第二話:ある意味サポート万全デスゲーム
「くっそ……誰もいないのか……」
西の人間都市セレノス。
ログアウト不能の告知から数分が経過し、広場のざわつきは、恐怖と混乱で濁っていた。
ケンタは、中央広場から市場通り、宿屋、冒険者ギルド──あらゆる場所を駆け回っていた。
「シャチョー、ログ爺……おまえら、どこにいる……?」
広場に戻ったとき、結が心配そうに待っていた。
「知り合い……探してるの?」
「トーチってギルドの仲間がいるはずなんだ。……旧EOF時代のな」
「合流できれば心強い、ってことだよね?」
ケンタは頷きつつ、コマンド窓を操作する。しかし、フレンドリストは全員"不明"。ダイレクトメッセージは"通信不可"の文字が点滅する。
「都市外との通信も遮断されてるな……ログ爺の拠点は妖精島。シャチョーは……どこから始めたか……」
「ってことは、連絡とる手段が……ないの?」
「普通にはな。だけど、まだ“裏”が残ってる」
「うら? なにそれ、ぴこんって閃いたやつ?」
ケンタの目が細められる。昔の記憶を探るように。
「このゲームには、ユーザーサポート用のAIがいた。通称、GMちゃん。
本来はバグ報告や簡単な案内しかできない……でもな、使い方次第じゃ“伝言係”になる」
「伝言係……って、しゅっ、と投げたら、ぽんって届けてくれる的な?」
「GMちゃんに特定の質問を登録して“よくある質問(FAQ)”としてリストに残しておくことで、別の誰かが似た質問をすれば偶然を装って情報を共有できる」
「えっ、それって……そんな必殺技、あるんだ……」
「旧EOF時代に俺らが見つけた。《FAQバグ》ってやつだ」
ケンタはすぐさまGMちゃんへのチャット窓を開き、こう打ち込んだ。
「ケンタウロスは西の都市セレノスに生息していたりしますか?」
そして、窓の下のチェックボックスにチェックを入れる。
「■よくある質問/サポート情報の共有に同意する」
『はーいGMちゃんです(は~と)。お問い合わせありがとう~。ほんとは攻略情報は内緒なんだけど、オープン記念で特別で~す。ケンタウロスはなんとクレアタ高原にいっぱいいま~す!都市にはいません!』
彼は結にぽつりと呟いた。
「ケンタウロスってのはな、昔ギルド内で呼ばれてた俺のあだ名なんだ。ケンタって名前とファンタジーの種族名の駄洒落さ」
「ま、言ってみりゃ、これは俺なりの“のろし”ってやつだ。仲間ならきっと気づく」
「やば……バグ利用って、なんかすごい……」
結の目がほんの少しだけ、尊敬の色を帯びた。
二人は広場の端、簡易焚き火の前に腰を下ろした。ケンタは遠く、夜の空を見上げながら言った。
「トーチの火は、消えちゃいねぇ。誰か、必ず気づく」
その言葉は、祈りであり、宣言でもあった。
* * *
セレノスの一つ手前の村、プレイヤーの姿は見えず虫の声だけが響いている。そこにひとりの男がようやくたどり着いた。
「ふぅ……どえりゃあ疲れたがや……」
その男──《シャチョー》。東の端から歩いてきた名古屋弁の漢。彼の鎧は元々、名古屋人らしく金ぴかと赤の派手な装飾が施された、目立ちたがり屋全開の代物だった。
しかし、今は違う。
ところどころ塗装は剥げ、あちこちに泥と血のしみが残り、肩当てはどこかで外れ、マントは半分千切れている。まさに“満身創痍”の姿だった。
「このワールド、容赦ねぇな……。けど、ここまで来たらあとちょっとだがや」
村の片隅の休憩所に腰を下ろすと、シャチョーはコマンド窓を開いてGMちゃんへのチャットを起動した。
「いま東から西に向かっとるんだて、ケンタウロスって、どのへんにおるんだわ?」
『はーいGMちゃんです(は~と)。お問い合わせありがとう~。ほんとは攻略情報は内緒なんだけど、オープン記念で特別で~す。ケンタウロスはなんとクレアタ高原にいっぱいいま~す!』
……その下に、関連質問が表示されていた。
『関連しそうな質問:ケンタウロスは西の都市セレノスに生息していたりしますか?』
シャチョーは小さく笑った。
「おったな、ケンタ……。《FAQバグ》、やっぱりまだ使えるんやな」
すっかりボロボロになった金ぴかの胸当てを軽く叩くと、彼はゆっくりと立ち上がった。
「よっしゃ、合流作戦──始めるがや!」
* * *
妖精島ノーム都市アルギュレア
ログ爺──ノームの街に構えた自宅の地下工房で、ひとり地図とコードとにらめっこしていた。
「この世界……旧EOF時代と同じと思ったら、それなりに進化しとるな……。さて、片っ端から仕様を洗っておくかのお」
彼はGMちゃんのチャットに次々と入力していく。
「この世界に『魂』は存在しますか?」
「電気理論は通用しますか?」
「数学の未解決問題には何が残っていますか?」
GMちゃんは明るく、ときに的外れに、ときに意味深に応えてくれる。
そんな中、一件の“関連質問”が彼の目を引いた。
『関連しそうな質問:ケンタウロスは西の都市セレノスに生息していたりしますか?』
「……?」
ログ爺はすぐさま「ケンタウロス」で検索をかける。
『はーいGMちゃんです(は~と)。お問い合わせありがとう~。ケンタウロスは上半身が人間で下半身が馬の種族です!弓が得意でひとり流鏑馬可能で~す!』
その下のリンクを目にして、彼はふっと笑った。
『関連しそうな質問:ケンタウロスは西の都市セレノスに生息していたりしますか?』
『関連しそうな質問:いま東から西に向かっとるんだて、ケンタウロスって、どのへんにおるんだわ?』
「……やるな、ケンタ、シャチョー。《FAQバグ》、あの手をまた使うとは」
ログ爺は椅子をぐるりと回し、部屋の隅にある床のタイルを外す。そこは、彼自身が発見した“床抜けバグ”実装部分のひとつだった。
「バグは技術者の宝だ。なら、使ってやらねば嘘だろう」
そう呟いて、ログ爺はそのまま床の穴に飛び込んだ。
世界がぐるりと反転する。物理演算が狂い、重力処理が逆転する。ノーム都市の地面を突き抜け、彼は火星の地核に吸い込まれていった。
そして数瞬ののち、裏側──西の都市セレノスの下層路地の片隅に、彼は着地した。
「……おっと、ちとズレたか。まあ、誤差のうちだな」
灰の中から立ち上がるログ爺。その目は静かに、しかし確実に燃えていた。
「さて、トーチの再燃──始めようかの」
* * *
火星の衛星フォボス──観測室に、淡く光る三つの球体。
監視者A「指揮者から通達。“人質は丁重に扱え”とのことだ」
監視者C「……ダイモスの開発部からも軽いパッチ通知が来てるな。対応しとくわ」
監視者B「……丁重に……、なるほど。“プレイヤーIDに敬意を持て”ということか」
---第二話あとがき
ここまで読んでくださって、ほんとに……ありがとうございますっ。ぺこっ(軽くおじぎ)
このあと、もぐもぐ晩ご飯タイムのあとに、ズババン!と第三話が投稿される予定なんですって!
よかったら、そっちもシュッと読んで、キュン!としてってくれたらうれしいな〜っ!
もし「面白いかも~!」って思ってもらえたら、ポチポチっとポイントとか、カキカキって感想、もらえると……
ぎゅ~~~って、ワタシのソウルゲージが満タンになりますっ!
---結でしたっ。