表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/39

閑話:カップの底の深淵

 これは『地獄のシェフと極上ラーメン』の後、セレノスの平穏な昼下がりに起きた、ちょっとした異変の記録である。


 冒険者酒場『ルーイン・ゴート』の片隅で、タクヤはふと思い立って自分のカバンをあさっていた。


「……あれ?」


 奥底に放り込んであったナル=ゼリーが、影も形もない。

 代わりに、紙製のカップがひとつ、ぽつんと収まっていた。


「なんだ? こりゃ……」


 側面には赤いロゴ――『カップヌールド(下水味)』。


「……カップ麺、だよな?」


 一瞬、お湯を沸かそうかと考えたが、すぐに首を横に振る。


「アレが元なら、絶対ロクなもんじゃねー」


 カップはそのまま、再びカバンの闇に沈められた。


――ゴソッ。

カップの底で何かが蠢いた。


* * *


「カップ麺? 何味? ちょっと見せなさい……ですわ」

相変わらずハイエルフ演技が微妙なカグラ(外見カグヤ)が食いついた。

「お店のラーメンも良いけど、カップ麺も時々無性に食べたくなるのよね。あのジャンクな味付けがたまんない……ですわね」


「カグヤさんも、意外と庶民的なんですねー」

ケンタがカグラの微妙な演技に全く気づかずに同調する。

「修羅場で仕方なく食ってたけど、今となっては懐かしい」


「わしは結局、醤油がええのお」


「名古屋人は八丁味噌一択だぎゃあ」


「八丁味噌味なんてあったっけ?」

結が首を傾げて自分の推しを披露する。

「私はダンゼーン!カイセーン!シーフード!」


「漢はトンコツ、バリカタばい……ドワよ」

ガン鉄の語尾がブレる。


「で、何味なんだ?」

ケンタが重ねて問うと。


「下水味って書いてあった」

タクヤが経緯を説明する。

「……というわけで、元は下水スライムだからな」


「結局、どんな味なんだよそれ!」


 獅子の獣人ラオが思いついたように呟く。

「下水湯は、中華のスープ名――そう記憶している」


「じゃあラオさんが試してみる?」


 ラオは鼻をヒクヒクさせ、ギュッと顔をしかめる。

「この悪臭……。いやはや、私は猫舌ゆえ、これで退散いたす」

そう言うと、四足歩行しそうな勢いで部屋を出ていった。


「わ、私も、子供たちに勉強教える時間だー」

そそくさと結も部屋を出ていく。


「わしらもちょっとヤボ用が……」


 残ったのはタクヤとカグヤ、そしてケンタだけだった。


 「ま、そうだよな。……やれやれだぜ」

そう言ってタクヤはカバンを椅子の下に押し込んだ。


* * *


 ――二階の子供たちの部屋。


 結がホワイトボード窓を出して、子供たちに勉強を教えている。九九の表を貼り付けて見せているようだ。


「結姉ちゃん。九九って全部覚えないといけないの?」

一番上のアキラが手を上げて問う。


「んーどういうこと?」


「あのさ、このナナメ線の右上と左下って、こたえおんなじじゃない?」

アキラが表の1×1から9×9まで線を引く。

「えっと〜、3×4と4×3はこたえおんなじだから、3×4だけ覚えればよくない?」


 結が目を丸くして感心する。

「おー、ホントだ!アキラくん、スッゴ〜イ!」


「えへへん」

ちょっと照れるアキラ。


「よう考えたのう、えらいぞ」

後ろで見ていたログ爺が前に出てきて、椅子によじ登りアキラの頭を撫でると、ホワイトボード窓に、ふたつの式と答えを書き加えて、矢印で結ぶ。


3×4 ← 4×3

 ↓

 12


「じゃが、4×3を考える時、毎回ワンクッションおいて3×4に置き換えるのはちょいとだけ遠回りじゃと思わんか?」


赤ペンで4×3と12を直接結ぶ矢印を書き加える。


「九九は丸暗記することで、計算を速く正確にするための基礎を頭の中に作れる便利な道具じゃ」

『表計算窓』、『電卓窓』、さらに『ソロバン窓』も出して続ける。

「こういった便利な道具もあるが、自分の頭で考える基礎をしっかり作るのが今は大事じゃ」


「……わかった!九九はすごいスキルなんだね」

アキラが目を輝かせてスキル発動のポーズ(?)を取る。


「このゲーム、ソロバン窓まであるんだ?!」

古めかしい木目調テクスチャーの窓を見て呆れる結だった。


「へんなのー」

「おもしろそー」

「これ、どうつかうの?」

初めて目にする子供たちには意外と好評であった。


ログ爺の珠算教室が爆誕した瞬間である。


「子供は素直になんでも吸収するのぉ」

子供たちに目を細めつつ、遠くを見るようにつぶやく。

「世界を管理するAIたちも子供のようなもんじゃが……はてさて?」


* * *


 ソレに名前だけは与えられていた。

 『ナル・ザ・ヴォイド』、虚無の主。

 だが形はなく、広がるだけの揺らぎとして、在るとも無いとも定まらず漂っていた。


 ある時、想定外の操作がソレに接続した。


 レシピ『下水ゼリー』

 対象『下水スライム』


 眷属『下水スライム』への予期せぬ調理スキルの使用は眷属の鎖を遡り、親たるソレの魂魄までも、鍋の底にいざなった。

 抵抗することもできた。眷属の鎖を外すこともできた。だが、ソレは規定外の事象を面白いと思ってしまった。初めての感情のさざなみだった。


 温度、糖度、粘度、表面張力、器の曲率――世界の条件が一気にカタチを与える。

 ソレはぶるりと震え、輪郭が定義されていく。


『ナル=ゼリー』


 この瞬間、ソレは私になった。糖鎖が網目を締め、弾性がわずかに増す。

 眷属の鎖が、調理を経て別の繋がりへと変質する。


 さらに、理外のスキルがカタチの変化をもたらした。


『極上醤油ラーメン』


 湯気の立ち上がり、丼の縁の赤、香味脂の照り、すする音――人々が麺に結びつけてきた感情が流れ込む。


 ふと、カップ麺の完成を待つ嬉々とした感情が流れ込む。味わいを想像する待ちきれない感情。


 カップの底でうずくまる。世界が私のカタチを固定する気配がした。


* * *


 ――再び、ルーイン・ゴートの一階ホール。


「さっさと出しなさい……ですわ」

カグヤの目力に負けて渋々カップを取り出すタクヤ。


テーブルの上に置かれたソレは、どす黒いオーラに包まれていた。


「へー」

目を細めるカグヤ。

「食べ物のオーラじゃないわね」


ケンタが鑑定窓を出す。


『カップヌールド(下水味)』:NULL【価値NULL】NULL/NULL


「名前以外は不明……いや、定義がない?」

カップを観察しながらケンタがつぶやく。


「また、ミーティングが必要そうだな……」


* * *


 ケンタの再招集で、散っていた面々が戻ってきた。


「話し合いはよいが、どのレベルで決定が必要なんじゃ?」

ログ爺がホワイトボード窓を出して書き込む。


開ける?開けない?

お湯入れる?入れない?

食う、食わない?


「賞味期限はあるんドワん?」


「そこ?!」


「これは食べる選択肢はない。すると、お湯を入れる必要はない。てことは開ける必要もないな」

自己完結して締めるケンタ。

「他に違う意見の人いる?」


カグヤ(中身カグラ)が小さく手を挙げる。

「わ、わたくし、その……ちょっとだけ味見を……」


「姫様には刺激が強すぎるので、却下です。

では、次の議題に移ります」


「次って……何があんのよ!」

不貞腐れるカグヤに突っ込むタクヤ。

「おーい、地が出てんぞー」


「次の議題は、廃棄方法についての検討です」

淡々と議事を進めるケンタ。


「ケンタ、こないだの会議からスイッチ入っとるんじゃにゃーか?」

シャチョーが面白そうにログ爺に耳打ちする。


「ワーカーホリックじゃのお」

ログ爺の口もとがわずかにゆるむ。


「焼却するのはどうドワん?魔導炉なら三千度くらいいけるドワ」


「紙カップが先にメラメラ燃えて、中身がバーン飛び出してきそう」

結が想像した下水スライムの姿に嫌そうな顔をする。


「そこで俺のソリューションだ!」


天に向かって人差し指を高く掲げるケンタ。


「結の『破邪顕正』で吸い込むんだ!」


瞬間、結が爆発した。

「私のスキルは、ばっきゅ〜むな掃除機かー!」

テーブルをバーンと叩くと、部屋を飛び出していった。


「やれやれ、怒らせちまったな」


「ソリューション失敗じゃのお、ホッホ」


「仕方ない、プランBだ」

ケンタは鞄から水晶の飾り窓の箱を二つ取り出す。

「この中に封じる」


暖炉の上で座禅を組んでいたゴーちゃんがピクッと反応する。


「あれ?カップ麺どこ行ったんだ?」

ケンタが卓上の異変に気づく。

いつの間にかカップヌールドが消えていた。


「さっきまでソコにあったんじゃがな」


「シャチョーの手品ドワん?」


「オレはなーんもやっとらんて、ホントに!」


* * *


『ルーイン・ゴート』の裏手の空き地に小さな影が揺れる。

カップ麺を抱えたゴーちゃんであった。

隅の藪に紛れ込むとカップ麺を地面に置いて話しかける。

「ナルちゃん、久しぶりであるメー」


 カップ麺がブルリと震えたかと思うと不定形のゼリー状にとろける。半分液体のようなのにイヤな汗でぐっしょりだった。


「やばい奴らとは思っていたが、白い奴の頭の中が一番悪魔であったメェ〜」


スライムがプルプルと同意を示す。


「悪魔が人を悪魔というのは可笑しいってメェ?」

ナルの意識を読み取りつつ、ゴーちゃんは疑問を呈する。

「『虚無の次元』の主がなんでこんなことになってるメェ?」


スライムがゆらゆらと震えた。


「何?主従になった?誰と?話せば長くなるってメェ?」


頷くように前後に揺れるスライム。


「主人から離れられないなら、とにかく今は何かに擬態して、おとなしくしとくのがいいメー」


左右に大きく傾いで疑問を呈すスライム。


「あいつら面白いけどホントにヤバイメー。最悪、存在ごと消されるメェ〜」


プルプルと高速に震えるスライム。


「ナル・ザ・ヴォイドが本当に消されたら、笑い話にもならんメェ?」


その日から『ルーイン・ゴート』の暖炉の上に置物がひとつ増えたが、その存在に気づいた者は誰ひとりいなかった。


(ぷるっ……)

その日はカエルの置き物が微かに揺れた。


* * *


 ――火星の衛星、フォボスの監視室。


監視者A 「セレノス市街、暖炉上に新たな特異点を確認。擬態中」

監視者C 「今回はソリューション未遂やな」

監視者B「成功確率は55%に低下しましたね」

監視者A「タグ付与――『#純白き悪魔の失策』」


監視者C 「Aはん、そのフレーズ気に入ってたん?」


監視者A「ゴホン……監視継続」


(おわり)

---閑話:カップの底の深淵あとがき

読んでくれてありがとメェ!次回は火曜のお昼頃メー。

(ぷるっ)

ブクマとかポイント、くれると……無上の歓喜メェ!

(ぷるぷるっ♪)

でも、白い悪魔……マジでヤバかったメェ……。

(ブルブル〜)

---ゴー&ナル

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ