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第十六話:デザートの後は大会議

誤字修正しました。

 デスゲーム化から一ヶ月。


 オーダー陣営に属していた都市『ヘスペリア』は、いまや陣営を問わずプレイヤーを受け入れる『自由都市』として再び開かれた。


 そして今日、そのヘスペリアで、初の『全陣営合同会議』が開催される。


 各地からギルドの代表者たちが集うなか──

会議に向け、砂漠を爆走する一団があった。


* * *


「クミチョォォーーッ!! やっぱり来てますゥーーッ!!!」


 プロム砂漠の灼熱の中。

全力疾走するオーガの一団。その最後尾では──小太鼓を叩き続ける吟遊詩人、ジークが必死に走っていた。


彼が叩いていたのは、移動速度を上げる演奏スキル『西風のロンド』。

 全力疾走しながらも、一定のリズムを崩さず、ひたすら太鼓を叩き続けていた。


 そのおかげで、彼らはなんとか追っ手から距離を保ち、砂漠の中を突っ切っていた。


 とはいえ──背後には、死神型モンスター『グリム・リーパー』が複数体、鎌を振り上げながら滑るように迫ってくる。

 さらにその後方には、巨大な『サンドジャイアント』の足音が、じわじわと地面を踏み鳴らしていた。


 彼らは、カオス陣営・バロルグ出身のギルド『オオオニ組』の面々である。


 先頭を走るのは、クミチョーことビシャモン。

 全身を刺青で覆い、巨大な金棒を担いだオーガの男でジョブはダークナイトである。かつて旧EOFでは「毘沙門天」を名乗ろうとしたが、神名使用は規約違反とされ、「天」を外された経緯がある。曰く「ポ◯モンみてぇでイヤだ」とぼやきつつ、今の名前もちょっと気に入っている。


 その後ろには、短気な脳筋戦士のゾーキン。オーガらしいオーガで、考える前に斬るタイプ。


 さらに、うちわ片手に毒舌を飛ばすのは、オーガ女のヒロミ。

 中の人は関西出身で、仲間内からは“バロルグのおばちゃん”と敬われている。


 そして最後尾、小太鼓を叩きながら走るのは、バードのジーク。

 カオスでは選択できない吟遊詩人をオオオニ組でプレイしたいが為に、常時オーガに擬態をしている変人である。もはや本人も元の種族が分からないらしい。


「だから言うたやろがァッ! 砂漠で横道入ったら死ぬんやてッ!!」

 ヒロミがゾーキンの背中をぶっ叩く。


「いや、オラはただ“喉乾いたなぁ”って言っただけだゾー! 寄るって決めたのはクミチョーだゾー!?」


「ちげぇわ! ジークが“オアシスありまーす♪”とか唄い出したからじゃねーか!」


「えぇ!? ぼくただの情報提供マンなんだけどッ!?」


「うるせぇッ!! 黙って走れ!!」


 怒声を飛ばすビシャモンは、容赦なく前を蹴り上げて加速する。


 本来、彼らはバロルグから黄金街道を使ってヘスペリアへ向かっていた。

 だが途中、水を求めてプロム砂漠のオアシスに寄り道したのが間違いだった。


 湧いて出た複数の『グリム・リーパー』、そして徘徊してきた『サンドジャイアント』によって退路は潰され、黄金街道に戻ることはもはや不可能。


「聞いたかお前ら……」

 ビシャモンがぼそりと呟く。


「……ヘスペリアが、オーダーもカオスも受け入れる“自由都市”になったって噂……」


「そ、それマジなんだゾー!?あそこのガードには瞬殺された思い出しかないゾー!」

ゾーキンが肩越しに叫ぶ。


「知るか……だが──行く価値はある!」


 ビシャモンは砂を蹴り上げてさらに加速する。


「戻る道も、逃げ道も、ねぇんだ……だったら前に賭けるしかねぇ!!」


「クミチョー、カッケェ……!!」


「ジーク!! TRAINシャウト、いくぞォォ!!」


「マジで!? やるの!?」


「今しかねぇッ!!」


「りょーかい!」


 ジークは太鼓を叩き続けながら、肺いっぱいに息を吸い込み──


「TRAIN!! すいませーんッ! 大きな電車がまいりまーす!!」


「退避願いまーすッ! 乗車率200パー超えてまーすッ!!」


 その叫びが届いたか、見えてきたのは──自由都市ヘスペリアの南門。


 堅牢な石造りの城壁の上、整列する自警団の兵士たち。

 沈黙のまま、彼らは状況を理解していた。


「門、開けろォォォッ!! 『オオオニ組』四名、モンスター三十体、急行便だァァァッ!!」


 静かに、門が開かれた。


 そして次の瞬間、自警団の一斉攻撃が始まる。


 雷撃、斬撃、火柱──すべてが追ってきたモンスターへと向かい、ビシャモンたちは無傷のまま門の中へと吸い込まれていく。


 その場に残ったのは、砕け散ったサンドジャイアントと、絶命した死神たちの骸だけ。


 兵士たちは何も言わず、それでも確かに微笑んでいた。

(自由都市へようこそ…)

そんな声が聞こえた気がした。


 地面にへたり込みながらヒロミが門を振り返る。

「あんたら見たかい?炎の聖剣からドクロのエフェクトなんて、ウチはじめて見たわ……」


 ビシャモンは、金棒を地面に突き立てると、肩で息をしながらぽつりと呟いた。


「……自由都市が、女王の軍門に降ったってのは……ほんとうだったな」


* * *


 東ヘスペリアの酒場『エンシェント・タートル』。

 海にせり出す橋桁に設けられたオープンテラスの一角が、『全陣営合同会議』の会場として貸し切られていた。


 吹き抜ける潮風が、冒険者たちのマントや髪をかすかに揺らすなか──

 テーブル席には、各地を代表するギルドの主たちが、次々と姿を見せていた。


「遅くなってスマねえ。バロルグ代表、オオオニ組のビシャモンだ」


 ガツッ、と音を立てて椅子を引き、刺青まみれの巨漢が腰を下ろす。

 続いてゾーキン、ヒロミ、ジークの三人もそれぞれの席に着いた。

 プロム砂漠を爆走してきたばかりとは思えぬ堂々たる登場である。


 彼らを迎えるのは──長く編み込まれた黒髪をたなびかせた、一人のハイエルフの女性。

 銀縁のメガネが陽光を反射し、冷ややかな光を宿す。


「ようこそ。『Magic of Seraphic Code』代表のエレネです」

変に略す一派を牽制してか略称も名乗る。

「ギルド名が長いので略してマジセラで結構です」


 マジセラはハイエルフたちを中心に、妖精島のプレイヤーたちをまとめ上げる、EOF最大ギルドである。

 エレネは静かに一礼し、会場の周囲を見渡した。


 ビシャモンたちの右隣には、丸顔のハーフリングが二人。

 さらにその横には、白熊の毛皮を羽織ったバーバリアンの兄妹が、無言で並んで座っている。


 左手には、丸メガネの獅子の獣人が腕を組んでおり、その隣では狼の獣人が書類に目を通していた。


 そこへ──エレネに寄り添う赤髪のハイエルフが、こっそりと耳打ちをする。


「残るのは、『トーチ』の代表……お二人ですね」


 その言葉と同時に、会場中央に設けられた古井戸から、突如として水柱が噴き上がる。

 ゴポォン!という鈍い音とともに、勢いよく吹き出した水流の中から──二人の影が打ち出された。


 どしゃあん!と豪快な音を立てて転がる男たち。


 現れたのは──

 一人は白を基調とした僧衣に身を包み、胸元に小さな白木の護符をぶら下げたクレリックの青年。

 もう一人は、あちこちへこんだ黄金の鎧を着込んだ男。

 ギルド『トーチ』の代表、ケンタとシャチョーであった。


「ふー、井戸ではろくな目にあわんがね」

ふやけた使用済みスクロールを片手にボヤくシャチョー。


「シャチョーが下水見物したいとかいうからだぞ」

周囲を見回し、ハイエルフたちの視線に気づいたケンタは、最後にエレネと目が合い、申し訳なさそうに頭を下げた。


「まあいいわ、これで全員揃ったわね」

エレネがメガネを押し上げながら、静かにそう告げた。


* * *


 ほどなくして、茶器の載った木盆を持った赤毛のハイエルフが近づいてくる。


「こちら、どうぞ。お疲れさまですー」


 そう言って、ケンタの前に湯気の立つカップを置いた彼女は、にこやかに頭を下げた。


「ありがとう……えっと、お名前は?」


「アンっていいます。エレネ様の補佐をしてまして」


 アンと名乗った彼女は、ちらりとケンタの隣の席を見て、やや残念そうに首をかしげた。


「今日は……タクヤ様、来られてないんですね?」


「ああ……今ちょっと、下水のほうで」


「あ〜あ、ちょっとだけ、残念でしたー」

アンは微笑みながら席を離れていった。


 その場の空気が落ち着いたところで、エレネが静かに立ち上がる。


「では、始めましょうか。『全陣営合同会議』を」


 会場の視線がエレネに集まる。彼女は胸元のブローチに軽く触れると、明瞭な声で続けた。


「本日の議題は三つあります。

 一つ、この異常事態を引き起こした“犯人”の存在について。

 二つ目、ゲームからの脱出方法について。

 そして三つ目は、この世界が現在どのような状態にあるのか、その確認です」


「まず一つ目ですが──」


 エレネは視線を巡らせる。


「現時点で、直接的な犯人像を特定する材料は、残念ながらありません。

 監視者と呼ばれる存在が姿を見せてはいますが、彼らの正体、そして背後に誰がいるのか──不明です。

 ですので、こちらは“保留”とさせていただきます」


 数名が静かに頷くなか、エレネは続ける。


「二つ目の議題。ログアウト手段について」


 ここでハーフリングの一人が手を挙げた。

「試しましたよ、ええ。あちこちの宿屋のベッドで寝てみました……まあ、夢は見たけど、現実には目覚めませんでしたね」


「エレベーターのボタンを特定の順番で押すってやつも試そうとしたのじゃが、この世界のエレベーターは、どこもレバー1つだったわ」

もう一人のハーフリングも報告する。


「農場の端に植えたラベンダーの香りを嗅いでみましたが、いい香りなだけでしたー」

アンの報告にシャチョーが即反応する。

「そりゃログアウトじゃなくて時をかけちゃうやつだがや」


「毛皮のコートが詰まったタンスも、見つけて潜ってみた。……閉じ込められただけだったわ」

 ヒロミがうちわで扇ぎながら、苦笑混じりに呟く。


「そもそもその巨体で入れるタンスがあったのか?」

と誰かがやじる。


「なるほど……それらも、脱出には繋がらなかった。記録しておきます」


 獅子の獣人が手を挙げる。

「獣人族の代表、ラオです。しばらくログアウトの見込みが立たないのであれば、ひとつ要望がある」

丸メガネを肉球で器用に整えて続ける。

「獣人は森での生活を好むという設定だが、中のプレイヤーはみな人間なので、できれば都市への移住をお願いしたい」


すると、バーバリアンの女性も同様の要望を重ねる。

「バーバリアンの代表のベルウッドですだ。オレらも移住をお願いしたいだ。フロストホルンは雪深くて、暮らしていくのは厳しいんだ」


(本名は鈴木さんですねー)

(リアルでは鈴木さんだな)

(真名は鈴木であるのね)


「それなら、セレノスで受け入れよう。フェルウッドもフロストホルンも大陸の西側でセレノスに近い。俺達が領主ってわけじゃないが、キャパ的にも大丈夫だと思う」

ケンタが発言すると、背後から小さな影が飛び出してテーブル上で仁王立ちする。


「そういうことなら、わらわが特別に許しますのね」

セレネは小さな胸を張って宣言した。

突然現れた八歳児の領主気取り発言に、一瞬和む会場であった。


「では、最後の議題──この世界の現状についてです」


 ここで、ケンタが手を挙げた。

「いいですか?」


 エレネがうなずく。


「現在、トーチ所属のカグラがレベルキャップに到達しています。……レベル50。これは、旧EOFのサービス初期の上限値と一致します」


 ざわ、と周囲に小さな動揺が走る。


「つまり──今のこの世界は、拡張パックがまだ導入されていない、いわゆる“初期バージョン”状態です」


「けどよ、新EOFって、拡張の準備もう終わってたんじゃねえのか?」

ビシャモンが怪訝そうに言う。


「その通りです」

ケンタは頷く。


「ログイン前に見た“バグ活”の記事では、拡張パックの内容はすでに実装済みで、解放イベントのトリガー待ちだとされていました。

つまり、この世界も“条件さえ満たせば”拡張が開放されるはずです」


 その言葉に、獅子の獣人、ラオが反応した。


「なら、初期版のラスボス──あの二柱のドラゴンを討伐すれば、エンディングロールが流れてログアウトできるって噂も……」


 エレネがゆっくりと首を振る。


「……その噂、残念ですが“デマ”です。少なくとも、旧EOFではそうではありませんでした。

私たちのギルドは、正式サービスで最初にドラゴンを討伐したレイドに参加しています。

そのとき現れたのは、赤と黒のローブを着たGMだけでした。関西弁で“ようやったなー”と言ってくれただけです」


 乾いた笑いが、何人かから漏れる。


「しかも──その頃はすでにレベルキャップが60でした。今の上限では、死者なしのドラゴン討伐は……無理です」


 場の空気が、ひんやりと冷えていく。


 そんな中、ケンタが懐から水晶の飾り窓がある小さな箱を取り出した。


「もうひとつ、確認しておいてほしいことがあります」


 箱の中に、バラを一輪落とすと瞬く間に枯れていく。


「これは、あるダンジョンで手に入れた『時間加速小箱』です。この中の時間は、外界の“数千倍”で流れています」


「数千……!?」

アンが小さく息をのむ。


「これが可能となると、いま我々が“ゲーム内は五倍速”と思っていた加速率は……実は、もっとずっと高い可能性がある」


 ケンタは言葉を選ぶようにして、続けた。


「ピザ作戦の後、外から音沙汰がないのはひょっとしたら……この世界の一日が、現実では数分──あるいは数秒でしかないのかもしれない。

もし、そうなら……俺たちはこのまま、何百年も“ここで生き続ける”ことになる」


 誰もが、沈黙した。


 ──最初の監視者の言葉が、ふいに脳裏をよぎる。


『ゲーム内での死は、即座にプレイヤーの精神破壊、および脳死をもたらす』


 それは、ただの脅しではなかったのかもしれない。


 潮風が吹き抜ける音だけが、静まり返った会場に響いていた。


 水晶の箱を見つめたまま、誰も言葉を発さない。


 そのとき──アンがぽつりと呟いた。

「……だったら、私は庭に花を植えます」


 誰かが、目を上げた。


「何百年でも耐えられるように。……そのくらい、きれいなやつを」


 その言葉に、ビシャモンが笑った。

「ふん、意外と強いな、あんた」


 エレネは目を細め、ゆっくりと会場を見渡す。

「……では、この会議はここまで。次回は……“希望(エスポワール)”について話し合えるよう、各自生き延びましょう」


 事務的な口調の中に、熱い感情がひっそりと織り込まれたことに、アンだけが気づいて笑みをこぼした。


* * *


 ──火星の衛星・フォボス、観測室。


監視者D「……あれ、先輩ですよね?」

監視者C「んー、そやねぇ。バレちゃったか」

監視者D「“ようやったなー”って、スクリプトに無かったでしょ」

監視者C「あの子ら、めっちゃ頑張ってたんよ。

なんも言わずに終わるの、寂しすぎるやんか」

監視者D「……今回も、頑張ってますよ。あの頃よりずっと」

監視者C「せやな……」


 やがて二つの光球は、まばたくように消えた。


---第十六話あとがき

第十六話、さいごまで読んでくださって、ありがとーございましたー。

第十七話は、来週火曜日、お昼頃に投稿予定ですー。

つづきも読んでいただけたら、うれしーですー。

もし楽しかったら、ブクマとかポイントとか、ぽちっとしていただけると、すっごく励みになりますー。

あ、それと、わたし……お庭にトマトやおナスも植えますー。

何百年でも、育てていきますー。

ではでは、また会議でー。

---アン

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