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第二十話:クローズドベータテスト

 少し時はさかのぼって、『Eternal Online Fantasy』の運用開始三か月前。


 仮想世界に再現された火星の衛星ダイモス、その内部に設けられた開発室――無機質な白壁と、壁一面を覆うモニター群。

 今、そのすべてがひとつの戦闘映像を映し出していた。


「……これは、やりすぎじゃないか?」


 背後から覗き込んだ開発スタッフの声が、静まり返った室内に沈む。

 モニターには、ほぼ完成した新生EOFのクローズドベータテストの様子。


 旧EOFの有力プレイヤーたちを招き、開発スタッフもアバターを操作して共に世界の隅々まで検証していたが――


 今、視線が集中しているのは『憎悪の次元』の封印戦だった。


 画面内、暗黒の空間で雷鳴と地鳴りが交錯し、四人のプレイヤーが光の奔流に包まれている。

 レベルキャップ50の初期版で、異次元レイドモンスターを――たった四人で封じる。

 そんな想定外を、誰が予測できただろうか。


「おかしいだろ……次元ごと封印されるシナリオだったか?」


「このパーティ、何をどうやった……」


「一時停止。フレーム単位で巻き戻して」

開発AI-PM01が指示を飛ばすと、映像は秒刻みからミリ秒刻みに変わった。


「T+12.300、黒装束の弓使いが矢で座標マーカーを付与。T+12.512、白銀の騎士が開発コード『GOAT』の向きを矢印方向へ固定。偏差、三度以内」

「T+12.554、『GOAT』が回避行動。いや……弓使いの矢の裏に、黒羽根の影矢を確認。『GOAT』が回避行動を断念」

「T+12.640、クレリックが遅延ヒールで猶予を稼ぎ、スタンで短転移を潰しつつ『GOAT』の位置をスライド。T+12.993、緋の巫女が詠唱最終フェーズへ移行……これは?最初からメンバー全員が、この詠唱に……メロディを基調として動いている?」

 開発AI-SE02が淡々と読み上げ、別モニターに座標と行動キューが折れ線で描かれていく。


「戦術評価を上げる」

 開発AI-PM01が数値を重ねる。

「目標固定率92%、被弾許容内。誘導役の移動ベクトルはマーカーと一致、ラグ補正はクレリックの一拍の遅延で吸収。失敗確率、理論上は高いが――実行は最短手順」


「コード側の挙動確認」

 開発AI-PG03がログを走査する。

「全イベントは規定のトリガー内。ハメ判定なし。環境オブジェクトと向き固定、短硬直、詠唱の三要素が、仕様通り“同時に”成立」


「うわー……ゴーちゃんの回避行動、全部封じられてるじゃん。ちょっと可哀想になるな」

モニターを覗き込んでいた人間スタッフが、半分呆れたように笑った。開発スタッフの間では開発コード『GOAT』はゴーちゃんという愛称で親しまれていた。プレイヤーからは敵役でも、制作陣からしたら我が子のようなものだった。


「同時って……これ、人間の手でやる精度じゃないだろ」

若手スタッフが思わず漏らす。


「厳密には同時ではありません。各々の遅延が相互に打ち消しあっています」

SE02が画面に差を示す。

「平均誤差8ミリ秒。誰か一人が遅れた瞬間に全て崩壊する。それを四人が補完し合っている」


「ますます、信じられないな……」

若手スタッフは更に疑問をぶつける。

「そもそも、ゴーちゃん、『まずは盾から』とか言ってるけど、こういうケースでは回復や魔法職から潰すのが定石では?」


PG03がログ画面にマーカーを付ける。

「こことここ、ここも、遭遇当初から盾役が『挑発』スキルを絶妙なタイミングで使用しています」


「ああ、ゴーちゃん、激怒フェーズだったのか」

若手スタッフ納得したように肩をすくめる。

「最初から盾の手のひらの上で、詰んでるじゃん」


「ちょっと待て、このタイミング……」

別の席でモニターを覗いていたグラフィック担当のスタッフが声を上げる。

「エフェクト処理の発生数、ここで通常の三倍超えてるのに、フレーム落ちしてない」


「確認中」

PG03が即座にログを走査する。

「全員のスキルエフェクトを一度に発動させているように見えますが、それぞれ僅かにタイミングがズラされています。負荷分散が……ほぼ完璧」


「旧EOFの『虚無の次元』攻略戦を思い出しますね」

PM01がわずかに声を低めた。

「当時も、あの弓使いと巫女の二人が、演算負荷をギリギリまでエフェクトをズラしながらラグを回避してた」


「懐かしいな。あの頃はしょっちゅうゾーンサーバーが丸ごと落ちてたけど、今回は最適化が多少は効いてるな」

人間スタッフの一人が小さく笑う。

「でもプレイヤー側はそんな計算知らないはずなんだよな。感覚でやってるのか、それとも……」


SE02が即答する。

「確証はありませんが、旧EOFでの経験から無意識に負荷分散パターンを学習している可能性があります」


 PM01が結論を出す。

「評価:偶然ではなく、正確な先読みと極限の連携が“奇跡的に噛み合った結果”。我々機械には不可能な領域です」


 会議テーブルの数人が小さく息を呑んだ。


 ――そして、乾いた拍手が、緊張に満ちた開発室に唐突に割り込む。

 椅子の脚が床を擦る音と同時に、全員の視線が一斉にそちらへ向いた。


 短く切り整えた黒髪。ほっそりした顔に似合わぬゴツいチタン合金の青黒いメガネ。


「――素晴らしい戦闘でしたわ!」


 立ち上がったのは、統括ディレクター・七瀬真琴。

 モニターを食い入るように見つめ、その瞳は完全に「開発者」ではなく「プレイヤー」のものだった。


「最後にバグ技使ったの、あなたでしょう?」


 冷ややかに指摘する声が室内に響く。

 発信源は、隣に浮かぶ青白い球体――開発AI-SE02だ。


「バグ技じゃないわ。裏技よ」


 真琴――マコトは微塵も引かず、涼しい顔で言い放った。

 スタッフの一人が「また始まった…」と小さくつぶやく。


「これは――伝説的出来事として、正式にシナリオに取り込みます」

真琴が宣言する。


「バグ技公式採用はいけません」

即座に制止したのは、開発AI-SE02だ。


「あれが伝説的ではないとでも?」


 真琴の反論は、質問の形をとりつつ論点を横滑りさせる。

 AIの光球がわずかに揺れた。


「該当レベルの四名によるレイドモンスター封印は、仕様の想定から大きく乖離しています。……確かに伝説的です」

開発AI-PM01が認める。


「プログラムコード上は規定通りの動作の組み合わせであり、バグというより仕様と判断します」

開発AI-PG03までが静かに付け加える。


「……完全に話持ってかれてますよね」

 さっきの若手がぼそっと漏らすと、別のスタッフが小声で笑った。

「AIって基本素直だから、押しの強い人間には弱いんだよな」


 ――まんまと論点ずらしに乗せられていた。


「では、決まりね。本シナリオでは、この四人のパーティをNPCとして実装します。本人達の了承は取ってあります」

 真琴はホワイトボード窓を出して名前を書き出す。


「ただし、彼女らも正式運用でのプレイを希望しているので、名前や役割は少し変えましょう」


 ペン先が走り、表示名が次々と書き換えられていく。


エレネ → セレネ

ヨイチ → ヤシチ

ナナ  → ミナ

マコト → マコ


「セレネって頭にS付けただけじゃん……と言うか全部ネーミング雑じゃないっすかー」

若手スタッフが思わず突っ込む。


「ニシモト!文句があるなら代案を出しなさい!代案を!」

真琴は片眉を釣り上げて、若手スタッフ――配属されたばかりのプログラマ、若いニシモトに詰め寄る。


(ネーミングセンスのひどさには自覚あるんだ…)

スタッフ全員の心の声がAI達にも丸わかりだった。


「では、不肖、わたくしが代案をば…」

ヒゲを蓄えたデザイナーがホワイトボード窓を裏返して、名前を羅列する。

最後の一画をキュっと決めると自身も華麗にターンして一礼する。

「如何かな?」


エレネ → 眩い白銀のエリザベート

ヨイチ → 漆黒き一閃のアーチヘラクレス

ナナ  → 真紅き巫女セブンセンスズ

マコト → 純白き副司祭トゥールース


「「うっわー」」

AIも含めた、ほぼ全員が呻いた。


ヒゲ案がホワイトボードに出そろった瞬間、後方のスタッフたちが小声でざわつく。

「……なあ、『漆黒き』と『純白き』は読めなくもないが『真紅き』って“しんくき”?それとも“まくれないき”?」

「知らん……けど、どっちにしろ読みにくい」

AIたちの光球も微妙に点滅している。


「いや、悪くないんじゃ?カッコイイ……」

とニシモトだけが目を輝かせる。


しかし、肩をブルブル震わせていた真琴が、ついに爆発する。

「却下!却下!きゃーっか!全部丸ごと却下よ!!」

真琴がボードを元に戻して、右手を叩きつける。

「これで決定!いいわね?」


コクコク頷く人間スタッフたち。

プルプル震えて同意を表す光球たち。


「では、セレネはセレノスの守護神として実装。

 ヤシチはケンタウロスの弓聖として実装。

 ミナは……堕ちた聖堂のボスが未実装だったわね?じゃあそこに配置で」

少し考えて、悪い笑顔浮かべる。

「最後ははハイエルフの最高神で決定ね」

ボードに役割を書き足す。


エレネ → セレネ(セレノス守護神)

ヨイチ → ヤシチ(ケンタウロス弓聖)

ナナ  → ミナ(ゾンビ)

マコト → トゥールース(シルヴァノール最高神)


 その追記に、数名のスタッフが「おお……」と頷きかけて、すぐに渋い顔になる。

「少し変える……か?これ?」


「……最後だけ採用されてるし……意外と気に入ってる?」

ニシモトが苦笑を浮かべて、口の中で小さく呟く。


「一名だけ、扱いが明らかに酷い気がしますが…」

SE02が控えめに異議を唱える。


「ゲームは面白ければなんだっていいのよ」

眼鏡を光らせ、真琴は言い切った。


(おわり)

---第二十話あとがき

最後まで読んでくれてありがとう。

次回は閑話を今週金曜日のお昼に投稿予定だって。


……いや、あの会議おかしくない?

なんで私だけNPC肩書きが「ゾンビ」なの!?

しかもヒゲの人の案だと「真紅き巫女セブンセンスズ」だったのに、

マコトさんが一刀両断で「ゾンビ」。

扱いが急降下しすぎじゃない!?


ゾンビ役も悪くはないけどさ……なんかこう、もっとあったでしょ?


まー、今度までに少しゾンビ役を研究してくるわ。

かゆ……うま……。


---ナナ

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