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第十三話:女王の指輪と門前のゴチソウ

※この話にはゾンビ化・死体の再利用など、残酷な描写を含みます。苦手な方はご注意ください。


初評価くださった方、ブックマークしてくださった方、ありがとうございます。感謝感激です。とても励みになっております。

 東のヘスペリアへと伸びる街道。

 西のセレノスから続く黄金の道。

 北はアシダリア、南は山岳地帯を越えるトンネル道。


 その四方を繋ぐ、ひっそりとした草原の交差点──

 秩序と混沌が交差する地、《The Crossroads》。


「……あれだ、来たぞ」


 ケンタが視線を上げた先、北の丘をゆっくりと下ってくる二つの影。

 漆黒のマントをはためかせたダークエルフと、ずんぐりとしたトロール。

 その歩幅、その佇まい──見間違えようもない。


「間違いない、カグラとタクヤだ……ついに来たな」


 ケンタがつぶやく。


「連絡とるのに苦労したがや……FAQバグ、潰されとったからなあ」


 シャチョーがぼやくように言う。


 やがて、カグラとタクヤが十字路の中央に到着する。風が吹き、四人の目が交わった。


「……来たわよ。あんたたちの呼びかけに応じてね」


 カグラがわずかに笑みを浮かべ、ワインのボトルを掲げる。

 エチケットには手書きで「明後日、十字路で待つ」と書き込みがあった。


「君が無事でうれしいよ。ワイン納品クエの世界共有在庫バグが残っててよかった」


 素直にそう言うケンタに、カグラは小さく首を傾けてみせた。


「ふふっ。ずいぶん素直ね、昔より」


 そのやりとりを黙って見ていたタクヤが、喉を鳴らすように小さく咳払いをした。


「……こほん。で、装備の状況は?」


「セレノス周辺はだいぶ整った。けど、カオス側は……まだだ。

 今の装備ラインは、素材が《聖属性》に偏りすぎてて、混沌側には合わない。すまん」


「わかってる。そもそも、あんな悪趣味な装備で私が喜ぶとでも?」

シャチョーをアゴで指すカグラ。


 ケンタは苦笑すると、ベルトポーチから小さな革袋を取り出した。

「装備じゃないが、ガン鉄から特殊な試作品を預かってる。よかったら試してほしい」


 さらに懐から漆黒の箱を取り出す。


「それとコイツをどうするか意見が割れたんだが、俺のソリューションとしては、君に託したい」


 箱の中には、紫に輝く宝石を埋め込まれた指輪。

 闇の魔力を帯びた、ただならぬ存在感。


 《The Overlord of the Rings (指輪の魔王)》


「これはオリジナルだ。複製品を配布装備にも活用するつもりだったんだが、オーダー側では誰も装備できなかった。けど、君なら……」


 ケンタがその言葉を切る前に、カグラの左手を取り──


 指輪を、薬指にすっと、はめた。


「──って、ちょっと待って。左手の薬指? 場所、そこ?」


 カグラが半笑いで抗議するように言うが、ケンタはキョトンとした顔で首をかしげた。


「え? そこって何か問題あった?」


「……もう、天然なんだから」


 そう言いながらも、カグラはされるがままに、指輪を受け入れた。

 指輪がぴたりと薬指に収まると、空気が震え、草がざわめく。


 魔力の奔流が、彼女の周囲にゆるやかな渦を描いた。


「……ふふ、悪くない。

 呪われてるし、破壊的だし……そうね、気に入ったわ。

 もしかしたらこういうのも、悪くないのかも……」


「うん? こういうのって?」


「なーんでもない」


 軽く視線を逸らすカグラ。


 タクヤが、じとっとした目でケンタを睨む。

「……おい。なんで左手の薬指なんだよ」


「え、だから空いてたし……サイズ合いそうだったし……」


「……マジでわかってねぇのか。やれやれだぜ……」


 シャチョーも肩をすくめながらぽつりとつぶやく。

「呪われた指輪プレゼントとか……どういうジャンルだがや……」


 そんな茶々もどこ吹く風、カグラは指輪を見つめたまま、静かに言った。


「じゃあ、ちょっと……試しに行ってくるわね」


* * *


 十字路から東に向かうとすぐにヘスペリアの正門が見えてくる。


 城壁の門前に屯所を構えるヘスペリア自警団は、カオス系プレイヤーにとってまさに“天敵”だった。


 だが今、カグラの目には、経験値の詰まったご馳走にしか見えていない。


「ふふっ、いいわね……たっぷり働いてもらうわよ」

カグラは左手の指輪に唇を寄せた。


 その横には、トロールのシャーマン、タクヤの姿があった。なお、ケンタとシャチョーは──すでにどこかへ全速力で走り去っていた。


「またエグいこと始めそうだな、カグラ……」


 ダークエルフを目にしたガードたちが怒声を上げて突撃してくる。


「異端者を排除せよッ! 正義の剣を──」


 しかし彼らは、すでに霧となったタクヤによって背後から鈍重化の呪詛をかけられていた。


 動作がナメクジのように遅くなった自警団に、カグラの毒魔法が次々と重なる。地面を這う黒紫の瘴気が彼らを包み、連続ダメージが彼らのHPをじわじわ削っていく。


「いくわよ……私の子たち!」


 カグラが革袋から取り出した黄金の骨片を手に高らかに詠唱すると、あの指輪が妖しく脈動し、彼女のソウルゲージが紫に染まって膨れ上がる。


 それに呼応して黄金の骸骨の軍団が地面から湧き上がる。

ただの黄金ではない…、聖なる輝きを漆黒のベールで抑え包み込んだような闇色の黄金であった。


「なんて数だ……」

タクヤが目を見開く。


 骸骨兵たちはガードに群がり、斧や剣を振るってなぎ倒していく。


 さらに、カグラは倒れたガードたちに手のひらをかざすと──タクヤも総毛立つ(毛ないけど)ような言霊で魂の器をこの世に呼び返す。


「……ガードが……起き上がってる……? いや、アレは……!」


 瞳には光がなく、鎧の隙間から青白い肌がのぞく。


 カグラの唇が妖しく弧を描いた。


「さあ、あなたたち。昔の仲間にご挨拶さしあげなさい」


 死霊と化した元ガードたちが、まだ生き残っている同僚に、剣も構えず、原始的に「掴み」「噛みつく」


 その惨状の中、ただ一人、抗う者がいた。

 燃え上がる片手剣を構えた、白銀の鎧の聖騎士。

 ヘスペリア自警団の隊長──秩序の象徴たる者。


「退け、ここは正義の地だ! 我らが自由都市!」


 一閃。炎の刃が骸骨たちをなぎ払い、光の道を開く。

 だが次の瞬間、地中から伸びた無数の手がその足を掴んだ。


「ぬう……我が意志は……くじけん……!」


 引きずられる鎧。噛みつく亡者。

 炎がかき消され、彼の叫びは、喧騒の中に溶けて消えた。


「控えめに言って地獄絵図だな……俺、必要か? これ……」


その日、ヘスペリアの自警団は壊滅した…。


* * *


 ──そしてその夕刻。


 北ヘスペリア、銀行前の広場に面したレストランのテラス席。


 かつてはオーダー系専用とも言える高級店だったその場所に、今、ダークエルフとトロールが悠々と腰を下ろしていた。


 金縁の皿に盛られたローストビーフ、香草の香りを纏ったポタージュ、焼きたてのパンに、冷えた白ワイン。

 自警団が一掃された後、カオス系プレイヤーも自由に市内を出入りできるようになったため、この店も「新時代」に即応したらしい。


 カグラはグラスをくるくると回しながら、ワイン越しに空になった屯所の方角をちらりと見やった。


「ふふ……これで本当に“自由都市”になったわね」


 皮肉とも満足ともつかぬ笑みを浮かべるカグラ。


 タクヤは骨付き肉をもぐもぐと噛みながら、レストランに立ち入ってきた新たなカオス系プレイヤーたちを見て、肩をすくめる。


「いや、自由って言っても……治安ガタガタだろこれ……」


「でも“気分”はいいじゃない?」


 グラスを傾け、口元に笑みを浮かべるカグラ。


 カグラはパンをちぎって一口、噛みしめ──少し目を細める。


「……へえ、人間の食べ物も、悪くないじゃない」


「お前、今まで何食ってたんだよ……」


「え? 大体は、魔獣の肉と呻く根菜と、下水味のスープ」


「そりゃ悪くないけどよ!? レストランのメニューにしてはワイルドすぎるだろ……」


 カグラはくすりと笑って、左手の薬指に光る指輪を軽く撫でた。


「……でも、たまにはいいわね。こういう贅沢も」


 その表情には、どこか女王のような気品と、魔女のような妖しさが同居していた。


 騒がしかった正門前の喧騒は、もう遥か遠い出来事のように思える。


「……にしても、昼は地獄で、夜はグルメ。やれやれだぜ……」


 黄金の夕日が二人のシルエットを照らす中、かつて“正義の象徴”だった都市は、静かに新たな色へと染まっていった──。


---第十三話あとがき

ぐる……読んでくれて、ありがと……う……。

第十四話は、来週火曜の06:30に……公開……予定。


つづき……読んでくれると……うれし……。

ブクマ……ポイント……あると……うれし……励み……なる……。


かゆ……うま……。

---元・自警団ガード


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