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閑話:地獄のシェフと極上ラーメン(後編)

 ハイエルフの初期拠点シルヴァノールは妖精島の中でも特に奥まった位置にひっそりと佇んでいた。


 ハイエルフは設定上、エルフ族の中でも貴族階級にあたり、深い森林の奥地にごく少数が存在しているとされるが――

実際のEOFでは、その容姿と魔法向けの初期ステータスの高さからプレイヤー人気No.1の種族だった。

ヒューマンより夜目も利く上に、ゲーム雑誌「パピ通」のプレイガイドでも「初心者におすすめ★5つ」の評価を受けていたほどである。


 ダークエルフのアシダリアが閑散としていたのとは対照的に、ハイエルフの拠点シルヴァノールは、ログイン直後から混雑メッセージが表示されるほどの超過密都市であった。


「どこのスクランブル交差点だよ……」

タクヤはあまりのプレイヤーの多さに途方にくれた。


「ここからあの委員長を探さないといけないのか……やれやれだぜ」


と――


「誰が学級委員長ですって?!」

艶やかな黒髪を後ろで編み込んで、何故だか銀縁メガネをかけたハイエルフ女史が門の上から見下ろしていた。


「あら、そのへらず口はタクヤくんよね?」

女史が眉をひそめながら続ける。

「今回は人外プレイじゃないのね?」


「いやー、マジいろいろありまして……

エレネさんもお元気そうで、何よりです。で、アレとアレ、ドコっスか?」

タクヤはあくびれず女史に催促する。


 この女史、EOF最大ギルド『Magic of Seraphic Code』のギルドマスター、エレネである。


 シャチョーなどは、このギルドのことをマジセコなどと呼んでおり、ますます犬猿の仲に油を注いでいた。


「ちゃんと用意してあるわよ。装備の件は感謝してるんだから、これくらいはお安い御用よ」

女史の合図で後ろから竹籠を捧げ持ったハイエルフが数人、姿を現した。


「でも、勘違いしないでよ? 君たちのやり方を認めたわけじゃないんだからね」

エレネが促すと、ハイエルフ達は静々とタクヤの前にひざまづく。


「タクヤ様、ご所望の若竹とお葱でございます」


「おおぉぉーっ!!ありがとなっ!」

思わずイケメンスマイル全開になるタクヤ。


「っ…!?」

一瞬顔を上げたハイエルフ達であったが、何故か皆すぐに目を伏せる。エルフの特徴である長い耳が朱に染まって垂れていた。


すると、若竹を差し出した赤毛のおさげの子がものすごい勢いで解説を始めた。

「これは大孟宗竹(ダイモスダケ)と言って、遠い方の月まで伸びるという伝説の竹なんです。ですからすぐ伸びて固くなっちゃうんですー。わたしすっご〜い早起きして収穫してきたんですよー?」


「お、おう…、ありがとな!」

ちょっと押され気味のタクヤ。


いつの間にかタクヤは大勢のハイエルフ女性に囲まれて質問攻めにあっていた。


「タクヤ様はどちらのご出身ですの?」

「私たちのおネギは何にお使いになるんですの?」

「シャーマンって占いもできたりしますの?」

「是非、おいしく頂いてしてくださいね」

「手相、見ていただけます?」


 勢いに押されて、圏内に作られた農場に案内されるタクヤ。


「こ、これは枝豆!? ってーことは大豆があんのか?」

歓喜するタクヤ。しかし、すぐに表情が曇る。

「しかし、醤油や味噌を仕込むにはちょっと時間がかかりすぎるな……今回は諦めるか」


しょうがないわね(ボン・ダコール)、もろみ醤油でいいならも分けてあげるわよ」


 涼しい顔の委員長だが、彼女もちょっとだけデレているのが、ハイエルフたちにはバレバレだった。

 帰国子女の彼女は、感情が昂るとつい故郷の単語が混じってしまうのだ。


「みんな、マジでありがとうな!」

素直に感謝するタクヤであった。


 その日、『シルヴァノール』は少しだけ気温が上昇したとか……。


* * *


 再びのセレノス。

朝から酒場『ルーイン・ゴート』の厨房を借りて、

仕込みに余念がないタクヤ。


 そこに呼ばれてきたのがガン鉄とログ爺。

便利枠トリオ揃い踏みである。


「その大事そうにしとる岩石はなんじゃ?賢者の石か?」


「賢者の石?コイツはそんな程度のもんじゃないぜ」

力説するタクヤ。

「コレは、中華麺の魂!かん水の素、タダのアルカリ岩石だ!」


「意味はよくわからんけど、なんかすごそうドワん」


「セレノスの近所の干上がった湖で手に入って助かったぜ……」

タクヤは一転、表情を曇らせながら告げる。

「でも、まだひとつ問題がある」


「醤油や味噌ほどじゃないが、メンマを発酵させるには時間が要る!」

すがる様な目でガン鉄に視線を送る。

「掛けると時間が進む風呂敷とかないか?」


「ワシ、ドラ⚪︎もんじゃないドラ…違…ドワ」

苦笑いを浮かべるガン鉄。


「そうか、ニューウェーブ系みたいに浅漬けの穂先メンマとかにするしかないか……」

レアアイテムの抽選Rollで0/100を出したくらいガッカリするタクヤ。


するとログ爺が懐から小さな箱を三つ出す。

「これはこないだのダンジョンから持ち帰った箱じゃ」

白木の箱とボロボロの木箱、それと水晶の飾り窓の箱。


「ああ、シャチョーの無駄スキルのモトか」


「こんなボロボロのも持ち帰ったんドワ?」


「ふふふ、白木のをA、水晶のをB、ボロ箱をCと置こう……」

何やらホワイトボード窓を出して図解を始める。


[ A > B > C ]


「あの時、Aの中にB、Bの中にCが入っておった」

調理台の上に箱を順番に置く。

そうして、それぞれの鑑定結果窓を出す。


『桐箱』:桐で作られた箱。材質の乾燥効果が高く、湿気ては困る物の格納に最適。【価値1pp】2040/04/01製造/LOT No.141421355


『水晶の飾り窓の箱』:精緻な水晶細工が施された箱。水晶の飾り窓から中身ガッカリが確認出来る。【価値100pp】2040/04/01製造/LOT No.141421356


『桐箱』:桐で作られた箱。材質の乾燥効果が高く、湿気ては困る物の格納に最適。【価値1pp】2040/04/01製造/LOT No.141421355


「オロ?AとC全く同じ製造ロットドワ!?

なんで片方だけボロボロになってるドワん?」


「つまり、この水晶の箱の中のは、時間加速が大分進んどるというわけじゃ」


「なるほど、すごいぞログ爺!もろみも醤油に出来るじゃねーか!」

説明をようやく飲み込んで歓喜するタクヤ。

「でも、この箱の中、みんな数百年経過してんだよな?……シャチョーの最後の箱、大丈夫か?生ものだったら終わってるぞ、マジで」


「メンマ臭くなる前に、ワインとかチーズとか入れなさい……なさってみてもよろしくってですわ?」

ワインセラーの陰で腸詰をあさっていた偽ハイエルフが口をはさむ。


「ケンタとシャチョー以外にはバレバレだから無理すんな。舌噛むぞ?」


「ドワーッ!ドドド、ドゥワれですか?ワフワフ!ベッピンさんドワー!」

なんか挙動不審になるガン鉄。


「ニブチンがここにも居たか…」

「居たのお…」


「その反応、逆に腹立つわね」

カグヤ(中身カグラ)の目が据わった。


* * *


全ての素材の仕込みを終えたタクヤ。

『ルーイン・ゴート』のテーブル上で羊皮紙の束を広げて吟味している。


「で、どうすんのよ? 肝心のレシピがないと調理スキルが発動しないでしょ…ですわ」


「ふふふ、おれにもソリューションはあるさ」

タクヤは選びだした⦅下水ゼリー⦆のレシピに『鎮魂の祈念』を掛ける。

羊皮紙が淡い光に包まれる。


「書写スキル発動!」

羽ペンでサラサラとレシピを書き換えていく。


「Calm系の呪術で素材フラグに干渉して書写スキルで書き換えるのか。やるな…タクヤ」

感心するケンタ


「すご、カチッとしていて、それでいてサッ、シュっと達筆!」

タクヤのゲーム外スキルの方に感心する結。


 書写スキルは本来は、魔法のスクロールを作成するためのスキルである。

 旧EOFではクラフトスキルでしか作れないスクロールや、ドラゴンからしかドロップしないものも存在していた。

 しかし、中央大図書館の実装で、全てのスクロールがNPCから購入できる様になり、書写スキルは死にスキルとなっていた。


「びっくりしてバーン!には気をつけるんじゃぞ」


「……なんか、定着してるドワ」


「よっしゃ!極上醤油ラーメンレシピ完成だぜ!」


ゴソッ――


レシピ改竄の瞬間、タクヤの鞄の奥で何かが蠢いた。


* * *


♪チャラリ〜ララ♪チャラララ、リラ♪


深夜のセレノスにチャルメラの音が響く。


達筆で『ラーメン』と記された提灯が揺れる屋台。

懐かしく暖かい湯気と香り。


「タッくん、おいし〜♪」

ナツキが目を輝かせて麺をすする。


「おうよ、アキラもハルトも食え、食え!」


「チャーシューんまーい♪」

「ぼくおネギきら〜い」

賑やかに食べ進める子供達。


やがて屋台の周りはセレノス中のプレイヤーでごった返していた。


貧しかったあの頃、焼豚を盛ってくれた屋台の頑固オヤジ。

母が作ってくれた夜食のインスタント。

修羅場ですすったカップ麺。

現実を思い起こさせる懐かしい味に、感涙にむせぶものも少なくない。


「ありがとう…ありがとう…」

感謝の言葉を繰り返すプレイヤーたち。


「こんな夜も悪くないわね……でございましてよ」

割烹着姿にお盆を抱くハイエルフ貴族という複雑な設定のカグラ(仮の名カグヤ)が呟く。


「こんな美味なる供物は初めてじゃ!」

セレネはラーメンの魔力で一瞬神性を取り戻す。

が、すぐに麺をすするのに夢中になる。

ずるずる♪ずぞぞぞぉ〜♪

「う……うま…うまうま…なのね」


「おうよ、ウチの主義じゃないが替え玉してもいいぞ」

ねじり鉢巻のタクヤは遠く東方に思いを馳せる。

「委員長たちにも食わせてやらなきゃな…」


♪チャラリ〜ララ♪チャラララ、リラ♪


(おわり)


---閑話:地獄のシェフと極上ラーメン(後編)あとがき

……はっ!?

待てよ……? 俺、材料集めて火も起こしてスープも煮込んで……

……味見しかしてねぇじゃん!?

……やれやれだぜ、マジで。


最後まで読んでくれてありがとな!

次は本編第十六話、来週火曜の昼飯時に投稿予定だ。

続きも読んでくれると、なんか……ほら、救われる気がするんだよな。


もし面白かったら、ブクマとかポイントとか投げてくれ。

デスゲーの中でも、そういうのは心がほっとする……気がする。

あと、みんな、ログインする前にラーメン食っとけよ!マジで!

---タクヤ

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