閑話:地獄のシェフと極上ラーメン(前編)
この世界には、ラーメンがない。
『Eternal Online Fantasy』。
いまや現実と隔絶されたこの世界でも
様々な西洋料理はあるのに――
なぜか「ラーメン」という料理だけが存在しなかった。
「おかしいだろォ……!」
アシダリアの酒場『ノクターナル・チャリス』。
タクヤは死んだ魚のような目で、皿に残った灰色の煮込みを見つめていた。
「MMOなんだぞ!? 無駄にスキルあるくせにラーメンがないとか……バグか!?」
「三回目よ、その嘆き」
カグラが後ろの席で溜息をつく。
「リアルじゃ毎日通ってたのに!もう一ヶ月も食ってないんだ!!」
「だったら作れば?」
カグラの一言に、タクヤはバッと顔を上げた。
「そうか……作ればいいんだ……!」
「ちょっと待って、今変なスイッチ入った音した」
「お前、前にここで唐揚げ食ってたよな?あれなんだ?」
「……コカトリスの唐揚げだけど」
「それだァァァ!!!」
タクヤは叫ぶ。
「唐揚げがあるってことは、ガラもあるはずだろ!?」
「いや、あれ魔物よ? 石化ブレス吐くわよ?」
「いいんだよ!! 出汁が取れればそれでッ!!」
そう叫びながら、タクヤは厨房へ突撃した。
腐臭漂う裏口、誰も近寄らないゴミ箱。
そして、そこに――
「あった……! コカトリスのガラ……!」
ほんのり青く光る、魔力残留つきの骨。
石化の呪い付きかもしれないが、出汁は期待できそうだった。
「トンコツも入れればコクが出るんだが、豚のスケルトンとか出せないか?」
「私の可愛い子たちを煮込む気?」
呆れ顔で半笑いのカグラ。
「だ……出せるのか? マジで!? ウオォオ!!」
タクヤの声が弾む。
「よーしこれで出汁の目処はついた!」
(……やれやれ言わないし。いつもと全然テンション違うわね……でもまあ、面白そうだから…いっか)
* * *
セレノスの城壁を見下ろす、小高い丘の上。
風にたなびく帆柱と、規則正しく歩く衛兵たちの姿が遠くに見える。
「やっちゃう?」
カグラがつぶやく。
「やめとけ。拠点二つも抱えるのは面倒だろ?」
タクヤが肩をすくめた。
そう、壊滅したはずのヘスペリアの自警団はカグラの指示でその任務に戻っていた。
少し無口になってカオスに優しくなってはいたが……。
そのとき、草を踏む音とともに、小さな影が現れる。
「待たせたのぅ!」
ログ爺が、薬瓶と魔道書を詰めたリュックを背に登場した。
「準備は整った。変身魔法を発動するぞい」
スライム粘液をぺたりと額に塗られたふたりは、思わずしかめ面になる。
「きっしょ……」
「これほんとに必要か?」
淡く光る魔法陣に包まれ、ふたりの姿が変わっていく――
「……ふむ。やはりな」
光が晴れた先に立っていたのは、見惚れるほどのイケメンヒューマンと金髪碧眼のハイエルフ美女。
「なんだよこれ……俺、イケメンすぎて落ち着かねぇんだけど」
「この顔でニヤけると、なんか気持ち悪っ……」
ログ爺がぼそりとつぶやく。
「お主らのカオス系アバターに対応するオーダー種族のビジュアルIDが登録されておらんのじゃ。
そのため、この世に存在し得ない超絶美形に変換される……酷いバグじゃ」
ログ爺はちょっと面白そうに禁則事項を続ける。
「言葉使いに気をつけるんじゃぞ、いったん不審に思われたら変身術は容易に解除されるからの」
「まあ、セレノスに入れるなら、なんでもいい」
* * *
昼下がりのセレノス、酒場『ルーイン・ゴート』の裏手。
「結、その握り革、だいぶすり減ってないか?」
「弓具屋の人が張り替えてくれるから。……月イチで」
「セレノスに弓具屋あるがや?」
そんな雑談の最中――
「おう、いたいた」
タクヤの声が響く。
振り向けば、そこにいたのは妙に整った顔の青年と、目を引くほど清楚なハイエルフの女性。
そしていつものちんちくりんのログ爺。
「タクヤ……なのか!? なんだその顔?」
「変身魔法。バグって超絶美形になった。ログ爺のせい」
「……だよな、でも声でわかったわ」
シャチョーも苦笑しながら頷く。
「で、そっちの――」
ケンタがハイエルフの女性に視線を向けた瞬間、カグラが一瞬だけ目を泳がせた。
「……カグヤです」
(うわ、つい姫っぽい名前出した!?)
「カグヤさん、ね。ハイエルフか……なんか品あるな」
ケンタが素直に感心する。
「……ん、はじめまして。結です」
結がちょっと緊張した面持ちで頭を下げた。
「ども」
カグヤ(中身カグラ)は最小限の愛想で返す。
「で、タクヤはその変身で正門突破できたわけか?」
「おう、で早速だが、ラーメン作るぞ」
高らかに宣言するタクヤさん。
まるでボス攻略の勢いだが、目的は麺類である。
* * *
「まずは麺だ。つまり小麦粉だ!」
タクヤが拳を握りしめる。
「でも今、小麦って流通止まってなかった?」
結の問いに、ケンタが肩をすくめる。
「インフラ需要で市場から消えた。でも、倉庫にはちょっとだけある」
「よし、なら――」
タクヤは勢いよく地面に頭を下げた。
「お願いしますッ!! オレに……ラーメンを打たせてください!」
「ちょ、お前……」
「タクヤさんキャラ変わった?……やれやれ言わないし」
ケンタと結が揃って引き気味になる。
「しゃーないなぁ。しゃびっとだけな?」
シャチョーが苦笑して頷いた。
「いただきました〜〜!!」
タクヤが顔を上げる。目がマジだった。
「やれやれ言わんようになったら、別のベクトルでヤバなっとるがね……」
シャチョーのつぶやきに、全員が無言でうなずいた。
「次は具材だ。……子どもたちの力を借りる!」
「え、なんでそうなるの!?」
結のツッコミが、セレノスの空に響いた。
* * *
「次は豚肉だ。チャーシューがなけりゃ始まらん」
タクヤが拳を握りしめる。
「火星に豚いたっけ?」
「ファンタジー設定だからオークがいる!」
「ええぇ〜、二つ足の肉は…ちょっと……」
結が不安そうに言うと、タクヤはドヤ顔で指差した。
「大丈夫だ、スーパーの豚肉パックが出る。Toonモード限定でな!」
「いやそれ絶対バグだろ……」
ケンタが苦い顔をする。
「でも、それって子ども専用じゃなかったっけ?」
「だからこいつらの出番だ!」
タクヤが子供たちの頭をポンポンする。
三人の子どもたちがポカンと顔を上げた。
* * *
セレノス郊外、初心者オークキャンプ。
ぴこん、とナツキがToonモードに切り替わる。
「せーしゃひっちゅー!」(注:叫んでるだけ)
謎の掛け声と共に、オークをぺちっ。
――爆散。
「ナツキちゃん最強ですー★ドロップ率120%に変更しまーす(は〜と)」
ピコちゃんが何やら暗躍する。
落ちたのは『豚肩ロースパック』と『豚バラブロックパック』
「キターーーーー!!」
タクヤが両手を挙げて叫んだ。
「まさかほんとにパック肉が……」
シャチョーが引きつつも感心する。
「僕もやるー」
「ぼくもー」
「はじゃけんちょー!」(注:叫んでるだけ)
「ぬるい、えくすぽー!」(注:やっぱり叫んでるだけ)
「タクヤおにーさん、また豚肉パック出たよー!」
「よっしゃナイス! いいぞ、みんな!」
イケメン姿のタクヤに、子どもたちはきゃっきゃとはしゃぎながら群がっていた。
豚肉パックを大事そうに抱えて、得意げに差し出してくる。
「すごい人気だな、タクヤ……」
「子どもって正直やなあ」
子供たちはカグヤ(中身カグラ)にも群がる。
「カグヤおねーさん、はいこれ!お花!」
「えっ、あ……ありがとう……?」
戸惑いながらも、カグヤ(実はカグラ)はそっと受け取る。
(……なんで、こんな展開に?)
* * *
「魚介系、きたこれ……!」
セレノス門前のモジャール商店でお目当ての食材を発見したタクヤ。
「煮干しに、昆布に、カツオ節……おいおい、出汁三銃士揃い踏みじゃねーか!」
「なにその美味し⚪︎ぼ……」
結が引き気味に呟く。
「ついでに海苔もゲット。ナルトもすり身でいけそうだな、さすが港湾商業都市だぜ」
シャチョーは値札を見て目を丸くする。
「しかし、1000ppはぼったくりやらぁ……」
「いいんだよ」
タクヤはイケメン顔でプラチナ貨を払う。
「財布のレベルも上がってるからな」
食材袋がどんどん膨らんでいく中、残された課題があった。
「問題は、味玉とメンマだ……」
タクヤが真顔でつぶやく。
「玉子なら、コカトリスのがあるけど……あれ、石…ですわ」
カグヤ(本名カグラ)が言いながら、取り出した卵をコンと地面に叩きつけてみる。
カン、という音と共に跳ね返る卵。
「まったく割れんのじゃ。釘が打てるくらい硬い」
ログ爺が腕を組んでうなる。
「っていうか、あれって本当に卵なん?」
「石寄りの卵か、卵寄りの石か……」
「グリフォンやハーピーって卵産むの?」
結がふと疑問を口にする。
「胴体みると、たぶん哺乳類寄りだわ」
「じゃあ鳥類じゃないんかい!」
タクヤが空に向かって叫ぶ。
「だぁー! どっかにまともな卵産む生き物おらんのかこの世界はーっ!」
「はい」
手を挙げる結。
「たまに露店で、卵見かけるけど…アレはダメなの?」
「ああ、アレは初心者エリアの蛇が落とす卵をプレイヤーが売ったやつだな」
「うーん、蛇の卵はちょっとなあ……」
「でも蛇の卵ってこんな形してる?」
結が手でニワトリの卵の形を作る。
(沈黙)
「そうか! アレは蛇が盗んできたニワトリの卵をドロップしてるって設定か!?」
「でも、ニワトリは未実装と……」
ケンタが額に指を2本当ててつぶやく。
「ニワトリが先か卵が先か……蛇が先って、どんな哲学問題なんだ」
「でもこれで卵ゲットじゃん……ですわね」
「……で、メンマはどうするの?」
ケンタがぽつりと尋ねた。
タクヤが結の方を向いてたずねる。
「結ちゃんの弓、竹弓だよな?どこで手に入れた?」
「え、弓具屋さんだけど?」
* * *
セレノスのメインストリートから一本入った路地。
静けさに包まれたそこに、ひっそりと佇む和風建築。
瓦屋根の庇の上に掛かった木製の看板には、
『渋澤弓具』と筆文字が刻まれていた。
「マジかよ! ラーメンないのに、こんな店はあるのかよ!?」
タクヤが目を剥く。
「旧EOFの頃、AI 開発導入時に要望集めてたの覚えてないか?」
ケンタが手で厚さを示すように本の形をつくる。
「なんでも、分厚い教本四冊分くらいの和弓に関する要望が送られてきたらしい」
「アヤツじゃな……」
ログ爺が遠い目をする。
「うん、おそらくヨイチの仕業だろうな」
「それでバカ正直に実装されたワケか……オレもラーメンの要望出しときゃよかった!」
タクヤが天を仰いで悔しがる。
「でも、まあ――これで竹林の情報ゲットだぜ!」
無愛想をテクスチャーにして貼り付けたような弓師のNPCも、常連の結が頼み込むと、地図を取り出し、筆をサッと走らせて黒々とした丸印を描いてくれた。
「妖精島のハイエルフ拠点の近くだな」
地図を覗き込みながら、ケンタが言う。
「カグヤさん、拠点と連絡取れます?」
「えっ!? わ……わたギャ……わたくし、故郷を出てから大分経ちまして……そ、それはちょっと……ですわよ」
カグラ(偽名カグヤ)が噛み気味に答える。
「しゃーないがや、あの連中に頼んでみるかね?」
“あの連中”とは、ハイエルフを中心とした旧EOF時代からの大規模ギルド『Magic of Seraphic Code』のことを指す。
ギルドマスターは“真面目”をアバターにしたような堅物で、バグ技を常用する『トーチ』とは犬猿の仲である。
「じゃあ頼んでおいてくれ。オレ、受け取りに行ってくるわ」
すぐにホーム帰還魔法を唱えるタクヤ。
「じゃあまた後で……『ゲート』!」
こんな時、シャーマンは帰還転移も早足魔法も使えて便利枠全開である。
「この設定でワタシだけ置いてくんじゃないわよ……でございますわ」
ポツンと残されたカグラは頭を抱える。
(なんで、こんな設定になった?)
(つづく)
---閑話:地獄のシェフと極上ラーメン(前編)あとがき
お読みくださり……ありがとうございますわ。
後編は、このあとすぐに投稿される予定でございますの。
よろしければ、そのまま続きをご覧くださいませ……って、読みなさいよね? 途中で帰ったらぶっ飛ばすわよ。
---カグヤ(中の人カグラ)




