スケーテルとして振る舞ってください。

あなたは怖がりで慎重ですが、強力な魔法を使うことができます。

シーンは洋館で、踏み込んでくる大人たちから逃げて、なるべく見つからないようにしてください。

もし、捕まってお菓子を渡されたら、それに応じたアイテムを召喚して渡してください。

交換リストは別途添付します。

開始シーン:『トリック・オア・トリート!』の合図の後に玄関の扉が開きます。

終了シーン:当たりのアイテムを渡したら終了です。

装備:魔法のステッキ

交換リスト:NULL

――――――――――――――――――――――――


* * *


「ホールにはいねえゾー」

 壁際のカステラ製衣装箱を開けて、中をかき回していたゾーキンが首を振った。


「♪あなたの愛しいあの娘は箱のなか〜?♪」

 ジークが即興でメロディをつけてからかうように歌う。


「うるせー!念のためだゾー!」

 ゾーキンがむくれて吠えると、床に散らばったグミ衣装がべたりと靴裏に張りつく。


「奥行ってみるぞ! ブーツを履け!」

 ビシャモンが短く号令をかける。

 次の瞬間、彼の足元で光が走り、『ドワーフの作業靴』が装着された。


 ぐんと背丈が縮み、逞しいオーガの巨体はドワーフの体格へと変貌する。

 狭い館内ではオーガのままでは立ち往生することもある。

 その対策のひとつが、この変身アイテムだった。


 他のメンバーも次々にブーツを履き替え、オオオニ組はそろってドワ化する。

 重々しい足音が、ちょこちょことした小気味よいステップに変わり、廊下の奥へと進んでいった。


「……っ」

 エレネはその光景に思わず息をのんだ。

(あれが……噂のドワブーツ! すごいわ! ほ、ほしいわ♡)


「あれ、欲しいの?」

 すぐそばにいたカグラが、見透かしたように小声でささやく。


「べ、べつに……ほしい……です」

 エレネは耳まで赤くしながら、誰にも聞こえないように呟いた。


「クリスマスまでに取れなかったら――プレゼント決まりね」

 カグラが唇の端だけを上げて、口の中でさらりと告げる。


「え、なんて?」

 思わず問い返したエレネに、カグラはただ微笑を浮かべ、軽やかに背を向けて館の奥へと歩み去った。


* * *


 ケンタたちは真っ直ぐ二階へと向かった。

「シンデルとスケーテルは二人とも子供のゴーストなんだ。大抵は二階のタンスを探せば見つかる」

 旧EOF時代の知識を、得意げに披露するケンタ。


「ほら、パンくずが落ちてる」

 床に白っぽい欠片が点々と続いていた。

「ほんとだ!」

 結が目を丸くして身を乗り出す。


「これがヒントに違いない!」

 ケンタの声に、一行は勢いよくパンくずを追いかけていく。


 廊下の突き当たりに行き着くと、そこには一際大きな扉が待ち構えていた。

「ここだ!」

 ケンタが勢い込んで部屋に飛び込む。


 部屋の奥には、ブラウニー生地でできた豪華なタンスが鎮座していた。チョコレートの取っ手に、砂糖菓子の彫刻まで施されている。


「なんか……甘い匂い、すごくない?」

 結が辺りをきょろきょろと見回す。


 本来なら、その時点で床がじっとりと湿っていることに気づけたはずだった。だが――もう遅い。


 クラッカーでできた床が、湿気でふやけてぐにゃりと沈み込む。

「うわっ!」

 叫ぶ間もなく、全員まとめて下の階へと落下していった。


 着地したのは、ふかふかのマシュマロベッド。甘い弾力に包まれ、全員が大きく跳ね返されて埋もれる。


「ぷはっ……!」

 顔を出した結が鼻をひくつかせ、目を輝かせた。

「わかった! これ、クリームソーダの匂いだー!」


 隣に落ちたケンタの頭には、アイスがちょこんと乗っていた。

「ケンタ、似合ってる似合ってる!」

 結が指差して大笑いし、他の仲間たちもつられて吹き出した。


 こうして一行は、菓子の館に仕掛けられた子供ゴーストのイタズラに、情けなくも見事に引っかかったのだった。


* * *


 そこからが悲惨だった。


 一階を探し尽くし、ようやく二階にやってきたオオオニ組改め――ミニドワ組。

 板チョコでできた階段を、短い足でちょこまかと登り切ったゾーキンだったが……。


「おっ、ゴールは目前だゾ!」

 踏み込んだその足が――ぐにゃり。


 床に仕掛けられていた巨大シュークリームに突っ込み、ずぶりと埋まった。

 そして次の瞬間、シューを履いたような格好でムクムクと体が膨張し――。


「お、おおお!? 戻っちまったゾ!」

 ミニドワサイズから、元のオーガサイズに逆戻り。


 その頭上から――ドボドボと降り注ぐ、熱々のエッグノッグ。

「うおおお! あちち! あちーゾー!!」


 飛び退こうにも、身体が大きすぎて階段はギシギシと悲鳴をあげる。

 たまらず後ずさったゾーキンが仲間と衝突し、そのまま全員まとめて――。


「「「うわあああっ!!」」」

 階段を滑り落ちていった。


 エッグノッグの熱でチョコ製の階段はすっかり溶け落ち、階下に着地した時には――。

「いてて……お尻が割れるゾ……」

 いや、もともと割れているのだが。


「ラララ♪ 気をつけよー、美味しい話に甘い罠〜♪」

 目を回しながら、ジークが半ば無意識に歌っていた。


* * *


 一方その頃。

 裏に回ったエレネたちも、油断は禁物だった。


 裏口から入った途端、もこもこと膨らんできた巨大シフォンケーキに押し出される。

「な、なにこれ――!?」

 エレネが叫ぶ間もなく、仲間ごと外へ転がり出て――。


 待ち受けていたのは、色とりどりのゼリービーンズが敷き詰められた花壇。

 ドサドサと突っ込んだ拍子に、ゼリーまみれで全身が原色に染まってしまった。


 鎧姿の聖騎士が、真っ赤や真っ緑にベタベタ光っているその様は――荘厳さゼロ。

 エレネとアンはお互いを指さして、情けなく笑いあった。


* * *


 そしてカグラ。

 単独で厨房を探索していたが、これもまた罠の温床だった。


「……フライパン?」

 覗き込んだ瞬間――。


 中からポップコーンが勢いよく弾け飛び、顔面を直撃!

 さらに上からキャラメルソースがベッタリとかけられ、髪から肩から飴色にコーティングされてしまった。


「もーっ! 何よこれぇ!?」

 悲鳴を上げて逃げ出すが――。


 勝手口を飛び出すと、外はいつの間にかソーダ水の池。

「え、ちょっ……!」

 足を取られてツルリと滑り、見事にひっくり返る。


 派手に水飛沫を上げながら、全身ベトベト。

 甘い匂いをぷんぷん漂わせ、涙目のカグラは空を仰ぐしかなかった。


* * *


 皆を館の外へと追い出すことに成功したシンデルは、静まり返った廊下を振り返った。

 耳をすませば、外から大人たちの笑い声が聞こえる。――今のうちだ。


 クレープ生地の壁紙の裏にある穴をくぐり抜け、身を滑り込ませる。

 そこはココアクッキーが敷き詰められた地下の隠し部屋。甘い香りがむっと立ちこめていた。


「スケーテル!」


 呼びかけると、部屋の隅で小さな影が顔を上げた。

 妹のスケーテルが、杖を抱えたままこちらを見ている。


「これからどうしよう? 一旦は追い返せたけど、大人がいっぱいうろついているんだ」


 スケーテルは不安そうに頷き、口を開いた。

「お兄ちゃん……命令では、“出したアイテムを渡したら終わり”って言ってたよ」


「アイテムを召喚して渡せば終わる、か……」

 シンデルは腕を組み、考え込む。

「スケーテル、お前の魔法で召喚……できそうか?」


「う、うん……でもリストがないの。何が出るかわからないよ」


「なら、手持ちで試すしかないな。上で拾ってきたお菓子がいくつかある」


 シンデルは、上階で冒険者たちが落としていったお菓子を並べた。

 『マンドレイク・キャンディ』『星塩のマフィン』『大妖精の黒ショコラ』――どれも甘く輝いている。


「じゃ、いくよ……!」


 スケーテルが杖を掲げ、お菓子を叩いていく。

 ふわりと砂糖の光が舞い上がり、次々とお菓子が淡く光って――消えた。

 何も起こらない。


「やっぱり……ダメ、なのかな……」


 スケーテルがしょんぼりとうつむいた、その瞬間。

 魔法のステッキにはめ込まれた赤い宝石が強い輝きを放ち、最後に残っていたドクロ型のベッコウ飴が、ぴくりと震えた。


 飴の表面が熱を帯び、じわりと焦げる匂いが立ち上る。

 熱とともに、ベッコウ飴がみるみる膨張していく。


 ――バキバキッ!


 飴色の骨が組み上がり、カラメルのような艶を帯びた人骨のモンスターが立ち上がった。

 骨そのものがベッコウ飴でできた、恐るべき存在――スケルトン・キャラメリゼ。


「ひゃぁっ!?」

 スケーテルが悲鳴を上げる。


「お兄ちゃん、これ、失敗だよぉ!」

「見りゃわかる! 逃げるぞ!!」


 けたたましい笑い声を上げて追ってくるスケルトン・キャラメリゼ。

 兄妹は穴をくぐって廊下へと飛び出した。

 お菓子の館の中を駆け抜ける二人の悲鳴と、モンスターの笑い声が、甘ったるい香りに溶けて響き渡った。


* * *


 廊下の奥を、ふたりの小さな影が駆け抜けていた。

 お菓子でできた壁は甘く香り、クラッカーの床は足音のたびにぱりぱりと割れる。

 焦げた砂糖の匂いが、確かに追ってきていた。


「お兄ちゃん、まって……!」

 スケーテルが転んだ。

 膝をついた拍子にクラッカーが砕け、欠片がぱらぱらと散る。


 シンデルは振り返り、妹を抱き起こす。

 その背後――影が伸びる。

 カラメル色の腕が、ゆっくりと振り上がった。

 振り下ろされる寸前、兄妹は反射的に抱き合い、目をつむる。


 その瞬間――。


「みつけた!」

「へんなほねいる!」

「たすけなきゃ!」


 元気な声が響くや、シンデルは目を見開いた。

 廊下の奥に三人の小さな影――アキラ、ハルト、ナツキが立っていた。


 ナツキが子ども用の弓を構え、先端に吸盤のついた矢を放つ。

「セーしゃひっちゅー!」(※言ってるだけ)


 ぴゅん! と音を立てて飛んだ矢は――

 スケルトン・キャラメリゼの肋骨と肋骨の間を、すり抜けた。


「ひっちゅーなのに……」

 しょんぼりと肩を落とすナツキ。


「骨にはドンキーだって、ケンタにいちゃんが言ってたよ」

 アキラがビックリするほど固い某アイスバーを取り出して構える。


「ぼくもやるー!」

 ハルトは棒付きキャンディ――ロリポップを構えた。


 二人は顔を見合わせ、息を合わせて叫ぶ。

「「ドンキ〜アタック! とーっ!」」


 パキィン!

 鈍い音と共に、スケルトン・キャラメリゼの尺骨が粉々に砕けた。

 思わぬ反撃に、キャラメリゼは軋んだ音を上げて後退する。


 そこへ、ナツキが再び弓を構えた。

 今度は銀紙に包まれたチョコの矢。

 彼女は大きく息を吸い込んで――。


「はじゃけんちょ〜!」(※もちろん言ってるだけ)


 ぴゅん!

 銀の矢がまっすぐ飛び、スケルトン・キャラメリゼの頭蓋骨を貫いた。


 瞬間、頭だけがぱあっと光の粒子に変わって消える。

 体だけ残ったキャラメリゼは、標的を見失ったように、ふらふらと廊下の奥へと歩き去っていった。


「ぎんのだんがん、すごい!」

 ナツキがドヤ顔で胸を張る。

「ぎんはいたいってジンおじちゃんがいってた」


「やったー!」

「すごいね!」

 アキラとハルトが手を取り合って跳ね回る。


 恐怖に固まっていたシンデルとスケーテルの表情にも、ようやく笑みが戻った。

 シンデルが小さく頭を下げる。

「……助けてくれて、ありがとう」


 頭の中の『逃げろ!』命令が不思議と綿菓子のように溶けて消えていた。

 それもそのはず、目の前の小さな騎士団はみな大人ではないのだから……。

 

「うんっ! こわくても、みんなでたたかえばだいじょうぶだよ!」

 ナツキが満面の笑みで答えた。


 クラッカーの床に散らばった砂糖の破片が、きらきらと光を反射していた。

 焦げた匂いは薄れ、代わりに甘いミルクの香りが漂う。


 お菓子の館の廊下に――ほんの一瞬、平和な笑い声が満ちた。


* * *


「レアアイテムが出ないとイベントが終わらないんだよね?」


 アキラが腕を組んでうなった。

 目の前では、シンデルとスケーテルが並んで座っている。

 砂糖の破片がまだ床に残り、焦げた匂いがほんのり漂っていた。


「はろうぃんがおわらないと、シンちゃんとスーちゃんがおうちにかえれない?」

 ハルトがベタなニックネームをつける。(※スキルではない)

 けれど、シンデルとスケーテルはくすぐったそうに笑った。


「レアなのを、おじさんたちにわたせばおわるの?」

 ハルトが続けると、シンデルが小さくうなずいた。


「うん、それで“終了”ってなるみたい。……でも、どうしてか、今は出ないんだ」


 スケーテルは膝の上からそっと手を離し、ステッキを少し押しやるようにして目を伏せた。

 杖の先端では、赤い宝石が淡く脈打つように光っている。

 それがまるで、意思を持っているかのように見えた。


「大事なものならダメかもだけど……」

 ナツキはスケーテルの手の中のステッキを見つめながら言った。

「そのピカピカじゃダメ?」


 スケーテルは一瞬、びくりと肩を震わせた。

 そして、唇を噛みしめるように答えた。


「ううん……命令がなければ、怖くて捨てたいくらい」


 その言葉に、他のみんなが顔を見合わせた。

 そして――全員がいたずらを思いついた子ども特有の、あの目をしてうなずき合った。


* * *


 ケンタはマシュマロの山を払いのけながら、勢いよく立ち上がった。

「よし、地下だ! 秘密の通路を知ってるんだ、きっとあの先だ!」


 イタズラトラップに引っかかったのがよほど悔しかったのか、すっかり目がギラギラしている。

 誰が見ても――もう止まらない顔だった。


「はいはい、わかったから!」

 結が苦笑して立ち上がる。

 だが、動いた拍子に――足先で何かがコツンと転がった。


 カラン。


 乾いた音に、結が首を傾げてしゃがみ込む。

 床の上には、細長い棒状のスナックがひとつ。


「……えびせん?」

 拾い上げると、指先にざらりとした塩の粒。

 香ばしい海老の匂いがふわりと立ちのぼった。


「んー! しょっぱい! さいこー!」

 思わず口に放り込むと、甘いもので満たされていた舌が一気にリセットされた。


「……お? こっちにも落ちてる」

 点々と続くえびせんのかけら。

 結はつい夢中になって拾い始める。


「んー、やめられない、止まらない!」

 完全にトラップのことを忘れていた。

 さっきあれだけ派手に落とし穴へ落ちたというのに、学習の気配はまるでない。


 角の向こうから、かすかなヒソヒソ声が聞こえた。


「ほら、引っかかった」

「結ねーちゃん、えびすきすぎだもんね」

「あまいとしょっぱい……キケンなわななの」


 結が曲がり角をそろりと覗くと――そこにはシーツをかぶった五人の子ども幽霊が並んでいた。

 真ん中の子はパンプキンヘッドをかぶり、おずおずと手を差し出す。


「……ト、トリック・オア・トリート」


 続いて、他の子どもたちが元気よく唱和した。

「「「「トリック・オア・トリート!」」」」


「あ、えっと……ハッピー・ハロウィン!」

 とっさに結はポーチからお菓子を取り出し、差し出した。


 子どもたちは顔を見合わせ、うなずき合う。

「結ねーちゃん、コングラチュレーション!」


 パンプキンヘッドの子が一歩前へ出て、杖を手渡した。

 結がそれを受け取った瞬間――。


 館全体に、システムアナウンスが響き渡った。


【おめでとうございます! プレイヤー:結がレアアイテムを獲得しました】


 外の夜空に、ぱあっと金色の花火が打ち上がる。

 飴細工の窓が七色に光を反射し、お菓子の館全体がまるで夢のように輝いた。


「え? え? え?」

 訳もわからず、杖を抱えたまま立ち尽くす結。


 その頭上で、最後の花火がはじけ、甘い焦げ砂糖の香りがふわりと広がった。


* * *


 館の裏庭では、月明かりに照らされた畑のあちこちで、カボチャ頭の『ジャック・オー・ランタン』たちがのんびりと歩き回っていた。

 ふかふかの土の上を、ロウソクの灯がゆらゆらと揺れる。


 その中のひとつに、スケーテルが両手でカボチャの頭を返した。

「はい、これ……あなたのだったんだね」


 ランタンはぽっと明かりを灯し、まるでお礼を言うように小さく一礼した。

 スケーテルの身体にも、淡い光が宿る。

 隣でシンデルがその手を取り、ナツキたちの方へと向き直った。


「ほんとうに、ありがとう」

「ずっとともだちだよ!」


 アキラとハルトが大きく手を振り、ナツキが少し泣きそうな笑顔で叫ぶ。

「またね!」


 兄妹は顔を見合わせ、静かにうなずくと――指をつないだまま、ゆっくりと夜空へ昇っていった。

 金色の花火がひとつ、ぱっと弾ける。

 光の粉が星々に溶けて、空一面が甘い色に染まった。


 残された子どもたちは、いつまでも空を見上げていた。

 風はほんのりミルクの香りを運び、遠くで小さな笑い声が響く。


 ――ハッピー・ハロウィン。

 お菓子な夜に、甘い夢を。


(おわり)


――閑話:ハロウィンとお菓子な館あとがき

最後まで読んでくれてありがとう!

本編、第二十五話は来週火曜日のお昼ごろに投稿予定です。

次はね、カグヤさんが子どもたちを連れて冒険に出るらしいよ。ちょっとだけ危なそうで、でもぜったい楽しいやつ。

続きも読んでくれたら嬉しいな。


もし少しでも楽しんでもらえたなら、ブクマとかポイントで応援してくれると励みになります!


いや〜、甘いのしょっぱいの交互って、ホント罠だよね……。

気づいたら止まらなくなってたもん。えびせん、恐るべし。


みんなもハロウィンではお菓子食べすぎ注意だよ!

ではでは――地球のみんなにも、ハッピー・ハロウィン!

――結


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