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第十五話:堕ちた聖堂でオチる(後編)

 態勢を立て直した一行は、地上への道を求めて迷宮をくまなく探索した。

 だが、地上どころか一階層上への階段すら見つからない。


 「これだけ探してないとなると…何かギミックの操作が必要なのかもな…」


「ギミックって、パカッて開けたらガブッて食われちゃう宝箱?」


「……それはミミック、ドワな?」


「喜ばせておいて、酷い目にあわせる…アイツら悪意の塊だぎゃあー」


「最悪、ボス部屋クリアが条件もありそうだぜ…」


「これまでマッピングした感じじゃと、残りは北の一角じゃな」


* * *


 北に向かう通路のひとつは袋小路だった。ドン突きには大きな宝箱が鎮座していた。


「ギガミミックかなぁ? 開ける?」


「……あながち間違ってない気がしてきたドワん」


「開けよう。脱出の手がかりかもしれない」


「任せてちょーよ!」


 シャチョーがピッキングツールを構え、慎重に開錠。

 程なくして箱が開き、中にはひと回り小さな宝箱が入っていた。


「鍵付きや! これは中身期待できるがや!」


 再び開ける。さらに中に小箱。

 また開ける。また箱。


「……これ、無限?」


「バグくさいな……」

 ケンタが顔をしかめた。


《ピコーン》

《開錠スキル:Rank2 → Rank3》

《鍵穴命中精度:+1%》


「はい次ィ!」


《ピコーン》

《開錠スキル:Rank3 → Rank4》


 シャチョーは汗だくになりながらも、次々に箱を開けていく。


その背にはあきれ顔のメンバーと、静かに響くスキルアップの効果音。


「これ……意外と楽しいでよ……」


「頑張るドワん!」


 出てくる箱はボロボロなものから、螺鈿細工が美しいもの、大きな宝石が埋め込まれたものなど、種類が豊富で飽きさせない仕様。


「当たりで100pp、外して1cpってところか……」

矢の時よりは実入りがいいとケンタ。


「この仕様自体罠じゃね?猿にラッキョみたいな」

賭け事の怖さを実感するタクヤ。


* * *


三千箱を超えたあたりから、指先の感覚がなくなってきた。中腰の姿勢を続けすぎて、膝も笑い始める。

朦朧としてきた意識の底でオタカラのイメージだけが浮かぶ。


「レア武器かなぁ……鉄の爪とか、かっこええがね……」


少しだけ鍵穴を探る音が、変わったような、変わってないような……。


その姿を見守るケンタたち。


「ある意味もう本物だな…」


しばらくの後、シャチョーの開錠スキルはMAXになっていた。

そしてスキル欄の末尾では新たなスキルがドドメ色に明滅していた。


《ぬるExポ》――全経験値と引き換えに放つ一撃必開の技


「きたがねぇ! これが俺の究極奥義!!」


「ぬる……イーエックスぽ……」


「うっわ、その名前……」

ケンタとログ爺が同時に顔をゆがめた。


「撃つぞ! 今すぐ撃ったるで!」

シャチョーが構えを取った──が、動かない。


「……やっぱ無理。レベル下がるのだけは……!」

ぺたんと座り込み、ジタバタする中年。


「撃ちたい! でも使えん! でも撃ちたいっ! ……いつかここぞって時に使ってやるがね」


「いつかって、レベル上がるほど使えなくなるだろ……やれやれだぜ」


 結局、後半は全く同じ箱が出るようになり、無限マトリョーシカだろうという結論に至る。

 一同は、未開錠の最後の小箱と、うず高く積まれた空き箱の中から装飾が豪華なモノを持ち帰ることとした。


* * *


 手書き地図の空白部を埋めるべく、宝箱のあった通路の隣を進むと、崩れかけた礼拝堂に行き当った。

 瓦礫が積もった空間の最奥、朽ちた祭壇のような台座の向こうに、それはいた。


 緋色の祭服をまとっているが、かなり色褪せてボロボロであった。

少し癖のある茶髪は所々抜け落ち、肌は緑がかった灰褐色に爛れている。

 目は開いているが、生気はなく、ただぽっかりと口を開け、壁際に座り込んでいる。


「……ゾンビかな?」

ケンタがぽつりと呟く。


 結は眉をひそめた。

「……でも、なんか、変。動かないし…人形みたい」


「ただのしかばねのようだ……なーんて……」

とシャチョーが近づく。


 そのときだった。


 カクン。


 老婆の首が、まるで吊られた人形のように跳ねた。

 眼窩の奥に、赤黒い光がぼうっと灯る。


「え……?」


「アア……アク…マ…モエロ……」


 それは呪文だった。ルーン文字が空間へと溢れ出る。


「詠唱……!? ゾンビのくせに!?」

とケンタが叫ぶ。


 だが、止める暇はなかった。


 バシュゥゥッ!!


 火と瘴気が混ざった魔法が炸裂し、部屋全体に広がった。


「があああっ!…範囲魔法きたがね!?」


「うわっ、毒も混ざっとるドワッ!?」


「っく、結、下がれ!!」


 ケンタがとっさに結を下げ、ガン鉄も盾を前に突き出して仲間たちをかばう。

 ログ爺が詠唱を始めようとするが、息を吸う間もなく黒い霧に咳込み、膝をつく。


一撃の詠唱でパーティは半壊である。


「これ……やばい……ゾンビなのに、キャスター系……!?」


「もう一回でも食らったら、持たないドワん!」


「タクヤ!スタン頼む!」


「おう! グレートスタン!」


 ドンッ!


 腐った魔女が衝撃でタタラを踏み、詠唱が中断された。


 しかし、スタンの効果時間は一瞬で、魔女は再び詠唱をはじめる。

 スタンの再詠唱には10秒の待機時間があり、連続で撃つことはできない。

 その間に魔女の詠唱が完了してしまったら、即全滅である。


「スタン!」


 ドンッ!


 魔女は再びの衝撃で詠唱に失敗する。


ケンタもスタンを詠唱スロットに設定し

二人で交互にスタンを撃ち込む体制を作ったのだ。


 ケンタとタクヤが腐った魔女の前に並び立つ。


「今のうちにHPを削るんだ!長くは持たない!」

一度でも魔法抵抗に成功されると破綻が確実だった。


「行きますっ!」

結が素早く片膝をつき、弓を低く構えた。

狙うは、胸元――瘴気が集まる、黒い裂け目。


 ヒュン!


 矢が一直線に飛び、突き刺さる。


「アァ……ァアアアア……!」


 苦悶の声を上げる魔女。だが倒れない。


 「《バックスタブ》だでー!」

シャチョーが背後から奇襲攻撃を仕掛ける。


 魔女のHPがガクンと減ると、

鋭い爪を振りかざしてシャチョーに向きを変える。


「ひえぇ…これアカンて!」

反撃され、頭を抱えて部屋中を逃げ回るシャチョー。


「ナイスだ、シャチョー!」

タクヤが鈍足化の呪詛を使う。

意図せず凧揚げと呼ばれる状態になり、シャチョー以外が攻撃し放題となった。


「マジックミサイル!じゃ」

数本の光の槍が、腐った魔女の背中に突き刺さる。


 大ダメージに振向きかけた魔女にガン鉄が盾を叩きつける。

「バッシュドワッ!」


 グワーン!


腐った魔女は目を回したかのようにふらつく。


《正射必中》はまだ再使用制限時間で使用できない。

ソウルゲージもまだ半分も回復していないが、結はもうためらわなかった。


「破邪顕正! 行きます!」


結のソウルゲージが、完全に空になる。

「足りない…の?」


 痛いほどの静寂が時間を奪っていき、腐った魔女が詠唱を再開する。


 「グレートスタン! …ヤベェ!抵抗された!?」

魔女の詠唱は止まない……。


 スキルは発動させたはずだった。だが何も起こらない。このまま通常スキルで矢を放って効果はあるだろうか?結の瞳が揺れる。


 迷いの渦中、師の声が聞こえた気がした。

『無心の射こそ目指すべき境地じゃ。結坊にはまだ早いかのお』師の柔らかい笑顔まで見えたような気がした。


 ジジジッ…。


 ソウルゲージの底で何かが燻っているような感覚があった。

 次の瞬間、ゲージが深い奈落のような黒で満たされた。深く吸い込まれるような黒、無の色であった。


 (もう迷わない!)


 やがて静かに矢が放たれ、光も音もなく腐った魔女の身体を貫いた。

 その一箭は空間を穿ち、闇の渦を生んだ。

渦巻く黒は、灰と化した腐った魔女と、周囲のモノを貪欲に吸い込んでゆく。


 そして、最後の瞬間――


「……エレ…様……」


 ひとつの呟きだけが、かすかに残された。


「エレ…サマ?」と結が首をかしげる。


シャチョーが息を整えながらぼやいた。

「誰やそれ……?」


「ただのゾンビじゃなかったのう。聖堂の巫女……古代宗教の残滓かもしれん」

 ログ爺が崩れかけた祭壇に目をやる。


「やれやれだぜ……また、ロクでもねぇもんに触れたかもな……」

 タクヤが天井を見上げてつぶやいた、そのときだった。


 ――ゴゴゴ……ッ


 礼拝堂の奥、瓦礫に埋もれていた壁の一部が音を立てて崩れ落ちる。


「おい……あれ……!」


 崩れた先には、苔むした石のアーチが現れ、そこからうっすらと自然光が差し込んでいた。


 その奥には、ぐるりと螺旋を描く石階段。


「……地上へ続いとる……!」


「ちゅうことはよ……あの魔女、ギガミミックやったんだて?」

 シャチョーがしみじみと呟く。


「……定着したんドワ?」


「でも結局、使えんかったでよ……《ぬるExポ》」


「使えるわけないでしょ」

結が笑いながら返す。


 こうして、一行はようやく見つけた出口を前に、一息つくことができた。


 魔女との死闘、巧妙な井戸の罠、ぬる芸の奥義。

 振り返れば、まともなことのほうが少なかった。


「さて……帰るか」

ケンタが前を向く。


 上へ――光の差す、その先へ。


* * *


 ──火星の衛星・フォボス、観測室。


監視者A「未登録スキル検出。《ぬるExポ》……?」


監視者B「全経験値消費の一撃必開。統計的に実用性ゼロですね」


監視者C「ぬるぽ……絶対押せへんやつや」


監視者A「スキル評価:発動不能。実害なしの為、観測対象から除外」


---第十五話あとがき

読んでくれて、ありがとさん。


《ぬるExポ》──プログラマーの悪夢「NullPointerException(通称ぬるぽ)」由来じゃ。


笑いごとに見えて、ワシらには割とシャレにならんのう……。


今日は、お昼ご飯後に閑話を前後編、連続投稿予定じゃ。

そちらも読んでもらえると嬉しいぞい。

よかったら、ブクマやポイントだけでも応援してくれると感激じゃ。


ぬるぽは、忘れた頃に来る。気をつけなされよ。

---ログ爺

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