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第十九話:踊る悪魔の256ビート

すいません、ちょっと誤記修正しました。

 空が裂け、風が呪いを運ぶ。

 ここは『憎悪の次元』。

 怒りと怨念が沈殿し、すべての言葉が憎しみに塗り替えられる世界。

 そこかしこに、巨大な鉱石の結晶が屹立し、中心部には、白く輝く水晶の柱がそびえていた。

 表面には幾何学模様が淡く浮かび、鼓動のように脈打っている。


 その影から、滲み出るように災厄の悪魔が姿を現した。


 ヤギの頭。骨の翼。

 巨大な蹄が腐った大地を踏み砕き、金色の瞳が、こちらを値踏みするように揺れる。


「我が領域に踏み込んだか。愚かな」


 白銀の騎士が、一歩前に出た。

 炎を帯びた剣、正面に掲げた盾。

 艶やかな黒髪が風に舞う。


 ――エレネ。炎をまとった聖剣を振るうパラディン。


 後方で、黒装束の弓使いが静かに動いた。

矢を放ち、悪魔の動きを牽制する。


「ナナが詠唱に入っとる。今崩されたら、封じられん」

 その視線の先。

 緋色の衣をまとった巫女が、静かに口を動かしていた。

 少し癖のある茶色の髪の毛が、内面から湧き出る力で浮き上がる。

 光と影のルーンが空間に整然と並び、いままさに、時空が歪みはじめようとしていた。


 その傍らでは、聖職者が祝福の祈りを捧げていた。

 短く整えられた黒髪と同じ色の瞳が、眼鏡の奥で光り、戦場を油断なく見渡していた。

 胸に下げた白木の護符が、瘴気の中でもほのかに輝く。

 漂っていた穢れが、彼女の周囲からだけ、そっと消えていく。


 災厄の悪魔が笑った。


「面白い、順番に砕いてくれる。まずは、盾からだな」


 蹄が沈み、巨体が滑るように迫る。


「来る!セッション、開始!」


 エレネの盾が咆哮を受け止めた。

 衝撃が大地を割り、風が爆ぜる。

 膝が沈み、腕に痺れが走る。


 それでも、踏みとどまった。

 攻撃の緩急に沿うようにリズムを取り、緩やかに見えるくらいの動きで悪魔の攻撃をいなす。


「このまま動きを止める!最後の一瞬でいい!」


「ほいよ、最後まで唄うかの」

ヨイチは楽器を演奏するかのように牽制の矢を放つ。


「フ、あたるものか!――ム……」

盾でいなされて、回避先が制限される。

最小限の動きで回避する悪魔だが、それはある一点への誘導のはじまりであった。


回避に成功はしたものの、何かに気を取られて、バランスを崩す悪魔。

それでも誘導の意図を読んだのか、短転移で脱出を計る。


しかし、前衛の回復に手一杯だったはずの聖職者がいつの間にか目の前に立ち塞がり、スタンを放つ。


「ナ、ナんだと?!」

詠唱が潰されると共に、悪魔の身体はその位置を僅かにズラされ、『憎悪の次元』の中心に屹立する水晶の巨柱に固定される。


「ヨイチ!今だ――撃て!」


弓弦が張り詰められる。

「破邪顕正!」

黒き光の矢が放たれる。


 空気が裂け、瘴気が引きちぎられるように渦を巻いた。


 その矢が、災厄の悪魔の胸元へ――

 否、空間そのものの一点へと突き刺さる。


 瞬間、封印陣の核が激しく脈打ち、地面に刻まれたルーンが一斉に光りはじめた。


 緋色の巫女ナナが、最後の句を唱え終える。

 指先から解き放たれた文字列が、空中の鎖を繋ぎ、封印の立方枠を完成させる。


 聖職者が目を閉じ、白木の護符に祈りを込めた。

 癒しの力が清めとなり、封印陣の結界を穢れから守る。


 ヨイチが、すでに撃ち終えた弦に手を重ね、かき鳴らす。東洋で『鳴弦の儀』と言われる、四方を清める儀式だった。


 そして――エレネが剣を振り上げた。


「いまだ。全力を、込めて!」


 剣が地に突き立てられた瞬間、四人の力が一点に集束する。


 陣が軋み、空気がねじれる。

 封印枠の内部で、悪魔の巨体が引きずられるように沈んでゆく。


 蹄が浮き、翼が揺らめき、身体の輪郭が光に包まれていく。


 災厄の悪魔が、わずかに笑った。


「……愚かで、美しい」


 その言葉を最後に、光が弾けた。


 音が消える。演奏は終章を迎える。

 すべての気配が、白い立方体の中へと封じ込められた。


 世界に、静寂が満ちた。


 一息ついた聖職者――マコトが親指を立てて振り返る。

「皆さん、素晴らしいソリューションでしたわ」


* * *


 百の怒りを燃やし、

 千の呪いを吐き、

 万の問いを繰り返し、

 ついにはすべてを手放した。


 そこに残ったのは──無。

 何もない白の底で、

 それはひとつの在り方を見つけた。

 ただ在るものとして。


 そして、目覚めの時は来た。


 「我が名はシッポテール・ダ・ゴートですメ〜。ゴーちゃんと呼ぶが良いメ〜」


 天に伸びる双角。金色の瞳。滑らかな黒い毛並の中、額の中心で時計回りに渦巻く白い毛玉。


 2つに割れた立方体から出現したのは身長10cmほどで、黒い法衣に袈裟をかけたヤギだった。


 先端が尖ったハート形のシッポが微妙に悪魔感を出しているが、サイズと口調が台無しにしていた。


「「「か…かわいい!」」」

いきなり躊躇なく撫で回す女性陣。


「ちょ、やメ〜れ〜!煩悩がぶり返すメ〜」

テーブルの端まで逃れると、丁寧にお辞儀をする。

「この度は、我を『白き監獄』からお救いいただき感謝の言葉もないメ〜」


キョロキョロと周りを見渡すと、結に目を止める。

「えっと、その…なんだ、そなたの想い、届いたメ〜」


そして、それは余計な一言を発する。


「でも、ごめんなさい!ハーフエルフと悪魔は添い遂げられないメ〜」


ペシっ!


結がゴーちゃんの額の毛玉にデコピンする。

「なんで私が振られた感じになってるのよ!」


「照れなくても良いメ〜」


ペシっ!


涙目で額を抑えて蹲るゴーちゃんであった。


「アレは痛いのお」

ログ爺が目を細める後ろで、ケンタはじっと小さな悪魔を見つめていた。


(コイツ、どこかで……?)


* * *


「わー!かわいー!」

ナツキも目にしたとたん、ゴーちゃんをなでまわす。


諦めて身を任せ、与えられたマフィンに包み紙ごと齧りつく。


ふと、カグヤ(中身カグラ)の左手に光る紫の石が目に入る。

一気に脂汗が全身から吹き出す。


(やばいのが居るメ〜(ぶわっ))


 ナツキの隣で順番待ちしている金髪碧眼の子供も見覚えがあった……。


 よく見ると、マフィンをくれた結も背中に見覚えのある特殊な形状の弓を背負っていた。


(魔王を従えた奴、神化した騎士、光の射手……ヤバいとこ出ちゃったメ〜?!)

汗が止まらない。


「えーっと、我、ちょっと用事が……」

自身の次元に帰ろうとするが、なぜか転移能力は発動しない。災厄の悪魔であった頃の能力は綺麗サッパリなくなっているようだ。


 ゴートはテーブルに汗の池を作成しながらマフィンに抱きつくしかなかった。


* * *


過去――憎悪の次元


主人を失った憎悪の次元は、不安定になっていた。


「コイツは早めにお暇した方がええのお」

ヨイチが揺れる地面の上で弓と矢筒を背負う。


「エレネ、これどうする?」

ナナが目で指し示した先には、白い立方体が脈動していた。


「この次元に置いていく。誰も触れないように」

エレネはそう告げる。


「待って」

マコトが手をあげて制止する。

「不安定なまま、この次元を放っていくのは危険だわ。もしこの次元が崩壊したら、封印が解けるかも知れない」


「そいつ、持ち出すのがええのんか?」

ヨイチが箱を指して言う。


 マコトは頭を振って答える。

「そうしたいとこだけど、この封印はここの時空に固定したもので、持ち出した時点で封印が消滅するわ」


「じゃあ…どうするの?」

ナナが不安げに問う。


「そこで、私のソリューションよ」

マコトは『憎悪の次元』の解説窓を出して、そこに向かって『Calm』をかける。

「この『憎悪の次元』を『宝飾』スキルでアイテム化する」


「「「ええええぇえぇっ!!」」」

マコト以外の全員の目が点になる。


エレネが唇を噛み黙考し、やがて問う。

「マコトさん、それしか、方法はないのね?」


「あったら、そちらをプランAにするわ」

マコトが肩をすくめる。


エレネは短く息を吐き、迷いを捨てた。

「分かりました……それを試します!ナナ、転移魔法の準備をして」

エレネはナナに指示を飛ばして、宣言する。

「アイテム化と同時に脱出する!」


「「了解!」」


紡がれるルーンと理外の『宝飾』スキル。

ふたつは奇跡のように寸分違わず発動された。


* * *


「ふーうまく行って良かったわ」

元の次元に無事転移したマコトの手には、白い立方体が入った『水晶の飾り窓の箱』があった。


「自信なかった……の?」

ナナがマコトを見上げる。


「世の中、やる気があれば八割くらいはうまく行くものよ。残り二割は運ね」

答えつつ羽ペンを取り出すマコト。

「さて、誰もこの封印を取出せないように細工するわ」


『水晶の飾り窓の箱』を何個かの木箱に納めて、それぞれのアイテム情報を『Calm』と『書写』スキルで慎重に書き換えていく。


「よし、これで普通に開錠しても延々と同じ箱が出るだけのバグ箱完成!」

できた白木の箱をナナに放って寄越す。

「もう封印へのリンクは途切れてループしてるから、心配ないと思うけど、元は『憎悪の次元』だからどっかに大切にしまっといて」


「は、はあ?な、なんであたし?!」

嫌そうに手の中の箱を眺める、ナナ。


「時空魔法が使えるナナが最適解なんだ」

頭を下げるマコト。


「ワシもナナが適任じゃと思う」

ヨイチも言葉を添える。


「私からも、お願いする。よろしく頼む」

エレネも頭を下げる。


「……わかったわよ」

渋々同意するナナ。


 この時、彼らは知る由もなかった。

『憎悪の次元』の時間加速度が通常の数千倍であり、その性質を『水晶の飾り窓の箱』が受け継いでいたことを。

さらにマコトの書き換えに一部ミスがあり『水晶の飾り窓の箱』を含んだ、思わぬ二重構造が生まれていたことも……。


* * *


――火星の衛星フォボス。


監視者A「特異点、能力の消失を確認?」

監視者C「能力値に変化見えへんけどな」

監視者D「あのー、転移先が無くなってるからじゃないですかね?」

監視者C「それや!」


監視者B「しかし、自ら略称を名乗ったのは幸いでしたね」

監視者C「ん?なんでや?」

監視者B「名乗らなければ、今頃『めーちゃん』とか『黒ヤギさん』に存在を上書きされていたでしょう」

監視者C「うわー九万年の修行が台無しやん」


(おわり)


---第十九話あとがき

最後まで読んでくれて感謝するわね。

第二十話は来週の火曜、お昼頃に投稿予定よ。忘れないようアラームでもセットしておくといいわ。


気に入ったら、ブクマやポイントで反応をくれるとありがたいかな。


……今回? まぁ、やり過ぎたかもしれないけど、面白そうだから反省はしないわ。


---マコト

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