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閑話:ブラック・ボトムのニュービイ

 セレノスとフロストホルンを行き来するには、ひとつのダンジョンを必ず抜けねばならない。

 地上部分を南北に縦断すれば、北側の出口からフロストホルンへ至る吹雪の谷に出られる。

 そのため、セレノス、フロストホルン両拠点出身者には序盤の定番の狩場である。


 このダンジョンに棲むのはノール――人の体に犬の頭を持つ獣人型のモンスターである。

 地上部分に現れるのは比較的弱い個体が多く、初心者にとって格好の獲物となっていた。


 地上部分は大穴を囲むように広がっており、モンスターのレベルも低い。

 ただし、この大穴に足を踏み外せば一気に最下層へ落ちることになる。幸い底には地下水脈からの水が溜まっており、落下ダメージで死ぬことはまずない。だが待ち受けているのは格上のモンスターたちであり、逃げ道は限られていた。


 地下から地上へ戻るには一本しかない階段を登るしかなく、セレノス側の出口付近では、逃げるプレイヤーを追うモンスターが長蛇をなす――いわゆるトレインが頻発していた。


「TRAIN! 階段からセレノス側出口行き! 退避願います! すいませーん!」

 今日もトレインシャウトが響き渡る。


 ここは、真っ黒な水を底にたたえた巨大な井戸のようなダンジョン――ブラック・ボトム。


 そこへ今、初心者(ニュービイ)の一行が経験値を稼ぐためにやって来ていた。


* * *


 セレノス、中央広場近くの訓練場。

 革装備に身を包んだハーフエルフの少年と少女が、並んで的に向かっていた。


 ショートボウを手にした少年――ユウタが矢をつがえ、弦を引き絞る。

 放たれた矢はわずかにそれて、後ろの盛り土に突き立った。


「なかなか当たらないね」

 隣に立つ少女――チコリは弓を手にしていなかった。

 首に下げたメダリオンにはヤドリギの紋が刻まれており、彼女がハンターではないことを示していた。


「ファイヤ・ブラスト!」

 短い詠唱を終えると、チコリの放った炎が標的を包み、木板がじりっと焦げる。


「魔法は大体当たるのにね」

 チコリはドルイドであった。

 ドルイドはケルト伝承を起源とする自然信仰のクラスで、回復、転移、自然操作といった多彩な魔法を操れる便利屋的存在である。


「うーん、弓で実戦は難しいかな」

 後ろから、黄金鎧を着込んだ青年が声をかけてくる。パラディンのコウイチだった。


 そこへ革装備のシーフとモンクが、茶化すように口を挟む。


「いやいや、おまえ結ちゃん知らんの?」

「“その一射にすべてを込める”……そう言われた女神だぜ」


 二人はシーフのヤオキとモンクのアルゴ。デスゲーム化直前に結へ絡んでいた面々だが、今ではすっかり彼女のファンに鞍替えしている。


「それは、あんたたちが言われたセリフでしょうが」

 濃紺のローブをまとった女性が、ぱしんと二人の背をはたいた。ウィザードのフレイアである。


「あたしたちも見てたんだよ。恥ずいったらありゃしない」

「そうそう、可愛い子見るとすぐちょっかい出すんだから〜」


 呆れ顔で言葉を重ねるチコリも、二人の軽薄さを見透かしているようだった。


 この六人はもともと別のゲームで知り合った仲間同士。新生EOFでも足並みをそろえて始めた初心者グループである。

 全員セレノス近辺が開始点の種族を選んでいたが、突如降りかかったデスゲーム宣言に途方に暮れていた。


 だが黄金鎧をはじめとする装備が配られたことで、少しずつ攻略に踏み出せるようになった。

 生き延びるには、やはりレベルを上げておいた方が良い――それが彼らの結論だった。


* * *


 セレノスの正門前。

 城壁の外には草地が広がり、低レベルの冒険者たちがちらほらと姿を見せていた。ガードポストには屈強な兵士が常駐しており、万一手に負えないモンスターに出会っても、ここまで戻ればたちまち片をつけてくれる。


 そのため、初心者にとっては最も安全な狩場であった。

 もっとも現れるのは、ネズミや蛇、コウモリ、そして大きな甲虫程度。


 EOFでは敵の頭上を注視すると名前タグが浮かび、その色で敵対度――すなわち親密度が分かる。黄色や赤は要注意、特に赤は視界に入った瞬間に襲いかかってくる「Kill on Sight」の危険を意味した。

 一方で、敵のレベルそのものが数値で示されることはない。分かるのは/considerコマンドによる相対的な強さだけである。短縮して/conと入力しても同じ効果があり、階層メニューやマクロからボタン化することも可能だった。


『相手にならない。叩いても経験値すら出ないだろう』


 最初はちょうどよかった門前のネズミや蛇も、今では灰色文字になり、倒しても経験値にならなくなっていた。


「なあ、ダンジョン行ってみねーか?」

 シーフのヤオキが退屈そうに提案する。


「……そうだな。ゾーン近くの地上部分なら……」

 パラディンのコウイチが少し考え込み、仲間に問いかける。

「みんなはどう思う?」


 ネズミや蛇ばかりの狩りに飽きていた面々は、意外なほどあっさりと賛同した。

 すぐにゾーンできる地上部分だけなら、さほど危険はない――そんな判断もあった。


 この場合のゾーンとは、ゾーン境界を越えることを指す。フィールドからダンジョンへ、あるいはその逆へ。境界を越えればモンスターが追ってくることはなく、安全地帯へ逃げ込める。ガードがいないダンジョンでは、この「ゾーン逃げ」が定番の対処術だった。


「じゃあ、ドロップ品の蛇の卵とか露店で売ってくる」

 ドルイドのチコリがそう言うと、アルゴが慌てて制止した。


「待て、チコリ! あのヒゲ親父だけはやめとけ」

 モンクのアルゴが、門近くに立っている髭面の露店主を指差した。


「あいつに売ると半額以下に買い叩かれるぞ」


「そっか。じゃあ、ひとっ走りルーイン・ゴートまで行ってくる!」

 チコリは胸を叩いて宣言し、素早さを高める韋駄天魔法『狼の魂』を自らにかける。

 次の瞬間、彼女の姿は風のようにかき消え、瞬く間に街路の先へと消えていった。


* * *


 清算を終えたチコリが戻ってきた。

「待たせたね!」

 彼女は両手を合わせて詠唱を始めると、一行に素早さを高める韋駄天魔法――『狼の魂』を次々とかけていった。


「うひゃああ! はえ〜!」

 モンクのアルゴが大はしゃぎで丘を駆け上り、勢い余って前転まで披露する。


 セレノス北側の丘を越えると、すぐに異様な光景が目に入った。

 岩肌を抉った斜面に、ぽっかりと大口を開けた洞窟。湿った風に混じって漂ってくるのは、獣臭と鉄錆の匂いだった。


 初心者向けダンジョン――『ブラック・ボトム』。

 その入口は、誰の目にも明らかに危険と隣り合わせの場所であった。


 一行が洞窟へと足を踏み入れ、ゾーンしたその時だった。


「TRAIN! 階段からセレノス側出口行き! 退避願います! すいませーん!」

 中に響き渡ったのは、切迫したトレインシャウト。駆け抜ける足音とともに、複数の冒険者が怒涛のように出口へと押し寄せていく。


「少し階段から離れた位置に移動しよう」

 黄金鎧をまとったコウイチがすぐに判断を下す。


「どこまで行く?」

 チコリが尋ねる。


「ピット部屋辺りで良いんじゃないかしら?」

 フレイアが提案する。


「オレも賛成! あそこなら徘徊ノールは一匹だけ気をつければいいらしいしな」

 ヤオキが肩をすくめて賛同した。


「じゃあ行こうぜ、左壁沿いだ」

 アルゴが軽く拳を握り、先陣を切って歩き出す。


 モンクはオーダー系のクラスで唯一、FD――フェイン・デス、死んだ振りを使用できる。モンスターに発見されても、やり過ごす術を持つため、先陣にはうってつけであった。


* * *


 ピット部屋――それは簡単に言えば巨大な落とし穴の部屋である。

 もっとも、いまは落とし穴の仕掛けとしての機能は失われており、中央にぽっかりと穴が開いているだけだった。


 その底に降りても、たまにノール・パトロールが巡回してくる程度で、タイミングさえ間違えなければ比較的安全にキャンプを張れる。初心者の定番スポットとされるのも頷ける場所である。


 ただし、そこへ辿り着くまでが一苦労だった。

 階段を避けてピット部屋に向かうためには、大竪穴の縁を回り込む必要があり、その途中にはいまだ現役の落とし穴が残されていたのだ。


「アルゴ、気をつけろ。あそこは地面の色が違う」

 シーフのヤオキが鋭く目を凝らして警告する。


「お……おう、よく見えるな? このゲーム、ヒューマンの視力の扱いひどくね?」

 アルゴが足を止めてぼやく。


「そうね、夜になると何も見えないわよね」

 ウィザードのフレイアも肩をすくめて同調した。


「なんとかサイトって魔法はいっぱいあるんだけど、どれも効果がイマイチなのよねー」

 フレイアがさらに不満を漏らす。


「念のため、レビテーションをかけて行こう」

 コウイチが提案する。


 チコリがうなずき、詠唱を始める。柔らかな魔力が一行を包み、全員の身体がわずかに地面から浮き上がった。

 レビテーション――空を自由に飛べるわけではないが、落下の衝撃を無効化し、ゆるやかに降下できる便利な魔法だ。

 そして、小さな落とし穴なら浮いたまま通り抜けられる。


 細心の注意を払いながら、彼らは竪穴の縁を回り込み、危険な床を避けて進んでいく。

 やがて、視界の先に目的の部屋が見えてきた。


「……着いたな」

 コウイチが低く呟く。


 ようやく辿り着いたピット部屋。だが、その中央には――彼らが想像していなかった光景が待っていた。


* * *


「なんじゃこりゃあぁぁー!?」

 先行してピット部屋に飛び込んだアルゴの叫び声が響いた。


「どうした? ……え、えええっ?」

 すぐ後ろから顔を出したコウイチの表情も引きつる。


 部屋中央の大穴――ピットの底を覗き込んだ一行は、息を呑んだ。

 そこには、信じられない光景が広がっていたのだ。


 びっしりと詰め込まれたノールの群れ。

 数十体にも及ぶであろう獣人たちが、互いに押し合いへし合いしながら、まるで壊れた人形のようにシンクロしてもがき続けていた。


「……これ、降りたら死ぬね」

 ユウタが呟いた。


「間違いなく死ぬねー」

 チコリも同意し、額に冷や汗を浮かべる。


「運営がいねーから、誰もスタック直せねーんだな」

 ヤオキが穴の縁に身を乗り出し、底を覗き込んだ。


 スタック――モンスターが地形の穴や段差に引っかかり、動けなくなる現象。

 3Dのゲームではよくあるトラブルで、どこに引っかかるかを事前に完全に予想することはほぼ不可能だった。そのため、本来であればGMスタッフが逐一対応し、モンスターを元のルートに戻すのが定石だった。


 だが、デスゲーム化した今のEOFには自動化されたAIのGM以外の運営スタッフが存在しない。

 プレイヤーが自分の命を賭けて、わざわざ危険すぎるこの地獄絵図に手を出す理由もない。


 つまり――ここには延々と、徘徊ノールが落ち続け、溜まり続けるということだった。


* * *


「なあ、これ全部片付けたら経験値すごくね?」

 穴の底を見下ろしながら、ヤオキがにやりと笑った。


「無理だろ、降りたら即死だって」

 アルゴが即座に首を振る。


「降りなきゃ良いんだろ?」

 ヤオキは視線を後衛組へと向ける。ユウタ、チコリ、そしてフレイア。

「遠隔攻撃で安全に削ればいいじゃんか」


 一行の間に、重たい沈黙が落ちた。


「……ヘイトのったら全部上に上がってくるとか、ないか?」

 コウイチが眉をひそめる。


「やってみないとわかんね〜」

 アルゴが肩をすくめた。


「じゃあ、あたしがグループ・ゲートの準備しておくから、ユウタが矢を射かけてみてよ」

 フレイアが杖を握り直しながら提案する。


「なるほど、試してみるか……ユウタ、フレイアの詠唱開始後に頼む」

 コウイチが指示を出す。


「了解」

 ユウタが静かに弓を構えた。


「行くわよ――グループ・ゲート:ノース!」

 フレイアが詠唱を始める。青白い光が杖の先に集まり始めたその刹那、ユウタの矢が放たれた。


 矢は群れの中へと飛び込み、びっしりと詰まったノールたちの一体に突き刺さる。狙いを定める必要などなく、必然的にどれかに当たる状況だった。

 命中したノールのHPバーがわずかに削れた。


「……大丈夫そうだな。フレイア、キャンセルしてくれ」

 コウイチの声に、フレイアが腰を屈めて詠唱をキャンセルする。杖に集まっていた光がふっと散った。


 そこからは、もはや作業に近かった。


 ユウタが矢を次々と射かける。

 チコリが遅延効果の範囲魔法を穴の底へ放つ。

 フレイアも範囲攻撃を重ね、光や氷の破片が断続的に降り注いだ。


 下からは呻き声が重なり、やがて数を減らしていく。

 ノールたちは次々と力尽き、その姿を経験値の光へと変えていった。


* * *


「よーし、ラスト!」

ユウタが放った矢が、最後のノールを光の粒子へと変えた。


「やったぁ!」

チコリが飛び跳ねる。


レベルもスキルもぐんと上がったようで、ユウタの矢も最初よりずっと狙い通りに中るようになっていた。

皆もがっぽり経験値を稼ぎ、満足げな顔を浮かべる。


「じゃあ日が暮れる前に帰るとしますかね?」

ヤオキが腰の短剣を収めながら言う。


「そうだな、夜はヒューマンには別の意味で危険だしな」

コウイチが苦笑を浮かべて賛同した。


一行は大穴を回り込み、セレノス側の出口を目指して歩き出す。

だが、すっかり油断していた。


――ガサッ。


次の瞬間、草むらから巨大な影が跳ね上がった。

大きなヘビ――ジャイアントスネークである。


「うわっ!」

アルゴが叫ぶ間もなく、巨体が叩きつけるように体当たりを放つ。

その一撃にはノックバックの効果があり、前衛もろともまとめて吹き飛ばされた。


「しまっ――」


レビテーションをかけていたことが裏目に出た。

地面に踏ん張れず、全員が大穴の真ん中へと放り出される。


そして――ゆっくりと、抗う術もなく黒い水面へ降下していった。

そこは、真の名の由来とも言える場所。


本当のブラック・ボトムであった。


* * *


 水面のど真ん中に、ニュービイたちはゆっくりと着水した。

 足はつかず、全員がただぷかぷかと浮かぶしかなかった。


「ひゃっ……!」

チコリが身を縮める。小さな魚が群れをなし、体を突ついてくるのだ。だが、それ以上の脅威はなく、くすぐったいだけだった。


 安堵も束の間、周囲に視線を巡らせた一行は、すぐに現実を思い知る。

 黒い岸辺を徘徊していたのは、ノール・エリート、そして怪しげな呪文を唱えるノール・シャーマンの姿。


 コウイチが素早く/considerを打ち込む。

 直後、ログに真っ赤な文面が浮かび上がった。


『死ぬ気なら止めない。でも勝てる気がするなら、それは錯覚だ』


「ど、どうしよう……?」

青ざめるチコリ。


「グループ・ゲートいけないか?」

コウイチがチコリとフレイアに視線を送る。


 フレイアは苦々しい顔で首を振った。

「無理ね。グループ・ゲートは詠唱がクッソ長いのよ。水に浮いたままじゃ、ほとんどキャンセルされちゃうわ」


「ドルイドのもおんなじ……」

チコリも申し訳なさそうに肩をすくめる。


「どこかに上陸しないとだな」

アルゴが岸辺を見渡す。


「あそこに橋がある。あの下なら……」

ユウタが指差すと、フレイアがすぐに首を横に振った。


「ちょっと低すぎるわ。屈んだ状態じゃ、詠唱そのものができないの」


「魔法って、色々不便なんだねー……」

ユウタが困り顔を浮かべる。


 そんな中、フレイアがふいに口元を歪めた。

「あらあら、お姉さん良いこと思いついちゃったわ」

 彼女はわざとらしくニヤリと笑い、男性陣を一人ずつ見渡すのだった。


* * *


 「グルッ……ゴボッ……」

(く、くるひー……)


 「ハガガボッ……ガボッ……」

(はやくひてー……)


 「モゴッボ……フガンボッボイッ……」

(もっとふんでくらさい……)


 フレイアが思いついた策は、あまりに単純で、あまりに無茶だった。

 ――大柄なヒューマンの男性陣を、水底の“踏み台”にすること。


 水面下で沈み込みながら耐えているコウイチとヤオキ、さらにその上にアルゴ。

 フレイアは彼らの背を順に踏み、慎重に立ち上がった。


 「悪いわね、ちょっとだけ我慢してて」


 下からゴボゴボと文句が聞こえてくるが、フレイアは無視して詠唱に集中する。


「……グループ・ゲート:ノース!」


 詠唱ゲージが、這うようにゆっくりと進む。


 そのときだった。

 黒い岸辺がざわめき、ノールたちが一斉にこちらを振り返る。

 水面に立ったフレイアの姿を見つけたのだ。


「大変! 飛び込んでくる!」


 犬の頭を持つノールたちは、水を恐れない。吠え声をあげながら躊躇なく飛び込んでくる。


「スネア!」

 チコリが慌てて詠唱し、最前の一匹に鈍足の魔法をかける。

(……泳ぐ速さにも効くのかな?)

 一瞬よぎった疑問を振り払い、二匹目にもスネアを放った。


 「こっちだ!」

 ユウタが矢を放ち、フレイアへ一直線に向かうノールの進路を逸らす。矢は水しぶきを散らし、ノールの顔を掠めて牽制した。


 フレイアは身じろぎもできない。

(……犬掻きでよかったわ)

 心の中でそんな場違いな感想を漏らしつつ、ただ詠唱に専念する。


 そして――詠唱が完了した瞬間。

 パーティ全員の身体が青い光に包まれ、水面から天へ向かって光の柱が立ち昇る。


 柱はしばし煌めきを放ったのち、音もなく収束した。

 次の瞬間、そこにはもう誰の姿も残っていなかった。


* * *


 ウィザードのグループ転移魔法は、基本的に転送魔法陣が存在する場所ごとに固定されている。

 ドルイドのグループゲートも同じ仕組みだが、低レベルでは使える転送先が限られていた。


 今回、一行が飛ばされたのはセレノスにもっとも近い転送魔法陣――北エリス草原のウィズピラーだった。


 青い光の柱が収束し、姿を現したのは……水中で組んだままの人間ピラミッド。


「ぐ、ぐるじぃ……!」

「お、おもっ……!」

「ふんでくらさい……」


 下段の三人が情けない声を上げる。


 ようやく体勢を崩して崩れ落ちると、フレイアは濡れたローブの裾をさっと払いつつ、わずかに眉をひそめた。

「ちょっと、誰が『重い』ですって?」


「い、いや! あの、その……! ふ、浮力なくなったせいで!」

 慌てて弁解する男性陣。


 フレイアはふんと鼻を鳴らし、腰に手を当てて言った。

「まったく……。でもまあ、なんとか間に合ったわね。さあ、暗くなる前に走るわよ!」


 水中で踏みつけられた流れで、すっかり主従関係が出来上がったのか、彼女が自然にリーダーシップを取っていた。


 一同が顔を上げると、巨大な爪状の尖塔に四方を囲まれた転送魔法陣の周囲に広がる絶景が目に入った。

 南エリス草原へと続く白亜の橋が、夕焼けに染まり輝いている。


「わーっ、綺麗な橋!」

 チコリが目を輝かせる。ここはゲーム内結婚式のメッカとしても有名なスポットだった。


 だが、その感動も束の間――草原に一歩踏み出した瞬間、思わず皆が呻く。


「うひー……」

「ぜぃ……はぁ……」

「この草原……広すぎね?」


 エリス草原は、EOFでもっとも広いエリアだ。東西南北の四つのゾーンに分けて実装されるほどの広大さである。


 北エリス草原の転送陣からセレノスへ戻るには、この草原を半分横断し、さらに西エリス草原をまるごと横断しなければならなかった。


 たとえ『狼の魂』の加速力をもってしても、道のりはゆうに数時間。


 ――セレノスの灯火は、いまだ遥か彼方にあった。


(おわり)

――閑話:ブラック・ボトムのニュービイあとがき

はーいっ、ここまで読んでくれてありがとう!チコリです!

本編第二十四話は来週の火曜日、お昼ごろに投稿予定だよ〜。

もし少しでも「おもしろかった!」って思ってくれたら、ブクマとかポイントとか入れてくれるとすっごく励みになるの!


あの白い橋、ほんと綺麗だったよね〜。ちょっと街から遠いけど、みんなわざわざあそこで結婚式するんだって!

わたしもいつか誰かと……あるかなぁ?でもユウくん、まだまだ頼りないんだよね〜。えへへ。

――チコリ

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