第九話:神対応はマフィンと共に
空の向こう、火星の衛星フォボス。観測室の奥、三つの光球が低く唸るように発光していた。
監視者A「……神性反応、地表に発生」
監視者B「観測地点:セレノス。依代の女神像が素材化……想定外だな」
監視者C「ほえー、素材化された神様が直に降臨って、イベントスクリプトに無かったぞい」
監視者A「依代の変化によって、降臨体のサイズも小型化……精神構造に影響あり」
監視者B「現状、精神年齢はおよそ8歳相当か」
監視者C「わぁ、チビ神様……ちょっと見てみたいかも」
* * *
セレネは呆然と、自らの手を見つめていた。
(このちいさな手……まさか、依代の像が素材にされたから、私まで……?)
心の中で怒りが渦巻いているはずだった。なのに、不思議と怒りきれない。
(落ち着いて……わたしは女神。神々の王座に座す存在。こんな身体に流されるなんて……)
ふわ、と足元がふらついた。慣れない小さな身体。高かった視点がぐっと下がって、世界が広く見える。
(……怖くなんかない。別に怖くないし!)
健全な精神は健全な肉体に宿る……逆もまた然り、チビな体には、チビな精神が宿る……。
* * *
街の広場では、相変わらず《トーチ》の面々が鉱石の山とにらめっこしていた。
「これが素材化の結果……にしても、種類がわからんと始まらんな」
「鑑定スキル、レベル足りなさすぎて全部???やがね」
「うちらのLvじゃしゃーないな……」
そのとき、足元からちょこん、と影が現れた。
「そ、それは……わたしの……」
泣きそうな声が漏れた。けれど、その直後。
「ん? 子供……って、また迷子か?」
しゃがんだケンタが、反射的にセレネの頭を撫でる。
(――ッ!?)
その瞬間、脳内に花が咲いたような衝撃。
(な、なにこれ……この感覚……ぽかぽか……)
「や、やめなさいっ! 私は神よ!? 不敬もいいとこですのね!?」
そこにふんわりと、バターの香り。
「……あの、おなかすいてる?」
差し出されたのは、ほんのりあたたかい焼きたてマフィン。そして、ピンク色のイチゴオレ。
セレネはきょとんと顔をあげた。目の前には、優しい笑みを浮かべる少女――結がしゃがみ込んでいた。
「さっき作ったやつだけど、よかったら……」
ぴらぴらと手を振って、差し出す結。
その匂いに、セレネの中の何かが、くぅ〜……と鳴いた。
セレネは小さな手でイチゴオレのパックを抱え、ちゅーっと吸った。
「……あま……っ!?」
マフィンを一口齧ると、ふわふわの生地とバターの香りが口いっぱいに広がる。
(ちょ、ちょっと!? なにこれ……おいしい……おいしすぎる……のね!)
口の端にクリームをつけたまま、ふとこちらを見上げる。
(なにこれ、なにこれ…イチゴオレ……マフィン……な、なんでこんなに魅力的なのよぉ……)
理性が抗議していたが、身体が止まらない。気付けば、彼女はすっかりおやつタイムに夢中だった。
「う……うま…うまうま……」
すっかり満足したセレネは、ピョコンと立ち上がり、どこか誇らしげに小さな胸を張って名乗った。
「わらわはセレネ・エテルナ。世界を見守る、最後の……いちばんつよい、かみさま、なのね!」
結は笑いをこらえながら頷いた。
「セレネ・エテルナ、かあ。なんかカッコいいけど、ちょっと長いかも?」
ケンタが肩をすくめる。
「じゃあ……セッちゃんでいいか?」
「せっ……セッちゃん!? な、なんでそうなるのよねぇぇっ!」
セレネはちょこんと立ち上がり、ポーチの奥から小さな木の護符を二つ取り出した。
「これ……マフィンのお礼。ちゃんと神殿で授けてるやつなのね」
神木の間伐材に繊細な紋が刻まれた護符。セレネはそれを、ケンタと結にそっと手渡す。
「わたしの加護、ほんのちょっとだけ入ってるからねっ」
「お、おう、ありがと」
「わーい、お守りゲット〜♪」
二人は軽く受け取り、護符をポーチに放り込む。
セレネは小さく「むぅ……」と唇をとがらせた。
* * *
「ふ、ふん。しょうがないから……手伝ってあげるのね!」
(誰もわたしだって気づいてないし……まあちょっとだけ、スキル見せるくらいならいいのね……)
小さな手を掲げ、セレネはそっと光を注ぐ。
「鑑定、発動……!」
石の山の上にウィンドウが次々と表示された。
《ミスリル銀鉱石》《オリハルコン鉱石》《ヒヒイロカネ鉱石》《マナ鋼鉱石》……
突然の鑑定成功に、一同が硬直する。
「え、今……誰か鑑定できたんか?」
「いや、こっちはスキル発動してねーし……」
「バグか? 鉱石大漁すぎて未鑑定フラグが、処理落ちしたとか……」
まさか目の前の幼女が鑑定したとは、誰も思い至らなかった。
セレネは口をつぐんでそっぽを向いている。
(……ふふん、当然よね。気付かれないなんて、気付かれないなんて……)
鑑定結果をのぞき込んで一同。
「げっ、マジで!?」
「伝説素材だらけやん……!」
「お、お次は……その、精錬よ! このままじゃ扱いづらいのね!」
さらに、セレネは小さな手をひらりと振り、インゴット精錬の上に、その鑑定までサービス。
《ミスリルインゴット》:高純度の銀白金属。軽量かつ高耐久。魔力伝導効率に優れ、上位魔道具に最適。
《オリハルコンインゴット》:伝説の金属。全物理属性に高耐性を持ち、魔法反射特性あり。精錬困難。
《ヒヒイロカネインゴット》:神域に届く紅金属。絶対破壊耐性の付与が可能だが、加工難度は最高。
《マナ鋼インゴット》:魔力を帯びた特殊鋼。自動修復効果を持ち、鍛冶師の格に応じて性能が向上する。
「……ふふん。ちゃんと使いこなしなさいなのねっ」
得意げに胸を張るセッちゃんに、気づく者はいなかった。
(ふふん、見たか……って、ちがう! 私は怒ってるのよね!? 天罰を与えに来たのに、わたし何してるのよねぇぇ……!)
* * *
フォボス、再び。
監視者C「ねぇA、これ……“チョロい”って分類でいい?」
監視者B「行動ログを見る限り、神威は維持してるが……情緒に変動大きいですね」
監視者A「精神年齢、確定で8歳。観測続行。記録タグを『#幼女神対応』に変更」
監視者C「わーい、爆笑タグゲットー♪」
監視者B「それにしても……神まで巻き込むとは。彼らはいったい……」
---第九話あとがき
読んでくれてありがと、なの。
つづきは明日の朝、6時30分に奉納される予定なの。
ブクマとかポイントとか、マフィンとかもらえると……ふわっとして……あったかくなるの。
あれ?……これって、まさか……
私にもソウルゲージができちゃった!?
---セッちゃん(セレネ・エテルナ)




