第二十四話:セレノスの切り札
昼下がりのセレノス。市場通りは、今日もにぎやかだった。
香辛料の香りと焼きたてのパンの匂いが風に乗って混じり合い、屋台の間を行き交う人々のざわめきが石畳に反響する。騒がしさすら心地よく感じるほど、街は活気に満ちていた。
その中に、ひときわ目を引く青年の姿があった。
道行く者が振り返り、目を奪われ、視線を送り――また振り返る。
タクヤは本来、身の丈二メートルを超えるトロールである。
だが今は、ログ爺の変身魔法によって、人間種族の冒険者の姿になっていた。
セレノスでカオス種族が活動するには、こうしてガードをはじめとしたオーダー系NPCの目をかいくぐる必要があった。
その目的としては、この変身は十分に機能していたが、問題がひとつだけあった。
――副作用として、かなり見目が良く目立つ。
そのことは自覚していたが、今は特に気にする様子もなく、屋台の品々を見ながらゆっくりと歩いていた。
「……ん?」
ふと足元で何かが光った気がして、タクヤは立ち止まる。
石畳の隙間に、一枚のカードが落ちていた。トランプほどの大きさで、艶のある表面に女神の絵が印刷されている。
拾い上げてみると、それは女神セレネ・エテルナ(大)の姿だった。
威厳あるまなざしと整った顔立ちで、まっすぐ正面を見つめている。
そのカードの上に、金色の『?』マークがふわりと浮かんでいた。クエストの起点を示す、見慣れたアイコンだ。
「街中クエストか?」
そう呟きながら、タクヤはその『?』マークを指先で軽くタップした。
――――――――――――――――――――――――
【女神の祝福】
依頼者:カード
目的地:セレノス正門
依頼内容:これは、セレノスで人気のカードゲームに使用されるカードだ。持ち主に返してお礼を貰おう!
ヒント:このカードゲームは警備隊内で大人気だ。
難易度:★
報酬:カード(ランダム)
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「ガードに渡すのかよ……やれやれだぜ」
警備隊に正体を見抜かれるリスクはある。
だが、いざとなれば逃げ切れるだけの力もある。
懐にカードをしまい、タクヤはそのまま正門へ向かって歩き出した。
* * *
セレノス正門のそばに設けられた警備隊の屯所では、休憩中のガードたちが木製のテーブルを囲んでいた。
その上には、色とりどりのカードが並んでいる。
「よし、俺のターン! 妖精竜のブレス!」
ひとりのガードが声を上げながらカードを出す。
その場に一瞬ざわめきが走るが、すぐに対面の男が口元を歪めた。
「ふふ、そうきたか……」
伏せていた二枚のカードのうち一枚をめくりながら、静かに宣言する。
「トラップカード発動! 聖堂の井戸!」
「……それ、飛んでるユニットには無効だろ」
カードの説明文を見て、先に出した男が冷静に突っ込んだ。
「し、しまった〜! でもまだ生き残ってる。次は俺のターンだ!」
慌てて取り繕いながら、別のカードを勢いよく場に出す。
「フォボス墜落!」
「おいおい、全滅エンドかよ」
見物していた他のガードたちが白けたように笑う。
「負けそうになるといつもこうだ……」
呆れ声を上げながら、最初のガードがカードを片付け始めた。
そこに、ひとりの青年が歩み寄る。
「すまん、ちょっといいか」
黒髪で整った顔立ちの青年が、手にした一枚のカードを掲げて見せた。
「これ、さっき市場通りで拾ったんだが……誰かの落とし物って心当たりあるか?」
カードを見た瞬間、ガードたちの表情が変わる。
「セレネ様のカードじゃねーか!」
声を上げたひとりが、身を乗り出すようにしてカードを覗き込んだ。
「超レアだぞ……持ってたの、たしか隊長くらいだ」
別のガードがぽつりと呟く。
「隊長、今どこに?」
タクヤがたずねると、すぐに返ってきた。
「さっき、丘のポストのほうに巡回に出てったよ」
「なるほど……助かった」
礼をひとつだけ返して、タクヤは静かにその場を離れた。
* * *
「TRAIN! 正門行きです! ごめんなさい!(>_<;」
甲高い叫び声とともに、二人のハーフエルフの若者が駆け込んできた。背後には、地を這うような黒い影――うごめく甲虫の群れ。
セレノス正門の外、街道沿いに広がる平地。初心者冒険者の訓練場にも使われるその一帯に、緊迫した空気が走る。
「多いな……」
巡回に出ていた聖騎士セレノンティスは、甲冑の奥から静かに声を漏らした。
真っ白なマントを風に揺らしながら、ゆっくりと腰の聖剣を引き抜く。
この時期、虫たちは代替わりの季節にある。
生態系の均衡が崩れ、小規模な暴走が散見されることは珍しくない。
だが――。
「参る!」
号令と同時に、セレノンティスは地を蹴った。
門兵の援護を後方に残し、自らは少年少女を守るように前に出る。
煌めく白銀の鎧。
聖なる力を帯びた斬撃が、群がる甲虫を面白いように切り払っていく。
「だ、大丈夫……?」
「すご……あの人……!」
呆然と立ち尽くしていた少年少女の前に、守護の壁のように立ちはだかるその背中。
セレノンティスは、セレノスの切り札と言われる男だ。
彼がいる限り、魔物の群れにセレノスが屈することはない。
甲虫は数こそ多いが、レベルは低い。
彼ひとりでも、十分に対処できるはずだった。
だが。
不穏な唸りが、空気を震わせる。
「……っ!」
地鳴りと共に姿を現したのは、群れの中でもひときわ異質な巨体。
漆黒の殻に、金色のうぶ毛がまばゆく閃き、背中で火花が踊っている。
雷光を帯びた角を持つ一匹の怪虫――セレノス・サンダー・ビートル。
「これは……!」
セレノンティスの顔色がわずかに変わる。
やつが天に突き上げた角を振ると、次の瞬間――
バチバチバチッ!
黄色い稲妻が地を走り、甲虫も、ガードも、そして守っていた少年少女すらも巻き込むように炸裂した。
「ぐっ……!」
セレノンティスの体が、動かない。
四肢に力が入らない。声も出せない。
広範囲に及ぶ麻痺効果――!
「しまっ……!」
目だけが動き、彼は周囲を見た。
門兵たちは距離を取りすぎている。助けを呼びたいが、喉が震えない。
目の前では、ビートルが勝ち誇ったように角を下げ――
突進する。
(……間に合わない!)
セレノンティスは、反応できない四肢のまま、その光景を見つめ、
――目を瞑った。
* * *
「鈍足化!」
「鈍重化!」
呪術が、雷光をまとう巨大な甲虫の脚を締め付ける。
サンダー・ビートルの動きが、目に見えて鈍り始めた。
「黄泉への誘い!」
呪詛の声が立て続けに響く。
そして強力な毒DoTが時間を掛けてゆっくりと甲虫の体力を奪っていく。
知能のないはずの虫が、恐慌に駆られたかのように向きを変え逃走を計る。
しかし、鈍足化の呪術が弱った足をさらに締め付け、もはや一歩も動けない。
「解呪の祝詞!」
「生命の讃歌!」
「武者の鉄甲!」
その間にセレノンティスにデバフ解除、回復、防御強化の魔法が飛んでくる。
彼が振り返ると、ハーフエルフの二人の隣に、いつの間にか長身の青年が立っていた。
「感謝する!」
鋭い声と共に、セレノンティスが再び敵へと向き直る。
動きを止めた甲虫の王に向けて聖剣を振り上げた瞬間――。
「後ろ!あぶねえ!」
振り返ると、黒髪の青年が、背後から襲いかかってきた甲虫を杖で弾いたところだった。
いつの間にか甲虫の群れの動きに連携が生まれていた。
王を守るように、セレノンティスと黒髪の青年を牽制し、波のように緩急自在に襲いかかってくる。
知能を持たないはずの甲虫の群れに、何者かの意思が宿っていた。
目を凝らすと群れの向こうに、王にも匹敵する巨体の影が蠢いていた。
角はなく、黒一色と地味だが、黒曜石を思わせる甲殻に身をつつむその姿は、まさに貴婦人。
「クイーンまでもいるのか……」
セレノンティスが呻く。
セレノンティスと青年――タクヤは、背中合わせとなり、甲虫の波状攻撃をなんとか耐える。
「くそ、キリがねえ……」
焦りが滲んできた頃、攻撃がふっと緩んだ。
視線を巡らせると、女王が虹の光沢を持つ透明な羽根を拡げ、瀕死の王を抱えて飛び去るところであった。
「やれやれ、助かったぜ」
* * *
ハーフエルフの二人が青年に声を掛ける。
どうやら旧知の間柄のようだった。
「タクヤさん、ありがとうございます」
少年が頭を下げる。
少女は、頬を染めてポーッとしていた。
「ユウタもチコリもまだレベル低いんだから、あまり遠くまで行くなよ?」
タクヤが苦笑まじりに言ったところへ、セレノンティスが一歩前へ出る。
「改めて、ご助力感謝する。おかげで助かった」
凛とした声で言い、深々と頭を下げる。
「セレノス警備隊隊長のセレノンティスです」
「タクヤだ。よろしく……」
タクヤはポーチをごそごそと探り、一枚のカードを取り出した。
「これなんだが、あんたのじゃねーか?」
そのカードを見た途端、セレノンティスは慌てて身体中を探す。
「確かにどこかで落としたようだ……」
タクヤはひらりとカードを投げて寄越す。
「市場通りの真ん中に落ちてたぜ」
キャッチしながら、セレノンティスが思わず笑った。
「ははは、市場でサボっていたのがバレてしまうな」
照れ隠しのように剣を納め、右手を差し出す。
一瞬、戸惑ったような顔をしたタクヤだったが──その手をがっちりと握り返す。
「このカードは貴殿に差し上げよう。お礼も兼ねて受け取ってくれ」
そう言って、今度はセレノンティスの方から、女神のカードを放ってよこす。
タクヤがそれを手にした瞬間──
クエスト完了のファンファーレが鳴り響き、セレノンティスの頭上に『?』マークが浮かび上がった。
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【セレノスの切り札】
依頼者:セレノンティス
目的地:セレノスの丘、ガードポスト
依頼内容:私を助けて、ガードポストまで送ってくれないだろうか?
難易度:★★★
報酬:カード(ランダム)
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「連作でエスコートクエストかよ……やれやれだぜ」
タクヤがぼやきながら、セレノスの丘を見上げた。
* * *
乗りかかった舟とばかりに、タクヤはエスコートクエストも受諾した。
「しかし、あんだけ強い聖騎士にエスコート必要なのか?」
首をかしげながら、クエストウィンドウを閉じる。
だが、すぐにその理由を思い知らされることになる。
――さっきまで脅威度表記が赤かったセレノンティス。
『死ぬ気なら止めない。でも勝てる気がするなら、それは錯覚だ』
あの警告文が、クエストを受諾した瞬間、タクヤの視界で緑色に変わっていた。
『楽勝ムード。油断しなけりゃ問題なし』
「な、なんでだー!?」
スタスタと街道を進み始めたセレノンティスを見送りながら、タクヤは思わず叫ぶ。
「うっ……に、匂う……」
近づいた瞬間、鼻をつく酒の匂い。
白銀の兜のせいで気づかなかったが、明らかに酔っている。
腰のポーチからスキットルを取り出し、ぐびぐびとやりながら鼻歌を歌っている。
「セレノスの丘は……ふふ、いい風が吹いているな……♪」
ふらふらと道の端に寄り、虫の群れを見つけると、すぐ剣を抜く。
「おのれ、魔物ども! セレノスの平和は俺が守る!」
そのたびに剣閃が走るが、タクヤに経験値は入らない。
「そりゃそうだよな。相手は雑魚だし……」
そう呟いた直後、セレノンティスのHPバーがじわりと減る。
「ちょっ、嘘だろ。あれに削られてんのか……?」
目を凝らすと、小型のスライムが足にまとわりついている。
「セレノスの……へいわ……は……おれが……まも……る……っ」
ふらつく聖騎士。剣を構えたまま、明後日の方向へ突っ込む。
「やべーなこりゃ……」
天を仰ぐタクヤ。
緑と化したセレノンティスは、危険だった。
反応範囲のモンスターを見つけるたびに、まるで酔拳のような軌道で突撃していく。
「Calmかけとくか……」
「鎮魂の祈念!」
淡い光がセレノンティスを包み、動きがぴたりと止まる。
目を閉じ、静かに呼吸を整えた。
「……む、少し頭が冴えた気がする」
「そりゃ良かった」
ようやく落ち着いた聖騎士を先導し、街道を丘の上へと進んでいく。
だがその途中――。
地面に何かが落ちる音がした。
拾い上げてみると、カードだ。
『グリフォン』
『ゴブリンコマンダー』
『雷神トゥールース』
『女神セレネ・エテルナ』
『女神セレネ・エテルナ』
『女神セレネ・エテルナ』
「……ん? 何枚持ってんだよ。 何が超レアだ……」
拾い集めながら、タクヤは苦笑した。
どうやらポーチの底が抜けているらしい。
歩くたびに、貴重品を撒き散らしている。
「気前がいいはずだ……やれやれだぜ」
そう呟いている間にも、セレノンティスのHPバーがじわじわ減っていく。
見れば、今度は丘の影から飛び出したリスに剣を構えていた。
「……★3の理由、納得だな」
タクヤはため息をつき、再び支援詠唱に入った。
* * *
ようやく丘の上に、目的のガードポストが見えてきた。
「やっとゴールか……ん?」
タクヤが足を止める。
どこか違和感がある。――ガードポストが、かすかに揺れていた。
前に立っているはずのガードの姿も見えない。
そのとき、丘の向こうからヌッと巨大な影が顔を出した。
三角帽子にチョッキ姿で、どこか愛嬌のある風貌。
ヒルジャイアント――丘陵地帯に出没する巨人で、セレノスの丘のレベル帯ではかなりの強敵だった。
「げっ、ヒルジャイアントじゃねーか!」
タクヤは素早く状況を確認する。
青い脅威度メッセージが表示された。
『いい勝負になりそうだ。うっかりすると泣きを見るぞ』
背後では、セレノンティスがまだふらふらと歩いている。
スキットルを傾け、鼻歌まじりでご機嫌だ。
緑化した切り札を守って勝てるだろうか?
「あれ? 俺なんでまともな攻略考えてんだ?」
タクヤはニヤリと笑った。
「鈍足化!」
セレノンティスの足元に、緑がかった霧がふわりと立ちのぼり、動きがにぶる。
「む……地形が悪いな……」とつぶやきながら、聖騎士はその場に立ち止まった。
要するに、酔っ払いを置いてけぼりにしてソロで戦えば良い。
「狼の魂!」
詠唱を終えると、タクヤの脚が速くなり、軽快に地面を蹴って駆け出した。
「鈍足化!」
「鈍重化!」
「黄泉への誘い!」
立て続けに呪詛が放たれる。
ヒルジャイアントの足元にも、緑がかった霧がまとわりつき、動きが鈍る。
続く鈍重化で攻撃速度が落ち、最後に黄泉への誘いが放たれると、巨体の全身を黒い瘴気が包み、生命力がじわじわと削られていった。
ヒルジャイアントは「ぬふぅ〜……」と間の抜けた声を上げ、木の棍棒をふらりと振る。
どこか憎めない仕草だが、当たれば即死級の威力だ。
巨大な棍棒がかすめる。
――吹き飛ぶタクヤ。
「――っ!」
どこかが切れたのか、流れた血が視界を赤く染める。
「青表示も、侮れねーな。まったく」
タクヤは丘の斜面を利用し、巨人を引きつけながら円を描くように走る。
背後では、鈍足化されたセレノンティスが千鳥足のまま遅れてくるが、追いつけない。
「そのまま休んでろっての……」
軽口を叩きながら、詠唱を続ける。
毒のダメージが蓄積し、ヒルジャイアントのHPがじりじりと減っていく。
やがて、巨人が苦しげにのけぞり、愛嬌ある顔のまま光の粒となって消え去った。
「……やれやれだぜ」
タクヤは苦笑しながら丘を一周回る。
ほどなくして、セレノンティスがゆらゆらと登ってきた。
どうやら少し酔いが覚めてきたようだ。
「これはお礼だ……あれ? あれれ?」
ポーチを開けて中をのぞき込むセレノンティス。
中身はすっからかんだった。
「探し物はコイツだろ?」
タクヤがカードの束を掲げて見せる。
拾い集めたそれを差し出すと、聖騎士は苦笑いを浮かべた。
「ポーチを買い換えないといかんな……」
そう言いながら、セレノンティスは腰の剣をゆっくり抜いた。
酔気が完全に抜け、瞳に冷たい光が宿る。
「セレノスに魔物の侵入を許すわけにはいかない……
悪く思うな……化け物よ!」
セレノンティスの名前が赤く染まって、絶対的な敵対関係を明示していた。
(やばっ!バレてる!?)
いつのまにか、変身魔法が切れていた。
タクヤの体は、元のトロールの巨体へと戻っていたのである。
* * *
タクヤはもう一度/conで脅威度を確認した。
『死ぬ気なら止めない。でも勝てる気がするなら、それは錯覚だ』
遥かに格上であることを示す、真っ赤な文字列が視界をしめる。
事態を把握して、タクヤは冷たい汗をかく。
EOFでは、魔法職が赤表示の格上に勝てる可能性はほぼない。魔法がほぼ全てレジストされて無効になるためだ。
(逃げるか?)
よく見ると、セレノンティスにはまだ『鈍足化』のデバフアイコンが灯っており、自分には加速バフの『狼の魂』が付いている。
しかし、一番近いゾーン境界はセレノス正門――ガードが多数詰めるそこに、トロール姿で突っ込むのは無謀だった。
とにかく距離を取ろうと、走り出そうとする矢先、セレノンティスの『鈍足化』のデバフが明滅する。タクヤの『狼の魂』はまだ有効だが、背中を向ければ遠隔の剣技が飛んでくるだろう。
タクヤは覚悟を決め、長めの棒状の杖『ルーイン・トーテム・スタッフ』をインベントリから取り出して装備する。手持ちで一番リーチが取れる武器だ。昔見たカンフー映画のシーンを思い出しながら振り回して構える。
「考えるな、感じろ! だったっけか?」
セレノンティスが突進してくる。
聖剣の一撃を、タクヤはスタッフで受けた。
VRMMOではアバターを操るという意味で、魔法職も物理職も同じだ。運動神経というゲーム外スキルで、装備やスキル差をある程度は埋められる。
とはいえ、相手は遥かに格上の赤い脅威度。受けるだけで精一杯であった。
幸いなことに、トロールの姿に戻ったタクヤは種族特性の超回復が常時発動している。多少の傷ならすぐに塞がる。
何合目かの打ち合いの後、離れて向き合う二人。
「意外とやるな、化け物! 惜しいぞ、人間だったら良い部下になったであろうに」
打ち合いが楽しくなってきたのか、セレノンティスは嬉々として打ち込んでくる。
「実は中の人は人間だけどなっ!」
タクヤはスタッフで剣の腹を払って受け流す。
さらに激しく打ち合い、やがて、どちらも疲労困憊になって地面に膝をついた。
「はぁ、はぁ、本当にやるな化け物め」
(不思議だ……意外に渡り合えるな……ん?)
ふと気づく。
「パーティ組んだまま?……クエストも終わってねえ?」
おっさんのバフもステータスも丸見えだった。
そのバフアイコンの列に、ビールジョッキが描かれたわかりやすいアイコンが明滅している。激しく動いたせいで再び酔いが回ってきたようだ。
脅威度を再度表示してみる。
『いい勝負になりそうだ。うっかりすると泣きを見るぞ』
やはり、酩酊状態で脅威度が下がっている。
「なるほど、そういうことね。ならば……」
タクヤはセレノンティスに、あるバフをかける。
「狼の魂!」
「おお、足が軽い。敵に塩を送るとは助かるなあ……ヒック」
セレノンティスが突進してくる。
再び激しく打ち合う二人。
フットワークが軽くなった分、セレノンティスの攻撃が激しくなり、タクヤは防戦一方である。
ところが、しばらく耐えると、急に斬撃が軽くなってきた。
脅威度を確認すると、今度は緑色の文字列がならぶ。
『楽勝というか、むしろ介護してあげて』
慣れない高速動作で酔いが更に回ったのだ。
「おっさん、わりいがこれで終わりだ」
タクヤは口元だけで笑い、スタッフを繰り出し、セレノンティスの喉元を突き上げる。
兜がすっ飛び、地面に大の字に伸びるセレノンティス。正体は絶世の美女……なんてことはなく、ヒゲ面のおっさんだった。
「おっさん、結局スキル使わなかったな……手加減してくれたのか?……まさかな」
ヒゲ面を眺めて、ふと既視感を覚えるタクヤ。
「あれ? どこかで見たような?」
そのヒゲ面が、セレノス正門のぼったくり露天商――モジャールに瓜二つだった。
「兄弟かなんかか?……やれやれだぜ」
* * *
――後日。
昼下がりの『ルーイン・ゴート』。
酒と焼き肉の匂いが混じるホールの扉が、きぃ、と静かに開いた。
顔を上げたタクヤの視界に、白銀の聖騎士が立っていた。
「……げ」
思わず腰が引ける。
入ってきたのは、他でもない――セレノス警備隊隊長、セレノンティスだった。
周囲の客がざわめく中、その聖騎士はまっすぐタクヤの席へと歩み寄り、
鎧のきしむ音を響かせながら、深々と頭を下げた。
「先日は命の恩人に充分な礼もせず、失礼した」
低く、澄んだ声。
タクヤは、反射的に身構える。未だ警戒は解けない。
「……どうしてここが?」
問い返すと、セレノンティスは少し困ったように微笑んだ。
「弟の店のお得意様だとか。――重ね重ね失礼致した」
「ほんとに兄弟設定かよ……」
思わず口をついて出たタクヤのつぶやきに、周囲の仲間がクスリと笑う。
セレノンティスは気にも留めず、懐から数枚のカードを取り出した。
「お礼に。あの折に拾っていただいた物の……お返しです」
タクヤが受け取ると、聖騎士は少し照れたように言葉を続ける。
「いやはや、あの日は飲みすぎて、丘に向かった後のことがサッパリ思い出せんのです」
……どう見ても、覚えている顔である。
セレノンティスはそう言いつつ、胸元から一枚のメダリオンを取り出した。
銀色の円盤には、セレノスの紋章が刻まれている。
「これがあれば、細かい詮索なしでセレノスに入れる。――ではまた」
ウィンクひとつ残して、くるりと背を向けると、鎧のきらめきを残し、堂々と店を出ていった。
(沈黙)
「絶対、覚えてるだろ」
タクヤはため息をつきつつ、去り行くその後ろ姿を見送った。
ふと、彼の頭上に視線を送ると、ネームタグが浮いている。
それは、柔らかな黄緑色――親密度MAXの色で揺れていた。
「……やれやれだぜ」
(おわり)
――第二十四話あとがき
最後まで読んでくれてありがとーなのね!
次回は今週の金曜日、ハロウィンの日に閑話をお届けするわのね!
お菓子といたずら、どっちが好き? 妾はどっちもなのね!
少しでも「面白かった~」って思ってくれたら、
ブクマとかポイントとか、ちょこっと押してくれると嬉しいのだわのね!
えっ? 妾のカードの効果? ききたい? むふん!
フォボスが落ちてきても、ダイモスが落ちてきても、ぜ~んぶ天に押し返すのだわのね! 勝利確実なのね! えっへん!
じゃ、また金曜日にきてねー!
月の加護を、そなたに~☆
――セッちゃん




