第二十二話:ルビー・アイの誘惑(中編)
時間投稿で投稿が反映されてなかったようなので再投稿しました。
ケンタたちが谷を抜け、山脈の麓にあるルビー・アイの入り口へと辿り着いた、その頃。
反対側の入り口にほど近いハーフリングの拠点、グリンダルにも、別の一行が到着していた。
斜面の芝生に半ば埋もれるように、丸い扉の小さな家々が点在している。
煙突からは白い煙がゆるやかに立ち上り、窓辺には色とりどりの花が飾られていた。
どこを見ても絵本のような光景に、見慣れぬ訪問者たちの足取りも少しだけ和らいでいく。
「わ〜! やっぱりここ可愛いなぁ! ねぇねぇエレネ様、冒険の前にお茶会してから出発しません?」
赤毛のハイエルフ、アンが声を弾ませる。若草色のローブ姿の彼女は、景観にすっかり心を奪われていた。
「……アン、気持ちは分かるけれど、今は寄り道をしている余裕はないわ」
黒髪を艶やかに揺らしながら、エレネが冷静にたしなめる。
メガネ越しに、周囲の警戒を解かないその姿は、黄金の鎧と相まって凛とした威厳を漂わせていた。
ともすれば派手過ぎる金色の鎧が、ハイエルフの彼女が身に着けると、まるで彼女専用装備かのように格調高く輝いていた。
そんな彼女も、小さな丸窓の並ぶ光景にほんのわずか、目を輝かせていた。
(……はわわ♡……かわいい! まるでドワちゃんの隠れ里のよう……)
少女期をフランスで過ごした彼女は感極まるとフランス語がもれるが、心の中で呟くにとどめ、極力表情に出さないように努める。子供の頃、白雪姫を見て以来、彼女は「小さいもの」「特にドワーフ」に目がないことを、仲間たちに知られるわけにはいかなかった。
「ふぅ……やっぱり落ち着くドワ」
その隣で黄金鎧を身に着けたドワーフのクレリック、ガストンが肩を回す。
「小人族の拠点は馴染むドワなぁ。なんだか故郷に帰ったみたいで心地いいドワ」
「……いいドワね」
エレネはつい目を細めてしまい、慌てて視線を逸らした。
「丸くて機能的な、いいドアねっ、ね!」
「どーせ私はゾンビがお似合いだから! こういう可愛い家には入った途端にフライパンでガーンされる未来しか見えないのよ!」
緋色の衣を揺らし、ナナが頭を抱えて大げさにのけぞる。
「むしろ門番に『アンデッドお断り』って貼り紙されるとか! ああ〜もうイヤだぁぁ!」
「ナナ、まだ誰もそんなこと言ってないから……」
アンが苦笑混じりに声を掛けるが、ナナは「言われる前に先に凹んでおくのよ!」とさらに頭を抱えてしまう。
そんなやり取りに、大会議に参加していたハーフリングの代表――プラムは目を細めて笑った。
「いやぁ、にぎやかなことだ。これなら道中も退屈しないねぇ」
もうひとり、会議では見かけなかった若いハーフリング――ププンが山側の門を指し示す。
「ほらほら、あっちがルビー・アイの入り口だよ。案内はおいらに任せなって!……ま、ちょっとドキドキするけどね」
「……では、そろそろ行きましょうか」
エレネが短く告げる。声は冷静でも、握る剣の柄には確かな熱がこもっていた。
彼女たちの狙いは――ルビー・アイで眠る、魔法属性を帯びた片手剣。
その獲得を胸に、一行はハーフリングの里を後にした。
陽だまりの里を一歩離れると、すぐそこには岩肌を穿った冷たい闇が待ち受けていた。
* * *
ルビー・アイはゴブリンの根城である。
元々は中央山脈を貫通するトンネルで山越えの最短経路であったが、いつの間にか大量のゴブリンが住みつくようになっていた。
標準的なゴブリンは緑の肌に小さな牙と尖った耳を持つ禿頭の小鬼である。
ここにはゴブリンから始まり、アーチャーやメイジ、さらにホブゴブリンなどの上位種まで、ありとあらゆるゴブリンが巣食っていた。
そして……最下層にはお目当ての武器を落とすゴブリンロードが待ち受けている。
トーチの面々は道を切り拓くように、少しずつ階層を下って行った。
狭い通路にベルウッドの雄叫びがこだまする。
「おりゃああぁ!ダブルトルネードだべさ!!」
青くほのかに光る片手斧を二刀流に構え、踊るように、回転するように、ゴブリンの群に突っ込んでいく。
「ベルさん、グルンとキャラ変わってない?」
結が弓で援護しながら感想を漏らす。
「ハンドル握ると性格変わるタイプだな」
「な、なして分かるんだべさ?」
若干青ざめた感じのユメゾウが遠い目をする。
「へー、いいなー私も免許欲しかったなー」
「流石のEOFでも教習所はないがね……多分」
「そもそも車も、そのレシピもがないじゃねーか」
通路に合わせてミニトロール化したタクヤが指摘する。
ベルウッドが通った後には、ゴブリンの死体が累々と重なっているかと思いきや、綺麗サッパリ消え去っていた。
ラグ防止仕様でアイテムを落としたあとのモンスターはすぐに光の粒子となって消えてしまうのであった。
入り組んだ通路の先には、木製の扉が並んでおり、突き当たりの扉を抜けると、意外に明るい小部屋が一行待ち受けていた。
どうやら、壁は大理石のタイル張りで、床には赤い絨毯が奥に伸びており、左右に革張りのソファーが並んでいた。
「何ここ?安全地帯かな?休憩用とか?」
「いや、違うな」
ケンタが奥にある間仕切りを見据えてメイスを構える。
間仕切りは一部に穴が空いており、その向こうに緑色の生物が見て取れた。
「やっぱゴブ部屋かよ……やれやれだぜ」
「いくだべさ!オラオラオラーっ!!」
ベルウッドが斧を二本とも穴に向けて投擲する。
ガイーン!!
ぽっかり空いていたはずの穴に、何か固い透明な壁があるかのように斧が弾き返された。
「お客様、乱暴はご遠慮くださいませ」
穴の向こう……いや、窓口の向こうから、鼻にちょこんと丸メガネを載せたゴブリンが計算高そうに目を光らせて話しかけてきた。
よく見ると、仕立てのいいスーツを着込んでおり、胸の名札には『ハルブバッハ』とある。
そして、窓口の上部では金色の銘板に『ゴブリン銀行本店』の文字が刻み込まれていた。
「BANK!」
ふとシャチョーが叫ぶと、銀行インベントリがギイィと言う音と共に開く。
「マジだぎゃあ!銀行だがね!」
目を丸くする一同。
「ハルブバッハさん敵じゃないの?」
ケンタがハルブバッハの頭の上を注視して浮かび上がったネームタグをチェックする。
「そのようだな」
文字の色が友好色の緑であった。
「当行では剣戟よりも信用を担保としております」
胸に手を当てて恭しく頭を下げるハルブバッハであった。
銀行部屋は安全そうなので一同はここで休息を取ることにした。
シャチョーが銀行インベントリから食材を取り出して、タクヤがそれを調理する。
「ハルブバッハさんもどーぞ!」
結が、焼いた中華麺を挟んだコッペパンを差し出す。
訝しげに黒い麺を観察して、匂いを嗅ぐハルブバッハ。
「ありがとうございます。私がお返しできるのは粗品の貯金箱かティッシュくらいですが……ム!」
焼きそばパンを口にして目を剥く。
「こ、これはうまい!この闇色のソースが美味ですな。後ほどぜひ融資の商談をお願いしたい」
口の周りにソースをベッタリつけて喜色満面の銀行員であった。
「銀行、でら便利だがや」
缶ビールまで取り出すシャチョー。
「「冷蔵庫かーい!?」」
思わず突っ込むと同時にダンジョン内飲酒はシッカリ止める一同であった。
「監視者に見つかったら一発免停だよ!」
「人生の免停とか怖すぎるがや……」
* * *
――ルビー・アイ最深部
トーチの一行は、ようやくボス部屋の前に到着した。
宝飾が施された重厚な黒曜石の扉がそびえ立って侵入者を阻んでいる。嵌め込まれた赤い宝石がこちらを睨むかのように鈍い輝きを放っていた。
「さーて、出番だぎゃあ!」
扉をあちこち探るシャチョー。
「でっら困った、どこにも鍵穴とかないがや」
「ここはシャチョーの最終スキルの出番だな」
(沈黙)
「……あ、あれは裏の沼の底に永遠に封印したでよ」
「またギガミミックがあるんじゃない?」
結が周囲をキョロキョロ見回す。
「……ギミックな」
「おい!これ見ろ」
タクヤが扉の横の岩肌に隙間を見つけスライドさせる。
((注視))
「と、投入口?」
岩肌をスライドした裏には自動販売機のようなコイン投入口があった。
その上には『一回5963pp』とだけ記載されていた。
「ご丁寧に、返却レバーと返却口もあるな」
「有料ってことだべか?」
「全員、財布の中身をだすがや」シャチョーが派手な財布の中身を平らな岩の上に出す。
皆も同じように硬貨を並べる。
(沈黙)
「……どうして誰も金貨一枚も持ってないのよ」
自分の財布を棚に上げて結がぼやく。
「え?ダンジョンに財布は持ってこないのがゲーマーの嗜みだろ?」
もっともな意見に結以外は納得顔だった。
「で、どうすんだ?街に戻るか?」
「そうだねー、反対側の出口のすぐそばにハーフリングさんたちの村があるんでしょ?私チョビっと見てみたいかも〜」
「街に戻る必要はないさ、さっき銀行があったろ?」
ケンタが天井を指さす。
「そして、同じゾーンに銀行員がいるなら、あのソリューションが使える!」
「おお、なるほどだぎゃあ〜」
すぐさまハルブバッハに個人メッセージを送る。
『/tell ハルブバッハ BANK!』
虚空に銀行インベントリ窓が開く。
「しかし六千枚近く投入するのも、地味に苦行だがや」
「マジご苦労さんてか?……やれやれだぜ」
* * *
――やがて。
ゴゴゴォォオオオ〜〜!
「ホントに開いた!」
扉の向こうの足を踏み入れる一同。
すると、壁に備えられた、かがり火が奥に導くように点火してゆき広間の全容を照らし出す。
ギリシャ神殿を思わせる白亜の巨柱が立ち並び、床ではところどころ焦げた赤い絨毯が、奥に向かって伸びていた。
広間の中央を横切るように地下水路が流れていて、そこにアーチ状の石橋が掛かっていた。
その向こう側、部屋の最奥で巨大な玉座が照らし出された。
ソレはそこにいた、巨大な玉座が小さく見えるほどのサイズのゴブリン……額には暗赤色のルビーが妖しく光り、同じ色の双眸がこちらを興味深げに睥睨していた。
「ゴブリン?ビックリでっかすぎ!」
「小鬼族なのにオオオニ組の連中よりでけーじゃん、マジかよ」
「アイツがお目当ての剣を持ったゴブリンロードだ」
ケンタが目を凝らす。
玉座のゴブリンの頭上には、3本のHPゲージが見て取れた。ダンジョンボスで間違いなかった。
EOFのHPゲージは、実際のHP量が多くても少なくても同じ長さである。
そのため、同量のダメージを与えても減り方の割合がモンスターにより異なる。
プレイヤー間では簡単に減らせるゲージは軟かい、ジリジリとしか減らないゲージは硬いと表現されていた。
そして、莫大なHPを有するダンジョンボスなどはあまりにも硬く、情報としての意味がなさ過ぎたため、HPゲージ多段化という修正が入ったのだ。
プレイヤーにとっては、ボスモンスターのHP量の目安になっている。
立ち上がったゴブリンの手には焦げついたようなツヤのない黒色の長剣があった。
「当たりだな――来るぞ!」
「グオゴオオオォォ!!」
巨体のゴブリンロードが突進してくる。
「鈍重化!からの毒霧!」
タクヤが勝手に詠唱を略すが効果に影響はない。
ロードの額でルビーが揺らめくように光り、向かってくる魔力が消え去る。
『魔法類は無効です』
『魔法類は無効です』
「オイオイ?やっと物理無効への対応が見えたのに、次は魔法無効かよ!」
タクヤが青ざめる。
ユメゾウとベルウッドが前に出て突進を受け止める。ユメゾウは盾で、ベルウッドは交差させた斧で敵の攻撃を受け止める。
「今回は物理主体パーティで良かったな」
ケンタが前衛に回復を投げつつ呟く。
ところが――
ゴブリンロードの口からルーンが吐き出される!
「ズルいやらぁ!魔法効かんくせに、自分は平気で使うんかて!」
部屋にルーン文字が満ちると、広間のあちこちに小さな人影が湧いて出る。燻んだ黒鉄製の鎧に身を包んだゴブリンの軍勢が広間に満ちつつあった。
さらに、そこかしこにルーンを編むローブ姿のゴブリンも混ざっている。
「召喚術!?これはちょっとまずいな……」
さすがに青ざめるケンタ。
「あそこ見て!なんかデッカい目玉が居る!」
結が示した先には、巨大な目玉がふたつ、宙に浮いていた。
「ヤバい……エビルアイだ!見るな!」
ケンタの指示は一歩遅かった……。
エビルアイを直視した結の目から光が失われる。
前線でもう一体のエビルアイを直視したベルウッドも動きが止まる。
ヒュン!
結の矢がシャチョーの脚を掠めて床に突き刺さる。
「なにしとるんだて、危ないがや結ちゃん!」
ベルウッドも踵を返し、無言で兄に襲いかかる。その目にも光がなかった。
「おいおい、なにすてんのや、ベルっこ!やめれや〜」
強烈な斧の一撃をなんとか盾で受け止めて叫ぶユメゾウ。
「チャーム――『魅了』だ!みんなエビルアイは直視するな!」
指示を飛ばすも、そこに結の矢が射かけられる。
ガイイィィーン!!
2本の斧の連撃に盾ごと吹き飛ばされ、石柱に叩きつけられるユメゾウ。
結の容赦のない射で、シャチョーのマントが壁に縫い付けられる。
「うちの女性陣、敵に回すととんでもないな」
「どうするケンタ?これじゃ撤退も出来ねー」
対処不能な大軍勢に囲まれた上、パーティの要の戦力も敵となった。
さすがのケンタも完全に詰んだ状況に呆然と立ち尽くすしかなかった。
(つづく)
---第二十二話あとがき
最後まで読んでくれてありがとう。
後編は来週火曜日、お昼頃に投稿するよ。
続きも読んでくれたら嬉しいな。
ブクマやポイントがあれば、もっと矢を放てる。
もっともっと速く、もっともっともーっと深く。
射って、貫いて、全部みんな倒すの。
次は……目の前のしぶといパーティを、一射で絶命させるの。
『一射絶命』で全部ぜーんぶ、まとめて絶命させちゃうの♡
私も絶命しちゃうの?みんなで絶命って楽しいかも?
あはっ……あははは。
---結(チャーム支配下)




