第十八話:箱の中の悪魔
『ルーイン・ゴート』の一室に、今日も子供たちの歓声が響いていた。
「箱! からの箱! そしてまた箱〜!」
シャチョーの無限箱芸に、子供たちは大はしゃぎだ。
それに合わせて、彼の口から鼻歌が漏れる。
♪チャララ、ラララ〜♪ チャラララ、ラ〜〜ララ〜〜♪
おなじみの『オリーブの首飾り』を、どこか優雅に口ずさみながら箱を出し続ける。
「ねぇ、ぬるExポもやって!」
その声に、シャチョーの手がピタリと止まった。
「……あー、それは今日はナシやて」
笑ってごまかし、箱の中をごそごそと探る。
「ぬるExポはな……まあ、気分と条件がピタッと揃ったときだけ使えるもんなんやわ」
子供たちがよくわからないまま首をかしげる中、次の箱がぴょこんと飛び出す。
シャチョーは何事もなかったかのように、再び鼻歌を口にした。
♪チャララ、ラララ〜♪ チャラララ、ラ〜〜ララ〜〜♪
* * *
同じ箱の山を前に、シャチョーが頭をかいた。
「開けても開けてもまた同じやて……中身、どうやって見るんや、コレ」
壁にもたれたケンタがぼそっと言う。
「そのうち飽きられるぞ、手品芸」
「うぐっ……それ言うなや……」
そこへ、結がひょいっと顔を出す。
「またやってる! あの聖堂のときから“箱おじさん”続投かー」
「だからそのネーミングやめい!」
「で? 結局開けられないまま?」
「開けとるんやて。開けたらまた同じ箱が出てくるんや……ほんま呪いやで」
ケンタが最後に取り出された箱を手に取る。
「……でもまあ、そろそろこのループを断ち切るソリューション、試してみるか」
「え、マジで?」
「開けられるんか?」
結とシャチョーの声がかぶった。
* * *
「Calmの魔法は、対象を落ち着かせるんだ。心拍数と精神反応に影響する」
ケンタが説明を始める。
「それ、前にも聞いた!」
結がお約束のツッコミを入れる。
「箱に心拍数とかソウルゲージとかあるわけ?」
「『Calm』+開錠スキルで中身変わったりするんかね?」
シャチョーは期待に目を輝かせる。
「色々使えそうだから、俺も書写スキル取ったんだ」
羽ペンを取り出すケンタ。
「ハイハイ、レシピでも書き換えるの?
もー何があってもビックリぽ〜んしないわ……」
アキレ顔でケンタと箱を眺める結。
「そうじゃない、コッチだ…」
ケンタは箱の鑑定窓を出すと、その窓に向かって『Calm』を掛ける。
「エッ?エエエエェェーーーッ!?それ鑑定窓にも使えんの!?」
やはりビックリぽーんとなる結だった。
ケンタは淡く光る鑑定窓を裏返して参照アイテムID と書かれた欄の数字を書き換える。
「おそらく、ここがコイツ自身のアイテムIDになってるから次の箱が出ないんだ……よし、これで開けてみてくれ」
シャチョーに箱を差し出すケンタ。
だが、さすがのシャチョーもビックリぽ〜んしていて反応しない。
* * *
気を取り直したシャチョーが箱のふたを開けた。
「……あれ?」
中はまた水晶窓つきの、見慣れた構造の箱。
結が眉をひそめる。
「結局また同じやつ?」
だが、ケンタが目を細めた。
「違う。中、見てみろ」
窓の奥にあったのは、これまでの“箱”ではなかった。
漆黒の立方体。
禍々しく脈打ち、素材も用途もわからない。継ぎ目も鍵穴も、一切ない。
「……何これ、気持ち悪っ」
「開ける場所、ないやん……」
三人の視線が、言葉を失ったまま、その“中身”に吸い寄せられた。
その時だった――脳内に、か細い声が響いた。
(((オねガい…アけテ…ダしテ…オねガい…メえ)))
「でらビックリぽんだわ!生きもんだがや!」
「結、みんなを呼んできてくれ。ミーティングが必要だ」
ケンタはソレを注視したまま告げた。
* * *
集まったのは、カグラを除くトーチの面々と、バーバリアン兄妹、獣人のラオとジン、ハイエルフのカグヤだった。
「おっ!カグヤさん、まだこちらにいらしたんですね。ぜひお知恵をお貸しください」
ケンタがにこやかに頭をさげる。
「はい…ですわ」
(んー、何故だか無性に腹立つ……ですわね)
何故かケンタの対応にイラっとくる中身のカグラであった。
「で、これがあの箱の中身か?」
タクヤが胡散臭げに黒い立方体を眺める。
「『出して』って言うことは、これも箱なんドワ?」
「おそらくそうじゃろうな…」
ログ爺がガン鉄の発言に頷く。
「問題はコレがもう一つの水晶の箱に入ってたってことだ」
ケンタが論点を提示する。
「あー、前のが確か一ヶ月で300年だったから、足して600年くらい?エルフもビックリだね」
結が指を折って数える。
「そうじゃない。ループの中のループは掛け算だ」
ケンタがホワイトボード窓を出して数式を書く。
『300×300=90000』
「つまり9万年だ……」
「エエエエェェーーーッ!?……はああぁ」
ビックリぽんし過ぎで疲れてきた結だった。
「式の意味は分かる…分かるんだけど、なんか感覚が追いつかな〜い」
「9万年生きてるって化け物確定じゃねーか」
タクヤが端正な化けマスクをしかめる。
「俺は開けずに処分に一票だね。やれやれだぜ」
「確かにのう」
ログ爺がうなずく。
「封印されしものは、誰かにとっての悪ではあるのお」
「それでも」
カグヤが静かに声を上げた。
「9万年も、誰かに助けられるのを待っていたとしたら……あまりに悲しすぎますわ」
結は、まっすぐ立方体を見つめてつぶやく。
「わたし……開けてあげたい。怖いけど、だって……」
そう言いかけて、結は拳を握る。
「だって……ずっと閉じ込められてるって、すっごくつらいよ。何も見えないとこで、ひとりで……声すら届かない世界で……これって未来の私達じゃない?」
「オラも開けてあげてえだ。結さのいう通り、この子はワタすたちとおんなじかもしんね」
ベルウッドが同意する。
「どのみち我らは死の淵におり、あらゆる術を模索すべきなのかも知れぬ」
ラオがタテガミを揺らしながらつぶやく。
(沈黙)
やがて、その場の全員が目を合わせ頷く。
「やれやれ、わかったよ。カグヤ『骨』用意しとけよ」
タクヤが諦め顔で最後に同意する。
「でもなぁ……そもそもこれ、どうやって開けるんや? 鍵穴もなけりゃ継ぎ目もない。バールでこじ開けるんもムリそうやて」
シャチョーが不安げに覗きこむ。
「一撃必開のソリューションがあるだろう?」
ケンタが親指を立てる。
「……いや、アレは気分と条件が……」
(沈黙)
「わーってるって、わーってるがね……ここがデラ俺の見せ場だがね」
そう啖呵を切りながら、ちょい涙目で付け加える。
「みんな、後で経験値稼ぎ付き合ってーな?」
* * *
かつて、ソレには名があった。
人の言葉で言えば、災厄の代名詞。
燃える空を生み、哭く地を開き、魔の風を吹かせる存在。
――だが、ソレを名で呼んだ最後の存在は、ただ四人。
ひとりは、剣を振るう者だった。
白銀の鎧に身を包み、眩しすぎるほどに光を帯びた女。
ひとりは、祈りを捧げる者だった。
緋色の衣をまとい、双眸に古の神託を宿す巫女。
ルーンを編み、時空を渡り、封を成した者。
ひとりは、癒やしを司る者だった。
白木の護符を胸に下げ、静かに祝福を与える聖職者。
幾度となく仲間の命を繋ぎ、穢れを祓い続けた者。
ひとりは、光の矢を放つ者だった。
黒き装束をまとい、鋭き双眸で魔の隙を射抜いた者。
その矢は封印の始点を定め、逃れ得ぬ鎖の礎となった。
――世界に光が満ちた日、ソレは閉じられた。
燃えるような痛みと、凍てつくほどの孤独の中に。
* * *
最初の百年、
ソレはひたすらに呪った。
封印者を、世界を、万物を。
その名を喰らうように、何度も何度も、呪い続けた。
次の千年、
呪いは涙に変わった。
なぜ。なぜだ。なぜ私は、こんなにも……
声にならない声で、ソレは泣いた。
さらに一万年、
涙は枯れ、感情は風化した。
ソレは、ただ“いた”。
漂うでもなく、眠るでもなく、
“在る”ことだけを続けた。
そして、九万年――
――ソレは、開いた。
内から、外へではない。
世界の理を、魂の深淵を、あらゆる時を超えて、
自らの“内側”を開いた。
無念。
無想。
無我。
無常。
悟ったのだ。
長大な時間の檻はソレを根本的に変えた。
白の世界の中心で、すべてを赦し、すべてを手にした。
そして、彼は感じた――
外から向けられた暖かな想いを――
(かって災厄と呼ばれし我を、それでも想いで救うか…人の子よ)
どこか遠くで、音がした。
錆びついた鍵が、静かに――けれど確かに、回る音だった。
* * *
火星の衛星フォボス。
観測室に漂う三つの光球が、警告色に脈打った。
監視者A「セレノス北部で、特異点を検知」
監視者C「うそやろ……内部時間、九万年!? あれ憎悪の次元の主やんか」
監視者A「記録から抹消された災厄の根源。封印は、今――解かれた」
監視者B「しかも、力ではなく……想いで、ですか」
三つの光球が沈黙した。
その下。
ルーイン・ゴートの一室で、黒い箱の蓋が、静かに開きかけていた。
(つづく)
---第十八話あとがき
――最後まで読んでくれて感謝する。
次回、第十九話は来週火曜のお昼頃に投稿される。
いよいよ、九万年の封印が解ける時……続きを覗きに来てくれると嬉しい。
もし愉しんでいただけたなら、ブックマークやポイントという“鍵”で合図をくれたまえ。
紳士として、喜んで受け取らせてもらおう。
---災厄の悪魔




